試練と散歩


英は、心底気の毒そうな運転手を見送り、呑気な二人に眉間をもんだ。

山から車で三十分ほどの市街地は、人こそそう多くないが廃れているわけではない。英も優姫も、調査として歩いたことがある場所だ。

英はこの土地についてよく知らないが、そもそも観光地として名高い地域で、ここいらに名物はないが寄り道として足を止める観光客が多いのだという。

少し美味しいものでも食べて、少し買い物でもする、というのが二人の目的だ。優姫はここに来たことはあっても、買い物目的で回っていない。英にも、優姫が浮かれていることはわかった。

「狛織ちゃん、何度か来たことあるんだよね?オススメのお店とかある?」
「来たことはあるけど滅多に無いからなあ……隣町に行くことの方が多かったり」
「え?そっちのほうが良かったかな」
「ううん!あっちに行くのは念のためってヤツだから!今日はあたし頑張るから大丈夫」
「そっか!」

ーーもっと突っ込めよ!

英の心の叫びなど届かない。なぜ口にしなかったのかといえば、既に英が諦めているからだ。

品のあるカジュアルな服装である英や優姫とは違い、狛織の服装はカジュアルパンクに分類される。これは以前顔を合わせた時もそうだったので、何ら違和感はないーーーーその両手を拘束していなければ。

単に胸の前で腕を組んでいるように見えるが、両手首には枷があり、ベルトが体を回っている。狛織がその上から上着をひっかけているので分かりづらいが、明らかな拘束具だ。

車内で「これ特別製なのー頑丈だよお」と自慢されたが人類には早すぎた。吸血鬼にも早すぎた。自分の手の早さを自覚して対策をとるのは結構だが、なぜ拘束という発想に至ったのか。まずは殺気の制御をすべきである。

英が口にした疑問は「トイレどうするんだ」であった。「コツがあってねー」と返ってきた。

そのくせナイフは所持しているというのだから、理解に苦しむ。自衛だというが、この島国は吸血鬼がまずいないし治安もいい。一体何と戦っているというのか。こんな物騒なのを野放しにして大丈夫か。

「とりあえずどこか入ろっか」
「いえす!うひひ、お友達とお出かけなんて何年ぶりだろ」

人がいるといえども田舎に変わりはなく、ショッピングモールやアミューズメント施設はない。せいぜいが大型スーパーと商店街だ。彼女らが入ったのは、近隣で唯一の映画館がある、全国展開している大型スーパーだった。

英は、向けられる視線を意に介さずーー自分の容姿は自覚しているし、優姫は黙っていれば流石玖蘭と言いたくなる見目であるし、狛織は田舎で浮きやすいファッションだーー狛織の両腕を注視しつつ歩く。両手に花と思われているのかもしれないが、実際はただの優姫の警護だ。ただし要注意人物は警護対象の隣にいる。

優姫と狛織は、何か少しでも目に止めるものがあれば、迷わず入店していく。英も目を離す訳にいかず、続いて入店していた。

二人のやり取りを眺め、時に口を挟み、狛織の会計を代行したりーー狛織はやはり腕の自由がきかないーー、英による全身コーディネートでセンスを突きつけつつ、十分な時間をかけて大型スーパーを制覇した。




フードコートではなくレストラン街に向かい、食品サンプルやポスターを見比べる。二人が示したのは隅にあるカフェで、観葉植物やアンティークが店外からうかがえた。「期間限定!」とパンケーキとパフェが推してあり、ああこれに惹かれたんだな、と英も続いた。

全体的に薄暗く、ほのかにオレンジの照明が狭い店内を照らしている。BGMはピアノ曲、コーヒーの香りが漂い、上品な印象を与える。ブラウンの制服を着た店員は例外なく笑顔で客に接していた。

案内されたテーブルで、優姫と英、狛織に分かれて座る。優姫が広げたメニュー表を、英は片肘をついて眺めた。

「あたしはさっきのパンケーキ!」
「私もさっきのパフェに……ああ、どれも美味しそう。ワッフルもあるんだ……んん」
「藍堂くんはー?食べないの?」
「食べる。シフォンケーキの
セットにする」
「お、甘いもの好きさん?」
「まあな」

メニュー表を睨む優姫を他所に、狛織がぱっと笑う。甘いもの好きに悪い人はいない、と根拠がないくせに断言した。英は、狛織が甘いもの好きな時点で矛盾している気がした。

優姫がパフェに狙いを定め、メニュー表を閉じる。英は店員を呼ぶと三人分の注文を告げた。若い女性店員は微かに紅潮していたので、よそ行きのスマイルも添えておく。吸血鬼は見目麗しいものばかりなので、学園以来の初々しい反応なのだ。英とて悪い気はしない。

注文をとった店員と入れ替わりに、見知らぬ若い男がテーブル横に立った。

「ーーやっぱり、狛織ちゃんだ」

見知らぬ男は、驚いたような呆れたような表情で、狛織を呼ぶ。狛織は顔を上げると、拘束して動かせない手の代わりに、上体を揺らした。

「あれー兄さん。きっぐー」

柔和な表情の彼が"狛織の兄"であるとインプットした途端、英は緊張せざるを得なかった。呑気な優姫に呆れつつ、狛織よりは常識人に見える男に声をかける。

男は、長話はしないからと席に座らず、テーブル横に立ったまま。見上げる姿勢に、英は少しの不満を覚えた。

「狛織の、お兄さんですか」
「ああ、はい。一応」

男が流れで下の名前を名乗ったので、英も名乗り返す。狛織がそれに「友達になったのー」と付け足した。英は彼女の兄がいる手前、否定するのは自重した。

「藍堂に玖蘭……あー、ああ、なるほどね。すみません、狛織ちゃん世間知らずなので」
「……お兄さん、何か知ってるんですか?」
「さてね。僕はちょっと狛織ちゃんに伝言があるだけだから、気にしないでください」

意味深に微笑んだ彼に、英の不信感はうなぎのぼりである。人間の世界でもそこそこ名の知れている"藍堂"はともかく、"玖蘭"を一般人が知っているとは考えにくい。兄だという彼は、
狛織が世間知らずなために知らないだけで、自分たちは知っていて当然だと言ったのだ。

優姫も首を傾げていたが、そう深刻に受け止めていないあたり、まだまだ彼女に腹の探り合いは早いらしい。

彼は狛織に、明後日の日付と地名を告げた。狛織はそれだけで察したらしく、即頷いた。人目の多い一般的な喫茶店に相応しい与太話のような短いやりとりだが、彼は意図して言葉を削っているように見える。

彼の用事はそれだけだったようで狛織が了承するとすぐに立ち去った。手を振る代わりに狛織の体が左右に揺れる。

「んー兄さんが二人の家知ってるとは。まあいっかあ」
「何かダメなことがあるの?」
「不用心ってヤツかな。お互いに!けどあたしは知らないし、二人も知らないみたいだし、もうお友達だし!いいんだよー」
「お前、そのふわふわした話方止めろよ……」

狛織も兄と同じく、所々を伏せたような話し方をする。兄ほど考えてなさそうに見えるのは、締まりのない口調のせいだ。

狛織は英の注意を聞き流し、はっと優姫に顔を向ける。

「兄さんにも聞けば良かった。2人の家のこと知ってるなら、何か手がかりあったかもしれないねー」
「えっ?」
「この土地の逸話とかワケありとか探してるんでしょ?」
「あっほんとだ……うう、このままじゃ何も分からないまま帰ることになるよ……」
「うちに古い本もあるけど、あたし学ないから読めないしー」
「…………せんぱい」
「古文の基礎は叩き込んだはずだが?」

優姫を横目で見つつ、狛織に詳しい話を聞く。些細でも情報があるのなら、見逃すわけにはいかないのだ。情報源が狛織であることに不安がないとは言わないが、ここで嘘をつくメリットもないだろう。

狛織はあの山にある、廃神社に住んでいるという。罰当たりではないのか、なんの修行なのか気になるところだが、狛織の危険性を考えれば山奥の住処は最適だと思えた。狛織いわくその神社に併設している小さな蔵に、古い書物があるんだとか。

「うん?興味あるならうち来るー?らっしゃっせー」

ぜひ行こう、と優姫の目が訴えている。こればかりは優姫に強請られたからではなく、英の意見として訪問を決めた。

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