雑談と本題


狛織の家だという神社は、まるで心霊スポットだった。

車道はなく獣道があり、草木が鬱蒼と茂る陰鬱としている。訪れる人間がいるからか、歩きやすい場所があるにはあるが、獣道の領域である。緑あふれる清々しい自然、といったレベルではない。いっそ薄気味悪い森といった方がしっくりくる。

参拝者が来なくなって随分立つのだろう、木の賽銭箱は所々が腐っている。鈴についた縄は中程でちぎれ、ちぎれた先は見当たらない。

顔を引きつらせる英と優姫になんのフォローもせず、狛織は慣れた様子で拝殿へ向かう。拝殿の引き戸も所々腐っており、ガラスの部分は無事な所の方が少なく、ほとんどがダンボールという有様だ。狛織は躊躇いなくそれを開き、パチリ、と恐らくは電気を点けた。

「何してるのー?入っていいよ。あ、靴は脱いでねー」

拝殿の中は、驚くほどシンプルで凡庸な洋室だった。

入って左手には作業机らしきものがあり、装飾ナイフが壁に飾られている。壁、フローリング、天井には生々しい傷がみられた。他は、なんの変哲もない。二人がけのテーブルに大きな革張りのソファ、奥にはベッドもある。ホルマリン漬けの何かだとか、血痕だとか、怪しげな本だとかは見られない。

「例の本はどこにあるんだ?」
「拝殿(ここ)の裏ー。無事に残ってるの全部持ってくるから待っててー」
「え、手伝うよ!ね、センパイ!」
「ああ」
「量ないし、あたしが持ってきた方が早かろー?あたしも家を無闇に傷つけたくないしさー。どこでも座っていいし」

狛織は言いながら、既に拝殿を出ていた。裏側から板で打ちつけられている引き戸を閉め、英と優姫が残される。

英は狛織の言葉に甘え、椅子を引いて座った。至る所にある傷跡を何となしに眺め、銃痕がないことに気づく。ハンターは銃を使う人間が多いが、一般人に銃の入手は難しいはずだと納得する。装飾ナイフの入手も、同様に難しい、はずだが。

優姫は作業机の方へ歩き、装飾ナイフを眺めていた。飾ってあるのは四本、空きが二本分ある。正確には、ダガーナイフ二本とシーフナイフと思われるものが二本あった。全てが古代武器調で、実用より鑑賞に向いているように見える。しかし、確かにこれらは実用されているのだと、優姫には分かった。

「やっぱりというか何というか……血の匂いが凄いですね」
「ああ。そのナイフや家に染み付くほどだ、狛織は相当……。お友達ごっこしてる場合じゃないぞ、全く」
「……狛織ちゃん、純粋に友達がほしいみたいだったから」
「そこが恐いんだろう」

狛織が戻ってきた気配があり、二人はそこで口を閉じた。

狛織は、三十センチほどの高さに積み上げた本を抱え、足で引き戸を開閉した。重そうな様子は全くなく、鼻歌交じりに歩いている。抱えた本は、英の座る前のテーブルに置いた。

「おっまったっせー。まだあるにはあるんだけど、ボロくて」
「思った以上に年代物だな……よく残ってたな」
「だよねー。ちゃんと管理されてたっぽいよー」
「……元の、ここの管理者がか?」
「うん。もういないけど」

英は壁のナイフを一瞥して、埃っぽくカビの匂いがする本を手に取る。英の向かいには優姫が座り、次の本を取った。狛織はソファに座り、携帯ゲーム機を取り出していた。


本は日記であったり、なにかの写しであったり、内容を把握するのはーー字の読みづらさはともかくーー容易だった。

途中狛織が殺気立ち、情報収集どころではなくなったので拘束具をつけるよう言ったところ、嫌がったが最終的には装着した。ゲームが出来ず暇になるとソファでふて寝していた。

読んでいない本が半分以下になった時、ある記述が優姫の目にとまる。優姫は眠気を吹き飛ばし、三度その文を読み直した。

この神社ではなく、山の麓の村に住んでいた男の日記だ。子供が魚の骨を喉につまらせたり、雨を喜んだり、庭になった柿が美味しい、などと他愛ない出来事を綴ってあった。

しかしある日、人の姿をした化け物が村人を襲ったという。人では考えられない力を持つ物の怪になす術はなかったが、この男は子供と身重の妻をつれて逃げることは出来なかった。家に閉じこもっていた所、しばらくして、聞き覚えのない声で呼びかけられたという。

『もう対処はしたから、安心していい』

男が恐る恐る外に出ると、形容しがたい美しさをもった若い男がいた。信用すべきか迷ったが、美しい男の仲間が荒らされた村の修復をしていることに気付き、もう大丈夫だと安堵した。

閉じこもっていた村人も、逃げていた村人も、安全であるとわかるや否や、美しい男とその仲間をもてなした。美しい男は、あの物の怪を生み出したものを退治するために各地を旅していると言った。手がかりを探すためにしばらく近くに滞在するという男たちを、村人は快く迎え入れた。

美しい男の仲間もまた美しく、同時に物知りで、村人はこぞって彼らに知識を請うた。尻込みしそうな美貌だが、彼らは皆気さくで、村人とは良好な関係を気付いた。男たちはひと月ほどで村を離れることになり、村人こぞって見送った。

「……これですね」
「だな。なんで街の方には資料がなかったんだ……?思い切りいらっしゃってるじゃないか」

一通り目を通したが、手がかりと思われる記述は他になかった。英と優姫は一冊の本を睨み、首をひねる。

書物がこんな山奥にあるのは、元の神社の管理者が役所に寄贈などしなかったからだろう。それはいいが、日記を見る限り相当の騒ぎになった出来事を、街の図書館や郷土資料館で目にしなかったことは不可解だ。優姫も英も、情報を取り落としていたのだろうか。

何はともあれ、枢がここを訪れ、何をしていたかは判明した。研究関係での滞在かと思ったが、実際は人に害をなす<純血種>や<レベル:E>の粛正であったのだ。枢らがそういったことを行っていたのは二人も知っておりーーだからこその疑問がある。枢が自ら、この地域の存在を記録したのは何故なのか。

「人の姿をした化け物か……」
「なにー?収穫あったー?」

狛織がソファに仰向けになり、あくびまじりに問うてくる。英が肯定すると、狛織は「良かったね」と言いながらひょいと立ち上がった。

「じゃーあたしそろそろ出るから。好きにしてていーよ」
「は?」
「こんなとこにくる人いないし、盗られて困るものもないし。二人も、飽きたら帰っていーよ」
「は?」

身構える英と優姫をよそに、狛織は拘束具を外していく。外したベルトはソファに放り、作業机からナイフポーチと思われるベルトを取り出す。そこに、壁にかけてあった刃物を全て納め、さらに引き出しから今度はハンティングナイフを出した。

古代調のナイフとは違う、シンプルな作りのやや大振りなナイフだ。ナックルガードがいかめしい印象に拍車をかける。それをまた別のベルトに納めると、腰に装備する。

「狛織ちゃん……?五本も刃物持ってどうするの?」
「あとニ本も仕込んであるよー」
「な、七本も持ってどうするの!?」
「使うのは多分六本ー」
「そういうことじゃなくて!」

狛織はけらけら笑いながら上着を羽織る。あとは財布らしきものをズボンのポケットに突っ込み、重そうなショートブーツを履いていた。

名を呼んでも止まらず、二人が腰をあげる。腕を掴もうとしたが、するりとかわされた。

「だーいじょーぶ。家族が集合するだけだから」
「刃物を持ってか!?」
「……あたしはね。友達は大事にしたいんだよー」

だから秘密、と狛織は靴先で地面を叩く。

「それに、藍堂君と玖蘭ちゃんの目的はそっちでしょ?よそ見しちゃダメだよー」

伸びた声で言い、テーブルの資料を顎で示す。英がさらに言い募るよりも前に、狛織は外へと飛び出していた。

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