刀剣女士続


1
本丸は広い。庭(もはや山)も広い。刀剣たちのいい遊び場だ。年齢だけを言えば三桁に突入する短刀や脇差たちでも、外見年齢に引っ張られているのか、駆け回るのが好きなのだ。

今日は出陣のない休養日。内番の刀剣はいるが、本丸は緩やかな空気が流れている。外から、短刀らの賑やかな声がした。和む。

僕はペンを置いて、ごろりと畳にころがった。畳の香りは好きだ。そのまま深呼吸をして体を起こす。月終わりの報告書がようやく仕上がった。元々書類仕事は好きではないので、毎回重労働。パソコンから入力もできるが、目が疲れるのでマニュアルで行っている。

「お疲れ様、主」
「おー、清もありがと」

手伝ってくれていた近侍の加州清光が、そばに来て笑う。初期刀である清に近侍を任せることは多い。

わしわし頭を撫でてやれば、嬉しそうに目を細めた。刀剣らは実際僕よりはるかに年上だし、見た目もいい年をした者がいるが、人に使われるための存在だからか、構われるのは好きらしい。特にこの清と他数名はそれが顕著だ。

「今日は天気がいいし、散歩にでも行く?」
「行く。腰痛いし」
「……俺も行こうかな」
「えっ来ないの?」
「行くよ!」

素直でよろしい。

執務室から縁側に出ると、刀剣たちが気付いて駆け寄ってくる。おにごとでもしていたのかなあ。僕は瞬殺だ。

短刀藤四郎兄弟に蛍丸、小夜左文字、愛染国俊。わらわら集まってきた短刀と大太刀に疲れも忘れる。散歩に行くのだと言えば、案の定同行を希望した。

「あ、そうだ!あっちで水仙が沢山咲いてたんだ!大将も見にいこうぜ!」
「そういえばそんな時期だなーーん?」

ぞろぞろと歩き出し、ふと縁側を歩く天守月影を発見。白地の浴衣がよく似合っている。月ちゃんは微笑んで会釈をした。僕は、蛍(けい)と前(ぜん)に両手を取られているので手が振れず、立ち止まっている月ちゃんに声をかけた。

「月ちゃん、内番じゃなかったよね?何か用事ある?」
「いえ、特に何も……」
「今から散歩に行くんだけど、一緒にどう?」
「え?」

月ちゃんの視線が刀剣たちを走り、僕に落ち着く。何か迷っているらしい。もしかして僕からの誘いは断りにくいからかな。ちょっと一匹狼気質だから、わちゃわちゃするの苦手なんだろうか。確かに普段絡んでいる面子は、落ち着いたのが多いかもしれない。

でも鶴ともよく絡んでるな。やっぱり、月ちゃんはちょっとだけ人見知りなのかなあ。

「うん、そうだなあ。水仙が咲いているそうなんだから、一緒に観に行こう?」
「月、はやく下駄持って来なよ。先行っちゃうよ」

清が追い打ちをかけると、月ちゃんは頷いて下駄を取りに走った。清は僕の初期刀なだけあって、とても面倒見がいい。油断すると拗らせるが、そこも可愛いものだ。

「月、ボードゲームは得意なくせに、外遊びしようとしねーからな」
「え、薬研(やっくん)そうなの?」
「おう。箱入りって感じだぜ?この前オナモミをいかにばれずに装着するかってやってたんだけど、不思議そうにオナモミ観察してた」
「と、都会っ子なのかな……」

刀剣の年齢なら、野山に詳しそうなものだが、偏見だろうか。世間知らずな三日月宗近(ミカ)も、体験していなくとも知っていることは多いのだが。

「天守と外で遊べるの、嬉しいです」

五虎退(コタ)が足元に虎をまとわりつかせながらはにかむ。月ちゃんが動物に好かれやすいことは僕も知っていた。

お待たせしました、と月ちゃんが持ち前の機動力で現れる。その表情がどことなくわくわくしたものであることは、僕にはお見通しなのだ。




2
「退屈なので、新入りに驚きを提供してもらいたい!」

それから、天守月影は食材の飾り切りに凝り始めた。



3
人が集まる。見送りもちらほら。眠気を吹き飛ばした六人は、きりっと背筋を伸ばしている。さすが僕の子たち、勇ましい。

僕は彼らの無事を祈って、戦地へ送り出した。


堀川国広は、先陣をきった天守月影に頭を抱えた。単独での戦闘を好む天守月影は、最近陣形について理解したため、一人突っ走ることはなかったのだが、夜戦で興奮しているのだろうか。この中で圧倒的に練度が低いということを覚えているのだろうか。

「もう、月!ちょっと冷静になってよ」
「あっすみません、つい」

我を忘れてはいないようで、呼びかけると猛進を止めた。じとりと見つめると「夜に紛れて気付かれないうちに、と思って……」だそうだ。どこの暗殺者だ。人の事は言えないが。

「あんまりはなれると、なにかあっても、たすけにはいれない……」
「ごめんなさい」
「よしよし、さっさと進むぞー」

鯰尾の号令で気を取り直し、敵に向き直る。夜目のきく編成であるし、天守月影がいる限り、死角はないに等しい。練度も十分とあれば、怖気付く理由などなかった。

天守月影は音もなく静かに戦場をかける。型がない動きは変則的で、最小限の動きで敵を再起不能にする。ひらりと攻撃をかわして急所を狙う様子は、本当に打刀かと問いたくなるほどだ。

ひと段落したと思えば遠くへ視線をなげ、他の本丸からの部隊が危険だと言う。ひどい血の匂いがするのだとか。

「月の索敵……おかしいよ……」
「ありがとリカ」

緊急連絡の推奨平均練度を無視して、送り込まれた部隊だろう。緊急出撃命令は特別報酬が出る場合があるから、それを狙ったらしい。

他の部隊とはいえども同類が折られるのは気分が悪い。堀川国広たちは天守月影の先導で、窮地らしい仲間の救出へ向かった。



4
「……竹?」
「ああ。流し素麺だからな」
「ながしそうめん」
「流し素麺だ」

蜻蛉切は、山の片隅にある竹林から調達した竹を揺らした。葉がしゃらしゃらとなり、天守月影が大きなそれをほけっと見上げる。蜻蛉切とともに竹を取りに行った同田貫正国も、大きな竹を持っている。なにせ同居人(刀)が多いのだ、必要な竹の量も多くなる。

「素麺を、流すの」
「流し素麺だからな。毎年、暑くなってくるとやっているんだ」

山姥切国広が、納屋からナタを持ってくる。蜻蛉切と同田貫正国に渡すと、することもないのか縁側に腰掛けていた。蜻蛉切は興味深そうに成り行きを見る天守月影に笑って、危ないからと離れさせた。山姥切国広と少しの間をあけて座っていた。

本丸の主が審神者となって初めの年、「夏の暑さと書類によって煮詰まった頭の気分転換がしたい」と主が提案したのがきっかけだ。以来、夏に数回行われている。蜻蛉切は四年目から参加しており、気付けば流し素麺時の準備係になっていた。毎年増える刀剣に、竹も長くなっていった。今回が初流し素麺となるのは、天守月影以外にも数名いる。

冬に迎えた鶴丸国永が流し素麺に強く興味を示し、雪の降る中素麺を流したのはいい思い出である。湯で流した。寒い寒いと言いながら鶴丸の提案を蹴らなかったあたり、皆楽しいことが好きなのだ。

蜻蛉切の準備も慣れたものだ。蜻蛉切と同時に来た同田貫正国も手慣れている。枝を落として竹を割り、着々と準備を進める。日が長いせいか、山の方から聞こえる蝉の声は、まだ止んでいない。

蜻蛉切の視界の端で見えた天守月影が浮いた足を前後に揺らす。普段はどちらかというと大人しく、冷静さをかかない印象が強いだけに、その無邪気さは意外だ。

「楽しみなのか?」

蜻蛉切は竹から顔を上げた。山姥切国広が天守月影にふったらしい。布で表情は見えない。たまにパーカーというものを着ているが、今日は布だ。

対する天守月影は、夏の日差しに目を細めていた。日差しが厳しくなるにつれて、天守月影は気だるい空気をまとっている。夜戦では生き生きと刀を振るっている、とは堀川国広の談だ。刀剣である以上、暑さや寒さには強いが、天守月影は暑さが苦手らしい。

「うん。どんな風か分からないけど、楽しみ」
「そうか」

あ、それで終わりなのか。蜻蛉切は小さく笑って作業を再開した。




5
きっかけはまごうことなく初対面の時だった。

「鳴狐と申します!私はお供の狐です!」
「狐が喋って、あ、天守月影です。よろしくお願いします」

鳴狐がおもむろに手をあげ、片手で狐を作る。そのまま鳴狐が無表情で「よろしく」と静かに告げるのは、いつものことだった。

ひょいと。それより小ぶりな狐が現れる。口の部分を作る親指を動かして、

「よろしく」
「!」

以来、彼らは挨拶する時に、手でつくった狐に喋らせる。しばらく審神者と一期一振が悶絶していたことなど、二人は知らない。



6
三日月宗近は、気の向くまま出歩くのが好きだ。散歩好きのおじいちゃん、とは本丸共通の認識だ。出陣中は自重するが、安全である場所では、あっちへふらふらこっちへふらふら。本丸に迎えられた当初何も言わず一人で山に入り、食事の時間に戻らないので、刀剣総出で探す羽目になったこともある。

主も刀剣も寝静まった夜、三日月宗近はおもむろに目を開けた。三日月はふと障子越しに外を見て、布団から出た。濃紺の髪に指を通し、努めて静かに縁側に出る。冷暖房不必要な気温であり、雲ひとつない天気なので、雨戸はなく解放されている。

刀の手入れはされているし、そもそも刀剣にとって睡眠は欲求ではなく嗜好近い。一日夜更かししたからといって大した支障がないことは分かっているので、起き出した後ろめたさもない。

池のそばに、人が立っている。月光の中に寝間着で立ち竦む人影は、浮世離れしていたが、怪談のようなおどろおどろしさなど皆無。顔を空へ向けて、夜空を見上げていた。三日月宗近は釣られて空を見上げ、満天の星に笑んだ。ちょうど今宵は三日月である。静寂を守る池にも、水月が佇んでいることだろう。

そのまま池に落ちてしまいそうな頼りない背中に、三日月宗近は、下駄を足に引っ掛けた。

「眠れぬか?新たな同胞よ」
「慣れない場所ですから」
「お、気付かれていたか」

静かに静かに接近したつもりだったが、天守月影は驚いた様子なく返答した。三日月宗近はころころと笑って、天守月影に並ぶ。

「俺は三日月宗近という。天下五剣のひとつだ」
「天守月影です」
「そう硬くならなくてよいぞ。天守。歴史のある刀とみた。年寄り同士、気楽にな」
「え……あ、はい」
「ん?」
「……うん」
「天守は、どこの刀なんだ?恥ずかしながら、聞いたことがなくてな」
「どうなのかな……。ずうっと昔に、ずっと遠くで」
「焼失したくちか?」
「ううん、私が覚えてないだけで。傷付いたことないよ」

付喪神として宿ったのが遅いとしても、本体である刀の記憶は残るものだ。知らないと言うのならば、そこで焼けたのではないか、と三日月宗近は首を傾ける。

世間話の風で口を開く天守月影は、水月を眺めている。

天下五剣の一つにして最も美しいといわれる三日月宗近は、刀剣付喪神の中でも高いの神格をもつ。付喪神が神の末席、妖怪寄りとはいっても、神には違いない。同じ刀剣であっても、否、だからこそ息を呑む研ぎ澄まされた神気。人間はその美貌に惑わされる。三日月宗近は自身を見て、畏れ、息を呑み、魅入った者たちを知っている。どうやら天守月影は、三日月に呑まれない程度は強い刀らしい。

天守月影の静かな横顔を眺めていると、不意に三日月宗近をとらえた。じっと見据えてきたかと思うと、水面へ戻る。そしてもう一度三日月宗近を見上げると、ふっと相好を崩した。

「とても、綺麗な目だと思った」

三日月宗近の虹彩は青い。だが不思議なことに、瞳孔を囲うようにして薄く黄色が入っている。暗闇で控えめに輝くそれは、まさに月。

天守月影の言葉に、主の声が重なった。顕現してすぐの三日月宗近に、審神者も似たようなことを言ったのだ。あの時は三日月宗近自身、目の色など分かるはずもなく、きょとりとしてしまった。「二つの月を持つとは」審神者はそう言って、何がおかしいのか楽しそうに笑ったのだ。

「三日月さんは水月の目をしてる」
「……楽しそうだな」
「小さい発見とか、珍しいもの見ると、嬉しくなりませんか?」
「ああ、なるほど」

あれから聞いたことはなかったが、審神者もそういう気持ちで笑ったのだろう。今の三日月宗近には、漠然と理解できた。

人の体を得て数ヶ月、三日月宗近もその複雑怪奇さを思い知っていた。人間にとって物事は白か黒かではない。些細なことでも、容易く人の琴線に触れ、数多の答えを導き出す。思考し、見えない何かを感じ取る。人はいつの時代も面倒で、愛しいものだ。

「天守は顕現したばかりだというに、まさしく人であるのだな」
「……そう言われると、なんだか不思議な気分になるなあ」
「刀だからな」
「あはは」

三日月宗近が目を細めると、天守月影は一拍おいてから小さく苦笑する。会話の中で表情をころころと変化させるのも、無邪気な人間のようだ。長い時を経て人と関わることで、その人間味を宿したのかもしれない。

「……して、眠れそうか」
「頑張ります」





7
「主ぃいい!天守が中傷だ!」
「月ちゃんは屋敷の掃除じゃ」
「岩融が!室内で!高い高い!」
「あいつはもう!」
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