刀剣女子続々


8
突然ですが、姉が出産しました。

本丸内外の情報は制限されているので、最低限の現状が簡潔なレポートとして外界に届けられる。外からは、手紙であっても指定の用紙に記入することになる。ちなみに検閲必須。

僕の本丸を担当している政府の役人から、姉夫婦からの手紙を受け取ったのがひと月ほど前。とっくに妊娠したことと出産予定日が記され、たまには帰ってこいと赤ペンでオドロオドロしい主張があった。僕はめでたいなあと当たり障りのない返事を書いて、それだけだった。

そして一昨日、担当から「なんで休暇願い出してないんですか!?折角なんですから戻りましょう!」と電話で叫ばれた。ちなみにこの担当、一年ほどの付き合いのなるがまだまだ新人。ベテランであり付き合いやすいらしい僕の担当になったのは、色々勉強するためなんだとか。新人教育を審神者がするのだ。政府のほうも人が足りないらしい。決して困ったちゃんではないので、別に文句はない。

その担当は言う。僕は審神者の一時帰省制度が認められてからも一度も申請していないので、この機会に帰省すべきだと。近頃の審神者は月に一日程度帰省して、精神的負担を減らすのが普通なのだそうだ。新任審神者にはそれなりの制限がかかるし、まず申請出来ない者も、いるにはいるようだけど。なかなかにシビアな職業である。僕の世代の審神者も、数ヶ月に一度は申請を出しているらしい。主に盆と正月。

僕自身、申請すればすんなり通ると断言できる程度には、実績もあるし信頼もされている。それは分かっているし担当も言っていた。それでも僕は気が進まなかった。家族と仲が悪かったわけではない。むしろ良好だ。

僕がいなくなった本丸に、もしも襲撃があればどうするのだと思う。時空間転移の門は審神者である僕しか操作できないし、刀剣同士で手入れもできない。彼らの強さは知ってるけど、でも。僕は、襲撃を受けて壊滅的被害を受けた本丸を知っているから、余計にそう思う。もちろん、滅多にあることではない。

「大将、そりゃあ戻ったほうがいいんじゃねーの?」

担当との電話を聞いていたらしい薬研(やっくん)に、呆れたように言われたのだ。会える時に会うべきだと。長く生きるからこそのセリフに、僕が反論できるはずもなく、やっくん男前、と呟いて真面目に帰省を検討した。

本丸襲撃を恐れて帰省しないことは、交通事故を恐れて外出しないことと同じで、くだらないことを言っている自覚もあるからこそ。僕は結局、一日休暇をとることにした。

出撃遠征を一切しないように予定を変更したその日、僕はキヨと月ちゃんと一緒に、時空間転移門をくぐったのだった。

*

外に出たい、という刀剣は多い。もちろん戦場や万屋ではなく、街へ出て、出歩きたいということだ。審神者会合の時の護衛も、希望者が多い。政府からは、定められたテストで合格点をとった刀剣ならば最大三振りまでの同行が認められている。僕はそのテストの合格者のうち、まだ街に行ったことのない刀剣でクジをして決める。

政府指定のテストは、「審神者とはぐれたとき」「地震が起こったとき」「絡まれたとき」といった状況での刀剣の行動を口頭試問するものである。抜刀したり怪我を負わせたた当然失格だ。コツさえつかめば合格点はとれるので、僕の本丸では全員合格。最初は半数近くが不合格だったりした。

今回もいつものように事情を話し、夕餉の席で抽選を行った。全員に番号を配布して、僕が別に用意した番号札を引くことで決定する。もし最初の番号で蜻蛉切や太郎太刀らがあたれば、一振りだけを連れて出、他であれば二振り目を決める。二人ともが短刀だったら、三振り目を決めるときもある。

ただし、例外的にキヨは連れて行くことを決めていた。家族への報告で、初期刀であるキヨのことをちらっと書いたことがあるからだ。審神者になってから初めての帰省だ、初期刀は紹介しておきたかった。次に機会があれば、初期鍛刀は必ず連れて行くつもりである。

そして追加で決めた一振り、月ちゃんが当選したのだ。

*

余談だが。審神者はかなり給料がいいーー人数が人数なので豪遊は無理だがーーこと、美男子を侍らせられるという噂があることから一般人に妬まれることもある。歴史修正主義者からも、刀剣を従える審神者は狙われる。だからこそ、護衛として刀剣を連れて帰省するのは必須だ。同時に、そういった敵がいない場所では戦闘能力の高い刀剣を使って悪事を働くことも可能であり、抜刀禁止や政府指定試験があるわけだ。揉め事を起こせばペナルティも待っている。

時空間転移先として、現代に登録されているのは、本部と演練場のみ。帰省時は本部に出てから、目的地へ移動しなければならない。僕は関西の出身です。

「ここが政府の?」
「そうだよー。中央とか本陣とか本部とか、色々呼ばれてるけど」
「へえ……」

キヨはともかく月ちゃんは初めてだが、拍子抜けするくらいおちついていた。

窓口で許可証を提示して少しすると、ガラス戸が開く。これであとは自由に動いていいのだ。見慣れぬ女の子と美少年をつれた僕は、そそくさと二人を連れて移動した。はたから見れば、僕が刀剣なのかもしれないし、審神者が二人かと思われているのかもしれない。

別の窓口で、刀袋を借りる。これにも目くらましの呪いがかけてある。袋に入れた時点で刀とはわかりにくいが、それが複数人となるとどうしても怪しく映るので。

階段で階を移動し、ロビーまで来ると、二人が明らかにそわそわし始める。正直すごく可愛い。

キャーアノヒトカッコイー、ミタコトナイトウケンダ。ここの職員は慣れたように、こそこそとこちらを観察してくる。まあ分かる。これでもしミカを連れて行こうものなら、おそろしいことになる。

「今から新幹線で移動します。絶対にはぐれないように」
「はーい」
「わかりました」

こくりと二人が頷く。

キヨはただのスラックスとVネックなのに、ブランドものをまとっているように見える。アイデンティティのヒールはそのままだ。月ちゃんは、ランが是非にと進めたワンピースだ。二人とも新鮮である。僕はジーンズにポロシャツというなんの変哲も無い格好。

会合後の自由時間に街を出歩くときも思うのだが、一体どういう関係だと思われているのだろうか。キヨと月ちゃんと僕。兄弟だと言い張れないこともないけど、顔面偏差値の格差は歴然としてある。

僕はあくびを噛み殺し、美少年と可愛らしい少女を従えて歩き出した。

「なんというかまあ……煩雑としてるよね」
「でもまだ朝早いから、人は全然少ないと思うよ」
「これで少ないってなー」
「通勤ラッシュ、ですか?スーツの人ばかりですね」

キヨも街に来たことがあるとはいえ、せいぜい一度か二度。車や行き交う人を物珍しそうに眺めている。並ぶ月ちゃんは、朝早い光に、眩しそうに目を細めながら観察していた。

現代の刀は美術品として大事にしまい込まれている。外界など見る機会もない。そのため、刀剣男士たちはどうしても自分らが振るわれていた時代の知識を頼っているのだーー月ちゃんについては、分からないけど。

「よーし、あれが駅です。広いし、朝とは言っても通勤ラッシュ、油断しないように。もしはぐれたら?」
「索敵展開します」
「周囲の人に窓口の場所を聞く!」
「はいおっけー」


9
(続き)

新幹線内では、案外大人しかった。これに関してはキヨも初めてで、乗ってすぐは外を眺めていたが、速すぎて分からんと早々に飽きていた。月ちゃんも物珍しそうにはしていたが、大体はキヨの質問に丁寧に答えていた。

一時間ほどで降り、在来線に揺られて二十分。僕の実家の最寄駅である。どちらかといえば都会だが、首都には到底及ばない程度の故郷。本丸からすれば充分大都会に見える。僕が帰省するのにあわせて、身内が集まっているらしい。

駅のコンビニでお金をおろし、祝儀袋と筆ペンを調達した。本丸からは政府を通じてしか買い物出来ないため、急遽決まった帰省に合わせてお祝いを用意できなかったのだ。今から祝いの品を買うには移動が必須であるし。筆ペン苦手なんだよなあ、と眉を寄せる僕の前に、筆を使っていた時代の人物。出来心で頼み、達筆すぎて写メった。慣れない漢字らしいし、川の下の子云々言っていたが、さすがである。

駅からは歩いて十五分。二人がチラ見される回数は片手で足りる程度だ。刀袋の呪いは肉体の方にも若干作用するのだ。イチゴを連れて歩いた時もすれ違いざまに横目で見られる程度だった。

到着したのは、ありふれたファミリーマンションだ。オートロックなので、ロビーのインターホンから呼びかけて扉を開けてもらう。出たのは母親で、興奮気味に挨拶された。五年以上会ってないもんな。いい親孝行は出来ていないが、給料の仕送りを欠かしたことはないので勘弁してほしい。

マンションの廊下は、よく磨かれた床と汚れのない壁で眩しい。ここに住み始めたのは僕が中学のときだ。就職してからは一人暮らしだった。

「なんか懐かしいなあ」
「主がいなくなるのは嫌だけど、たまには帰るのもいいんじゃない?」
「考えとくよ。けどなんか、落ち着かないなあ。僕、本丸好きだ」
「ふふ、知っています」

二人が桜を咲かせる。分かりやすいデレだ。霊力が可視化しているだけなので自然消滅で掃除いらず。

実家のある棟につくとエレベーターに乗り込む。今から行くのは実家だというのに緊張してきた。本丸に帰りたい。

六年ぶりのドアの前にたち、深呼吸。インターホンを押す必要がないのでそのまま入ればいい。後ろの二人の和やかな空気に背を押され、勢いよくドアを開けた。



隣の部屋や下の階の部屋から苦情が来ないことが奇跡であると言えるほど、三十分近く大騒ぎとなった。

ます両親が僕の帰宅に叫び、祖父母が泣き、姉がキヨの美しさに奇声をあげ、赤ちゃんが泣きわめく。僕とまともな面識がない姉の夫まで、場に乗せられて騒ぐ。奥にいたらしい叔父とその子供も煽る。後ろでキヨと月ちゃんが笑う。笑ってないで止めてくれ。

やっとおさまったころには既に疲れがあり、お祝いをさっさと渡して、ローテーブルの前に座った。母が、氷の入った麦茶を置く。本丸では緑茶を飲むことの方が多いので、ここは本丸じゃないんだなあと妙な気分になった。

「あんた全然帰ってこないんだから。お姉ちゃんの出産がいいきっかけになったわね」
「そ。あたしに感謝してお母様」

担当に言われるまで帰る気なかった、とは言わない。

きゃいきゃいと僕そっちのけで盛り上がる女性陣をよそに、僕は姉の旦那さんにご挨拶。そこに父もまざって、僕の知らない姉夫婦の近状報告が始まった。結婚式にすら出席していないので、全ての話が初耳だった。

「そうだ、お前らの分のシュークリーム残してたんだ。お前とあと二人ーーーーあれ?」

父が腰を上げて首を傾げる。僕はさっと青ざめて、リビングを見回した。身内の姿はあるが、キヨと月ちゃんがいない。リビングに続く廊下に立つ姿が、磨りガラスの入った扉越しに見えた。

怒涛の勢いで会話が進むものだから、僕はすぐに気付けなかった。久々の家族団欒に、知らず浮かれていたのだろう。普段は絶対にしない失態だった。僕にとって刀剣は、刀であり家族であり我が子だ。意識になかったことが情けなくて仕方ない。

僕が声をかけるよりも先に、近くにいた姉が扉を開いて呼びかけた。

「あの、弟の護衛の方、ですよね?入ってください、洋菓子あるんですけど」

へりくだった態度にちょっと笑いそうになった。気持ちはわかるけどね。僕にとってはいて当然の存在になっているけど、姉らにとっては未知の存在なのだと思い知る。父も母も祖父母も親戚も、みんなして廊下の刀剣に注目していた。

「俺たちのことは、空気だとでも思ってくれていーよ。これでも護衛だから主から離れることは出来ないし、離れたくないけど……家族水入らずっての、邪魔する気ないから」
「えっ主?主って呼ばれてんのアンタ!」
「そーだよ悪いか、結構レパートリーあるわ」
「仲の良いご家族なのですね。あまり長い時間ではありませんし、私たちを気にせずお過ごしください」

身内からの視線が痛い。僕がこんな扱いなのに戸惑ってるんだろう、知ってる。僕は困惑する姉(キヨにメロメロである)を押しのけ、棒立ちの二人を手招きした。

「キヨも月ちゃんもおいでよ。心遣いはありがたいけど、二人も僕の家族なんだから。これからはちょくちょく帰省する予定だし、ちゃんと紹介したいんだよ」

ぶわっと舞った桜に吹き出す。多分ほとんど清のだけど。涙目で僕に抱きついてくる清に、こういう所は変わらないなあと背中を叩く。クスクス笑う月ちゃんも手招きして、ローテーブルの前に座った。母にはダイニングテーブルを進められたけど、二人は床座の方が慣れているから。

みんな空気を読んだのか、僕ら三人の対面に両親が座る。姉夫婦と叔父親子はダイニングテーブルでこちらをうかがっていた。

しかしなんだこれは、お見合いか?

「えっと。こっちが僕の両親。でこっちが僕の刀剣。彼が初期刀……一番古株の加州清光、彼女は一番新参の天守月影」

背筋を伸ばしてきっちり頭を下げる清と月ちゃんに、両親がびびっていた。両親は軽く自己紹介をして、姉らも紹介すると、息子が世話になっていますと笑った。衣食住からメンタルケアまでしてるのは審神者だけどな!

次いで口を開いたのは清だった。

「……俺は初期刀として、今までずっと大切にしてもらってる。刀としても、働かせてもらってる。主は優しい人だから、最初こそたくさん戸惑いもあったけど……俺たちの自慢の主です。世話んなってるのは俺たちの方だ。主を、審神者っていう危険な職に送り出してくれてありがとう」
「私は一番新しい刀ですけど、全面的に同意ですね」
「天守ちゃんと言えよ」
「こういうの苦手なんだよ……。えーと、主が主で幸せです」

おい君達、僕を誉め殺してどうしようというんだ。本丸でも好かれてるとは思うし、清なんかは分かりやすく懐いてくれてるけど、こうも改まって親の前で告げられるのは中々嬉しい。嬉しすぎる。恥ずかしい。

僕が主で良かったって言ってもらえるのは、最高の殺し文句だ。

彼らは刀で、僕だからではなく、僕が審神者だから主と呼んで慕う。それに文句はないし、それでも十分喜ばしいと思う。けど僕は今まで、それを訪ねたことはなかった。僕だから慕うのか、審神者だから慕うのか。突きつけられるのが怖かったから。自分の中で納得していても、直接言われるとそれなりにダメージがあって、それを負うくらいなら、有耶無耶なまま、審神者としてやっていこうと決めていたのだ。

そしてベテランと言われるようになってこれである。何人かは、僕だからつかえると言ってくれたことが確かにあったけど。

「っ……清も月ちゃんもさあ」
「あ、主!?なんで!?俺なにか言った?」
「嬉しいんだよもう!」
「主、ティッシュどうぞ」
「ありがとう!」

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