黄色が神喰いに拾われる


高層ビルには巨大な穴が空き、倉庫はシャッターが壊され、市街"だった"であろう場所に、人の気配はない。風化が始まって長いのか砂地が多く、砂漠に廃墟が突き刺さっているかのようだ。

白い陽射しが降り注ぎ、乾いた風が砂を巻き上げる。その中に、ポツンと佇む長身の男。

「……は?んだよ、ここ……」

高校バスケ界の天才の一人であり、モデルでもある黄瀬涼太は、頬を引きつらせて辺りを見回した。記憶を探るまでもなく見覚えのない景色に、ガシガシと頭をかいた。

「番組のドッキリにしちゃ、規模でかすぎっスね……赤司っちとか?」

同じく天才と言われる同級生を思い起こす。家柄のせいか突飛なことを言う彼だが、流石にこれはないだろう。お金の使い所を間違っている。

どうして昼休みに入った途端、廃れた街に瞬間移動なのか。夢にしては、あらゆる感覚がリアルなのだ。

元チームメイトや現チームメイトの名前を力なく呟きながら、恐る恐る動き出す。荒廃した市街は、映画で見る"滅んだ地球"にそっくりだった。まさかここは未来なのか、と非現実的な考えがよぎる。

「夢オチ希望……まじセツジツに!」

皆どこっスかあ、と弱気になりながら歩く。人が生活しているような痕跡は皆無で、不自然な形に崩れたビルと砂地があるだけだ。

――――ォン。

そもそも日本なのかさえ怪しい。もし、人間に出会えたとしても言葉が通じるのかどうか。お世辞にも、涼太は勉強が出来るといえない。英語も呪文である。

――――ォオン。

「うう……センパーイ……黒子っちー緑間っちー青峰っちー桃っちー紫っちー赤司っちー……」

――――ォオン。

訳の分からない状況に泣きたくなりながら、何か手がかりはないかと周囲を見回す。そうしていると何か重い音を聞き、音の方へと足を向けた。

――――ォン、ドォン。

早鐘を打つ胸を押さえ、ごくりと唾を飲み込んだ。建物の影から顔を覗かせた涼太は、何か、黒いモノを見た。

「――?!」

大きさは、マイクロバスほどあるだろうか。長く細い尾を揺らし、黒いタテガミをなびかせながら、涼太に背を向けているそれ。ライオンを思わせる外見だが、大きさは動物園にいるライオンの比ではない。歩くたびに地面がなり、涼太へも振動が伝わっていた。

涼太はとっさに口をおさえ、じり、と後ずさった。ただでさえ煩かった心臓が、これ以上ない位に拍動する。溢れてくる汗は、公式戦にも負けていない。

見つかれば終わる、と直感する。幸い、ソイツは涼太に気付いていない。涼太はゆっくりと後退すると、視界に捉えた倉庫に入った。ずるずると座り込み、せり上がってくる胃酸を吐き出した。

「う、あっ……なんだよアレ……!」

決して寒くはないのに震えてくる体を抱きしめて小さくなる。あの巨大な黒いライオンに喰われる自分の姿を連想し、悲鳴を上げないよう歯を噛み締めた。

誰にも会えなければ、アイツに喰われる。……戦う?武器もないのに?あんな化け物と?

「は、ハハッ……ちょっとスタッフとかいないんスか?もういいっしょ?」

引きつった笑いをこぼすが、誰も出て来はしない。涼太は深く呼吸して、なんとか震えを抑えた。躊躇いつつも、倉庫の外へ顔を出す。

黒いライオンは見えない。足音がすれば逃げたらいいだろう、と自分を奮い立たせた。あの図体で素早い動きができる訳が無いのだ。涼太は、運動に関して自信があった。転げながらでも逃げればいい。そう繰り返し言い聞かせる。

――――ドォン。

黒い巨体が現れる。涼太のいる倉庫から距離はあるが、落ち着いた心臓がまた忙しくなった。呼吸を止める勢いで息を潜め、やり過ごすことに専念する。目が合えば終わりだと感じたが、動きを把握しておきたいと、外を覗いたままだった。

……行け。行け。そのまま。

倉庫の前は広い砂地で、巨体の動きがよく見える。祈る思いで念じていると、また別の音が聞こえた。思わず肩を揺らし――声を出さなかった自分を褒めたい――ぎこちない動きで音源を確かめる。

涼太の視線の先には、待ちに待った人間がいた。

「!」

白銀の髪をした女の子だ。その手には、冷蔵庫近い大きさの剣が握られているのだが、涼太の目には入っていなかった。

声をかけようとして、ふと我に返る。ここにはあの化け物がいるのだ、無闇に動けない。

……ならなんで、あの子はここに?しかもあの化け物をまっすぐに睨んで。

女の子は通信機でも持っているのか、二・三言葉を発しているように見える。そして姿勢を落としたかと思えば、白銀の女の子は化け物に突っ込んで行く。

――否、三人の人間が、化け物を囲むように現れたのだ。

「なっ……?!」
「ガァアアアアア!!」

化け物の咆哮に腰を抜かす。目を零れんばかりに見開いた涼太は、化け物の正面から突っ込んでいく別の少女を見た。表情は分からないが、少女は身の丈以上ある物体を、勢い良く振り下ろしている。

「オラァ!」
「?!」

化け物に当たったようで、ドン、と鈍い音がした。人間離れした怪力に倉庫から身を乗り出すと同時、また別の、今度は少年の声がした。

「お、はあああ?!ちょっとリーダー!リーダー!ヒノ!」

女の子は暴れる化け物から瞬時に離れ、白銀の女の子が切り込む。少年の声に反応を見せたのは前者で、化け物から視線を逸らさずに「どしたの!」と声を上げる。

「人がいるんだけど!そこの倉庫!」
「はい?!」

涼太は自分のことだと気付いたが、驚きの連続でまともな反応ができず、地面に座り込んだままだった。マイクロバスサイズのライオンと、三人の人間が戦っているのだ。死の予感を瞬時忘れていた。






リーダーもといヒノは、コウタに言われて倉庫を見た。確かにそこには、いるはずのない明らかな一般人がいる。鮮やかな金髪は一瞥でも印象に残るものだった。

ヒノはディアウスピターに注意を向けながら、通信機を起動させる。

「アリサ、コウタ、ちょっとだけ頼めます?」
『分かりました!』
『おっけー!』

突進してきたディアウスピターをかわし、そのまま全速力で倉庫へ走る。背後で激しい銃撃と、アリサがブレードを叩き込む音が聞こえた。上手くディアウスピターの注意をそらしてくれたようだ。それでも、ディアウスピターは巨体に似つかわしくない俊敏な動きをするので油断は禁物である。ヒノは閃光弾(スタングレネード)をいつでも取り出せるようにしていた。

刀身にしている神機を握り、金髪の青年のもとへ向かう。座り込んでいる彼は腰が抜けているのだろう、体を引きずるようにヒノへ近付こうとしていた。

綺麗な金髪に、何人かをまず思案する。ロシア語と、ある程度なら英語も話せるので大丈夫だと思いたい。それにここは極東――日本だ。外国人でも日本語は通じるだろう。

「あっあの、俺!」

思い切り日本語だった。

「俺、なんで、どうしたらいいか分かんなくて、俺、ここ……!」

長いまつげに飾られた目には涙がたまり、もう零れ落ちている。なぜ一般人が"こんな場所"にいるのか気になるし、問いたださなければならないが、ディアウスピターを目の当たりにして限界だったのだろう。

ヒノは目線を合わせるためにしゃがみ、恐怖を煽らないようにと神機は体の後ろで伏せた。青年の驚くほど整った顔に不謹慎ながらも感心しつつ、全力で笑みを浮かべた。

「よく頑張りました。一人ですか?」

青年がコクコクと頷く。

「貴方を安全な場所へ連れて行きたいのですが、周囲にアラガミがいる可能性があります。私たちの誰かが、同行できればいいんですけど」
『ピター相手にヒノ抜けられるとキツイんだけど!』
『ヒノさん行っちゃうんですか?!』
「……と言うことなので、今すぐは無理です」

青年の表情に絶望が広がる。ヒノは極力渋い顔をせず、笑顔のまま続けた。

「この倉庫に隠れていてください。極力、はやく片付けますから」
「で、でもここに、化け物が来たら……!」
「この広場でケリをつけます。何が何でも」

体力回復のため、敵方が戦線離脱してしまい、こちらが追いかけるのは良くあることだ。ヒノは、今回それは出来ないな、と頭が痛くなる。が、一般人を見殺しにはできない。ヒノは、言いたいことを沢山飲み込んでいる様子の青年の手――かすかに震えている――を握った。

「私はヒノ。極東支部所属のゴッドイーターです。貴方は?」
「黄瀬、涼太……」
「じゃあリョウタ君。ちょっとだけ、待っててくれますか?」

少しの間をおいて、涼太が頷く。ヒノはありがとうと言ってから手を離すと、立ち上がってディアウスピターと交戦中の仲間をうかがう。広場からは出ていないようだ。

「はーいこちらヒノー。リョウタ君のこともあるので、広場からは出ないように」
『……了解です』
『りょーかい』
「でもスタンの使用は控えます、極力。トラップはりつつ、迅速に任務遂行します」

ヒノは銃撃に必要なOP(オラクルポイント)量を確認すると、神機を銃身へとコンバートする。ガシャコン、と言う音に涼太がビクついたのが分かったが、フォローする間も置かずに駆け出した。


* * *


ヒノという少女らの戦いを、涼太は食い入るように見つめていた。

ゲームや映画のように身軽に動き、攻撃を加える彼ら。ヒノともう一人の少女は、大きな武器を剣や銃に変形させ、臨機応変な戦い方をしていた。少年はもっぱら銃で応戦し、素早く動き回る二人の少女に当てない、コントロール力を持っていた。

三人が使う大きな銃も、少女らが使う大きな剣も、それぞれ形が違う。特にヒノの剣――見ている限りでは、むしろ鈍器であったが――は大きすぎるほど大きい。あの小さな手でどうやって操っているのかと思うほどだ。また、剣から口のような何かが生え、化け物にかみつく様子も見た。訳が分からなかった。

斬り込んでは離れ、盾で防ぎ、時には吹き飛ばされ、銃を打ち込む。黒い巨大なライオンも、見た目に合わない動きで三人を襲っていた。電撃らしき攻撃手段があるようで、涼太はあんなのから逃げられるわけがない、とヒノらに会ったことを心から感謝した。

戦いが終わると、倒れた巨体の前で三人は何やら作業をし、涼太へと駆け寄って来た。返り血にまみれているヒノは、それでも「お待たせ」と言って笑いかけてくるので、涼太はまた少し泣いた。




「結構揺れるけど我慢してね。あ、酔いやすいタイプ?高所恐怖症だったりする?」

大丈夫っス、と答えた涼太は、砂地に降り立ったヘリに乗っていた。乗り込んだのは荷台を思わせる広々とした空間で、三人は慣れた様子で――馬鹿でかい武器を片手に――くつろいでいる。小さくなる涼太の隣にはヒノが座っていて、ヘリに積み込んであるらしいドリンクと簡易食を出してきていた。

三人に、返り血はもうない。どういう仕組みなのか分からないが、黒い靄のようになって空気に消えていったのだ。あの巨大な化け物も、気づけば黒くくずれていた。

「はいこれ、飲み物と食べ物。疲れたでしょ?」
「え……でも、俺は、」
「いーからいーから。私らは丈夫だから大丈夫」

へらりと笑うヒノの言葉に甘えて、ドリンクを流し込んだ。緊張と不安でカラカラだった喉がうるおい、ボトルは一気に軽くなる。遠慮なさ過ぎたかな、とヒノをちらりと見ると、嬉しそうに笑っているだけだった。

「つかさー」

ヘリの音にかき消されないようにと、少年がはり気味の声で言う。涼太はパサパサとする簡易食をかじりながら、横目で彼を窺った。

「人がいるって報告なかったよな?任務おりてから、その人が居住区出たってこと?」
「単に見落とされたのかもしれませんよ。一人のようですし」

少年――確か、コウタと呼ばれていた彼に、白銀の少女が返す。彼女は確かアリサ。肌の色と髪の色から、アリサは日本人ではないだろうと推測する。髪の色だけなら、身近にもカラフルな者がいるので断言は出来ないが。

三人とも、体格がいいわけではない。一九〇センチを超える涼太の方が断然しっかりした体格だ。その小柄な三人が、冷蔵庫を持ち運び、振り回せる理由が分からない。涼太は現実逃避もかねて、三人の持つソレをじっと見つめていた。

「で、ソコのアンタ!」
「!俺、スか」
「そうだよ!あのなあ、ホイホイ外になんか出るなよ。今回はたまたま俺らが任務あったから良かったものの、ピター相手じゃ瞬殺だぜ?」
「外……」
「居住区が窮屈なのは分かるけどさ、もっと自分を大事にしろよ。こっちも大変なんだからな!強襲兵もとい特攻兵なうちのリーダーに拍車がかかって、もう気が気じゃないんだよ!」
「居住区……」

聞きなれない言葉だ。外?いつも出ているではないか。居住区?そんな場所に隔離された覚えはない。涼太が眉をしかめていると、説教じみたことを叫んでいたコウタの表情がみるみる曇っていく。涼太を観察するように見つめるアリサも、怪訝な表情を浮かべていた。

「リョウタ君は、どうしてあそこにいたの?」
「っ……分かったら苦労ねぇよ……」

俺が一番聞きたい、と頭を抱えて息を吐く。不審がられることを承知で「ここどこなんだよ」と呟くと、思いのほか冷静な声が隣から聞こえた。

「記憶の錯乱かな、ピター見ちゃったらそうもなるか。たまにいるんだよ、一般人がアラガミ見ると」
「……アラガミ?」
「あら、そこからか。まーあれだ、カウンセリング系は博士に任せるし、今どうこう出来ないし。……とりあえず寝る?」
「寝れないスよ」
「休息は大事だよー。帰ったら博士と面談だろうし。あ、博士時間なかったら休めるけど」
「……そもそも、どこに向かってるんスか」
「アナグラです!私たちの家だよ」

気分は、宇宙人にさらわれた地球人だ。涼太にとって救世主のはずでも、冷静さを取り戻しつつある今、疑念が強くなっていた。

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