黄色が第一部隊と交流する



人類の敵であるアラガミに対するは、「神を喰らう者(ゴッドイーター)」と呼ばれる者たちだ。神機を持って荒ぶる神々に対抗する様は、圧巻以外の何物でもない。しかし彼らとて人間な訳で、些細なことで悩むこともある。普段はそういったことと無縁だと思われがちな人であっても、だ。

極東支部において、アラガミ最前線で戦うのは第一部隊。若くしてその隊長であるヒノは、先輩ゴッドイーターのサクヤ――非常にきわどい格好で戦場に出るお姉さまである――にぽつりとこぼした。

「……最近、アリサがどことなーく不機嫌なんですよね」
「隊長が相談なんて珍しいわね」
「なんといいますか……原因分かってるんですけど、ううん……こういうの苦手なんですよ」
「神機整備班に配属された彼のことかしら?」
「神機整備班専属パシリの彼のことです」

ヒノは神機を捕食形態にし、力尽きたグボログボロ――巨大な口に鰭が生えたようなアラガミ――に噛みつかせる。アラガミの心臓・脳というべきコアを取り出しながら、周囲に倒れる別のグボログボロを眺めた。今回の任務はグボログボロ複数の討伐で、グボログボロが苦手なヒノとしては気が重い任務だった。いくら通常種が「カモ」扱いでも、どうしてか苦手なのである。

ヒノはいつもより濃い疲労を押しやりつつ、ガブガブグチャグチャとアラガミを喰う神機を眺める。コアを飲み込むと満足したのか、すんなりと武器形態に戻った。

「ごちそうさまでしたぁ」
「リョウタ君、だったわよね?格好いいって、噂がすごいわよ。でも、気になってる女の子たちはなかなか接触できてないみたいだけど?ヒノ」
「……情緒不安定っぽいんで、気にしてるだけですよ。なんですかその目ー」
「ふふ、ちょっと意外なのよ。ヒノが見知らぬ男の子を気に掛けるなんて。同じ隊でもないし、アネットとフェデリコが妬いてるわよ?」

極東支部に配属され、他部隊に所属する新人二人の名前が上がる。神機は「旧型」と「新型」に分けられ、その新人は「新型使い」。極東の新型使いはヒノとアリサとユイト――彼も第一部隊の所属である――のみであり、他支部でもまだまだ少ないので、元々人見知りもないのであろうアネットとフェデリコは無条件に懐いてくる。

「あの二人はアリサとユイトが可愛がってますし。リョウタ君はなんというか、」
「放っておけない?」
「そうっすね。流石に目の前で泣かれたら、気になります」

今回の迎えは装甲車で、既にサクヤが連絡を済ませていた。コアを回収したヒノとサクヤは、黒く霧散していくアラガミの中を、集合地点まで歩く。

ヒノは空腹を訴える腹を撫で、帰還したらまずご飯だな、と時計を確認した。分かりやすいヒノの行動にサクヤは少し笑い、旧型銃機のスナイパーを肩にのせた。

「アリサ、貴女がリョウタ君にばかり構うから拗ねちゃってるのよ」
「……ですかね」
「ちゃんと紹介してあげたら?アリサも居合わせたんでしょ、リョウタ君保護するとき。あ、今日一緒にご飯とかどうかしら。私も話してみたいわ」
「仲間意識を芽生えさせよう作戦、ですか?」
「正解」

ヒノは小さく笑うと、鼻歌を歌いながら足取りを軽くする。中々いい作戦なのかもしれない。ヒノ自身は人の仲をとりもつことが苦手だが、サクヤの提案に乗ると考えると幾ばくか気が楽になった。折角なのだから第一部隊の皆を誘おうかと思ったが、一人、昼から単騎任務が入っていたなと落胆する。アナグラにいたとしても参加してくれるとは思えないが。

「今日のお昼、でみんなに連絡しよ。夕方別任務だし」
「お願いね、隊長さん」

ヒノは早速端末を取り出して、いつも三コールまでに出てくれるアリサに電話をかけた。


***


リョウタが思っていたよりもすんなりと、リョウタは極東支部に就職した。神機整備班、というその名の通りゴッドイーターの神機を管理する所で、主に荷物運びや連絡係として動くことになったのだ。

神機整備班はごくごく少数で、その少数も他部署から必要に応じて回される場合が多く、実質はリーダーである楠リッカのみといっても過言ではない。リョウタは十八歳にしてリーダーを務めるリッカを素直に尊敬しながら、そっけない態度に耐えつつ――感謝もしつつ――動き回っていた。初めこそ雑用のほかに言いようがない仕事だったが、リョウタの覚えがいいとリッカが気づいてからは、簡単な作業は出来るようになっていた。ただしリョウタは「覚えがいい」というよりも「見た作業をそのまま再現」しているにすぎないので、応用することは出来ないのだが。

リッカから昼休憩を言い渡され、リョウタはオイルまみれの分厚いグローブを外した。神機を素手で触れるのは適合者であるゴッドイーターのみなので、特殊なグローブをつけておかないと「喰われる」らしい。そのあたりの仕組みは、聞いてもリョウタにはちんぷんかんぷんである。そういうものだと割り切って行動していた。

食事は、アナグラにある食堂で摂るか、受け取って部屋で食べるかだ。ただし前者の場合は≪ヒノと≫がつく。ヒノがいない時は、与えられた部屋で食べる――ヒノがいない状態で動くと女性陣のアピールが強いからである。高校生業の傍らモデルをしているリョウタは、そういった視線に慣れてはいるが、ここは≪違う≫場所なのだ。いつボロが出てしまうかと気が気ではない。そんな緊張感が煩わしく、一人で食堂に行く気になれないのである。

さらに言えば、ヒノと話すのは気が楽なのだ。リョウタの疑問に懇切丁寧に対応してくれ、逆にリョウタに対して何かを問いかけることはない。

……ヒノさんはなんで、あんなに俺に構ってくれんのかな。

ヒノがアナグラ内で有名人であるということは、短い期間でも分かっていた。特殊な立場である≪神機使い(ゴッドイーター)≫の中でも、どうやら≪第一部隊≫は一目置かれているらしい。その隊長であるヒノは、すれ違えば様々な人から声をかけられる。当然というべきか、同じ第一部隊の人とは特に親しいようで、リョウタは心底楽しそうに声を交すヒノを何度か目撃していた。

それでもヒノは食事時、アナグラ内にいればリョウタを誘いにやってくる。自分を助けてくれたから気にかけてくれているからだろうと考えていたが、それにしては世話を焼かれすぎている気がするのだ。不特定多数の女子のように、下心があるようには見えないので、リョウタは少々疑問だった。

リョウタは肩を回しながら、深く息を吐く。確か昨日ヒノは、今日任務の都合で昼食がずれるかもしれない、と言っていた。よってリョウタは昼食を自室でとることになる。食料をもらいに行こうと歩き出したが、何気なく、神機保管庫へ足を向けた。

任務前後のゴッドイーターが頻繁に出入りする場所だが、リョウタはここでゴッドイーターとあまり顔を合わせたことがなかった。ヒノがいない時にこの世界の人間と接するのを避けている、という自覚はあったが、なおす気にはなれない。人の気配を感じるとつい逃げてしまうのだ。

リョウタは、神機保管庫にある一つの神機の前に立った。巨大なノコギリを連想させる不気味な形だが、驚くほどに白いそれ。明らかに他の神機とは違うそれに、リョウタは少なからず興味を持っていた。じっと眺めることも、初めてではない。

……一体どんな人が、この神機を使ってるんだろ。異様に白いし。リッカさんに聞いてもなんかにごされるし。

神機保管庫には、他にも様々な形態の神機がおさめられている。リョウタは、殺伐ささえ感じる場所に慣れつつある自分に苦笑した。白い神機の使い手を好き勝手に想像していると、不意に極低音の声がかけられた。

「……おい、邪魔だ」
「!……す、すませんッ」

リョウタは慌てて壁により、人が通れるスペースを開ける。フードをかぶっている男の顔ははっきり見えないが、鋭く睨まれている気がして身がすくんだ。公式戦で感じる緊張とはまた違う、本物の≪命がけ≫を経験しているからこその迫力、とでもいうのだろうか。低い声がそれに拍車をかけている。

青いコートを着た男は、今までに何度か目にしたことのある人だった。ヒノが親しげに話かけていたことを覚えており、第一部隊の人間だったなと思い出す。ヒノや他の第一部隊と思われる人は気さくに話しかけていたが、とてもじゃないが友好的な雰囲気を感じられない男だった。

リョウタは、褐色の肌をした男の行動を何気なく追い――ぐっと言葉を飲み込んだ。リョウタが眺めていた白い神機を、手に取ったのである。神機は適合者以外が素手で触ることは出来ないのだ、目の前の男が≪そう≫なのだろう。

「……なんか用か」
「え?え、いや、なんでも……」

視線に気づかれたらしく、男に低く問われる。リョウタは目を泳がせながら首を振り、蛇に睨まれた蛙のごとく縮こまった。この男相手に笑顔で話しかけられるヒノが分からないと素直に思ってしまう。

「お、リョウタ君発見。あ、ソーマじゃん、お疲れ」

……噂をすればってやつっスか!

ひょこりと姿を現したヒノは、片手をあげて笑った。ヒノとソーマの間に立つことになったリョウタは、おろおろしつつもヒノの方へと寄る。昨日の宣言通りヒノは任務だったのだろう、服は汚れ、片手には神機を持っていた。

そしてリョウタは、ヒノが一人ではないことに気付く。グラビア顔負けのプロポーションで、露出度が高く――露出度については他にも数名いるのだが――黒髪を切りそろえた女性だ。彼女も確か第一部隊所属で、リョウタに会うと笑顔で挨拶をしてくれる女性だった。リョウタはヒノとその女性に挨拶をしつつ、隠れるようにヒノらの後ろへ回る――が、ヒノの爆弾発言に目を見開くことになった。

「お疲れ様っス……」
「お疲れ。あ、お昼まだだったら一緒に行こう」
「!はいっス」
「私もご一緒するわね、よろしく」
「……へ?」
「第一部隊の面々に声をかけました!私とサクヤさんとーアリサとコウタとユイトとリョウタ君でご飯食べよ」
「え!?」
「今度はソーマも一緒にね!」
「……断る」
「えー」

この世界での交友関係を築くつもりではなかったリョウタは、密かに眉を寄せた。ヒノに頼り切りはよくないと分かってはいるが、前向きに関わるのには気が進まない。元々社交的な方ではあるが、状況が状況なのだ、わざわざボロを出しにいきたくはない。自分はそう上手く嘘やごまかしが使えないと自覚していた。

だが、断るという選択肢がリョウタにあるはずがない。

リョウタは保管庫の出入り口で頭を抱えながら、和気あいあいとする第一部隊三人を横目でうかがった。




食堂の隅にあるテーブルに、三人の少年少女が座っていた。リョウタを助けてくれたアリサとコウタ、そしてユイトと呼ばれていた少年だ。テーブルにはすでに食事が並んでおり、人数分のコップやら椅子も当然のごとく確保されている。少年の一人がヒノに気付くと、ひらりと手を挙げ、ヒノも応えるように笑った。

ヒノとサクヤの後ろを歩くリョウタは、≪記憶喪失≫という言葉を心の中で繰り返す。質問されたら分からないと応えておこう、と繰り返し自分に言い聞かせた。

「二人ともお疲れさまです」
「ありがとう、アリサ」
「皆もお疲れ様」
「あ、リョウタ君だよね、こっちこっち。どうぞ」
「ヒノさんこっちです!」
「う、あ、はい」
「そんな硬くなるなって!はいコップ―」
「てかほんと、格好いいっていうか美形を極めてる感じ……すごいね」
「あ、ありがとうございます……?」
「ヒノさん、グボロだったんですよね?大丈夫なんですか?」
「疲れたけど大丈夫だよー。通常種ばっかだったし。サクヤさんいたし」
「ヒノがいると回復弾の撃ち甲斐があるわ」
「もーやだーサクヤさんってば照れるー」
「ヒノ褒められてないよ」
「まあまあ、それはいいとして!」

あれよあれよという間に、リョウタはユイトとコウタの間に座り、ヒノやサクヤも席に着く。流れるやり取りにあっけにとられていると、ヒノがぱちんと両手を叩いた。なんて強引な軌道修正、とユイトが呟く。

「リョウタ君の歓迎会?親睦会?といいつつ単なるお昼ご飯なんだけどね、はじめましょう!とりあえず自己紹介しときましょうか、私くらいしか名前知らんでしょ?」
「は、はいっス……」
「じゃ俺から!藤木コウタ十五歳!旧型銃器使ってます!趣味は――」
「はい次僕。如月ユイト、同じく十五歳。新型です」
「……アリサ・イリーニチナ・アミエーラ、十五歳。新型神機使いです。ヒノさんは渡しませんから」
「橘サクヤよ、旧型銃器使いなの。あ、レディに年齢を聞くものじゃないわよ?」
「一応私も。ヒノ・イヴァーノヴナ・エリセーエヴァ、新型です。あと、ここにいない男がソーマ・シックザール十八歳。旧型バスターブレード使い。さっき保管庫にいた人ね」

 そんなに一気に言われても、というのが正直なところだ。ひとまず名前をちゃんと覚えておけばいいかと、彼らの名前を心の中で復唱する。同時に戦場を駆ける三人が年下であることに驚き、同情しかけたが、じっと視線が集まっていることに気付いて思考を中断した。

「と、神機整備班の黄瀬リョウタ……っス」
「だからそんなにかたくなるなって」
「その≪ス≫?っていうの、あれだろ?崩れてるけど敬語だろ?少なくとも年下の僕らにそんなのいらないよ」

両側から気さくに話しかけられ、思わずヒノに助けを乞う。ヒノは明らかにリョウタの視線に気づいているのだが、にっこり笑って口を出す気はないようだった。

「あ、でもヒノさんは上司だし、ソーマもサクヤさんもベテランだから、その辺はアレだけど」
「上司って……ユイト、私のこと呼び捨てでいいって言ってるのに」
「敬語じゃないだけ、結構打ち解けてるつもりなんだけどなあ」
「そういうヒノこそ、初めは堅苦しかったわよね」
「色々緊張してましたし」
「あら、そうなの?初めから濃い登場だったから……」

言いながら皆食事に手を伸ばし始めたので、リョウタもならって口に運ぶ。全体的に味が薄く、メニューもほぼ変わらない。とても満足感は得られないが、おなかいっぱい食べられるだけアナグラの職員は優遇されている、とリョウタは以前に聞いていた。

「な、リョウタって背高いよね。どのくらいあるの?」
「あー……一九〇くらい」

っス、と言いそうになって止める。話を振って来たユイトは「たっけぇ」と瞬きを繰り返していた。反対隣りのコウタからも驚きの声が上がり、寄越せ寄越せ、とじとりとした目で見られる。

「リョウタって結構がっしりしてるよな。顔キレーだし、あれだろ、モテモテだろ」
「そこで効果を発揮しているヒノさんガード」
「へ?」
「第一部隊の隊長で……ヒノさんは、まあ結構色々すごいんだよ。そう簡単に近づけないよな」
「あ……やっぱそうなんだ。俺本当迷惑かけっぱなしじゃん……」
「気にしなくていいんじゃね?ヒノが進んでやってるみたいだしさあ」
「でも最近のヒノさんは彼に構いすぎです……寂しいじゃないですか」
「す、すません……」
「こらこらアリサ、リョウタ君が困っちゃうじゃない」

むくれるアリサをサクヤがなだめ、当のヒノは昼ご飯を頬張りながら肩を震わせている。完全に面白がって傍観している様子は、中学時代の主将や現チームメイトで海常の良心と名高い先輩を連想させた。



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