黄色の知らない秘密の話



≪歓迎会?親睦会?といいつつ単なるお昼ご飯≫が終了し、リョウタは十五歳三人組にアナグラを案内されることとなった。リョウタが、アナグラは最低限しか歩いたことがない、と言うと、ユイトが案内を名乗り出たのである。時間があるというコウタもそれにのり、前向きではなかったアリサもいつの間にか参加することになっていた。サクヤとヒノは任務後ということもあって不参加である。

「ヒノが案内してるかと思ってた、俺」
「必要なところは教えてもらってるっスよ?」
「もうちょっと色々あるんだよ、ここ広いし。知ってて損はないと思うよ」

リョウタとしてはアリサの参加が驚きだったが、そっけなくかけられた言葉で全てを察していた。「ヒノさんはお忙しいんですから、頼るなら私たちにしてください」というアリサの言葉は、ツンデレ変人シューターを彷彿とさせる。どうやら、心底嫌われているわけではないらしく、コウタとユイトの反応をみるに、彼女の標準装備らしいのだ。

コウタが好きな≪バガラリー≫なるものの語りを聞いたり、神機整備班で何をしているのかを聞かれたり、アナグラ内の自販機にある珍しい飲み物について聞いたりと、他愛ない話を続けていた。リョウタの知らない施設を一通り回り、最後に足を運んだのはエントランス。リョウタは三人に続いて、隅にあるソファに座った。

「あそこで任務の受注したりするんだぜ。ちなみにあの人が受付嬢のヒバリさん」
「へえ……あ、あそこに座っている男の人は?眼鏡かけてる」
「彼は≪何でも屋≫と言ったところです。入手難度の低い素材は購入できますし、私たちが任務中に手に入れた素材を買い取ってもくれます」
「んで、あの上にあるのが出撃ゲート。ヘリで向かう時とかは別の場所から行くけどね。あれを出ると、一応危険地帯だよ」

カウンターには若い女性が立っており、彼女がヒバリというらしい。キーボードをたたき、時折ヘッドセットのマイクに何か話している。続いて視線を向けた先、エントランスの一角を陣取る怪しげな男は、リョウタに気付くとにっこりと笑って手を挙げてきた。リョウタは引きつった顔で片手を上げる。

「あ。今更だけど、時間とか大丈夫?」
「平気っスよ。俺がヒノさんたちの飯に誘われた後、それを聞いたリッカさんが『ゆっくりしてこい』って」
「そっかそっか、良かった」
「あーそういや、ちょっと聞きたいんだけど」

普段から、リョウタの抱いた疑問にはリッカやヒノが応えてくれるのだが、その分――質問攻めも申し訳なく――重要なことしか聞けなくなっている。リョウタは良い機会だと思い、やや前傾姿勢になりつつ、口を開いた。

「何々?何でも聞いて」と嬉しそうにするのはコウタで、アリサが呆れたようにため息をつく。その様子を見て苦笑するのがユイトで、三人の関係が分かりやすく伝わって来た。

「ヒノさんから聞いたんスけど……俺よりも前に、記憶喪失で保護された人がいるって。その人、どうなったか知らない?」
「……リョウタさん、聞いてないんですか?」
「何を?」

急に三人からの視線が怪訝なものになり、少々動揺する。聞いてはいけないことだっただろうか、と嫌な汗が流れるが、そういう訳でもないようだった。「てっきり話してると……」とアリサが困惑気味に呟く。どうやら知らされてないことがあるらしい。

「僕らが勝手に話していいのか?」
「別にいいんじゃね。隠してる訳じゃないし、自分からネタにしてるし」
「そうですね……リョウタさん、それはヒノさんのことですよ」
「へ?」
「≪記憶喪失で保護された一般人≫は、第一部隊隊長のヒノさんのことです。付け加えるなら、保護したのはロシア支部で、その一般人が新型神機に適合した、というところでしょうか」

ほんとヒノってすげえよな、としみじみ言うコウタに反応できない。ヒノがやたらと自分を気にかけてくれる理由に説明がついた気はしたが、予想外すぎて言葉が出なかった。ぱちぱちと瞬きをして、ようやっと出た言葉は「まじスか」という非常に無意味なものだった。

***

ペイラー・榊と言う人物は、天才研究者でありながら、極東支部支部長代理の立場にある。仕事が多く休日は存在しないが、それに不満をこぼすような人物ではない。そんな中、たまたま仕事の区切りがついたタイミングで舞い込んできた案件が、非常に特殊なケースであった。

ペイラーはディスプレイに表示させた≪彼≫のデータを眺めて――すでに十分見ている――いたが、研究室のドアがノックされると同時にウィンドウを閉じた。返事をすると予想通りの人物が名乗ったので、入室を許可する。

「やあやあ、お疲れのところすまないね」
「今日はもう、あと何もないんで大丈夫すよ」

慣れた様子で入ってくるのは、第一部隊のヒノだ。フェンリルから支給される制服の上着を脱いだだけの軽装だが、今時、任務や休日に支給制服で過ごすゴッドイーターは少ない。せめてアナグラにいる時くらいはラフな格好でいいのに、とペイラーは思う。ゴッドイーターというだけで高給取り、ましてヒノは最前線で任務数まで多いのだ、どこで金を使っているのか謎である。

ペイラーは逸れた意識をもどし、アイデンティティと化している食えない笑みを深める。ヒノも要件を察しているらしいが、急かす様子はなかった。

「彼――黄瀬リョウタは、今どこに?」
「私の部屋です」
「……一応言っとくけど、彼、男だろう。その辺もう少し気にしたほうがいいんじゃないかな」
「同業者(ゴッドイーター)相手ならともかく、一般人なら、男でも数メートル吹っ飛ばす自信あります。色々教えるのに丁度良かったですし」
「記憶喪失、らしいからね」
「そうですね」

ヒノに、何か隠し事や嘘を言っている様子は見られない。その肝の座り方は流石である。ペイラーは満足げに一つ頷いた。

「私はヒノ、君を信頼している」
「あ、はいどうも」
「君を疑いたくはない、が、どうしても解せない……なぜ、黄瀬リョウタを記憶喪失だと断言したのかな?」

ペイラーはリョウタのゴッドイーター適性を調べるため、数時間前に彼と会っている。自分のことに関しては「分からない」「覚えていない」ばかりで何も分からなかったが、彼から第一部隊に保護されてから今までの話をざっくりと聞き出したとき、どうしようもない違和感があったのだ。

ヒノがリョウタに伝えたことが、間違いだったとは言わない。居住区の人間は簡単に外部には出られないし、出たとすれば何かしらの記録が残る。すきを見て外部に出る者は大抵複数なので、目撃情報が得られて保護任務が組まれることも珍しくない。記憶喪失のふりをしても、すぐに身元が特定できるので意味がない。≪記憶喪失のふり≫にメリットがない、と居住区民が分かっているからこそ、記憶喪失と言い張る人物の主張に真実味が増すのだ。

しかし、それは≪居住区民≫の話である。居住区外にも人々は生活しており、アラガミを上手くかわしながら独自のコミュニティを気付いている。居住区と言う狭い空間の中に、全人類が収まる訳がないのだ。居住区外の人間になれば、フェンリルも隅々まで把握できていないし、何か移動の際にはぐれてアラガミと遭遇することもある。ゴッドイーターが保護に向かうことも、当然ある。そのあとは、本人の要望に応じて元のコミュニティまで送り届けるのが普通だ。

黄瀬リョウタが外部の人間だとすれば、記憶喪失を主張するメリットが皆無な訳ではない。一つ目は、フェンリルへの潜入だ。フェンリルの職員、特にゴッドイーターは、貧しいご時世の中でかなりの好待遇にある。その分命の危険が隣り合わせだが、なにかと嫌われやすいのだ。二つ目は、どうしても生きていけなくなったために、フェンリルに保護されたいという目的。記憶喪失であれば、フェンリルもそれなりの対応をとる。場合にもよるが、しかるべき手続きの末に居住区に放置をいうこともないだろう。三つ目は、飛躍した発想だが、月へと旅立った≪彼女≫のような、アラガミの最終進化系が完全な自我を持って侵入しているということだ。

ヒノとて馬鹿ではない。リョウタの言ったことを鵜呑みにはしないだろう。居住区の外に住む人間の存在だって知っている。だからこそ解せないのだ。リョウタは記憶喪失だ、と最初にペイラーに告げたヒノの意図が。

「確かに、黄瀬リョウタは混乱しているようだ。嘘をつけるタイプにも見えない……所々で、言葉を選んでいる印象を持ったね。ヒノがそれに気づかないわけがない。……それと同時に、こんなにも私に分かりやすくボロを残す意味も知りたいかな」
「……実際、そこまで深く考えてなかったんですけど……こうなってもいいと思ったからそうなったのかなー」

ヒノは首の後ろに手を当てて、ぼそぼそと呟く。言葉を整理しているのか少しうなっていたが、あ、と顔を上げる。何か思いついたらしいが、すぐにまた視線を投げて考え込む。よく表情に出るヒノをほほえましく見ていたペイラーだが、その気づいた何かが気になって、ついヒノの思考を妨げた。

「何に気付いたの?これは単なる興味ね」
「あ、あー。逸れますけど、それだと私もそういう可能性あったのかなって。保護されてすぐは言葉分からなかったので、直後のことってよく知らないんですよね」
「ああ、それは私が聞いているよ。ヒノが保護された境遇はよく知らないけど、相当検査されたうえに、人民データも洗ったみたいだよ。おめでとう、君は確かに≪記憶喪失の謎の少女≫だ」
「へえ……あ、で、リョウタ君ですけど。なんで私がやたら彼を≪庇う≫のかと言えばですねー……」

ヒノは語尾を濁し、渋い顔をして視線を泳がせる。ヒノにしては珍しい反応だ。悩みながらも、言わなければという自覚はあるらしく、次にペイラーを見た時には腹をくくった顔をしていた。

「彼が、私と、同じだと判断したからです」
「……と、いうと」
「多分、この世界の人間じゃないんだろーなー……っていう、感じです」

ペイラーは脳内で二度、ヒノの言葉を復唱した。今、自分はとんでもないことを聞いた気がする。ペイラーは浮かべた笑みは消さずに凍らせ、気を取り直してヒノの言葉を待った。

「まず、リョウタ君の反応には、驚きとか戸惑いとか、そういったものが見られました。自分の中で常識があるからこその反応……だと思ったんです。自分の年齢を断言したのも一つ。あとは服装ですね。上着に彼の学校らしい校章がありました」
「それで、彼は記憶喪失ではなく……その、別世界の人間だと?」
「あ、馬鹿にしてますね?飛躍してる自覚はありますよ。けど、実際自分がそうだから、なんとなく分かっちゃうんです」
「君は……いや、君も。記憶喪失ではない、ということかい?」
「はい。ロシア語が話せなかったことと、この世界の人間ではなかったことで≪記憶喪失≫という処理をされたみたいです。初めは知りませんでしたが、≪そうなんだ≫と分かってからは、私もそう振る舞いました」
「ほう……興味深いね。軽々暴露する理由は?」
「私だけなら、死ぬまで言うつもりはありませんでしたよ。黄瀬リョウタは、元の世界に戻る可能性が高いから……突然消えた時に対処できるようにって、博士には話すつもりでした。あと同じ境遇のよしみで、安全に生活させてやろうとも思いましたから、アナグラで就職させてほしいなっていう……≪あっち≫は、平和なところだから」

ペイラーの知的好奇心がむくむくと膨れ上がる。ヒノに疑問点をすべてぶつけ、考えを聞きたい衝動にかられる。明確な答えが得られなくてもいいのだ、それを考えることが醍醐味である。

別世界というのは≪どこ≫なのか。どうやって生身の人間がそれを超えたのか。≪こちら≫と≪そちら≫以外にも存在するのか。黄瀬リョウタとヒノは同一の世界から来たのか。二人がこの世界へ来た理由は何か。きっかけはあったのか。何の働きかけによるのか――。

だが、本題は黄瀬リョウタのことだ。聞くにしても今このタイミングではない、とペイラーは眼鏡のブリッジを上げる。

「≪同郷≫である黄瀬リョウタをかばうこと……正確には、元の世界に戻るまで安全に過ごさせることがヒノの目的なんだね」
「はい、そうです。……彼に、ゴッドイーター適性は?」

ヒノの懸念はもっともだった。ここで安全に暮らすことは、フェンリルの庇護下に入ることと同義だ。もしゴッドイーター適性が認められれば、強制的にゴッドイーターとして戦場に出ることになる。命の危険はもちろん、ゴッドイーターが皆つける腕輪は一生外せないため、元の世界に戻るらしい彼には重荷でしかないだろう。

「安心していい、ゴッドイーターにはなれないよ」
「そうですか……。彼を、ここで雇うことは可能ですか?私がフォローしやすい、ので。事務でも食堂でも清掃でもなんでもいいんです」
「……普通なら、出来ないね」

どこもかしこも貧しい状況で、軽々と人員は増やせない。ゴッドイーターは年中不足しているので、また別の話だが。

ペイラーの言わんとすることを察したらしい、ヒノが顔を輝かせた。ペイラーは久しぶりに見るヒノの表情に、思わず小さく笑う。少し前、白い少女と別れた時から――時とともに回復しているとはいえ――ヒノは明らかに落ち込んでいたのだ。

……ここはヒノのためにも、彼をアナグラに置いておくべきか。

「彼には、そうだね……うん、神機整備班の雑務を頼もうか」
「整備班?リッカさんの部下ですか?……リッカさん、嫌がりませんか」
「そこはフォローしておいてくれよ」
「あ、はーい」
「部屋もこちらで手配する。今日だけは……うーん、医務室にでも寝てもらうか」
「はーい」

折角仕事がひと段落したのに、また厄介ごとを増やしてしまった。ペイラーはため息をついたが、悪い気分ではなかった。未知との遭遇は心躍るし、最前線のゴッドイーターが調子を上げてくれるのは非常に頼もしい。

話もまとまったことだし、とリストアップしていた疑問点を引っ張り出す。ヒノにそれらをぶつけたいところだが、ヒノが欠伸をかみ殺したのを見て止めた。白い少女の一件以来働きづめなのだ、疲れもたまるだろう。その上、これから彼の面倒を見なければならない。ペイラーは時計を確認し、背もたれから浮かした体を戻した。

「……また今度、色々聞いてみたいものだ」
「私もよく知りませんけど、分かることには答えますよ」
「楽しみにしている。じゃあ今日は――……あ、一つだけいいかな」

退室を促しかけ、人差し指を立てた。快くうなずいたヒノに礼を言う。

「自分だけなら死ぬまで言うつもりはなかった、と言っていたね。それはなぜかな。君を失った≪こちら≫を顧みない……わけでは、ないんだろう?」
「もちろんです。ただ単純に、私はここの人間でいたいからですよ」



- 23 -

prev(ガラクタ)next
ALICE+