IF黄色と神喰いの再会2


海常と秀徳の練習試合が予定通り終了し――補足するなら、緑間の眼鏡が唐突に割れたり、緑間が転倒し巻き込まれた選手のエルボーを顔面に喰らいそうになったり、休憩で開けた窓から飛び込んできた鳶が緑間に向かったり、緑間の眼鏡が唐突に割れたり、高弾道シュートが照明に激突しそうになった――秀徳バスケ部は海常高校を後にした。

ヒノは、緑間を家まで送り届けると主張していた。ヒノの下宿先が海常の森山宅であると知った秀徳は、その距離からヒノの申し出を辞退しようとしたが、20メートルほど離れた時に、足元を子供が走り回る→緑間がよろける→高尾の足を踏む→叫んだ高尾に驚いて、水撒き中の老人が持つホースの先が緑間に向く→複数名が被害に遭う、というピタゴラスイッチを体験しては断れなかった。

一方で。

駅前のファストフード店には、黄瀬、森山、笠松の姿があった。空気は重い――わけでもなく、しかし異様であった。森山は思案げに腕を組み、黄瀬をうかがっている。黄瀬は来店があるたびに客を確認していた。笠松は、凛々しい眉を寄せて冷めたポテトを消費していた。

部活終了後、自主練せずに体育館を後にした三人が入店してから三十分が経過している。

「まだかな……」
「緑間を送ってからなら、まだしばらくかかるだろう」
「そうっスね……緑間っちの不運をみかねてあのまま帰宅コースらしいんで、あんまり遅くはならないと思うんスけど……」

テーブルに出していた黄瀬の携帯が震えた。黄瀬は飛びつくようにそれをとり、緑間からだと分かると、輪をかけて落ち着きがなくなる。緑間は無事に送り届けられたようだ。

森山には、試合中の黄瀬はいつも通りに見えた。常と異なったのはタイムアウト中で、合間合間にファンに振りまく笑顔が少なかった代わりに、秀徳ベンチのヒノを気にしていた。ヒノに何かを問いただしたいのは森山だけではなく黄瀬も同様らしかったが、長くなるから、というヒノ本人の言葉で却下されていた。

話は練習試合の後で、場所を変えてしよう。自然とそういった流れになり、普段から利用しているファストフード店で待機することになったのだ。黄瀬はもちろん、ヒノが構わないというので森山も同席し、笠松は監督者的立場での同席となっている。つい最近、黄瀬と連絡が取れなくなった期間があり、チーム全体が黄瀬に過保護がちな結果である。

「……痴話喧嘩とか、惚気とかじゃないんだよな?」
「違うっス!森山先輩、何回確認するんスか……」
「だって目と目で通じ合った感あったんだもん、お前ら」
「だもんて……」

笠松が氷だけになった紙コップを置いて、やや硬いソファにもたれる。

「……無事で良かったっつってた。まさかとは思うが、黄瀬が行方不明だったことに関係あんのか?」
「俺もそれ思った。けど黄瀬は覚えてないって」

黄瀬は先日、三日間行方不明になっており、海常はもちろん元チームメイトも気が気ではなかったのだ。平日、学校にいる間に忽然と姿を消したとあって、神隠しという言葉も飛び交っていた。三日後にひょっこり帰ってきた黄瀬は何も覚えていないの一点張り。周囲は「口にしたくない目に遭ったのだろう」と判断し、詮索も調査も早くに引き上げ、行方不明の話題は禁句になっていた。

黄瀬はおろおろと視線を泳がせたが、森山や笠松が懸念していたようなパニックは起こさなかった。言葉を探すようにうなり、やがて観念したのか覚悟を決めたのか、流石モデルと言いたくなる表情で森山らに向き直った。

「信じられない話なんスけど……俺、異世界というか異次元というか、なんかそういう所に行ってて」
「……は?」
「物語を聞いてると思って聞いて下さいっス……」

森山は耳を疑った。黄瀬がこのような場面で自分たちに嘘を吐くと思っていない。言えないなら言えないとはっきり言うだろうし、黄瀬は勉強こそ出来ないが社会に出ているも同然で、誤魔化すならもっと上手く誤魔化せるはずだ。

「なんか、街中にはアラ……バケモノがいるんスよ。色んな種類の。普通の武器は全然効かなくて、普通の人間が太刀打ちできるようなモンでもなくて。皆、居住区って所で暮らしてるんス。……俺は居住区の外に、なんか知らねーけどいて。人はいないしバケモノはでけーし、どうしようもなかった所を、バケモノ退治専門の人たちに保護してもらったんス。その一人が、ヒノさんで……」
「俺のウチで居候してるヒノちゃん?」
「そうっス。ヒノさんにはマジで世話になったんスよ。保護してもらってからは、バケモノ退治専門の機関で、えーと、ヒノさんたちが使う武器を整備する所に入れてもらって、部屋も食事も用意してもらって……ヒノさんにはずっと守ってもらってました」
「ヒノさん?はなんでそんなに黄瀬を気にしたんだ?」
「あー……ヒノさん、記憶喪失で街中にいたところをバケモノ退治専門の人に保護してもらったことがあるらしいっス。だから同じ境遇の俺に親身になってくれたんだと」
「ヒノちゃん記憶喪失!?えっ本当に漫画みたいだ……」
「……ひどい扱いは受けなかったってことか」
「あ、はいっス。ヒノさんが俺のこと気にしててくれたせいもあるんスけど、多分」
「うん?」
「ヒノさん、地位も実力も人望もあるから。ほんとすげー人なんスよ。そんなヒノさんが俺を気にかけてるってなると、こう、俺の得体の知れなさが消えていくというか。……バケモノ退治機関にいられるようにしてくれたのもヒノさんだったんス。何も知らない俺が居住区に放り出されてたら、正直、まともに生きてたか分かんねえっスわ。ちょっと居住区に用事で行った時、男娼の勧誘?スかね?すごかったんで」
「うわあ……」
「治安悪いのか……」
「バケモノ退治機関に就職できれば将来安泰って感じもあったっスよ。……ヒノさんみたいな危ない職種は特に優遇されてたっス。ヒノさんの職種は、人が死ぬことも珍しくないんスけど」

黄瀬は途中からペンダントトップをいじりながら話していた。黒紫のそれは光の加減で赤や緑を帯びる。そこらのアクセサリーショップではきっとお目にかかれないだろう。

森山は黄瀬に弄ばれるペンダントトップを眺め、生々しい物語を頭の中で整理する。ただの空想としてならば面白いが、それを体験談として受け入れることは難しかった。物語に感情移入することはあっても、主人公に完全に共感するのは無理な話なのだ。黄瀬もそれをわかっているからこそ、あの枕詞だったのだ。

どうやって戻ってきたのか、と問いかけたのは笠松だった。

「俺も分かんないんスよ。居住区外での作業手伝ってたら、急に戻ってきました。行く時も突然だったから、帰るのもこんなもんかって」
「そんな軽いノリで、異世界行ったらたまんねーな」
「っスね。俺、本当に良くしてもらったし、あそこの人たち好きっスけど……ま、行きたくはないっス。バスケできないし」

そういえば泣きそうにバスケをしていたな、と行方不明騒動後の黄瀬を思い出す。能天気さはなりを潜め、噛みしめるようにコートに立っていた。顔を合わせなかったのはほんの数日だったのだが、雰囲気が明らかに違っていた。

「行きたくはないっスけど……ヒノさんとまた会えたことは、すげー嬉しいんス。俺世話になりっぱなしで、しかも急に戻ったからろくにお礼も言えてないんス。ヒノさんがいつまでここにいるのかは分からないけど、少しでもお返しが出来たらなあって」

異世界(仮)での出来事を話したからだろう、黄瀬は「あちら」での暮らしについてぽつぽつと話し始めた。異世界(仮)の存在をやっと明かすことができ、思い出を誰かに伝えられることが嬉しいのだろう。尊敬するという元チームメイトのことを話す時と同じように、黄瀬は偽りなく楽しそうに見えた。

テクノロジーが発展しておりSF映画のような機器があること、武器がとんでもなく大きいこと、年下で小柄な少年少女が戦っていること、ヒノ率いる第一部隊は一目置かれていること、そして自販機のジュースの一つがまずいこと。そこまで話した所で、ぱっと黄瀬の目が輝く。

黄瀬の視線を辿ると、案の定、緑間を送り届けたヒノが到着していた。トレイにジュースだけをのせて、軽やかにテーブルへと歩いてくる。ヒノは黄瀬にくしゃりとした笑みを向け、森山には苦笑を向け、笠松には会釈をして、黄瀬の隣に腰掛けた。

「お待たせしましたー」
「お疲れ、ヒノちゃん。思ったより早かったな」
「走ったからね。えっと、聞いてるかな、ヒノです。笠松ユキオ君だよね」
「ぅあっはい」
「敬語いらないよ、いいよいいよ」
「っす……」

ヒノの方を見ずにもごもごと口を動かす笠松に、部活中の凛々しさはない。森山は「こいつ女の子苦手でさ」とフォローを入れ、予想を裏切って沈黙している黄瀬を見る。落ち着きのなさは変わらないが、騒ぐ様子はない。

「黄瀬どうした……」
「話したいことありすぎて訳わかんないっス」
「ああ……」

無闇に騒げる内容でないと自覚しているのだろう。これが当たり障りのない話題であったなら、黄瀬は言葉をまとめず口にして笠松に蹴られているに違いない。

ズーとマイペースにジュースを飲むヒノは、嬉しいことは嬉しいらしく、口元はニヤついているし体は左右に揺れている。ヒノは数度喉を鳴らしてジュースを置き、何を話すべきかな、と苦笑して黄瀬を見た。

「えっと、俺、粗方しゃべっちゃったっス……」
「あ、それはいいよ。こことは関係ない話だから、リョウタ君が話していいって判断したんなら話したらいい。……うん、そっか、なら私から言うことはあんまないか。じゃあまあ、一応、改めて自己紹介をば」

ヒノは姿勢を正すと、森山と笠松を交互に見る。周囲へ聞こえない程度の声での自己紹介は、しかし誇らしげだった。

「――――フェンリル極東支部所属ゴッドイーター、第一部隊隊長ヒノ・イヴァーノヴナ・エリセーエヴァ、階級は中尉。どうぞよろしく」

森山と笠松は、思い切りクエスチョンマークを浮かべることになった。



「黄瀬がお世話になりました」
「本当にありがとうございます」
「いえいえ、私が好きでやったことだから」

改めて話を聞いてみると、長ったらしいフルネームを持つ彼女が、予想以上に力のある人物であることがわかった。最前線で戦い、数多くの任務をこなし、死と隣り合わせだという緊張感の中で、黄瀬を保護し、安全圏にいられるよう掛け合い、常にフォローしてくれていたのだ。

笠松と森山が思わず頭を下げると、ヒノは困り顔で笑った。隣の黄瀬が居心地悪そうに身じろぎする。

「もっと砕けた態度でいいのに。由孝君もいつも通りで」
「あ、うん。いやけどさ、中尉って偉いじゃん……」
「秀徳が言ってた中尉役のスタントマンとかじゃなくて、本物の中尉、すよね」
「そだねー」
「軽い」
「確かにこの歳で中尉は珍しいけど、いない訳じゃないし。単純に実力で……なんというか、任務数こなしてたから自然とこうなったんだよ。つまり脳筋」
「その実力がすごいんじゃないスか。あと、ヒノさん程のスピード出世はゼンダイミモンって。一ヶ月とかって聞いたっスよ!」

ケンソンしすぎっス!と黄瀬が眉を釣り上げる。身近にいる実力者たちが自信に満ち溢れているからか、謙虚さがもどかしいらしい。今度はヒノの方が居心地悪そうに視線を逸らした。

「まあまあ。まあまあまあまあ。そゆこともある」
「適当!天才とか最強とか救世主とか言われてるの知ってるんスからね」
「それは置いといて、」
「もう!」
「要するに、リョウタ君と逆のパターンが起こったの。私は任務中、意識飛んだ瞬間にこっちにいた訳」

ヒノの不穏な言葉に眉を寄せる。ヒノはなんてことない口調で付け足した。

「ちょっとまともに電撃食らっちゃっただけで、怪我とかないから大丈夫。敵は他の人が倒してくれてるはずだしね」
「電撃なんて普通食らいませんよ」
「あいつら色んな攻撃してくるから。なんでもありだから。こっちもビックリ人間ショー並みだけど」

笠松と森山には想像出来ないが、黄瀬はそれを知っているようだ。ヒノの隣で、どこか遠くに視線を向けていた。

「ゴール壊せそうっスね」と黄瀬がこぼすと、「素手はどうだろうなー」との返答だった。右手で何かを握る動作をしており、ソレがあればゴールの破壊も可能らしい。おそらく、とんでもなく大きな武器――神機とやら。ヒノの細腕のどこにそんな力があるのかは謎である。

「皆には迷惑かけてるだろうから、早く戻りたいんだけどさあ」
「俺も戻ってこれてるし、ヒノさんも急に戻れるっスよ」
「けど、三日でって訳じゃないんだな。それ以上経ってる」

黄瀬のことを踏まえて森山が言うと、黄瀬とヒノが揃って首を傾けた。大の男が可愛こぶるな、と言いたいが美形はさすがに様になっている。森山は二人を見て、どういうことかと笠松を窺ったが、笠松も同じだったのか森山を窺ってくる。

「ヨシタカ君、なんで三日?」
「え?黄瀬がいなくなってたのは三日間で……」
「三日間!?」

ヒノが目を瞬く。反対に黄瀬は、申し訳なさそうに頬をかいていた。

「あースマセン。俺、ヒノさんのとこにいたのは一ヶ月っス。こっちでは三日間しか経ってなかったけど」

今度は森山と笠松が驚く番だった。黄瀬の言う通りなら、見知らぬ場所で黄瀬は一月も素性を隠して生活したことになる。同時に、そんな黄瀬をヒノは一月も庇護していたのだ。

一月、平和な高校生活から離れて、黄瀬とヒノの話から思い描ける環境で生活することを想像する。居住区という限られた範囲、少ない娯楽、決められた配給、いつ平穏が脅かされるかという緊張感。ヒノは毎日命がけで外へ赴き、最前線を駆け抜ける。黄瀬はそれを見送る立場で、帰ってくる人数が見送った数と変わらないことを祈っている。

おそらく一人では生きられない。今の生活が当然だと思ってしまうからだ。

黙りこんでしまった二人をよそに、ヒノが早々に衝撃から復帰する。黄瀬のトレイに残っていたポテトを口に放り込んでいた。

「あー……時間の流れ方が一定じゃないのかねえ。うん、だからリョウタ君がいなくなったのが最近なのか」
「?」
「こっち、リョウタ君いなくなってから一年経ってる」
「え!?あ、あ?だから笠松センパイが頑なに敬語なんスか!」
「どういう……ああ、リョウタ君の中では、私と彼らは同い年か」
「そうっスよ!え、ヒノさん十九っスか」
「そうっスよ」

黄瀬だけではなく笠松や森山も衝撃を受ける。しかし日数が合わないのではないか。

「ここでの短時間がこっちでの長時間になるってことでいいんじゃない?何分で何時間、決まってる感じしないし」
「ざっくりだねヒノちゃん」
「だって分からん」
「……じゃあヒノさんがいなくなってから、結構な日数経ってるんスよね。ヒノさんみたいな強い人が」

ヒノ{は初めて表情を曇らせた。少しうなり、ソファにもたれて腕を組んだ。

「場合によっては殉職処理されてるかもね。二階級特進かすごい。……復帰出来たら撤回されるけどさ。任務は、アリ……極東離れてた仲間が呼び戻されてるかもしれないし、もしかしたらリン……後輩教育に回ってた大先輩が出てるかもしれないし。あんまり心配してない、な」
「心配してないって顔じゃないよ」
「心配です。超心配。彼らが死ぬようなことはない……と思うけど。私も結構任務数こなしてたから、それを負担させるのも申し訳なくてさあ。あと、感覚が鈍ることに危機感を覚えてる」
「……で、結局。一月すれば帰る事が出来る、でいいんですか?」
「たーぶーん。帰れるといいんだけど」

森山は、ヒノの言葉に違和感を覚えた。引っかかる。納得できない、言いようのない気持ち悪さ。けれど気のせいだと言われれば気のせいで片付けられそうであり、この場で口にするほど形を成していなかった。

今の目的は黄瀬とヒノの関係性についてであり、概ね達成出来たので良しとする。

「あと何か質問あるかな。大事なエースと不審者が知り合いっていう不安が払拭されたなら、嬉しいね」

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