IF黄色と神喰いの再会3




マジバの駐輪場の一角で、黄瀬とヒノが立ち話をしている。その様子を、森山と笠松は店内から眺めていた。黄瀬とヒノのトレイは片付けられており、森山と笠松のトレイもただ置いてあるだけの状態だった。

一通り話し終わった時、ヒノが携帯を所持していないと気付いた黄瀬が、二人きりで話したいことがあると申し出たため、今のような状態になっていた。ヒノは、自分が黄瀬を送っていくことを提案したが、女性の夜道の一人歩きを許せるはずもない。森山はヒノと帰宅するつもりであるし、待っているから話して来いと送り出したのだ。笠松と森山が二人を見ているのは監視などではなく、たまたま二人の選んだ場所が、店内から見える位置だっただけだ。

ちなみに夜道云々を男子陣が述べた時、ヒノは形容しがたい表情で「私、リョウタ君をお姫様抱っこで全力疾走できるくらいは人間離れしてるぞ」と呟いていた。

薄暗い駐輪場で話す男女は、どこからどう見ても恋人同士である。街灯を避けているのは黄瀬が目立たないようにとの配慮なのだろうが、それも密やかな逢瀬を演出する一因になっている。

「森山。どこまで信じてる?」
「全部信じてはいる。現実味は無いけどな。……親には言えねーわ。笠松は?」
「俺も同じ。黄瀬の感じからして、嘘はないようだった。ヒノさんも誠実に見えた」
「だよな。……二人でなーに話してんだろ」
「気になるんじゃないか、自分がいなくなった後のこと。仲良くしてたんだろ。……死ぬことも珍しくないっつってたからな」
「一年後だもんなあ……」
「……一つ年上なだけなのに、環境が違うとこうも変わるんだな。つか、黄瀬を保護した時はタメか……。それで軍人みたいなことやってんだろ?」
「仲間が死ぬところ、見たことあるんだろうか」
「あるんだろうよ」
「……なんか、すげえよな。そんな環境にヒノちゃんは帰るんだろ。帰りたそうな感じだ」
「こんな平和な所で腕を鈍らせてる場合じゃないってことだ。仲間は命がけで戦ってて……ヒノさんだけ、安全圏にいるようなもんだろ」
「……ヒノちゃんは嫌かもしれないけど。俺、存分に平和を謳歌してもらいたいと思う。元の世界に戻れることを望むべきなんだけどさ」
「そうだな……」

駐輪場での話はまだ終わる様子がない。熱が入っているのかこじれているのか、やや感情的になっている黄瀬をヒノが宥めているように見える。

「……黄瀬、ヒノちゃんに自分家に来いって言ってそう」
「だな。森山はどうするんだ?」
「俺?ヒノちゃんが過ごしやすいなら止めないけど、母さんがヒノちゃん可愛がってるから」
「なら黄瀬の勝ち目はないか……」

口の動きを読むような技は持っていないので、何の話をしているのかわからない。ただ、黄瀬が先輩を残してでも二人で話したがっていたことから、与太話ではないのだろう。深刻な話でなければいいと思ったが、経緯を物語としてしか受け止められない森山には、その深刻な話の例がいまいち思い浮かばなかった。



黄瀬は、彼女のことを知っていた。命の恩人であり、その後も面倒を見てくれた優しい人だ。よく一緒に食事を摂ったし、質問すれば丁寧に答えてくれた。だから黄瀬は、ヒノのことをある程度知っており、あの世界についての情報もある。小難しい話は分からないまでも、特にゴッドイーターがどういう職業かは理解している。

「ヒノさん……俺がいなくなってからは、その」
「皆すごく心配してた。私たちも捜索任務組んでもらったりしたんだけど、見つからなかったから……いるべき場所に帰れたんだってことになったよ。突然現れたから、突然消えちゃったんだって」
「もう一年経ってるんスよね」
「おう。あの時の第一部隊はみんな生きてるよ。極東にいなかったりするけど、あっちこっちで頑張ってる」
「良かったっス……」

女子の平均程度の身長であるヒノは、黄瀬からすると随分小柄だ。これであの敵と戦うというのだから、人は見た目で判断できない。プロのラグビー選手のような巨漢が突進してきても、吹っ飛ばされはしないのである。

黄瀬は、細腕に装着された無骨な腕輪を見下ろした。難しい話は知らない。知っているのは、その腕輪の役目と、重要性だった。丁度黄瀬があちらへ行っていた時、その腕輪関連の出来事があったから余計に覚えているのだろう。

「……ヒノさん」
「何?」
「俺がヒノさんとこで過ごしたのは大体一月っス。本当にヒノさんもそれで戻れるなら、大丈夫なのかもしんないっスけど……もし、もし延びたら。どうするんスか」
「森山家にもうちょっと迷惑かけるかな」
「そうじゃなくて。ここじゃ、定期的なワクチン接種が出来ないから」
「……よく覚えてたねえ」
「俺にとってはつい最近のことっスから」

腕輪に関連する話だ。

ゴッドイーターの腕輪は本人に癒着しており、外れることはない。生きた武器との接続点であり、その武器から身を守るため。さらには、その武器を扱うために体内に取り込んだ、敵の一部を飼い慣らすためのワクチン投与の介在が腕輪の役割である。つまり腕輪を失えば武器が握れない。さらには――別の手段を確保しない限り――ワクチン投与が出来なくなり、ゴッドイーターは今まで自分が屠ってきたアラガミに成り果てる。――らしいのだ。

黄瀬は、腕ごと腕輪を失ったゴッドイーターを知っている。一度死亡と判断されたが生存の可能性があげられ、ヒノが無断出陣して連れ戻したのだ。その人は既に人ではなく、ヒノでなければ救出不可能だっただろう、と支部中が沸き立っていことを覚えている。ヒノは相当叱られたらしいが。

「森山センパイが、ヒノさんは最長で二ヶ月居候するって言ってたっス。さっきヒノさんが合流する前の話っスね。俺、その時は気にしてなかったんスけど、俺は一ヶ月で戻ったのにヒノさんが二ヶ月って言ったのはなんでだろうって思って。もしかして二ヶ月がタイムリミットなんじゃないかって……」

ヒノがヒノじゃなくなる。化け物に成り果てる。その化け物を屠るための武器や、それを扱える人間がこの世界にはいない。つまり、ヒノが二ヶ月で姿を消すということは、自ら命を絶つということだ。

「……正解」
「死ぬつもりっスか」
「そうだね。今回たまたま、長くアナグラを離れても活動できるようにしてたのが幸いした」
「病院とか行ったんスか」
「行かないさ」
「なんで?行けば、そのワクチンみたいなものが手に入るかも知れないじゃないスか!」
「あと一月そこらでは出来ないと思う。そもそもこの世界にはないモノが私に入ってるわけだから、世界中を騒がせることになるだろうなあ。それでヨシタカ君やリョウタ君に迷惑かけたくないし、採取されたサンプルがアラガミになる可能性も高い。ここが、こっちみたいな、不自由な世界になるよ」
「そんなの分からないっスよ。あらゆる可能性っていうのをなんで試さないんスか」
「……戻れるという可能性の方が高いじゃん?」
「二ヶ月以内って言い切れないから言ってるんスよ!」

飄々と受け流すヒノに苛立ちが募る。楽観や諦めとは違い、何か、彼女は何かを受け入れた上であるという印象を受けた。

恩返しをしたいと思う相手が、自殺志願者など笑えない。好きで志願者しているわけではなくとも、自殺に向かっていることは確実なのだ。

ヒノは困ったように米神あたりをかく。

「リョウタ君がこっちに来たのは、私を立ち直らせるためだったんじゃないかって思ってる。あの頃、守れるはずだった子を守れなくて、へこんでて……大先輩が助けられるってなっててガムシャラで。リョウタ君がいなくなったの、大先輩のことが落ち着いてからだったでしょ?だからさ、リョウタ君はそのために来てくれて、戻るべき場所があったから帰ったんだって思ってるんだけど。……ゴッドイーターとして生きることを決めた私がここにいる理由が分からない。私の役目がリンドウさんの救出で、それが終わったから吐き出されたんじゃないかと思ってる。覚悟はしてたからショックは小さいんだけどさ。……アナグラに帰りたいとは思う。でも、私にもうすべきことがないのなら、どれだけ待とうと帰れない。逆にまだゴッドイーターとして生きられるなら、必ず二ヶ月以内に戻れると思う」
「…………スマセン。俺ちょっとよく分かんないっス」
「ああ、要するに……うん?あ、リョウタ君やっぱり気付いてなかったんだ。それで余計に分かんないのかな」
「何に?」
「私がリョウタ君を保護した意味」
「……俺と同じ境遇で、放っておけなかったから」
「うん。つまり、どういうことだと思う?」

ヒノの姿勢への苛立ちと考えることへの苦手意識で投げ出しそうになったが、にっこり笑って見上げてくるヒノに、苛立ちを忘れて首を傾げる。ヒノの言葉を反芻し、照らし合わせ、黄瀬は目を見開いた。

「ヒノさんも……こっちの世界の人だった……!?」

ヒノは人差し指を口に当て、秘密、と様になったウインクを見せた。

黄瀬は両手でタイムの合図を出す。ヒノが誰もいない背後を振り返って「タイム入りまーす」などとのたまう。

黄瀬は困惑に飲み込まれながらも、なんとかヒノの主張を見直した。

ヒノは元々黄瀬と同じ所で育った人間で、ゴッドイーターになったのは、任務中のゴッドイーターに保護された後。メディカルチェックでゴッドイーターの適性が出たためだと聞いている。その後黄瀬の知らない何かがあり、ヒノは中尉にまで出世し、最前線の重大戦力となった。そして黄瀬を保護し、黄瀬がこちらへ戻ってから一年後にヒノもこちらへ戻った。

黄瀬の役目は、何らかの出来事があって自暴自棄になりかけていたヒノを立ち直らせることで、それが叶ったから戻った。ヒノは、大先輩――例の腕を失ったゴッドイーターだ――の救出が役目であり、それが達成されたから吐き出された。

ヒノの言い分はこうだ。まだやるべきことがあるのなら、取り返しの付かなくなる前――二ヶ月以内にあちらへ戻れる。しかしもうすべきことがないのなら、いくら待とうと戻れないから、二ヶ月以上生きるつもりはないと。

「……いやいや、おかしいっスよ。なんでこっちで生きていかないんスか。そうだ、元々こっちにいたんなら、普通に家族とかいるじゃないっスか!」
「私はゴッドイーターとして生きると決めた。元の場所に帰りたいと思ったことはないよ。それから、私は別に死にたがりじゃない。純粋に、この世界をアラガミが闊歩しないようにってだけ。この世界にゴッドイーターがいるなら……せめて私の相棒があるなら、ギリギリまで粘りもしただろうけど。……そうじゃないから、私は人間のうちに死ななきゃならないって話さ」
「納得いかない、なんでそうなるんスか?意味わかんねえ。いつも死ぬなって言ってんの、ヒノさんスよ!規則に背いてまで不可能を可能にしたのに、何で自分のことになると諦めるんスか!?」
「諦めては、」
「諦めてるっス!二ヶ月過ぎれば戻れないって何で言い切るんスか。ワクチンのことだって、病院に行けばなにか分かるかもしれない。こっちで生きるつもりがなくたって、生き延びることは無意味なんかじゃない!ここで生きることもあそこに帰ることも、諦めてんじゃねーよ!」

何を話しているのか、黄瀬自身分からなくなっていた。ただ許せないと思ったのだ。元の世界も家族も切り離したくせに、帰る時を待つだけですがりつこうとしないのが。執念深く、何年後になっても生きて帰ってやると言って欲しかった。

黄瀬の知るヒノは、冗談めかしながらも真面目で、敵に突っ込んでは積極的に怪我をする肝のすわった人物なのだ。ゴッドイーターであることを選んだというのなら、そうあり続けるはずだ。可能性を全て試すはずだ。弱気になって見て見ぬ振りをして、じっと待つなど彼女らしくない。

「……言ってくれるね」





こうなると帰れない気がしてきた…
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