エルガストルムに来たゴロツキ


「ラウドミア!不審者!なんかテラスにいるんだけど!」

勤め先の娼館で、お嬢様方とティータイム中、どこからかそんな声がした。異常な聴力をもつ彼女は、耳栓がわりの耳当てをしていても、名を叫ばれれば反応できる便利仕様だ。

緊急事態らしい、と騒ぎの中心を目指して走る。ネグリジェやドレスの娼婦たちーー営業直前で客はまだいないーーに声をかけながら進み、ある一室へ到着した。

「ラウドミア!テラスに男が干されてるの」
「干され……?ナタリー嬢、皆連れて下がっててー」

メガネの位置を直し、問題のテラスに出る。なるほど確かに、男が柵に干されている。侵入者にしても間抜けすぎる姿に、緊張感もありゃしない。捨てたいところだが、訳有りならばそれなりの対処をしなければならない。彼は意識もないらしく、ラウドミアは脱力された体を室内へ引き込んだ。

「健常者(ノーマル)にしては、なーんか血生臭いな」

普通の人間が、黄昏種(トワイライツ)のいる娼館に一人で乗り込む意味がわからない。反黄昏種派(アンチトワイライツ)だろうか。

男を仰向けに転がす。上に食い込む顔立ちで、ラウドミアのテンションが僅かながら上昇する。ありふれたズボンにシャツ、ナイフを二本所持していたが、良い品とは言いがたい。

「おいおい兄ちゃん、はよ起きて」

頬を叩いてみるが無反応。呼吸はある。まさか怪我か病気かと眉を寄せた。怪我ならあまり動かすのもよくない、医者を呼ぶべきだろう。だが彼は健常者で、ラウドミアの抱いた親切心は決して十分ではなかった。

「ラウドミア?不審者は?」
「デラ嬢、まだおねんね」
「もうすぐ営業よ、はやく片付けなきゃ」
「だって起きないんだもん。……ま、いいや、とりあえず空き部屋に転がすわ」
「あんた見張りにつくの?」
「一応。もし狩猟者なら厄介だからね。営業は私いなくても大丈夫でしょ」
「はいはい。気を付けなさいよ」

黒いネグリジェが素敵なデラに手を振って、ラウドミアは男を肩に担いだ。目測、身長差は20センチ程度ありそうだが――無論男の方が高い――黄昏種であるラウドミアの問題ではない。娼館のプライベートフロアの片隅、半ば物置と化している部屋に移動し、男をおろした。色んな場所をぶつけた気がするが、彼に謝罪する気はなかった。

ややホコリのかぶったロープで、両手両足を縛る。もし男が狩猟者なら拘束具など無意味であり、そのためラウドミアが目を離すこともできない。

男から没収したナイフを弄び、自分の腕に突き立てた。パキン、と歯が折れたナイフに嘆息し、男の近くに転がす。黄昏種である自分がいる娼館へ乗り込むにしては、軽装備すぎる。反黄昏種派なら、黄昏種に立ち向かえる刃物くらい持つべきだ。

ただの金に困った強盗で、たまたまこの娼館に乗り込んだのだろうか。他にもっと選択肢あっただろ、と起きない男の頭をつま先でつついた。





目を開けて初めに見たものは、薄くホコリのつもった床と折れたナイフだった。不可解な状況に体を動かそうとしても、手足が縛られているらしく、不発に終わる。意識も感覚もしっかりしており、薬を使われていないらしいのが幸いだ。

せめて体を起こそうと上体を上げ――上げ切らずに床に逆戻りした。肩にかかる圧力に顔をしかめ、いつからいたのか分からない女を見上げた。

「おっはよーさん。二時間も寝てたよあんた。気分は?」
「……最悪だ」
「そりゃあいい。じゃあ早速質問いこうぜ」

小柄な女は、片足で動きを制してくる。男のこちらの方が力もあるはずなのに、体がビクともしない。筋肉がつき引き締まった腕を見て、これはまずいかもしれない、と冷静に状況の悪さを悟った。

藍色のワイシャツを肘までまくっており、右腕に入れ墨が見えた。黒いパンツは裾をブーツに入れている。両耳には何か≪ふた≫をして、よく見ると腰のベルトにナイフを持っていた。どこからどうみても、一般人ではない。

「あんたの目的は?」
「――――はっ?」
「なにさ、言葉分かんないの。目的はって聞いてるの」
「目的も、なにも……アンタが俺を誘拐したんじゃ」
「はあ?ウチのテラスで伸びてたくせに?」
「テラスで……?ウチの?ここどこだ?」

女は眉を寄せ、髪をかきあげる。女の動作に合わせて、ペンダントトップが揺れた。

「じゃあ質問をかえる。どこの回し者?」
「いや、だから回し者もなにも、俺はアンタの家に侵入した覚えはない」
「頭痛い面倒くさい……」

そう言って女はナイフを抜いた。「目と鼻と耳、どれがいい?」などと聞いてくるが、答えられる訳がなかった。自由の効かない体を必死で動かし、己の知っていることを主張する。

「待て待て!俺は寝ぐらで金の整理してただけだ。そこから出た覚えはないし、ここが何処なのかも分からない。アンタらが誘拐したんじゃないのかよ!」
「……ここ、どこだと思ってるわけ」
「どこって、アンタの家?シーナ地下街のどっかだろ」
「……シーナの地下街、ね」

女は復唱すると、肩から足を退かした。そのままうつ伏せに転がされ、抗議するも当然無視される。なす術のない状況に冷や汗がどっと流れた。この訳のわからないまま死ぬのだけはごめんだ、と手足に力を込め、思いの外あっさりと動いたことに驚く。女は何を思ったか、縄を切ったらしかった。

「え」
「正直さ、君がウチに乗り込むとは信じられなかったのよ。状況的に」
「……試したのか」
「当然。場合によっては殺したけど」
「……」
「はい起きて。気になることもあるし、ちゃんと話を聞こう」

手を差し伸べられたが、自力で立ち上がる。身体中のほこりを軽く叩いて、女に向き直った。思いの外小柄で拍子抜けするが、雰囲気は鋭い。正面からやりあっても、勝てるか分からないと素直に思った。

「改めて、私はラウドミア・ベニオ。この娼館の副支配人兼用心棒ってところ」
「……ファーラン・チャーチだ」

名乗ると、ラウドミアが少しだけ笑った。抜いたナイフを指先で遊ばせながら、早速だけど、とファーランを見上げる。

「地下街っていうからには地下にあるんだろう?シーナってどこかな」
「ウォールシーナのことだけど。まさかここ、地下街じゃないのか?」
「思いっきり地上だよ。ここはエルガストルム、善良な一般人なんていないような所だ」
「エルガストルム……シーナの都市か?」
「……なんだか、私と君とで基礎知識の齟齬があるらしい」

ラウドミアはひどく不審そうな顔だが、ファーランも似たような表情だ。しばし沈黙し、ラウドミアがナイフを鞘に戻した。

「ファーラン・チャーチ、ウォールシーナとはなんだ?ウォールってことは壁か?」
「は?3枚ある壁の一番内側だ。マリア、ローゼ、シーナ。地下街はウォールシーナの内側にある」
「エルガストルムもフェンスが張り巡らされてはいるが?」
「フェンス?壁は高さ50メートルで……」
「たっか!?」
「普通、つかなんでそんなのも知らねーの!?」
「ないからね?そんなのないからね?」
「はあ!?じゃあ巨人どうなってんだよ!」
「巨人?え、巨人!?エルガストルムといえどそんなのいないよ!」

再びの沈黙。ファーランは頭を抑え、深く息を吐いた。ちょっと待ってくれ、と質問をかさねようとするラウドミアを制する。地上に出られた喜びなど吹き飛んでいた。

「……人類は、巨人から身を守るために、3つの壁を築いた。それが、マリア、ローゼ、シーナだ。壁の外に人類はいないとされてるし、壁の中から外に出るのは限られた人間だけ。……といっても、地下街のゴミだめで生活してる俺には、大して関係のないはなしだけどな」
「……それが君の常識ってわけ」
「ああ」
「……この街は、エルガストルムという。多様な人種が生活してて、中でも特殊なのが黄昏種(トワイライツ)。これに関しては、街の外の人間なら知らなくても仕方ないかも。ちなみに私も黄昏種。街は四つの団体を中心にしてまわってるね。……私はここ生まれここ育ちだけど、壁だの巨人だのは初耳だな。ほんとに君、どっからきたの?」

淡々と言われれば、まるで地下街での日々が夢だったのかと錯覚する。そんなはずはないのだ、頼れる仲間もいたし、常に清潔な住処もあった。それがここにはない。巨人と壁を知らないなど、ありえないことだ。その時点で、ラウドミアとの間には深すぎる溝がある。ファーランは、ラウドミアを納得させるだけの言葉をもたなかった。

ぐっと押し黙り、拳を握る。立場は圧倒的にラウドミアが優位で、ファーランにはなす術がない。精神異常者だと罵られても、侵入者として排除されても、抵抗こそ出来るが自分を守るには至らない。

それでも諦めるのは御免だった。長い間、日の当たらない場所でなりふり構わず生きてきたのだ。しぶとさには自信がある。隙を見て逃げるか、なんとか取り入るか。ファーランは砕けかけた自身を奮い立たせ、ラウドミアを強く見下ろした。

「ったく……侵入者なら排除して終わりだったんだけど。今日はもう遅い、うちは営業時間だけど、君はこの部屋で寝な」
「え……は?」
「明日、君が本当にエルガストルムの人間じゃないか確かめる。場合によっては医者にも見せる。……なんだ、捨てられると思ったのか?健常者も黄昏種も保護はしないが、手助けするのがウチの方針なんでね」
「……ああ、助かる」
「素直でよろしい。私はまだ仕事もあるし、あー電話しとかなきゃ。ファーラン・チャーチ、朝まで部屋から出るなよ」
「ああ」

彼女の器の広さがわかった。不審者を家に置いておくなど正気ではない。それだけ、ラウドミアには何か自信があり、ファーランを弱者としてみたのだろう。安堵する反面屈辱でもあるが、この提案を蹴ることがいかに愚かか理解していた。

***

日が昇って数時間後、ファーランのいる物置の扉が開いた。見知らぬ男が入ってきたため身構えるが、どうやら敵意はないらしい。立ち上がって警戒するファーランに少し笑い、片手に持った袋を投げた。

「朝飯だ。食ったら顔洗ってラウドミアさん……副支配人んとこ行くぜ」
「……ここから出るなと言われている」
「朝までだろ?もう客は皆帰ってる」
「客?」
「ここ娼館だって聞かなかったか」
「そういえば」

外室禁止は、ファーランを警戒してのことではなかったようだ。自由が多いことは喜ばしいが、拍子抜けする。目の前の男も、ファーランを特別警戒していない。ファーランはなんだか馬鹿らしくなり、受け取った袋を開いた。

「……すげえ美味そう」
「はは!俺の行きつけだ!うちのシェフが腰痛めて辞めちまってよ、ここ数日そこのパンばっか食ってる」
「ちょっと待て、まさか俺の分買ってきたのか?」
「心配すんな、金はミア姉から貰ってる。それに、難民保護すんのなんて珍しくねーよ」

……監禁どころか、保護だと?

ファーランは頭が痛くなりながら、見たこともない不思議な形のパンにかぶりつく。

香ばしい香りから上等なものだと覚悟していたのだが、予想をはるかに上回る味だ。これ、本当にあのパンなのか、と疑いさえした。外はサクサクとしていて、中はふわふわ。少しのモチモチ感がたまらない。パンといえば、口の水分を全て持っていく代物ではなかったか。

「……っだこれ。すっげえ美味い」

ありえない。これが、パンだと。あのパンと同列になど扱えない。これは一種の嗜好品だ。地下街から出ただけでは、到底食べられないだろう。パンがこれほど美味いなど、聞いたことがなかった。

やはりここは、何か別の場所だ。

ファーランは神妙な顔でパンを頬張る。ドア口では、男が満足そうに笑っていた。




ファーランが連れられてきたのは、副支配人であるラウドミアの部屋だ。道中、裸同然の女たちに動揺はしたが、男の後頭部を睨みつけることで平静を取り戻していた。ファーランの知っている娼館よりも煌びやかで、全てのものが眩しかった。見たこともないものが多かったが、問いかけはしなかった。

部屋にはラウドミアの他に、二人の男がいた。三人はソファに座り、ファーランへ視線を向けている。

男は二人ともスーツだが、よく鍛えられているのが分かった。一人は眼帯、一人はひどく悪人面。ファーランは仲間の一人を思い出し、ああでもアイツの方が酷いわ、と思ってしまった。ここの従業員の男は皆同じ制服だったので、二人はこの娼館の従業員ではないようだ。

一体何者で自分がここにいる意味は何か、とドアを背にして考える。

先に口を開いたのは、眼帯の男だった。

「彼がファーラン・チャーチ?」
「うん。知ってる?」
「いんや、見たことないな。俺が会ってないだけかもよ」
「なら仕方ないけど、ウォリーの情報が一番信用できるから。……ファーラン・チャーチ」

ラウドミアに手招きされ、ソファに歩みよる。まるでラウドミアの部下にでもなったかのようで少々気に入らない。ラウドミアはファーランの不服に気づいているのかいなのか、特に咎めることなく、男を示した。

「一応紹介しとくわ。眼帯がウォリック・アルカンジェロ、こっちはニコラス・ブラウン。便利屋をやっててね、覚えておいて損はないぜ」
「はあ……」
「あ、ちなみにニコも知らない?」

にかりと笑うウォリックに対し、ニコラスは無表情。ラウドミアの問いに首を横に振って応えている。その時、ニコラスのさげたペンダントが揺れ、ファーランはそれがラウドミアと同じことに気付いた。余程親しい関係なのか、と何かプレートの下がったそれを見つめる。

「彼、どうするの?訳ありっしょ」
「午後、テオ先生に診てもらうつもり。いつもなら適当に放すんだけどさ、このまま放り出せないし……」
「なるほどね。ま、なんか力になれそうなら連絡してよ。安くするし」
「金はとんのね」
「ラウドミア姉さんからのお願いなら、いつでも聞くけどな」
「……ありがと。今日もごめんね、配送の順番変えてもらっちゃってさ」
『今度飯奢れ』
「久々顔合わせて飯たかるってどーよ。二人も結構稼いでんでしょ?」
『俺らは常に貧乏だぜ、ねーさん』
「はいはい、年変わんない弟たちのお願いは聞きますよ」
「さっすが姉さん!」

テンポの速い会話は、ニコラスとラウドミアだけでなく三人が親しい関係であることを示している。不可解なのは、ニコラスが一言も話さないことだ。何か手を動かしたかと思えば、ラウドミアが何かに返答する。ラウドミアの独り言かと思ったが、会話は成立している上、ニコラスは歯を見せて笑っているのだ。

ファーランはソファの後ろに立ったまま、目頭をもんだ。疑問を持てばきりがないことは、物置からここにくるまでで十分分かっていた。



「――ああ、手話ですよ。ニコラスさんは耳が聞こえないんです」
「しゅわ……」
「いろんなサインで言いたいことを伝えるんです。僕は読めないんですけど……」

ファーランは、仲間に負けず劣らずの悪人面を思い起こす。身振り手振りで会話するなど、考えたこともなかった。電気に車に携帯に、この街は――この世界は、ファーランの理解が追いつかないほど発展している。

ファーランは、娼館で雑務係だというジルとともに、裏通りを歩いていた。まさか陽の下を歩けるなんて、と感動したのもつかの間、潔癖症の男と妹のような少女がいないことに落胆した。地上で空を見るなら、三人で見上げたいのだ。

小柄な少年を見下ろし、チャリチャリと揺れるペンダントを見つめる。ラウドミアもニコラスも身につけていたものだ。流行なのだろうか。

「僕は恵まれた方なので、そういう不便さはないんですけど」
「恵まれた……?」
「はい、代償らしい代償もなく――って、そっか、ファーランさんはエルガストルムのこと知らないんでしたっけ」

ジルはペンダントをいじりながら、ファーランを見上げて苦笑する。ファーランは含みのあるそれに首をひねりつつ、ペンダントトップをちらりと見た。

≪C/4≫

意味はわからないが、そんな文字が彫られている。

「詳しい話はラウドミアさんに聞いた方がいいと思います。簡単に言うなら……黄昏種のことは?」
「エルガストルム独特の種族ってきいたけど」
「そうですね。そして黄昏種は、個人差はありますが健常者――普通の人間よりも遥かに優れた身体能力を持ってます。ですがその代償として、障害をもっていることが多いんですよ」
「ブラウン、さん?の聴覚は、その代償で?」
「そうきいています」
「……ラウドミアさん、も黄昏種だってきいたけど、代償あるのか?」
「はい。ラウドミアさんは、黄昏種の中でも重い方だと思います――ほとんどの視力と、味覚を持って行かれてますから」

あの眼鏡、度がすごいきついんですよ、などとジルが笑って付け足したが、全く笑えない。黄昏種がどういったものかいまいち分からないが、あの飄々とした態度の裏に、これほど重い障害があったとは思わなかった。

陽が当たらない、十分な栄養をとれない、家がない――それが普通の地下街では、どこかしらに問題をかかえた人間が多い。その上、助け合う余裕もない場所だ、障害を負った時点で長い未来は望めない。薄暗い路地裏で餓死することなど珍しくない。ファーランはそういった光景を多く見てきたからこそ、それを感じさせないラウドミアに驚いた。

次いで蘇るのは、初めて食べたサクふわのパン。味が分からないとなれば、美味しさは半減どころではない。なんということだ。

「ラウドミアさんは眼鏡なくてもいいらしいですけど……あ、そろそろですね、テオ先生の――――」

ジルが指差した先の表通りで、何やら喚く三人の男がいた。よく見ると、彼らの腰ほどの背丈の少女が絡まれている。男たちと少女が良好な関係でないことは一目瞭然で、ファーランは眉をしかめた。

こういった光景も、珍しくない。それでも、目の前で行われているそれを見過ごせなかった。武器はないが喧嘩には慣れている。まだ幼いジルには隠れていてもらおうと声をかけるが、逆に待てを命じられた。

「見た所健常者ですから、僕程度でも十分です。あの子、テオ先生の所の看護師だったはず……」
「おい危な、」
「ファーランさん、ちょっと待っててくださいね」

ファーランの制止もむなしく、ジルは軽やかに駆け出し、人とは思えぬ身軽さで飛び上がり、一人の男を蹴り飛ばした。ファーランは大人しく待てるはずはなく、裏通りから出て少女の腕を引く。ファーランに怯えたようだが、背中に庇うとシャツの裾を握ってきた。

着地したジルが、自身よりも長身の男たちを見上げる。笑顔で口を開きかけるが、慌てたように声を上げたのは男たちのほうだった。ファーランが事態を把握する間も無く、彼らは倒れた仲間を叩き起こして走り去っていった。

「あー良かった。戦闘にならなくて」
「ジルすごいな……。と、大丈夫だったか?」

立ちすくんでいた少女の前にしゃがみ、視線を合わせる。少女が大きく頭を下げると、顎で切りそろえられた髪が揺れる。

「ありがとうございました!助かりました」
「俺はなんもしてないけどな。怪我はないか?」
「はい」

男に囲まれて怖かっただろうに、少女はしっかりと受け答えする。慣れているのかもしれない。先ほどのジルの対応といい、エルガストルムでは暴力が日常的に行使されているらしい。ラウドミアや便利屋二人の鍛えられた肉体にも納得できるというものだ。

「確か、テオ先生の所の方ですよね」
「はい。あ、先生に?」
「ラウドミアさん……ラウドミア・ベニオのお使いです」
「ああ!そうだったんですね」

少女がぱっと顔を輝かせる。ニナという名前らしい彼女もジルも、見た目以上に丁寧な物腰で言葉を交わしている。あいつらに見習わせたいな、と低い位置の頭を撫でた。色々、苦労しているからこそ、子供らしさが少ないのだろうか。


ここまで――――力尽きた
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