騎空士と赤髪


グランブルーファンタジーの世界にいる、ヒロインさん(創作)が赤髪のところに。
グラブル知らなくても大丈夫です。



突っ立つ彼女の名はメノウという。大きな弓を折りたたんで腰に装備している、ただの若い女性。少食ゆえの細身で不健康そうに見えること以外は特筆すべき点のない、ただの若い女性だ。

呆然とするメノウと遭遇したのは、これまた若い女性。名を白雪という。珍しい林檎色の髪を持つ、活発そうな見た目の女性である。

メノウには特筆すべき点がないと述べたが、それはあくまでもメノウの世界観に基づく情報である。白雪の常識にはない非常識をメノウが備えていても、メノウにとってはなんら異常なことではない。メノウの頭には獣の耳がついているが、エルーン族のメノウにとっては当たり前のことで、エルーン族が珍しくもないメノウの世界では、頭に獣の耳があっても誰も驚かないのだ。だが白雪は違う。白雪の世界は違うのだ。本物の獣の耳を持つ人間など、お目にかかった事がない。というか、精々が空想上である。

故に、森の中で棒立ちのメノウと鉢合わせた白雪が硬直して耳を凝視したのは、仕方のない事だった。白雪はそれが装飾である事を疑ったーー希望したーーが、どう見ても動いている。ぴるぴる、と音を探る様子は、まさに動物のそれだった。

対してメノウが棒立ちなのは、白雪に非常識な要素があったからではない。メノウにとっては赤髪も珍しくないし、ペリドットの目も珍しくないし、ただの町娘としか映らない。メノウの静かな混乱は、状況の不可解さから生じるものだった。メノウは騎空団に所属し、つい先ほどまで空飛ぶ船の上だった。詳細は省くが、まだ若い団長率いる騎空団はそれなりの規模でかなりの腕前で、すっかり有名になっていることを記しておく。

そんな騎空団の一員で古参であるメノウは、数々の修羅場をくぐり抜けてきたが、騎空艇から振り落とされるという初体験後であった。空賊の襲撃に遭い、魔物とも同時に遭遇し、運悪く、騎空団史上初とも言える空中ダイブをかましてしまったのだ。すぐに団員の少女が団長の呼びかけで、空を飛べる星昌獣(特別な仲間)を喚び出してくれたはずなのだが。助かったと思うのもつかの間、いつの間にやら森の中だ。

そのまま船から落ち、どこかの森に着地したにしては怪我がない。怪我というか普通に考えて死んでいるだろう。星昌獣(特別な仲間)の力がおかしな方向に働いて、瞬間移動でもしてしまったのだろうか。星昌獣(特別な仲間)たちの力は強大だ、騎空艇からダイブして無傷で着地したと考えるよりもよほど現実味があった。

メノウはようやっと思考を浮上させると、白雪に声をかける。とても凝視されていることに気付くが、突然現れたせいで驚かせてしまったのだろうと考えていた。まさか自分の耳が、白雪の常識を壊そうとしているなどとは思わない。

「すみません、私、迷子になってしまったようで。ここはどこですか?」

白雪はすぐに返答したが、視線は耳だ。意識も耳だ。白雪の言った地名に首をかしげるメノウの疑問に対応したいところだが、白雪は耐えることができなかった。

「その、耳は?」
「?エルーンなので」
「本物……?」
「この辺りではエルーン族珍しいんですか?」

メノウは至極当然のように言う。当然だ、メノウには当然のことなので。白雪は頭痛を自覚して、少し目を閉じた。目を開けても、獣の耳は消えなかった。

「エルーン族に驚くってのが珍しいですね。こういう島もあるのか……。ここ、なんていう島ですか?まさかファータグランデ空域出てるなんてことはありませんよね」
「…………大変、申し上げにくいのですけれど。私は、あなたが何を言っているのかいまいち理解できません」
「え?…………え?」

二人はーー白雪はなんとなく気付いていたがーーそこで互いの認識の遠さに気付いた。一体どういうことなんだ、とお見合い状態になる。何から話せばいいか、何を話す必要があるのかさえとっさに判断出来ない。が、ここは流石古参の騎空士、数々の修羅場をくぐってきただけあり、予想外の事態への対応は白雪よりも早かった。

とてつもなく嫌な予感がしたメノウは、知っている言葉があれば教えてほしいと白雪に頼み、常識であると考える言葉を並べていった。馬鹿にしているのかと怒られることも覚悟したが、白雪が反応することはない。そうしていると白雪も冷静さを取り戻した。もしかしたら自分が知らないだけかもしれない、と少し離れて薬草を探していた護衛を呼んだ。

オビ、と強く呼びかけるだけで、猫目の青年が現れる。オビは護衛対象の白雪と対峙する見知らぬ人、さらに白雪が自分を呼んだことからよろしくない状況であると推測し、集めた薬草を白雪に渡して彼女を庇うように立つ。が、しかし。白雪にとっての非常識はオビにとっても非常識だった。警戒云々よりもまず、間抜けな顔でメノウの頭を凝視した。

「耳!?」
「やっぱり驚くよね!?良かった、私が知らないだけでそういう人もいるのかと」
「いやいやいや。いやいやいやいや!なん、え?まじもん?」
「本物です」
「あのねオビ、今からこの人のいう言葉で知っていることがあれば教えてほしいの。あの、もう一度お願いできますか?」
「もちろん、ありがとうございます」
「は?なに、俺は大人しく聞いてればいいわけ?」

オビは白雪の前から動かず、メノウの言葉を聞く。白雪が聞いたものと順番は前後するが、メノウにとっての常識であることに変わりは無い。オビが反応しなかったのも、変わりは無かった。

メノウは頭を抱えた。一体どこにいるのか分からない。二人がからかっているようには見えない。これは団長たちの迎えは期待できない、と絶望感が襲ってくる。次の目的地は決まっていたので、そこに手紙を書いて知らせるのが手っ取り早いが、メノウもここがどこだか分からないのだ。そもそも手紙が届くのかさえ確信できない。

遠い目をして表情の死んだメノウに、白雪とオビは同情の気が芽生えていた。二人にとってはメノウが言葉を並べるまでもなく、その耳だけで、メノウが全く違う文化圏の者だと納得できるのだ。兵士に引き渡して後を頼んでもいいが、なんと言うか心配なのだ。赤髪が珍しいどころではない、耳。白雪はその赤髪故に狙われたことが一度ではなく、余計に気を回してしまうのだ。

だが連れ帰るわけにもいかない。白雪は宮廷薬剤師見習い、オビは第二王子付伝令役、二人揃って城内に住まいがある。部外者をほいほい招き入れていい訳がない。しかし放置も出来ない。

「あー……あんた、行く宛てあんの?」
「宿でもとって、と思ったんですけど……私の持ってるお金、使えない気がしてきました」
「確かにな。まずそのままうろつくことが非常にまずいと思いますけどね」
「えっ」
「その耳……」
「ここにはエルーン族いないのか……」

オビはため息混じりに白雪を呼ぶ。こんな異常事態を片付けるのは、自分たちには荷が重いと判断した。判断を仰ぐとすれば一人だけだ。白雪も、頼れる人物となって真っ先に重い浮かぶ彼への応援要請は賛成だった。

「お嬢さん、主に相談してきてくれません?俺は城までお嬢さん送って、この人と外で待ってるんで」
「分かった。じゃあ早速向かおうか」

白雪は荷物を手早くまとめる。調達したかった数には少し足りないが、致し方ない。薬室長に謝らなければ。

メノウはオビの帽子を借りて、耳を隠した。音が聞こえにくいがわがままを言っていられない。オビに礼を言って、大人しく任せることにした。一番メノウが尖っていた時期であれば、見知らぬ人間の手を借りるということはしなかっただろうが。その辺りの事情は長い話になるので割愛するが、鋭いナイフだった時期にメノウと出会った青年がこの光景を見たら、なんか理不尽だなと口を尖らせただろう。

ともあれそういう訳で、三人は城ヘと向かったのだ。

メノウとオビは詩人の門で白雪と別れた。オビを知っている衛兵が、「入られないので?」と問いかける。オビは「迷子がいてさ」と返答し、衛兵の仕事の邪魔にならないようにと少し移動した。

オビの帽子を被ったメノウと、メノウに帽子を貸し出したオビ。白雪とオビの身分については道中明かしたので、メノウは城を見ても驚かなかった。正確に言うならば、大きさや荘厳さには驚いたが、城そのものへの驚きはなかったのだ。

オビは気さくで気軽だが、線引きはきっちりとしているタイプだ。親しい人間であっても、一定以上踏み込ませようとしない。親しい人間でなければ、そもそも興味も抱かない。今、白雪がメノウを気にかけたから手を貸しているだけであって、メノウがどうなろうと正直知ったこっちゃないのだった。

「……一応聞いてもいいですか」
「なあに?」
「城にいる、頼りになる人。オビさんのいう主は、この国の第二王子ですか?」
「せーかい。なら俺も聞いていい?なんでそう思ったの?」
「まず、オビさんの主かつ白雪さんの信頼している人。自己紹介の時に、オビさんが第二王子付とおっしゃったこと。白雪さんに、第二王子付伝令役がついていることから。……白雪さんと第二王子は親しい関係にある。オビさんが私と白雪さんを残さないようにしたことからも、オビさんが白雪さん守っていることと、間接的に第二王子が守っていることは明白。あーあと、不審者の通報するなら、オビさんが主である第二王子に知らせるのが妥当だと思いましたし」
「やっぱあんたさ、なんか慣れてるよね。その腰にあるのも武器でしょ?」
「騎空士は基本的に戦闘員ですよ。もちろん私も」

メノウは、どや、と口で言いながら少し笑う。警戒心や緊張がないわけではないが、未知に飛び込むのはよくあることなのだ。幸い、ここには魔物の脅威も帝国軍の追っ手もない。心の余裕があったのだ。仲間に心配をかけているだろうから早く帰りたいのみだ。

オビに警戒されていると自覚していても、メノウはそれを非難しない。メノウが逆の立場ならそうするからだ。新しい団員の世話を焼くのと同時に見極めようとするように。

オビはやりにくさを漠然と感じて頭を掻いた。メノウはオビを信用していないが、特別警戒もしていない。警戒されていることも気にしない。つまりたいして関心がない。オビの行動が当然で適切で適当であると考えているから、意識するほどのことではないのだ。オビはのれんに腕押し、警戒以前にメノウを気にすることが無意味に思えた。

会話を弾ませることなく二人で立っていると、男の声でオビの名が呼ばれた。メノウはもちろん誰か分からなかったが、オビには男が第二王子の側近であると気付いた。呑気に返事をしながら、メノウとともに詩人の門へ戻る。門では先ほどと同じ衛兵が二人と、オビを呼ぶ男がいた。

男はミツヒデといい、第二王子の側近の一人だ。長身だが威圧感はなく、第二王子と側近の片割れにいつもいじられるポジションにある。しかし気弱とは程遠い、真面目で腕の立つ、名の知れた騎士だった。

「ああ、いたいた。白雪から話は聞いてる。そこの方が?」
「そうですよ」
「はじめまして、メノウです」
「俺はミツヒデ。詳しい話を聞きたい、ともに来てもらえるか?」

メノウは城内に入っていいと言われて驚いた。入るにしても連行かと思ったが、案外友好的である。手枷を出されたら逃亡する覚悟もしていたが、あのーー少し話しただけでも人となりがわかる裏表のないーー白雪が全幅の信頼を置くだけあって、話の通じる人らしい。迎えに白雪を寄越さないあたりはしっかり警戒されているが、些細なことだ。

メノウは腰の弓を外すと、ミツヒデに差し出した。折りたたんであるので弓とは分からないが、オビはしっかり武器だと認識していたものだ。弓であると分かったならわかったで、矢がないために脅威とみなされなかったかもしれないが。

ミツヒデは瞬時驚いたが、メノウの意図を察して弓を受け取るーー片手で。メノウの細腕が片手で持っていたからそれに合わせてのことだったが、メノウの弓はそんなに軽くないのである。

「ぶふっ。ミツヒデさん鈍ったんですか?」
「あ、すみません。弓、重いです」
「……うん。あと俺は鈍ってない」

油断していたミツヒデは腕を沈ませてたたらを踏んだ。




気絶するかと思った。後にメノウはそう語る。

「私はクラリネス第二王子、ゼン・ウィスタリア。白雪から話は聞いている」

どこかで事情聴取となるとは思っていたが、まさか第二王子と謁見するとは思わなかったのだ。今まで某国国王や某国貴族や某国重鎮と関わり、またメノウ自身が元大貴族ということもあって、王族が特別珍しいという感覚はない。が、国のトップに会うことがそう簡単なことではないと知っている。それほど自分はイレギュラー扱いされているのだろう。自分の目で見る、という王子自身の人柄が反映されていると気付いたのは後になってからだ。

ちなみに気絶しそうになったのはメノウだけではない。

「お会いできて光栄です、ゼン王子。メノウと申します」

メノウは言いながら帽子を取って一礼する。ゼンと側近二名は、目を点にした。せざるを得なかった。メノウの頭にある獣の耳は、本物であることを主張するように震える。片耳にぶら下がったピアスも揺れていた。

控えているオビは口元を抑える。ゼンらの気持ちはよく分かるが、間抜けな顔が面白い。

「本物か……?」
「なんなら触りますか?エルーン族は皆こうです。驚かれることに驚きます」
「オビ」
「俺はもう触ったんでいいですよ」
「触ったのかよ。ミツヒデ」

メノウはミツヒデに頭を向ける。おそるおそる手を伸ばすミツヒデは、柔らかい毛と疑いようのない体温に、きりりと主を見た。

「耳です」
「そうか」

オビが堪えきれずに噴き出す。耳を解放されたメノウも少し笑った。

「まあ、メノウ殿。話を聞かせてくれ」
「はい。私は騎空団に所属しておりまして、白雪さんに遭遇する前は、飛行中で空賊と魔物と交戦しておりました。運悪く空へ投げ出されてしまい、気付くと森の中に」
「……きくうだん、とは何か」
「…………空を飛ぶ船で、島々を旅しております」
「?!海は危険なのか?」
「……?島は空にあるので、移動するには騎空艇が必要です。海がある国もありますが、海を渡っても別の島には行けません」
「魔物というものは、野生動物か?」
「イコールではありません。明確な違いと言われると……魔力があるか無いか、でしょうか」
「……空へ投げ出された、とは」
「そのままの意味です。驚きはしましたが、団長が対応した声が聞こえましたので、助かることを疑っていませんでした。結果、森にいたのですが」

ゼンは大量のクエスチョンマークを処理しきれない。突っ込みどころが多すぎる。メノウにとっては突っ込まれると思っていないことなのだが、空を飛ぶ船、という時点でゼンは頭を抱えたくなった。これは十分な時間をとって突き詰めていかなければならない。しかし、都合よく城に留めておく理由が無い。かといって街に放置するには、彼女の身が危険すぎる。保護するにしても、正体が不明だ。これは兄上にも話を通した方がいいな、と遠い目をする。

側近二人がゼンを伺うが、その表情にはいささか余裕が欠けている。非現実的な人物に非現実的な話をされて、その話を信じられても理解が難しい。メノウ自身を信用するのも、難しい。かといって嘘をついているように見えない。メノウの非現実的な要素で、話の信憑性は増していたが、でも。

「……ひとまず、今日は、客室を用意させよう。メノウ殿も混乱しているだろう、休まれたらいい」
「お、ありがとうございます……」
「武器は預かっていても?」
「返してくれるのであれば」
「もちろん。オビ、メノウ殿を案内したら薬室に戻っていい。後で白雪も呼ぶ」
「承知しました」
「あと、何か言っておくことはあるか?」

メノウはゼンから視線を外し、思案する。要望など無いし、今の所城に軟禁されるわけでもない。拷問される気配もない。となると、メノウから告げておくべきことは一つだけだった。

「私は、自分の身を守る必要がない限り。ゼン王子も、側近の方々も、白雪さんも……それだけではなく全ての人に対して攻撃することはないことを、私の名にかけて約束します」
「……それも、メノウ殿にとって何か意味が?」

お前の名に誓われても、とゼンは案に告げる。

「私の出身国では、意味を持ちます。平たく言えば、約束破ったら死ぬ、ということですね」
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