「新参者」と書いて


「ねえねえねえねえ!君違う世界から来たって本当かい?!しかもそっちには吸血鬼がいるとか!!あのカタナは吸血鬼を斬る為のものなんだってね!!人間が斬れないってどういう仕組みな訳?!」
「あ、あの、ちょ、近……」
「あ、自己紹介が遅れたねごめんごめん!私は分隊長をやってるハンジ・ゾエ!!気軽にハンジって呼んでくれていいからね!君はミヨ・コウサキだっけ、ミヨでいいかな!!」
「どうぞ、お好きに……」
「私は巨人研究の第一人者って言われているんだけどね!!彼らの魅力を箇条書きにしたらきりがない訳だが、巨人を知らなかったという君にはぜひとも伝えたいなあ!彼らはミヨを襲わなかったというじゃないか!どうだった?どうだった?意思の疎通は出来たかい?どうしてミヨは捕食対象じゃなかったんだろう!捕食対象じゃないからと無視するんじゃなく構い始めたなんて!!ああああああこんなにも滾ったのは久しぶッフォオオ!!」

美夜はリヴァイの跳び蹴りによって吹きとばされたハンジを、引きつった顔で見つめた。キスでもするのかという距離で、頬を紅潮させ興奮しながらまくし立てていたハンジは、苛立ちのメーターが振り切れたリヴァイによって、壁に叩きつけられた末、床に横たわっている。中世的な印象を受けるが、彼女と分類していいだろう。

「チッ……奇行種が」
「あの、ハンジさんは……」
「いつものことだ」
「……そうですか」

美夜は静かになったハンジからそろりと視線を外し、片手をかけたままだった椅子に腰掛けた。

地下牢から場所を変えて、ここはどこかの空き部屋らしい。エルヴィンとリヴァイが地下牢から去った後、美夜は眠りにおちーーそもそも就寝前にこの世界にきていたーー起きたのは翌朝だった。何時間寝たのだろうと思ったが、予想以上に疲れていたらしい。見張りがいたのでとても浅い眠りだったが、長時間だったのでそれなりにすっきりしていた。

そして地下牢にリヴァイが訪れ、服が目立つからどうにかしろ、と言われてとりあえずジャケットを脱いだ。ブラウスは問題なく、スカートもさほど不自然ではないらしいので、他はそのままだった。そして牢から出され、リヴァイに連れられてこの部屋にやってきたのだった。

リヴァイは刀をもっておらず、刀の無い美夜が無力であると確かめるためか、一発腹を殴られたけれど。加減されていたのだろう、骨は無事だったが、一瞬意識が飛んだ。おかげで手枷がないことを喜ぶべきなのだろうか。

部屋の椅子に座るよう言われて手とかけたと同時、ハンジが部屋に飛び込んできたのである。

美夜が椅子に座ると、リヴァイもテーブルを挟んで向かいに座った。背もたれにひじをかけ、足を組んでいる。態度がかなり大きいが、彼の雰囲気がそれを許していた。

「ミヨ……お前の衣食住を保証する代わり、いくつか条件がある」
「はい」
「一つ、お前は俺の監視下になる。おかしなことをすればすぐに削ぐから覚悟しろ。二つ、調査兵団に全面的に協力すること。そのために兵士となる訓練も受けてもらう。三つ、カタナは俺が預かる。訓練などの場合で必要があれば所持を許すが、刀を抜くことは許さない。四つ、エルヴィンや俺の指示に従え。五つ、素性は隠せ。……以上だ、異論はあるか」
「ありません」
「あっても聞かねぇがな」
「ただ、私からも二つほどいいですか」

リヴァイからの敵意は相変わらずで、美夜は背筋をピンと伸ばしたままだった。身近にも睨みの鋭い灰銀髪がいたが、彼は美夜に敵意を向けてはこないので、あまり気を張ることもなかった。

「吸血鬼に関する情報は、開示するならごく少数の人間にのみにしてください。私の世界ではトップシークレットなので。……もう一つは、私の世界のモノや元の世界に戻る手掛かりがあった場合は、私にも教えてください」
「……いいだろう」
「ありがとうございます」

小さく頷いたリヴァイに礼を言うと同時、床に伏していたハンジが「よいしょっと」と軽い調子で体をおこした。体をさすっているので痛みはあるのだろうが、リヴァイの言う通りいつもの事らしく、ハンジにはリヴァイを咎める様子が無かった。

「ミヨは本当にしっかりしているね。団長と兵士長を前にも怯まなかったそうじゃないか。特にリヴァイなんて泣く子も引き攣けを起こして気絶するのに」
「ウゼェ」
「ミヨって何歳なの?」
「十六です」
「へえ!そんな年から仕事してるんだね。悪い吸血鬼を退治するんだっけ」
「はい」

ハンジの言葉に頷いた直後、ドアがノックされた。リヴァイが入室を許可すると、トレイにパンとスープを乗せた青年が入ってくる。美夜を見て訝し気な顔をしたが、兵士長と分隊長がいるからだろう、口に出さずにトレイをハンジに渡し、そのまま退室した。

ハンジはトレイを美夜の前に置き、リヴァイに食べるよう言われる。美夜は小さく頭を下げて礼を言い、質素な食事をはじめた。いただきます、と呟いてからパンをちぎって食べていると、リヴァイとハンジは観察するように美夜を見る。やめてほしいとは言えず、いただきますと言う習慣はないのだろうかと思考をそらしていた。

「飯が済んだら、俺の班員を紹介する。俺預かりとは言ったが、いつでもいられる訳じゃねぇからな」

おもむろに話し出したリヴァイに、美夜は食事を中断して頷いた。

「はい……あの、訓練というのは」
「明日からだ。前調査兵団団長が教官を務めてる、ウォール・ローゼ南方面駐屯の訓練兵団に配属される。今年入った訓練兵の訓練はとっくにはじまってるが、特例で途中入団を認めてやる。死ぬ気で追いつくんだな」
「分かりました」

固いパンとスープという味気ない食事は、美夜の立場のせいなのか、それともこの世界では普通の食事なのか。美夜にはまだどちらか分からなかったが、不意に理事長の温かな食事が懐かしく感じた。


* * *


調査兵団特別作戦班ーー通称リヴァイ班に所属するペトラは、不快な感情が湧いてくるのを感じていた。ペトラだけではない。ペトラと並んで立つ、グンタ、エルド、オルオの三人も似たような心境だろう。

兵士長であり班長でもあるリヴァイから招集があり、リヴァイの執務室に集まってみれば、そこには見覚えのある女がいたのだ。いっそ見知らぬ女であればよかったのだが、それどころか、彼女は巨人とともにいた人物であった。左腕を二か所骨折してもなお、自分達に歯向かおうとした敵。

てっきり地下牢にいると思っていたのに、尊敬するリヴァイの隣に平然と立っているのだ。ペトラたち四人が凝視しているのに、彼女に怯む様子はない。彼女の方が年下だろうが、大人げないなどと言っていられない。彼女は巨人の仲間なのだから。

「どういうことですか、リヴァイ兵長!そいつは巨人の……!」
「危険です、兵長!」

グンタに続き、ペトラも口を開いた。リヴァイは気にした様子無く、落ち着けお前ら、と呟いただけだった。

「こいつはこれから、俺の監視下におく。というよりも俺の班の監視下つった方が近い。調査兵団への全面協力と引き換えに、衣食住を保障することになった。明日からは訓練兵の奴等と一緒に学んでもらう。……右からグンタ、エルド、オルオ、ペトラだ」
「美夜・晃咲です。分からないことが多く、何かとお世話をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」

気を付けの姿勢からきっちり頭を下げた美夜に、少し拍子抜けしてしまう。それだけでなく、彼女の深い緑の目や雰囲気が年不相応に落ち着きを持っていて、ペトラはじわりと毒気が抜けたのを感じた。他の三人も同じく、厳し言葉を浴びせようとしたのにぐっと飲み込んでしまった。

「……兵長、巨人の仲間ではない証拠でもあったんですか」

エルドの問いかけに、リヴァイは横目で美夜を見た。自分で言え、と促しているのだ。リヴァイの言葉よりも本人の言葉の方がいいと判断したのだろう。ペトラたちからすれば、美夜に何を言われても言い訳がましく聞こえてしまうのだが。

美夜は一瞬リヴァイと視線を合わせただけで察したのか、ペトラたちに向き直る。か弱そうな印象さえ与える彼女だが、声には芯が通っていた。

「もし私が巨人の仲間で、人間たちの中に潜入したいと思うなら、もっと上手くやります。堂々と巨人と共に姿を現すような真似はしません。……私は、気付いた時にはあの草原にいました。その他いくつかの要素から、私はこの世界の人間ではないと判断し、エルヴィンさんとリヴァイさんに話しました」
「異世界、人……?!」
「はい。異世界に巨人を放つことが私に出来るなら、その軍勢を率いてとっくに人類を滅ぼしているでしょう」

ペトラが思わず声を漏らすと、美夜はペトラを見て頷いていた。突然話の規模が大きくなり、言うべき言葉を見失っていると、リヴァイが美夜に代わって口を開いた。

「こいつについては戻ってすぐに箝口令が敷かれたが、この世界の存在じゃない上調査兵団に所属するってことは、今日中にエルヴィンからも知らされる。今の所、ミヨがこの世界の存在じゃねぇってのを知ってるのはお前らと、調査兵団の分隊長以上の奴等だけだ。表向きは、ウォール・ローゼ地下街からエルヴィンが引き抜いたってことになる。……調査兵団内でも、ミヨが壁外から来たってのは最低限口にするな」

地下街は治安が悪く、売春や窃盗、殺人なども日常茶飯事だ。ただその分、一般人よりも身体能力の優れた者がいることも確かで、そういった人材を兵団が引き抜くことはあり得ないことではない。事実、リヴァイも地下街出身でエルヴィンに引き抜かれている。

ペトラらが口を挟む暇なく、リヴァイはつらつらと述べた。全て決定事項なので、今更自分たちが異議を唱えても覆ることは無いだろう。それに、リヴァイやエルヴィンが認めたのなら自分達が逆らうことはない。そう分かってはいるが、美夜が形だけとはいえ仲間になることへの抵抗は消えない。

「話はそれだけだ、戻っていい。……ああ、ペトラ」
「はい!」
「こいつに最低限の知識を叩き込んでやれ」
「っ……はい」

リヴァイからの命ならば、気が進まなくても断る訳にはいかない。ペトラは一拍おいて了承の返事をし、心臓を捧げる敬礼をした。リヴァイの隣に立つ彼女が、よろしくお願いしますと頭を下げたのが見えた。




美夜の部屋となる場所で、ペトラは美夜とテーブルを挟んで向かい合っていた。授業というほどのものでもないので、口頭で終わらせる予定だ。ペトラの表情は厳しいままで、テーブルに広げた資料を示す。

「何をどこまで話せばいいのか分からないから、ざっくり言うね。質問があればその都度して」
「分かりました」
「とりあえず、貴女が明日から入る訓練兵団だけど……訓練兵は三年間、厳しい修練を積むの。脱落する者も、命を落とす者もいる。卒業すれば、憲兵団、駐屯兵団、調査兵団のどれかに配属されるわ。憲兵団は王の元で人の統制をするのが仕事で、ウォール・シーナ内での活動となる。巨人の脅威にもっとも遠いから、人気が高い」
「王族……王政ですか」
「ええ。……ただ、憲兵団に志望できるのは、訓練兵の中でも成績上位の十人だけ。駐屯兵団は、各壁の管理と強化ってところね。調査兵団は、壁外に出て、文字通り巨人を調査する。死亡率が桁違いに高い」

その問題の巨人だけれど、と別の資料を出す。巨人について分かっていることは少なく、壁外調査で多くの犠牲を出しても、進歩など微々たるものだ。ただ痛手を負うだけ、という時の方が圧倒的に多い。

ペトラはふと、資料に視線を落とす美夜を見た。前回の壁外遠征は、彼女を引き込めただけ成果があったのかもしれないと。彼女が本当に味方であるのかという問題は置いておく。敵であれ味方であれ、壁外からの人間でーーむしろ異世界なのだがーー巨人が興味を示さない、というのは大きな発見だ。

「……巨人の大きさは様々。小さくても三メートル、大きければ十五メートル。でもそれは一般的なもので、奇行種と呼ばれるものもいるの。四足歩行をしたり、跳躍したり……あとウォール・マリアを破った超大型巨人は、五十メートル以上あったそうよ」
「五十メートル……?!」
「その超大型と鎧の巨人は、巨人の中でも特異で……どこが、とは分からないけれど、その二体が巨人を壁内に引き入れたようなものなの。壁を壊してすぐにいなくなってしまって……人を食べることしかしない巨人たちとは違う」
「……あの、疑問なんですけど」

美夜は控えめに言い、礼儀正しくも小さく手を上げた。ペトラはほだされそうになる自分を叱咤しながら、どうぞ、と先生役でもしているように促した。

「この壁の中以外に、人間はいないとされているんですよね。でも、巨人は百年間もここにこなかったとすると……巨人は、何のために人間を食べるんでしょう」
「いい所に気が付くのね……。巨人の捕食対象は人間のみで、他の動物には一切無関心なの。でも、巨人は人間を栄養としているわけではない。巨人には消化器官が無い……人を食べて腹が膨れると、吐き出すの。だから、常々人間を食べる必要はないとも考えられるね」
「?!それじゃ、一体なんのために人を……」
「分からない。……あ、弱点はうなじ。そこの肉を削ぐことで倒すことが出来るの。そのほかの場所を傷つけてもすぐに再生してしまう」
「再生は厄介でしょうね……」

驚きつつもしみじみと美夜が言うので、ペトラは引っ掛かりを感じて訝しげに見る。美夜は資料に落していた視線を上げ、ペトラと目を合わせると小さく苦笑した。こちらの世界にもそういう存在があるんです、と少しだけ懐かしそうに言った。

「再生する人間っているの……?」
「ええと、特殊な存在ではあります。再生の度合いも一概には言えませんけど」
「……それと、戦ったことがあるの?」
「そういう仕事をしていますから」

美夜は綺麗に微笑んだ。"それ"が具体的に何であるのかを話すつもりはないらしいが、それは人を襲うのか、と聞くと頷いていた。ペトラはそれを聞いて、初対面でリヴァイの不意を衝いていたことにはそんな背景があったのか、とようやっと納得する。それだけではない、巨人や調査兵団に囲まれて冷静だったことにも納得した。

自分たちと同じで、一筋縄ではいかない存在を相手に命がけの仕事をしているからこそ、自分の感情をコントロール出来ているのだ。その冷静さが裏目に出て、一時は完全に敵だと認識してしまったわけだが。もっと混乱を露にしていたのなら、この世界に無知であることを怪しまなかったのかもしれない。しかし全て仮定の話で、実際どうなっていたかは今となっては分からない。

「巨人については、こんなものかな……」
「ありがとうございます」
「生活とか常識については、あなたの世界とどう違うのか分からないから……言いようもないしね」
「そうですよね……」
「何か分からないことが合ったら、声をかけてくれればーーーー」

ペトラははっとして口を閉じた。無意識に、自分から接触を許す発言をしてしまったのだ。自分は彼女をーー当初より和らいだとはいえーー敵と認識していたのではなかったか。

ペトラが自分の発言に驚いているのと同じで、美夜もペトラの言葉に少なからず驚いたらしい。柔らかい色の目を少し見開き、ペトラと目を合わせた。ペトラはそこに、一切の敵意が無いことに気付く。憎き巨人のように感情がない、という訳ではない。美夜の目は、どこにでもいる普通の女の子だった。

それが美夜の無実を証明したことにはならない。だがリヴァイやエルヴィンが彼女を迎え入れることを思えば、あながち偽りでもない気がした。彼女ほどの賢い人間なら嘘も得意なのかもしれないーーそんな考えもあるのは確かなのに、どす黒いような感情はどこかへ消えていた。

「……いつでも私がいると限らないけれど、聞いてくれていいわよ」
「ありがとうございます」
「改めてよろしくね……ミヨ」
「!はい、よろしくお願いします。ペトラさん」

美夜は嬉しそうに目を細めた。それがどこか安堵したように見えたのは、ペトラの気のせいだろうか。そうしていれば年相応に見えるのに、と思っていると、美夜はとても綺麗に笑った。

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