「不審者」と読む


翌朝、美夜はペトラに起こされた。と言っても、ペトラが部屋のドアに手をかけたと同時に目覚めた。

美夜の部屋は三階にある上、外から鍵がかかっている。そのためか、ドアの前に見張りは立っていないが、美夜の隣の部屋はリヴァイだったりする。

リヴァイが潔癖という理由から、昨晩入浴することの出来た美夜は、ペトラの持つ制服を受けとった。調査兵団の制服ではなく、訓練兵の制服だ。基本的なデザインは同じだが、調査兵団を表す自由の翼のエンブレムの代わりに、訓練兵を示す剣のエンブレムが入っている。

「リヴァイ兵長からよ。外にいるから、着替えたら教えて。ベルトの付け方を説明するわ」
「ありがとうございます」

立体機動装置を使う際、体にはとてつもない負担がかかる。兵士が装着しているベルトは、それを少しでも軽減するためのものだと聞いていた。

美夜はペトラに借りたシャツとズボンから、たった今受け取った制服に着替える。しかし忘れてはならない、美夜は左腕を骨折中だ。ギプスと包帯でぐるぐる巻きにされているので、いささか不便だ。そんな美夜の状況を気遣ってか、受け取ったシャツは袖口の広いものだった。ただジャケットは一般的なデザインと変わらず、肩にひっかけることにした。

ジャケットを羽織りながら、先ほどのペトラの言葉に首をひねった。彼女はリヴァイから制服を受けとった、と言っていた。リヴァイが直接渡しに来なかったのは、単に忙しいからか。それとも、就寝中の女の部屋に入ることをためらったのか。

「……」

指先の小さな傷を見れば、後者もあり得る気がする。だが左腕の状態を見れば、前者としか考えられなかった。

着替えが終われば、髪をまとめて顔を洗い、ペトラに連れられ食堂に向かった。エルヴィンから話を聞いているであろう団員たちから視線を送られる。興味や好奇心のものもあったが、ほとんどが疑念や敵意だった。

美夜は視線の多さを気にしてはいなかった。そちらよりも、知らない人間が大勢周りにいるという状況の方が心地悪い。全てを無視して歩いてもいいのだが、ここでは多少素直になろうか、とややペトラの背に隠れた。そうすると人間は不思議と庇護欲が湧くことをしっていた。偽ってそうするのならば逆効果だろうが、美夜の場合はこちらが素だ。

「ご飯はそこで受け取って、席は自由よ。あ、飲み物はあそこね」
「はい」

美夜は右手でトレイを持ち、飲み物も乗せて、ペトラと共に席に着く。食事はパンとスープと蒸かした芋だった。この世界ではこれが普通なのだろう。食糧難である可能性が高い。

美夜は右手だけで"いただきます"のポーズをとってからパンを千切ろうとし、止めた。右手でもってそのままかじりつくと、ペトラにそれは何かと問われる。

「食事をするときの挨拶、です。『いただきます』と『ごちそうさまでした』」
「へえ……お祈りみたいなものかな」
「そうですね」

パンをひと口食べ、飲み込んでいると美夜の隣の椅子が引かれた。ちなみに、美夜とペトラの周りは人が綺麗にいなくなっているのだ。陸の孤島である。

美夜の隣に座ろうとしていたのはリヴァイで、立ち上がって挨拶した方がいいかと思ったのだが、ペトラにその様子が無いので座ったまま挨拶をした。リヴァイは、ああ、と返してトレイを置いて座る。

「リヴァイさ……ん、制服ありがとうございました」
「……なんだ今の間は」
「ペトラさんたちは、兵長とお呼びになってるので……どっちがいいのかと思いまして」
「どっちでも構わん」
「あ、はい」

分かりましたと頷いて、美夜は手元のパンとリヴァイを交互に見る。背もたれに凭れてどこかに視線を投げているリヴァイには、今すぐに食事をとる様子が無いのだ。上司を差し置いて食べるのは気が引けるので手を止めていた。

ペトラは、リヴァイの言葉を待つようにじっと見つめている。美夜は隣であるリヴァイと距離が近いので、顔は向けていたが視線はそらしていた。

「ミヨ」
「はい」
「俺を恨むか」
「……はい?理由を聞いても」

リヴァイは頬杖をついて、美夜の顔を覗きこむように見た。鋭すぎる三白眼にもいくらか慣れたように思う。リヴァイのそこに警戒心はあれど、敵意は確実に薄まっていた。

「左腕」
「ああ……でも右利きですし」
「ミヨ、そういう事じゃないと思うよ……」

左手でも一通りのことは出来るが、利き手としては右である。確かに不便な時もあるが、利き手が自由に動くので生活自体に支障はないだろう。美夜はハンターとなるべく修行していた頃にも何度か骨折しており、その経験からだった。同じ腕の上腕と前腕を折ったのは初めてだが。

ペトラが脱力感をにじませて言うので、美夜は小首を傾げた。リヴァイは眉を寄せて、まるで信じられないものを見るような表情で美夜を見ていた。美夜は思いもよらない二人からの反応に、えっと、と言葉を濁す。

「腕を折ったんだぞ」
「はい」
「……理不尽だとは思わないのか」
「傷が残るような怪我は、過保護な人が身近にいたので一応気になりますけど……骨折がはじめてな訳ではないですし、骨を折った私に『脆いな』って鼻で笑った人もいましたし。……あの時の状況を考えれば、問答無用で手足を切り落とされるより断然マシです」
「……変な奴だな、お前」

学園に通い始めたすぐも言われた覚えがあるなあ、と考えながら苦笑する。心底呆れた様子のリヴァイは、溜め息を吐いて椅子に座り直した。

「飯食ったら、訓練の開始だ。食べ過ぎて吐くなよ」
「肝に銘じます」
「片腕でどれくらい出来るのか、楽しみにしててやる」

期待に応えられるように頑張ります、と頷くと、ペトラが苦い表情をしていた。片腕が使い物にならないと実戦で生き残ることは出来ないだろう。厳しい訓練にもそれは言えるはずだ。

「無理しすぎないようにね」
「大丈夫です。死ぬつもりはありませんから」
「当然だ」

リヴァイは鼻で笑ってから、慣れた様子でナプキンを広げた。

- 4 -

prev(ガラクタ)next
ALICE+