人生二回目の男子高校生


――来世は奔放に生きたい。容姿は中の上で、頭は平均よりちょっと上で、運動が得意で、おふざけに全力を注ぐ男の子になりたい――

疲れきっていた時にそうこぼしていたのが良かったのか、俺は新たな生を受けた。結構欲張りだと思うのだが、中々神様は太っ腹らしい。

前世の俺はまるで二次元スペックの女の子で、それはそれは良くできた女性だった。覚えていないだけで何度目かの生なのではないかとスピリチュアルな話が出るくらいには出来た人間だった。

色白黒髪で長いまつげと美人な細身、人当たりがよく話しやすく、勉強も真面目に取り組み、しかし運動は苦手でアレルギーや喘息を持っていた。同年代からもお姉さん扱いを受け、委員長や生徒会長という役職を制覇し、真面目で先生からも生徒からも好かれ、高嶺の花な外見だが冗談が通じるとギャップ萌えをさそい、国立医学部に進学する程度の学力があり、安定した職に就き――とまあ、素晴らしい人間だった。ちなみに、経験した習い事は、プールにピアノにバレエに乗馬というラインナップ。

前世の話はいいとして、俺は俺であることを理解したとき、喜びにうち震えた。真面目な生徒が不良に憧れる感覚、といえば分かってもらえるだろうか。よくも悪くも、前世は真面目すぎたのだ。自由に生きると決めた俺は、進んでネジを二・三本外して放り投げ、馬鹿な男ライフに全力を注いでいた。

流石に中学校に上がるまでは苦痛だったが、開き直ってノリノリに小児ライフを満喫した。空いた時間は読書に費やした。子供はおとなと違って時間が余るほどあり、子供の体だが、やってみたいことをやりまくった。幸い、父親がアウトドア好きなので、あっちにいきたいあれがしたいと言えば、休みにつれ回してくれた。沖縄旅行では大学時代に海水浴にいけなかった鬱憤をはらすがごとくはしゃぎ、ライフセーバーの兄ちゃんにもたいそう可愛がられた。

前世の物理的な弱さもどうにかしたかったので、合気道を習った。親は乗り気じゃなかったが、合気道は身を守る技であり先制攻撃するようなものじゃないと説得した。

そんなこんなで、俺は二度目の高校生をやっている。前世のことをひとつの反面教師として、今世では勉強をほどほどにして遊びに重点を置いている。校則がゆるゆるなので、隣町の小さな民宿の清掃バイトも始めた。それなりに忙しいサービス業は前世でうつになりかけたので御免だった。店の人たちはいい人だったんだが、いかんせん忙しすぎていけない。クリスマスがあんなに憎くなるとは思わなかった。日本国民だろ、キリストなんて気にするなよ。

「バレンタインもホワイトデーも嫌いだ……」
「はあ?クリスマス終わったとこだぞ」
「なんでもない。ところで工藤、北海道っていったら、どこ行くべきかな?」
「土産よろしく」
「わーってるよ」
「観光ガイドいっぱい出てるだろ。小樽水族館にでもいけば?」
「オットセイのとこか!そうだそこ忘れてた!行かなきゃ!」
「また二泊三日か」
「んーん。丁度冬休みに入るから、ゆっくりしてみる。年越しは戻ってくるけどな」

おめーもよくやるよなあ、と工藤は呆れを隠さない。イケメンはどんな表情でもイケメンだった。お金持ちで育ちが良くイケメンなのにべらんめえ口調という、凝った設定を背負っている彼――俺の後ろの席の工藤君は、とんでもなく頭の回転が早くて正直ドン引きするレベルなのだが、基本的にはただの男子高校生だ。ノリもよく、中学からの付き合いである。

真冬に北海道ってどうなんだ、と言われたが、冬だからこそだ。俺は雪原に埋もれたい。

「北海道の次は?」
「またバイト代貯めてってなるから、夏休みに長めに出ようかなー……海は家族と行くから、うーん、京都かな。八朔でカメラじいに紛れよう」
「ふうん?」
「あーでもスキューバの資格もほしいな……」
「お前どこ目指してんの?」
「工藤に言われたくない」
「沢口ー!お客さん!」

おやおやと言いながら席をたつ。廊下に、隣のクラスだか隣の隣のクラスだかの女子生徒がいた。綺麗な紙袋を持っており、俺が近寄ると俯いてしまう。

いやあ、お呼びだしとか都市伝説だと思ってたんだが、中学の頃から時々あった。調理実習で作りすぎたってお前、キレイにラッピングしてんじゃねーか計画的犯行だろと思ったことは数知れず。一応女心は分かるつもりなので言わない。案外女っぽくないよね淡白だよねとか昔に言われた気がするが。

もじもじ、耳まで赤くする女の子は正直かわいい。つむじをつつきたくなる衝動をおさえる。くっ俺の右腕が……!うずいてやがる……!脳内劇場はほどほどにして、少ししかがんでやる。

「っあの、突然ごめんなさい。今日誕生日だって聞いたから、作ってきたの。よかったら」

あっ。そっか俺今日誕生日だわ……。今日の日付も分かるし誕生日も覚えてんだけど、それが繋がんないんだよな。

「おう、ありがとう。もらっとく」
「っじゃあ、これで!またね!」

ぴゅん、と自分のクラスに消えていく女の子を見送る。ぴゃあぴゃあ騒ぐ声が聞こえるが、もう俺の知ったことじゃない。クラスメイトに茶化されながら席に戻ると、工藤がによによ楽しげだった。

「モテるねえ」
「工藤ほどじゃないけど」
「はあ?お、カップケーキか、うまそうじゃん」
「んーもって帰る」

モテることは否定しないが首をかしげる辺り、工藤は好意に鈍いのかもしれない。いや、幼馴染みしか目にはいってないだけか。

机の横に袋をかけて、鞄から旅行雑誌を取り出した。忘れないうちに水族館のページを探して付箋をはる。「あっさりしてんな」とよく分からない感想を工藤からいただいた。この付箋のはりようをみてあっさり……?実は工藤も旅行雑誌とか見てプランたてるのが好きなんだろうか。初耳だ。



放課後、ふんふん鼻唄を歌いながら校内を歩いていたら、毛利を発見した。なにやら具合が悪そうである。

「Hey、どした」
「あっな、なんでもない……ちょっとお腹いたいだけ」

時間と場所からして、部活終わりに教室の忘れ物にでも気付いたのだろうか。手には職員室から借りたのであろう鍵を握っているし、進行方向は職員室だ。俺は図書室に残って、宿題を片付けていただけである。帰宅部は気楽でいい。

毛利は青白い顔で、早く立ち去ってくれオーラを隠さない。ははん、俺分かっちゃったぞ。

「てれれれってれー。かいろー」

上着のポケットから、まだほっかほかのカイロを召喚する。案ずるな、貼るカイロも装備済みだ。貼らない方を毛利に握らせて、腹部に当てた。冬場かつ運動終わりで冷えたことと、もしかしたら欠席続きの工藤を心配してストレスにもなっているかもしれない。こんな若いうちからひどい生理痛に悩まされるって人は少ないし。

毛利から鍵を取り上げつつ、俺は俺で親に連絡を取る。毛利父は確か車を持っていなかった。

『はい』
「お母様、息子です。ちょいとお迎えをお願いしてもいい?足痛めたクラスメイトを送ってあげたい」
『ああ、いいわよ。ちょっと待ってね』
「ありがとうお母様」

携帯を仕舞って、毛利の荷物も持つ。あっ鍵を返さねば。とりあえず下駄箱で待ってろよと言いおいて職員室へ鍵を返し、勉強熱心ねえという図書委員担当の先生にこっそりアメをもらい、俺も下駄箱へ向かう。

毛利は靴に履き替えて待っていた。その視線はなんだか言いたいことがあるようで。俺が荷物を持ったままだから、中をさわられているのではと不安にさせたらしい。俺も私物いじられるの嫌いだからよく分かる。お詫びに、さっきもらったアメをプレゼントした。

優しい毛利はそれで許してくれたようで、小言どころかお礼を頂戴した。工藤、お前の彼女は良い子だな。

お母様の車で毛利を送る。工藤繋がりで母親も毛利の名前は知っており、毛利もあまり人見知りしないのか会話は弾んでいた。気が紛れたようで何よりだ。娘がほしかったという母親は、礼儀正しい毛利を大層気に入ったようである。毛利は体育会系だからなあ、そのへんの態度がきちっとしている。だが残念だったなお母様、毛利には工藤がいる。

「はい、ここね。あんた、一緒に上がってあげなさい」
「もちろんですとも」
「えっ!いいですよ、そこまでしてもらわなくて……」
「俺が勝手に毛利の荷物持ってくだけだから、きにすんな」

喫茶店横の階段を上り、二階で立ち止まる。が、居住スペースは三階だというのでもうひとつ上がる。毛利はずいぶん楽になっているようだった。良かった良かった。理由はなんであれ腹痛ってつらいよな。

ただいまーと毛利が呼び掛ける。俺はドアに体を挟んで開いたまま、毛利に荷物を返した。部屋の奥から「おかえり」なんて聞こえてくるもんだから、ちょっと戸惑ったが。毛利父ではなく、高い子供の声だ。

「毛利、弟いたっけ?」
「ううん、預かってる子なの」

部外者がいると気付いたからか、とたとたと小さな生き物が現れる。俺を見たとたん、げっと言いたげに顔をひきつらせた。失礼なガキだなこんにゃろ。

「蘭姉ちゃん?えっと、どうしたの?」
「具合悪くなってたところを、送ってもらったの。クラスメイトの沢口君よ」
「どーも少年」
「ぼ、ぼくは江戸川コナン!よろしくね!」

近年まれに見る礼儀正しい子供だ。生意気なガキはごめんだが、こういうわきまえてる子供は好感がもてる。ご両親の指導がいいのだろう。

大きい眼鏡は、子供の小さい顔に不釣り合いだが、あまり違和感がないのは将来有望な顔(かんばせ)のせいだろうか。顔面格差社会は幼少期から始まっている。俺だってそこそこ見れる顔なんだが、美形には入らない。そこは入らなくて良かったので気にしてないけど。

「コナン君か。よろしくな」
「う、うん」
「沢口君、今度お礼するね。本当にありがとう。お母さまにも伝えててくれる?」
「了解。気にするなよ、また明日な」

お母様を待たせている手前、話し込むわけにもいかず、ひらひら手を振った。

なんとなく俺をうかがう視線を寄越すコナン君に、にこりと笑いかけておく。安心しな、お姉ちゃんはとらねーよ。本当の敵は工藤某だ、頑張れ。あいつはハイスペックだぞ。俺なんてめじゃない。

うん、しかしなんだ、こいつなんか工藤に似てるな。
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