ゼロ


コナン×V騎士(愛君仕様)
当サイトの「愛しき君に幸あれ」仕様なので、零に恋人がいるにおいがします。




「臨時で入った数学の先生が、すごくカッコイイの!」

 ご飯をよそいながら頬を紅潮させる蘭に、ふうんと半目で相づちを打つ。蘭から他の男の話をーーましてカッコイイなどという言葉は聞きたくない。
 オレと同じく、おっちゃんの機嫌も降下していく。夕刊を広げたまま顔もあげずに、きっと腹黒だとか遊んでるだとか、会ったことのない相手に対して分かるはずのない事をぶちぶち言っている。オレは静かに頷きながら、温かいご飯に手を合わせる。

「なによもう、二人して!取っつきにくい感じだけど、モデルみたいに綺麗なのよ。教え方も丁寧だけど、先生にするにはもったいないくらい」
「へー」
「すごく若い感じするけど、頭良さそうだったなあ……」
「園子姉ちゃんとか騒ぎそうだね」
「園子だけじゃないわよ。もうファンクラブできる勢いね。短期なのがもったいないくらい」
「そうなの?」
「もとの先生が産休の間だけだから」
「そっか!!」

 それは何よりである。さっさと蘭の話題から消えてほしい。今だって合わせてはいるが、聞いていたいものではない。心が狭い?なんとでも言え。新一(オレ)の話をされるのも複雑だが、他の男を誉めるよりは断然マシだ。
 オレは普段しない小学校での話を喋ることで、カッコイイ数学教師をかき消した。



 オレがその数学教師に出会ったのは、それから数日後のことだった。場所はポアロ、時間は週末の午後四時。園子と蘭と世良のティータイムに混ざっていたオレは、来客に対する三人の反応で、彼が"そう"だと知ったのだ。
 なるほど、蘭が騒ぐのも頷ける容姿をしていた。認めたくはないが、そんじょそこらの男など目ではないし、モデルでも十分通用するだろう。
 日本人離れした灰銀の髪とアメジストの目、無駄な肉のない体と長い手足。鋭い目付きと愛想の無さは、近寄りがたいオーラをビシバシ発している。逆ナン狙いの女性も迂闊に声をかけられまい。
 店内の時間が少しの間止まった感覚だった。接客しようとした安室さんでさえ、感嘆したように見えた。
 思わずオレが呆けている間に、園子を筆頭に数学教師に声をかける。

「きゃあ、錐生先生ー!こんにちはぁ!」
「え、先生!?こんにちは!」
「ほんとだ、先生だ!せっかくなら一緒にお茶しないか?」

 キリュウ先生は眉を寄せて店内をさっと見渡すと、空いている二人がけのテーブル席へ移動してしまう。無愛想どころかコミュニケーションに難ありなんじゃねーかと思いきや、オレたちの方をちらりと見る。

「……騒ぐな」

 深いため息と共に吐き出された言葉に、三人は良い子の返事をする。それにまた彼はため息をついたようだった。なんか苦労人臭がする。見た目は若いだけで、色々とストレスがあるのだろう。ちょうど、慌てて接客についた安室さんのように。
 三人はキリュウ先生に声をかけるのはやめたが、ちらちらとうかがっているのは丸分かりである。園子が、頬に手をそえて悩ましげに言う。

「あのそっけなさもイイ……大人の男って感じよね」

 オメー京極さんいるじゃねーか。あの人も中々、年齢以上の雰囲気だろ。

「眉ひそめて不機嫌そうだけど、それがデフォだって分かると接しやすいよな!」

 不機嫌そうっつーか、人一人殺してそうなくらいの目付きの悪さだったぞ。それがデフォって、キリュウ先生友達いるんだろうか。

「果敢にもアタックした子がいるらしいよ」

 蘭はしないよな。な?

「あー、安室さんと並んでると目の保養だわ……」

 園子が、キリュウ先生の注文をとっている安室さんをうっとりと見つめる。安室さんも甘いベビーフェイスと希有な色合いのイケメンで、男からしても羨ましいスペックを背負っている。厄介な設定もついてまわるが、まあ、見ている分には確かにイケメンなのだ。
 ポアロの女性客増加の一因である名物店員ーー目立つなよとは言いたくなるーーと冬がよく似合いそうな浮世離れした空気の男。絵になるのは否定できない。
 とはいいつつも、やはり気に入らない。女性客の熱い視線に混じり冷ややかな視線を送る。
 キリュウ先生は周囲の視線が少なからず鬱陶しいらしく、眉間の皺は深くなるばかり。世良の発言から、それがデフォルトなのかもしれないが。
 注文を告げたキリュウ先生は、眉を寄せたままお冷やに口をつけたが、おもむろに上着を漁って携帯を取り出す。バイブの音が微かに聞こえたので、着信があったらしい。「彼女?」にやにやと楽しそうな園子に一瞥をくれたキリュウ先生は、またため息をついてその場で電話に出た。耳敏い。
 園子だけではなく、喫茶店から無駄な話し声が消える。オレがズゾゾゾと音をたてて残り少ないアイスコーヒーを飲むと、世良からストローを奪われた。面白そうだから聞こうぜ、と輝く笑顔に乾いた笑いがもれる。

「ーーはい。……ああ、お疲れ様」

 思いの外暖かい声が聞こえて驚く。よほど仲のいい相手なのか、園子がいうように恋人なのか。眉間の皺も和らいでいる。

「悪いな、休暇だったのに。……ふ、嬉しいことを言ってくれる。で、どうした?」

「…………そうか。ああ、助かる。……荒れるな。……いや、俺も机仕事は好きじゃないからな」

「…………無理も無茶もするなよ。…………そうしてくれ、じゃあ。また後で」

 キリュウ先生が通話を終え、携帯をテーブルに置くと同時に、園子が震える唇で息を吸った。俺はそっと耳を塞ぐ。

「先生、今の誰ですか!?」

 身を乗り出す園子を蘭と世良がなだめた。店内に響く大声は営業妨害になりかねない。園子は平謝りして座り直したが、興味津々でキリュウ先生を見つめている。なだめた蘭と世良も同じだ。
 オレは世良からストローを奪い返し、乱暴にグラスをかき混ぜた。飲み物はほとんどなく、氷同士がぶつかる。
 すると氷だけのグラスに、アイスコーヒーが注がれた。注いだ張本人は「サービスだよ」といってウインクを決めてくる。オレじゃなくて女性客にすべきだ。

「ありがと、安室さん」
「どういたしまして。園子さんたちも、あまり詮索するものではありませんよ」
「はぁーい」

 不満そうだが、園子はキリュウ先生から視線を外した。すっかり冷めている紅茶を飲み干すと、深いため息をついた。
 
「学校でまた聞いてみるか……」
「もう、園子ったら。ほどほどにね?」
「ほどほどにってことは、蘭くんも気になるんだ?」
「旦那が嫉妬するわよー?」
「べ、別に新一は旦那じゃないわよ!」
「はいはいご馳走さま」

 顔を赤くした蘭につられ、サービスのアイスコーヒーをぐびぐび飲んで熱を冷ます。キリュウ先生について語るよりはマシだが、居心地は悪い。
 プライベートで来ているキリュウ先生にも悪いし、そろそろ会計をすべきだろう。オレは少々大袈裟にグラスを置くと、蘭に時計を示した。

「蘭ねえちゃん、もうすぐおじさん帰ってくるんじゃない?」
「あっほんとだ。ご飯の準備しなきゃ」

 慌てて帰り支度をする蘭に、園子と世良が首を傾ける。

「おじさま、なにか依頼?」
「うん。連続変死事件のことで、明日、警察の会議に呼ばれてるの。今日は目暮警部と情報交換するんだって言ってたわ」
「不可解な事件だもんな……僕も調べてるんだけど、情報が少なくてさ」
「世良さん、危ないことはしないでよ?」
「だーいじょーぶ!」

 ほんとかよ。明日おっちゃんに盗聴器つけるつもりのオレが言うのもなんだけど。
 園子と世良も支度をし、ちょうど皆が席を立ったときだった。
 ドアベルが激しく鳴り、「うわっ」と女性の声がする。慌ただしい来客は何かしらにつまづいたようで、梓さんの心配そうな声がした。
 蘭たちと一緒になって、駆け込み入店した人物を見る。恥ずかしそうな顔で頬をかく女性は、なんというか、その、まあ、とても可愛らしい人だった。オレの好みとかではなく、一般論としてだ。蘭たちも見とれているんだから間違いない。
 腰まである艶やかな黒髪と、幼い印象を抱かせる大きな目。化粧品のCMに出てきそうな白い肌。小柄だが、手足が長いことが分かる。

「お怪我はありませんか?」
「だっ大丈夫です!すみません!」
「ふふ、いえいえ。遅れましたが、いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「はい、いえ!待ち合わせしてて…………あ、いたいたーー零(ぜろ)!」

 落ち着きない様子に和んでいたのも束の間、女性はキリュウ先生に向かって笑顔を向けた。
 園子が「きゃ!」と心底楽しそうな笑みを浮かべる。驚いたのは園子だけではなく、キリュウ先生はまた店中の視線を集める羽目になった。
 カウンターの方からは、鈍い音とともに「ぃって!」と微かに聞こえたので、安室さんも相当動揺しているようだ。オレも、女性が呼び掛けている方向を確認せずに声だけを聞いたなら、グラスをひっくり返したかもしれない。
 しかし、キリュウゼロってすごい名前だな。外見も日本人離れしてるし、日系人だろうか。オレが言うのもなんだけど。
 女性はキリュウ先生の眉間のしわにも怯まず、対面に腰かけた。女性は明るい雰囲気で人懐こい印象をうける。オレや蘭が止める間もなく、園子がそっと近寄った。

「あのぅ……錐生先生のお知り合いですか?」

 女性は見知らぬ女子高生に話しかけられて驚いたようだが、キリュウ先生が何か言葉をかける前に、ぱっと笑顔を浮かべた。
 可愛い。

「そっか!零、先生してるんだもんね。あはは、似合わないー」
「うるせぇ」

 女性はキリュウ先生の文句にも怯まないどころか無視して、園子の問いに答えた。

「私と零は幼馴染、かな?」
「付き合ってるとか?」
「え、ないない」
「俺も願い下げだ」
「えー、美男美女なのに!」
「……零、私、美女って言われたよ……!」
「ハッ」
「ひどい」

 女性は口を尖らせてキリュウ先生から顔を背けるが、落ち込んだ様子はない。気の置けない関係なのだろう。
 
「あなたは、零の生徒さん?」
「はいっ。鈴木園子です」
「ちなみに僕も。世良真澄ね」
「同じく、毛利蘭です」

 この流れは……。

「蘭ねえちゃんのところでお世話になってる、江戸川コナンです」

 女性はふんふん頷いて名前を聞くと、自らも名乗ってくれた。

「みんな素敵な名前だね。私は玖蘭優姫です。王へんに久しい、花の蘭、優しいに姫。優姫でいいよ」

 にっこり笑う優姫さんに、店内にいる全員が魅了された気がする。色っぽいとかじゃなく、可愛らしい。花畑を駆け回っている感じの可愛さだ。
 オレたちは帰るところだったので、話し込むことなく二人と別れた。園子がいったように、美男美女だった。系統の違う美しさだが並んでも違和感がないのは、二人の付き合いの長さによるのだろう。
 園子や世良とも別れて、三階まで階段を上る。
 
「先生もだけど、優姫さんって綺麗な人だったね、コナンくん」
「うん」
「コナンくんは、ああいう人が好き?」
「ぼ、ボクは……そういうの、まだ分かんないや」
「そっかあ」

 なんか残念そうな顔をされた。蘭と恋バナなんて出来るわけないだろ……。
 しかし、安室さんが心配だ。本来の所属や本名でのあだ名を連呼されているのだから。また明日にでも声をかけにいくとしよう。
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