IF黄色と神喰の再会4


(ヒノの実家に挨拶に行く編)
書き殴った感がひどい。




 黄瀬とヒノは、二人で電車に乗っていた。
 
「ほんと、無理言ってごめん。ありがとう」
「お安い御用っス!」

 ヒノは、隣に座る黄瀬を見上げた。
 帽子と伊達眼鏡で変装した現役モデルは、隠しきれない眩しい笑みを浮かべている。つい先日の試合疲れもとれていないであろうに、こうして快く同行してくれてありがたい限りだ。
 ヒノは落ち着きなく、黄瀬に借りたキャップを何度もかぶり直す。

「……リョウタ君」
「なんスか?」
「りょーたくん」
「はい」
「……黒子っち君の話して……」
「ハハ、了解っス!」

 笑顔がはじける。ああ、守りたいこの笑顔。
 ヒノは、黄瀬を含めた天才集団のことを漠然と聞いていた。つい先日、その集団の最強スコアラーである青峰を擁するバスケ部との試合があり、その時にいくらか話を聞いたのだ。
 試合は惜しくも海常高校の敗北に終わったが、青峰と黄瀬の一年エース対決は大変な盛り上がりだった。
 "黒子っち君"は、黄瀬が尊敬しているというプレイヤーだ。天才集団は少々確執があるらしく、黄瀬のトークが若干鈍るのだが、"黒子っち君"に関してはその限りではない。

「ヒノさんの気がまぎれるなら、いくらでも喋るっスよ!」
「ほんとお願い……」

 心境を承知している黄瀬に、申し訳ないとも思いつつ。ヒノは礼を言いながら、黄瀬の二の腕に頭をぐりぐり押し付けた。
 只今、二人はヒノの実家に向かっている。
 黄瀬の試合に心打たれ、ヒノはようやく決心したのだ。しかし一人ではどうにも電車に乗れず、足の怪我で安静を命じられている黄瀬に、己の見張りをお願いしたのだ。
 ヒノの冒険譚の全容は森山に伏せたままなので、森山には「リョウタ君とお泊りデートしてくる」とごり押した。
 午後に電車に乗り、何度か乗り換えて三時間ほど。
 電車を降り、改札を出て見た景色は、ヒノの記憶とあまり変わっていなかった。
 ヒノは事前に自分のことを調べ、失踪から半年ほどだと把握している。写真も出ていたが、ぱっと見ただけでは同一人物だと分からないだろう。ヒノはおよそ二年間で筋肉が増え、顔の丸みもなくなり、少し日焼けをして、髪型も変わっている。
 ニュースにもなったようだが、森山一家が気づかなかったのもそのせいだろう。
 ヒノは帽子を深くかぶり、足元に視線を落とす。

「ヒノさん、大丈夫っスか」
「……単騎出撃より緊張する」
 
 声が震えた。この緊張は、回復錠でもアンプル剤でもデトックス錠でも解れない。
 ヒノは深呼吸しながら、赤く染まった空を見上げる。 

「ちょっと歩くけど、平気?」
「大丈夫っス。どのくらい?」
「早歩きで十五分かな」
「……じゃ、ゆっくり歩こ、ヒノさん」

 黄瀬が長い脚をゆるゆる動かす。ヒノがゆっくりと感じるペースなので、黄瀬にとっては"歩く以下立ち止まる以上"と言った所だろう。

「そうだ、ついでにちょっと聞いてくれる?」
「はいっス」
「私は、元々、あの世界を知ってた。そういう作品が存在したんだよ。でも、私が初めてあの世界をのぞいて以降、作品は元からなかったみたいに消えちゃった」
「……すごい、話っスね」
「ねー。その作品の存在すら、もう私の夢なのか現実だったのか分からないけど……リョウタ君がいた時、あそこは二〇七一年だったんだ」
「え、じゃあ」
「私があそこの世界をのぞいた時、"あの世界"は"今"の"未来"になったのかもしれない……なんて、思うこともあってさあ」
「……」
「分からないけどね。いや、そんなシリアスな話をしたいんじゃなくて、えーっと……私のスピード出世は、前知識があったからっていうのを言いたかったんだけど」
「知ってたからって、実際に出来るとは限らないでしょ。ヒノさんが最強なのには変わりないっス」
「まあまあ、ね?」
「ね?じゃねーんス。もう、ヒノさんはいっつも認めないんスから!」
「そんな顔してもカッコイイだけなので駄目です」
「駄目ってなんスか!?」

 


 記憶通り、その一軒家はあった。

「……ご家族は、いるんスかね」
「多分。母親は専業主婦で、父親はサラリーマンで、あと妹は中学帰宅部だから……」
「……ええと、大丈夫スか?」
「リンクエイドしてくれ」
「俺ゴッドイーターじゃないから無理っス」
「マジレスどうも」

 ヒノは黄瀬を伴い、玄関ポーチに立つ。
 過言ではなく、単騎出撃よりも緊張していた。前にウロボロス、右にスサノオ、左にツクヨミ、後ろにグボロ・グボロの大群がいるような気分だ。そんな事態に遭遇したことはないが。流石に死んでしまう。
 そろそろと手を上げ、インターホンの前で止まる。小さく震える手をスローモーションのようにボタンに近付けるが、直前で大きな手がすっぽり覆ってしまう。
 血の気が引いたヒノの手は、真冬のように冷えていた。

「リョウタ君?」
「ここ、ヒノさんの家なんでしょ?インターホンなんて押す必要ないじゃないスか」
「……。……そういえば、そうね」
「でしょ」
「うん」
「ただいまって言うだけっスよ」
「うん。……リョウタ君」
「はい?」
「手、このままでもよろしいでござるか」
「俺でよければ、握ってるっス」
「……リョウタ君」
「はい」
「君は、本当にいい男だね」
「今更気づいたんスか?」
「知ってた」

 家の前でいつまでもじっとしている訳にはいかない。
 ヒノは深呼吸をして、キリッと前を見据え、黄瀬の手を握ったままドアを開けた。
 懐かしい匂いがした。リビングのテレビの音と、家族の声が聞こえる。玄関ドアが空いたことに気付き、不審がっているのが分かった。
 ヒノは黄瀬を伴って家に入り、玄関ドアがしっかり閉まっていることを確認してから、帽子をとった。

「ただいま戻りましたっ」
 
 途端、慌ただしい足音共に、両親と妹が走ってくる。
 ヒノは退きたいのをこらえ、いつものようにへらりと笑った。上手く笑えている自信は全くない。
 両親と妹はヒノを凝視し、はくはくと口を動かしている。

「えっと……た、ただいま」

 もう一度帰宅を告げると、ヒノはあっという間にもみくちゃにされた。



 ヒノは乱れた髪を手櫛で整えながら、リビングのソファに腰掛けた。隣には黄瀬が腰を下ろし、両親と妹はダイニングテーブルについている。

「こっち座りなさいよ」
「でもほら、連れの人がいるから椅子が」
「……駆け落ちなのか……?」
「とりあえず晩御飯」
「ウワ見れば見るほどイケメン……見覚えが……」
「あ、皆に連絡を」
「Calm down! 先に私に話聞いてくれる!?ご飯は電車でおにぎり食べたからお母さん座って!あと電話とかもしないで!」
「お姉ちゃん発音良……」
「ロシア語と英語は任せろ」

 ヒノの隣では黄瀬がおろおろしている。
 ヒノは家族がなんとか口を閉じてくれたタイミングで、さっと黄瀬を示す。

「こちら、黄瀬リョウタ君。駆け落ちじゃないです」
「海常高校二年の、黄瀬涼太っス」
「キセリョ!?」
「うん。こら、携帯構えない!」
「サインは!?」
「ああ、いいっスよ」
「やった!写真集とってくる!」

 実の姉そっちのけで私室に走る妹を、ヒノは遠い目で見送る。「最近、あの子キセリョ君にハマってるの」という母親も、まじまじと黄瀬を見つめている。
 分かる。黄瀬がイケメンで、体格も相まって格好いいのは分かる。分かるのだが、ヒノは黄瀬を紹介しに来たわけではないのだ。
 妹が黄瀬からサインをもらい、握手もし、ひとまず落ち着いたところで、ヒノは咳ばらいを一つした。

「今から到底信じられない話をするけど、とりあえず、最後まで聞いて」

 世界観の話から始めなければならない。ヒノは出来るだけ簡潔に、あの荒廃した世界を語った。
 アラガミという怪物の存在のため、人が住める場所はほとんどないこと。フェンリルという組織の存在、全世界に点在する支部。現在の日本にある"極東支部"について。フェンリル職員が住んでいる中央施設と、一般人が掘っ立て小屋で生活している外部居住区。
 
「ざっくり大丈夫?」
「まあ、一応は」
「多分」
「ゲームみたい」
「大まかでいいよ。で、私はその世界に行ってたの。原因は不明。そんでもって二ヶ月近く前、急にこっちにもどって来たの」
「……急に分からなくなったんだが?何の話?」
「私の話。ちょっと異世界に行ってた、ってことでいいよもう。あとは、そうだな、そのゲームみたいな世界に私は二年くらいたの。こっちでは半年くらいだったみたいだけど」
「……え、お姉ちゃんいまいくつ?」
「十九歳くらい」
「十九!?」
「うん。そんで……なんで私がリョウタ君連れて来てるか、なんだけどさ」

 黄瀬が三日間音信不通だったことは、メディアには伏せられていたらしい。ヒノはそこから話し、黄瀬がひと月極東支部に滞在していたことを告げた。

「私はこっちじゃなく、あの世界でリョウタ君と知り合ったんだ。なので、今は私の安定剤として同行をお願いしました!」
「……二か月前に戻ったってことは、戻ってから彼と接触したと?」
「たまたまだったけど」
「二か月間、どこに?」
「私を拾ってくれた人のおうちに。その人がリョウタ君の部活の先輩で、そこに居候してます」
「なんでウチに帰ってこなかったんだ!どれだけ心配していたと……!」

 父親が怒鳴るのはもっともだ。
 ヒノはそれについても話そうと決めていた。決めていたが、いざ家族を目の前にすると決心が鈍る。
 心配してくれていた人に対して、死ぬ気満々でした、は切り出しにくいったらない。
 リビングに心地悪い沈黙がおりたが、ずっと黙っていた黄瀬が助け舟を出した。

「あの……!さっきヒノさんが話したことなんスけど、一つだけ省いてることがあって。……その、ヒノさんのご家族には……辛い、と思うんス。二ヶ月戻らなかったのも、その関係で……でも、こうして戻ったのはっ」
「リョウタ君、ありがとう。大丈夫、ちゃんと話すよ」
「ヒノさん……」
「リョウタ君が言ったように、私は言わなかったことがある。それを、今から話す」

 ヒノは、右手首のごつごつしい腕輪に視線を落とす。
 ヒノにとって、これは誇りだ。"一生外れない"とは呪いのような響きだが、仲間との絆であり、己の生きると決めた道だ。

「一番、大事なこと……神々を喰らう者と名付けられた、"私たち"について」

 ――アラガミに一般的な兵器は通用しない。
 ――アラガミに対抗する唯一の手段、神機とそれを操る神機使い。
 ――適合候補者、そして適合者。生きている武器と、武器に選ばれる人間。
 ――フェンリルの庇護下にある者たちに拒否権は存在しない。

「専門的な話は今は省くよ、結構複雑だから。……私は、保護された先で神機に適合し、ゴッドイーターになったんだ。この腕輪はその証」
「お、お姉ちゃんは、アラガミっていう化け物と戦ってるの?」
「めっちゃくちゃ戦ってる」
「危なくない……?」
「危ないよ」
「怪我とか……」
「えへ」
「こら!隠さず話す!」
「リアルモ〇ハンって感じだから、結構怪我はするかな。ゴッドイーターは身体能力が高くなってるから、普通の人より丈夫だし、治りも早いけど……殉死も珍しくないし。でもお姉ちゃん強いから!」
「うっそだあ!体育ずっと三のくせに!」
「ほんとっスよ。ヒノさんはアラガミ激戦区って言われる極東支部で、討伐班とも呼ばれる第一部隊の隊長なんス!極東最強って言われてて!救世主って呼んでる人もいて!はんぱないスピードで出世してて!」
「リョウタ君ハウス!!」
「だってヒノさん絶対言わないと思って!!俺がちゃんと、ヒノさんのすごさを伝えないと!!」
「その使命感いらないよ!!ていうか話まだ終わってないから!!二ヶ月連絡しなかったことは、アラガミ化が関係してるんだけど!」

 そこでアラガミ化の説明を始める。分かりやすく伝えようとすると、ワクチン接種できないと死ぬ、という一言におさまってしまう。流石にそれはまずいと、専門用語を出来るだけ省きつつ、直接的な表現をさけつつ、慎重に説明した。
 ただ、ヒノは今、死ぬつもりはないと念を押す。あの世界に戻ることを信じている、と。

「あきらめていたから、この二ヶ月、連絡するつもりになれなかった。でも、リョウタ君に背中を押されて……今日やっとここに来られた」
「その危ない世界に……戻りたいってこと?」
「うん。私は、あそこで生きると決めている。自惚れじゃなく、私はあそこで力になれると知っているから」

 心配そうな家族の目には心が痛む。アラガミの恐ろしさや、戦うことの危険性もピンときていないだろうが、ヒノの真剣な声に事の大きさを察しているのだろう。
 それでも、ゴッドイーターを引退する気など微塵もない。すぐに戻れなくても、こちらで永住する気になれないだろう。ずっと、あの場所に"帰る"時を待ち続けるのだ。

「私は、フェンリル極東支部所属、ヒノ・イヴァーノヴナ・エリセーエヴァ。中尉の階級をもらっている、第一部隊隊長のゴッドイーターだ。笑顔の絶えないクソッタレな職場で、人類を守るために戦い続けるよ」

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