メンタルにきてる審神者


ここの「言霊審神者」のその後の妄想書きなぐり。
本編書いてもないので「その後」も何もないんですけれども……。



*我が主君はメンタルにきています

 はじめまして。とある本丸の前田藤四郎です。
 僕の主君は、審神者制度試運用時にスカウトされた女性で、審神者歴五年ですがベテランと呼ばれています。近年採用された審神者殿には"初期刀"と"管狐(ナビゲーター)"が配布されるようですが、主君にはそのどちらもなく、初鍛刀の二振りが初期刀という立場にあります。
 僕、短刀・前田藤四郎と、打刀・鳴狐がそれにあたります。
 主君は試運用時の採用ですが、その過程が普通ではなかったこともあり、主君は政府職員から特に動向を注視されています。悪い意味ではなく、保護という意味なのでご安心ください。
 特殊な立場の主君ですが、神職の出身であったり武家の末裔であったりということはなく、ごくごく普通の家庭に生まれた、生真面目な女性です。主君は本丸という穏やかな時間が流れる場所から簡単に出られない点に不満はないようですが、戦という血なまぐさい存在と緊張感には精神を削られており、二ヶ月に一度、奇声を発しながら本丸内を走り回ったり、刀剣から片時も離れなくなったり、執務室で一人爆笑と号泣を繰り返していたりします。薬を飲み始めてからは比較的落ち着いていますが、怒鳴り声にすら怯えてしまう主君なので、定期的なガス抜きは必須です。
 念のために述べておきますが、僕を含め、主君に不満がある刀剣はいません。主君は僕らを"自分の刀"として大事に扱ってくれます。刀の付喪神である僕たちは、所有者に愛されているというだけでも十分なのです。


 当本丸が稼働して五年、出陣や内番のローテーションが安定してきた今日この頃。主君に例の発作が起こりました。 執務室へお茶を持って行くと、主君は、涙をぼろぼろ流しながらタオルに顔を押し付けていました。
 僕はお茶を置いて、慌てて主君のそばに寄ります。そろそろかなと思ってはいましたが、発作が起こるのは大抵夕方から夜なので、天気のいい昼間に号泣しているのは予想外でした。

「大丈夫ですよ、主君。少し休憩しましょう」
「う゛ぇ、ま゛え゛だぐん゛」
「はい」
「お゛ぞどででも゛、い゛い゛っで」
「……はい?」

 主君が震える手でディスプレイを示す。僕は、拝見します、と一声かけて、表示している政府からのメールに目を通しました。
 前置きから本題から規約など長々と記されていますが、要約すると「外出してもいいよ」ということでした。
 本丸からの外出ということに関して、補足をしておきますと。
 審神者業は非常に非科学的で機密事項が多く、また、歴史遡行軍に対抗する唯一の手段なので、情報は厳しく規制されています。その延長で、審神者は本丸外へは政府施設にしか出入りできません。審神者制度が本格的に施行された昨年から、帰省が認められていますが、これも特殊な立場の我が主君には適応されていませんでした。
 帰省するにはいくつか条件があり、まず、審神者業で重大な違反を犯していないこと。
 次に護衛の刀剣について。審神者が帰省するにあたり、護衛刀剣の同行が必須ですが、現代で非常識な振る舞いをしないよう、政府監修のテストに合格する必要があります。護衛刀剣は通常二振りで、これは審神者の安全を守るための他、本丸や政府施設外での顕現は審神者の負担が大きくなるから、という理由があります。十振も刀剣男士を連れ歩こうものなら、半日で昏睡状態に陥ってしまいます。
 また、刀剣男士が刀剣を持ち運んでも見とがめられないよう、目隠しの術式が織り込まれた刀袋を使用すること。本体が目隠しの術式下に置かれることで、僕たち刀剣男士も目立たなくなります。もちろん、緊急時以外の抜刀は禁止です。
 他にも細々とした規則はありますが、あくまでも常識的なことです。
 主君は優良運営ですし、戦績も安定していますが、安全面の不安から帰省は認められていませんでした。主君曰く、「たまに実家と電話は出来るようになったし、別にいいよ」とのことでしたが、やはり嬉しいのでしょう。疲れていた所に嬉しいニュースが舞い込んで、涙腺が崩壊したようです。

「おめでとうございます、主君!大きなショッピングモールで買い物をするという、ここでは到底叶えられない望みが叶いますね!」
「う゛ん゛」

 僕はティッシュとゴミ箱を渡し、主君の背をさすります。保湿ティッシュが三分の一ほどなくなって、主君は涙を止めてくれました。冷めてしまったお茶を差し出し、主君はようやく落ち着いたようでした。
 主君は僕に一言礼を言った後、真っ赤な目でディスプレイを見ます。

「今度の休養日に合わせて申請しようと思ったんだけど、うち、同行テストなんて受けたことないからまずそれに合格してもらわなきゃ……」
「護衛には、どの刀を?」
「えっ…………う、う゛う゛」
「主君、どうしたのですか。大丈夫ですよ、僕は主君の刀です。何でもおっしゃってください」
「う゛ッ……一回くらい、実家に、戻ろうと思ってて」
「はい」
「最初は、ずっと一緒にいてくれた、前田君と鳴にきてほじぐっでぇ」
「あ、」
「一緒に゛、来てぐれる゛?」

 普段は凛としている主君ですが、僕ら刀剣に対しても頼みごとをするときはひどく恐る恐るです。発作と喜びと同行の依頼とで軽いパニックになっているらしい主君は、こわごわと僕をうかがってきました。
 僕が、僕たちが主君からの依頼を――まして、護衛を務めるという名誉を断るはずがないのに。
 
「もちろん、ご一緒致します。きっと、鳴狐も喜んで同行しますよ」
 
 大きく頷くと同時に、ぶわっと桜の花びらが舞う。主君は目を瞬いてから、安心したように笑った。





*主君と政府担当者とのテレビ電話

『帰省の申請、受け付けました。護衛の刀剣様方の成績も良いですし、明日には受理されるでしょう』
「ありがとうございます」
『やっとですねえ、僕も嬉しいです。ご両親も喜ばれているのでは?都合上、二泊しか許されず、申し訳ない限りですが……』
「いえ、お陰様でちょくちょく電話出来てますし。本丸を長く空けるのも不安なので、二泊三日で十分ですよ」
『お買い物とかも楽しんでくださいね。ご友人たちと女子会とかします?あ、でも前田藤四郎様と鳴狐様もご一緒だと難しいか』
「友達いないんで大丈夫です」
『エッ』
「ただ会いたい人はいるので、家族以外で会うのはその人くらいですかねえ」
『まさか彼氏……?五年ぶりのデートですか!?』
「片思いなんです。次いつ帰省できるか分からないし、探して会って、告白してこようと思って」
『お、応援してますね……?』
「これ以上片思いこじらせるのもどうかと思うので、サクっと解決してきます」
『時雨様は言葉に力がありますから、その、うっかりすると惚れさせることも可能なのでは』
「別に言霊使いではありませんし、そんな下劣な真似はしませんよ」
『デスヨネ。じゃあ、まあ、その、刀剣様方が暴走しないようにだけ』
「ついさっき、成績優秀って言ったじゃないですか」
『そ、そうですね……刀剣様のチョイスも誠にナイスです』



*そのころの刀剣男士様

「と、言う訳で。休養日と合わせ、出陣は三日間停止。内番は予定通りに。主君は初日朝から三日目の夕方まで帰省されます」
「寂しいけど、仕方ないよね。主には羽を伸ばしてもらおう」
「護衛行きたかったけど前田と鳴狐なら納得だ」
「次の護衛は俺が」
「食事は?」
「初日の朝食と三日目の夕食は本丸の予定です」
「分かった」
「ってあれ、こんな大事な話なのに信濃がいないよ」
「信濃兄さんは"パニック主"係で、主の懐に入りに行っています」
「え!いいなあ。俺も後で行こ」
「五年ぶりの故郷かあ。主のご家族、どんな方かなあ」
「主はずっと実家にいるのかい?」
「寝泊まりはご実家ですが、二日目は人探しに出かけるそうです。……その、懸想されている方にお会いしたいとのことで」
「ほう」
「へえ」
「ふーん」
「どこのどいつだ」
「存じません。主君は思いを告げるだけで満足だそうですが、僕と叔父上できっちり見極めてまいりますので」
「お任せください!」



*フリーター兼探偵の国家公務員

 おはようございます、前田藤四郎です。
 現代に出るにあたり、僕たちにはある設定が追加されました。主君のご家族以外に職業:審神者を明かすことはよろしくありませんし、外で「主君」「主」と呼ぶわけにもいきません。
 僕と鳴狐が兄弟、主君とはいとこ同士ということになりました。主の名字を借りて、僕は早坂前田、鳴狐叔父上は早坂鳴(なき)。こうすれば、主君はいつも通りに僕らのことを呼ぶことが出来ます。僕たちは「尊姉さん」「尊さん」と呼ぶよう決めました。
 ちなみに、僕と叔父上に限らず、皆主の本名を知っています。審神者号という制度が導入されたのは、審神者制度が本格始動した昨年からなので、それまでに審神者になっていた主は、堂々と名前を名乗っておられました。事実、名前を知ったからといって、呪ったり人ならざる道に引きずり込んだりすることは簡単ではありません。出来ないとは言いませんが、主君は「外に出て交通事故に遭う確率の方が高い」と気にしている様子はありませんでした。
 便宜上、時雨という号を登録され、政府関係者と最近お知り合いになった他本丸の審神者様はそれで主君を呼んでいます。
 

 主君のご実家であたたかい歓迎を受け、初日が終了しました。本丸からは政府組織にしか出ることが出来ないため、そこから主君のご実家に向かいました。手続きと移動に半日を費やすことになるので、初日はあっという間です。僕や叔父上は、現代日本の様子に――事前に資料はあったとはいえ――驚きの連続でした。
 二日目、僕と叔父上はほくほくしながら、主君に連れられて電車に乗りこみました。
 他の本丸事情は存じませんが、当本丸では全刀剣が私服を所持しています。顕現時にまとっている戦装束は霊体なのでともかくとして、内番着と寝間着の他、ポロシャツやハイネックやカーディガン等、それぞれの好みで洋服を所持しているのです。ですので、僕も叔父上も、衣服には困りませんでした。
 問題は刀剣の持ち運びです。目隠し術式の刀袋に入れたとしても、そのまま持ち歩くのは推奨されていません。僕は短刀in刀袋inリュック。叔父上は打刀in刀袋inバトンケースです。
 叔父上の狐は、僕のリュックに入っています。不服でしょうが我慢していただきます。
 
「しゅ……尊姉さん、あと何駅ですか?」
「あと三駅。大丈夫?疲れた?」
「いいえ。尊姉さんこそ、立ちっぱなしで大丈夫ですか?」
「うん。スニーカーだし平気だよ」

 ドアの近くで、主君は壁と座席で出来た直角のスペースに収まっています。僕と叔父上は主君を間にして立ち、初めての電車に興奮しながらも護衛任務につとめます。
 もちろん、叔父上は狐の頬面をつけていません。顔を出すのは落ち着かないと、今日だけは黒い紙マスクをしています。
 僕も叔父上もそわそわしているのが主君にはお見通しなようで、「外を眺めててもいいよ」という優しいお言葉をいただきました。お言葉に甘えて、僕はじっと外に視線を移します。主君の隣は譲りません。
 僕は素直に動きましたが、叔父上は少しだけ恥ずかしそうでした。涼しい顔をしていますが、僕には分かります。
 電車内に、はらはらと桜が散っています。出どころは僕と叔父上。霊力が形をとっているだけなので、本丸内なら誰にでも見える現象ですが、本丸を出た今は霊力のある人間にしか見えません。

「……尊さん」
「うん?」
「今から会いに行く人、連絡とってるの?」

 そういえば、そうだ。本丸からは限られたアドレスにしか連絡が出来ません。主君は政府の担当者と、ご家族と、仲のいい審神者様としか連絡をとっていないはずです。昨日、ご実家で電話をしている様子もなかったので、今日お会いする方といつ約束をとりつけたのでしょう。ご家族が仲介してくださっているようにも見えませんでした。なんせ主君はご家族に対し、今日の外出を「単なる買い物と観光とお土産」とお知らせしています。事前に知らせていたそうですが、やはりご家族は残念そうでした。

「前に番号は教えてもらえてたんだけど、審神者就く時に携帯破棄したし、覚えてないからアポなしです」
「えっ。じゃあ、会えないかもしれないんですか?」
「うん。とりあえず、勤め先にお邪魔しようとしてるよ」
「……いなかったら、どうするの?」
「残念だけど、それまでだったと思って諦める。んで、前田君と鳴とお買い物ね」

 (続)
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