わんこ、手加減する


場面がパスパスとぶ



 ショートに呼ばれたので一緒に食堂に移動するのかと思いきや、「ちょっと用があるから、先行って席取っててくれ」と放置プレイを食らった。「蕎麦注文しておこうか?」「ああ」という何気ない会話は出来たものの、予想通り機嫌が最悪だ。話があるとかでイズクと人波から離れたが、イズクは可哀想なくらい委縮してしまっていた。
 気にはなったが、ショートが体育祭に真剣に取り組んでいることは知っている。いくら不機嫌でも、場外乱闘には発展しないだろう。
 クラスメイトたちはもう移動を始めていたので、近くに姿がない。私は一人、他のクラスの生徒にまぎれながら食堂に向かった。
 自分のパスタとショートのざる蕎麦を注文し、受け取ったはいいものの、輪をかけて混雑しているので席が見つからない。一プレートずつ持ってオロオロしていると、トオルが声をかけてくれた。
 トオルは、ミナ・アシド、モモ・ヤオヨロズ、キョウカ・ジロウらと四人で座っており、彼女らの隣に座っていた二人組がちょうど席を立ったようだった。
 
「助かったー。後でショートも来るけどいい?」
「いーよいーよ!」

 最終種目に勝ち進んだのは、私とミナとモモの三人だ。互いをねぎらいつつ、鼓舞しあいつつ、食事を進めていたのだが、ふとモモから聞き捨てならない言葉が出た。

「皆さんにはお伝えしたのですけれど、ポチさんも、食事の後は更衣室に集まってくださいね。応援合戦でチアガールをしなければならないので」
「……初耳ですけど?」
「私も先ほど、峰田さんと上鳴さんから聞きましたの」
「何それ、騙されてない?」
「でも、相澤先生から伝言を頼まれたと……」
「ま、まあ、害になることじゃないしいいのかな……モモが衣装作るってこと?」
「はい!お任せください」

 キリッとした顔つきで胸を張るモモが可愛いので、もう何でもいいような気がする。モモは汎用性の高い個性持ちで勉強も出来て推薦入学組でとってもエリートさんであると同時、頼られると嬉しいさんなのだ。
 四人がさっさと食事を終えてしまい、私のパスタがようやく四分の三になったところで、ショートが食堂にやってきた。私が立ち上がって手を振ると、すぐに気づいて近づいてくる。
 ショートは、騎馬戦でチームだったモモと互いをねぎらってから、私の向かいに腰かけた。

「……天ぷら付き?」
「私からの激励」
「……サンキュ。で、ポチは間に合いそうなのか?いつもよりペース遅ぇぞ」
「頑張る」

 トオルたちと話していたために食事が進まないのだが、そこは口にしない。
 普段、ショートと二人で食堂を利用するときは、二人でただ黙々と食事を摂る。私は食事と会話の両立が難しいし――舌を噛むか、口から色々出てくるかどちらかで、どちらも悲惨だ――、ショートは独り言を言わない。同時に、ショートには私の監視という任務もある。
 
「二人ってさあ、本当に仲良しだよね!」

 ツユちゃんに負けず劣らず、思ったことがすぐ口に出てしまうトオルが無邪気に指摘する。私は咀嚼中なので対面のショートからの返答を期待したが、こっちもこっちでズルズル蕎麦をすすっている。普段からクラスメイトとコミュニケーションを取りたがらないことに加えて、緊張と不機嫌と苛々だ。お喋りする余裕はねぇって感じらしい。
 私はトオルに目で謝ったが、トオルは無視されたのに傷ついた様子もなく、ミナたちが勝手に話を広げてくれていた。

「分かるー!ずっと一緒にいるもん!」
「ここまで仲のいいきょうだいって珍しいよねえ……双子だと何か違うのかな」
「登下校も食事も、ご一緒ですもんね」
「二卵性で似てないから、正直カップルに見えるし」
「ああーめっちゃ分かる!甲斐甲斐しい彼氏と、病弱な彼女みたいなね!」
「訓練の後、轟君がポチの体温下げてるじゃん?あの時やばいよね!」
「ハグでしょ!ハグ!きゅんきゅんするわー!」

 本人が横にいるんだが。私は内心同意していたが、ショートの表情は微妙だ。
 私は世話を焼かれているだけなのでともかくとして。年頃の男の子(ショート)が血のつながりもない異性(私)と行動を共にしてくれているのは、「こいつほっとくとやべぇ」からくる義務感と善意だ。ヒーローの卵は他人にも優しい。
 私は十分にパスタを噛んで飲み込み、食堂の時計を顎で示した。

「モモは衣装作んないといけないし、そろそろ移動すれば?」
「あれ、ポチってば照れてる?顔赤いよ?」
「エッまじで。ショート、冷やして」

 ショートはそばを咀嚼しながら、ぺっと右手を私の顔に当てた。



 時間をかけて食事を終え――ショートは私が食べ終えるまで席を立たない――私は急いで更衣室に向かった。露出度の高いチア服に悲鳴が出たけれど、私はヒーロースーツ着用するとき用のタイツとアンダーシャツを持っていたのでしれっとそれも着た。ずるいと言われたけどこればかりはゆずれない。露出したくないというより、内腿の刺青を見られるとヤバイからだ。
 結局、応援合戦はデンキとミノルの嘘で、A組女子が謎にチアガール姿を披露するだけに終わってしまった。本場アメリカから招待したチアチームによる演技はあったのだが、生徒には関係が無かった。
 デンキとミノルに騙されて、まんまと衣装を作ってしまったモモを慰めるのもそこそこに、私はトーナメント表を見上げる。
 私とヒトシが二人組という中途半端な人数で進出したので、二名の追加の通過者が出た。なんでも、元々十六人でのトーナメントを予定していたらしい。別に十四人でもよくない?と思うが、生徒の見せ場を作るという意味では、人数が多い方が良いのだろう。
 私は第五試合で、相手はミナだ。ショートとは別の組になっているので、当たるとすれば決勝戦だろう。パパ上からのノルマは達成できそうだ。ちょっと気になっていたヒトシは第一試合、イズクが相手だった。
 私は最早クセでショートの隣に立っていたので、険しい顔のショートに話を振る。

「決勝戦でのキョーダイ対決ってどう思う?」
「……余裕だな。レクには出るのか」
「レクは予選敗退者向けでしょ、出番奪ったら悪いし、出ないよ」

 夢のある対決だと思うが、わざとショートに負けるのは心苦しい。準決勝で負けて、三位におさまるのが綺麗だろう。トーナメント表を眺める限り、順当にいけばカツキと当たりそうだ。そして決勝はカツキとショート。
 
「試合始まるまでどうすんの?」
「さあ……適当に。レクも興味ねーし、ここにいるとアイツの視線がうぜぇしな」
「ああ、パパ上。観客席での存在感すごいよねぇ」
「……ポチは、緑谷にアドバイスでもしたらどうだ。初戦勝ってもらわねぇと、俺が緑谷と戦えねぇだろ」
「やんないよ。どう考えてもヒトシが不利だから」
「向こうは聞きたそうだがな」
 
 ショートにつられて視線を動かすと、確かに、こちらを窺うイズクの姿があった。ヒトシのことは明かさないが、相談くらいには乗ってもいいかもしれない。
 ぼけっとそう考えていると、「どっちでもいいけど、一人になるなよ」と言い残してショートは歩き出してしまった。むむ、今日は放置プレイが多いな。
 苛々のあまり、初戦のハンタ・セロを殺してしまわないといいのだが、なんだかんだ優しいので大丈夫だろう。
 残された私は、両手に握ったポンポンをわさわささせながらイズクに近づく。ヒトシの激励と悩んだけれど、イズクは派手に活躍していたのでヒトシも個性を把握しているだろし、特に言うべきことも思いつかない。
 
「イズク、視線が痛い」
「ヘア!?ご、ごめん……その、ポチさんに聞きたいことが」
「ヒトシのことは教えないけど、それでもいいなら付き合うよ」
「ええと……じゃあ、お願いします」

 レクリエーションの準備で賑わう競技場を後にして、選手控室に入る。トーナメントの出場者用で、控室一と二を、第一試合のイズクとヒトシがそれぞれ利用できるのだ。私も自分の試合前には利用することになるだろう。
 長テーブルを挟み、パイプ椅子に腰かける。イズクの表情は緊張で強張っていた。

「貴重な時間をごめん……」
「レクにも出ないしいいよ。でも、ヒトシの個性は教えない」
「あ、うん。すごく気になるけど……頑張ってみる」
「ヒトシのこと話さないのに、オチャコやテンヤじゃなくて私と話って、どうしたの?ショートに喧嘩売られた?」
「あ……えーっと、そうかも。……ポチさんに話したところで、轟君のことが分かるとは思ってないんだけど、なんか、つい。あっ!そういえば……けど、その……」
「なになに、どうしたの。何に気付いたの」
「答えたくないならいいんだ!……僕、轟君にご両親のこととか聞いて……もしかしてポチさんも、何か傷があるのかなって思っちゃって」

 イズクは、チア服を露出ゼロで着こなす私をおそるおそる見ている。だが残念ながら、イズクの言う『傷』が何なのかさえ私には分からない。

「……ショート、イズクに何を話したの?」

 私はトドロキファミリーの危うさは知っているが、その原因についてはろくに知らない。父親がナンバーツーヒーローで、母親は入院していて、他の兄弟は家を出たこと。あとは、父親が三男(ショート)に特別目をかけているということくらいだ。
 イズクが何を聞いたのか、見当もつかなかった。

 

「おっもてぇな、びっくりしたわ」

 びっくりしたのはこっちである。
 轟君から聞いたご両親のことを、轟君の双子の妹であるポチさんに話し、彼女が絞り出した一言がそれだった。
 おかしくないか、自分の両親のことだろう。轟君と歳が離れた妹というならまだしも、双子だ。轟君が知っていることを、ポチさんが知らないとは思えない。

「びっくりしたって……君のお父さんとお母さんのことじゃ」
「ンン、知ってたけど、そのぉ……私、パパっ子なんだ。ショートの火傷跡は個性事故だと思ってたし……」
「そうなんだ……」

 ポチさんは体が弱いし、周囲の人間関係を把握する余裕がなかったのかもしれない。今、体が弱いながらも個性を使いこなして高い身体能力を誇っていることを思うと、エンデヴァーからの訓練で手いっぱいの幼少期だったとも考えられる。
 ポチさんは飄々としているけど、轟君と同じように、僕には想像も出来ない大変な生活だったんだろう。

「『傷』って、ショートと同じようなトラウマレベルの出来事ってことだったんだね」
「うん……ごめん、不躾なこと聞いて……」
「ショートからそんなこと聞いたら気になるのも分かるよ。私、足とか絶対出さないし。でも安心して、そういうんじゃないから」
「そ、そうなんだ……」
 
 僕は相当失礼なことを聞いたのに、ポチさんは全く気にした様子がない。まるで他人事のように、傷の存在を否定した。肌を出したくない理由は何かしらあるのだろうが、さらに突っ込むほど度胸も無い。
 それで、と。ポチさんはポンポンをシャカシャカ振りながら首を傾けた。

「一回戦のヒトシより二回戦のショートを気にしているイズク君は、ショートの弱点を探してる系?」
「弱点っていうか……!まず一回戦で勝たないとどうしようもないことは分かってるんだけど、轟君が強いことも身に染みてるし……」
「ホントそれだよ」
「それ?」
「『一回戦勝たないとどうしようもない』よ。ショートがイズクと戦いたがってるから勝ち進んでほしいけど、私はヒトシも応援してるからね」
「そう、そうだね、まず心操君に勝たないと……個性が分からないのは痛いなあ」
「うん、そーね。瞬殺されないように頑張ってね」

 笑顔で不吉なことを言われた。
 
 


 
 一回戦第五試合の私とミナとの勝負は、面白みもなく終わってしまった。お互い、個性を使いもしなかった。私がオーラをまとって拳を振りぬき、烈風でミナを場外まで吹き飛ばしたのだ。イズクが騎馬戦の時にショートに対して使っていた手段をパクらせていただいた。
 直接殴って場外まで吹き飛ばすのも考えたが、加減を間違えると大変だ。気合を入れると、手加減するのが難しくなる。
 そんなこんなで、私の第二試合はフミカゲ・トコヤミだ。それはともかく。
 トーナメントの二回戦第一試合が終わり、私は選手出入口に急いだ。二回戦の第一試合は、イズクとショートの対戦だった。

「ショート!と、パパ上!?」

 左側の炎を使ったことでジャージが燃えセクシーな姿になってしまったショートとパパ上が、神妙な空気をまとっていた。
 何やら真剣な話をしていたようだが、飛び出してしまった以上、引っ込むことも出来ない。私はひょこひょこ進んでショートの前でオロオロした。

「迫力ある試合だったけど無茶してたでしょ、ボディも決められてたし、背中も氷に打ち付けてたし、私じゃないんだから痛いことはさけなよ……」
「お、おう……」
「何その意外そうな顔。いつもよくしてもらってるし、心配くらいしますよ」
「……ポチ、貴様、空気くらい読め」
「空気は吸うもの!」

 舌打ちされたがめげない。
 私は、かなり最低なことをしてきているらしいパパ上のことが嫌いではない。私を保護し、養子にまでしてくれたという恩もあるが、ストイックなヒーローとしては筋が通っていると思うからだ。父親として――人間として――はどうかと思う所もあるけれども。
 日頃からショートの地雷を踏み抜いているが、試合中の声掛けといい今ここにいることといい、ショートを可愛く思っているのはきっと本当なのだ。父親としてどうかと思う所はあるけれども!
 ショートが更衣室に移動したそうなので、片手でショートの手を引き、片手でパパ上に手を振った。

「またねパパ上」
「……貴様もそれらしい戦い方をしろ」
「はあい」

 初戦の吹き飛ばし戦法がお気に召さなかったらしい。二回戦ではもう少し長引かせた方がいいかもしれないなあ。




【二回戦、第三試合!常闇VS轟!!】
【妹】
【アッそうだった!常闇VS轟氷火!!】

 一回戦の時は「轟妹!」とアナウンスされたが、今回はフルネームだ。
 マイク先生の言葉に応じて、会場が沸き立つ。盛り上がってくれるのはありがたいが、そんなに熱狂して見る試合でもないような気がする。ショートやカツキやイズクといった、予選から派手に動いた生徒でもあるまいし。
 私がエンデヴァーの隠し子みたいな扱いになっているからだろうか。パパ上の名誉の為に、妾の子説は否定しておきたい。遠縁の子を引き取ってるとか、病弱でずっと入院してたとか、ハートフルな感じにまとめたい。

 
【START!!】
「ダークシャドウ!」
『あいよっ』

 マイク先生の合図で、ぱっと"円"を広げる。基本的に実体のないものは察知できないが、彼のダークシャドウは"なんとなくゆらゆらしてるオーラ"として認識できる。
 正直、関係ないのだが。
 パパ上にああ言われたので、拳を振りぬいた烈風で場外という地味な手段は用いないことにしたのだが――トコヤミが吹き飛ぶかという問題もある――短期戦で終わらせる気は満々だ。
 ド派手に、一瞬で。

「ある意味、これは、」

 動かないトコヤミ。真っ直ぐ私に向かってくるダークシャドウ。
 動かない私。ただし、このフィールドは私の"円"におさまっている。そして"円"の中であれば、どんな環境でも炎上と製氷は可能なのだ。
 フィールドの中心からトコヤミ側にかけて、目一杯の範囲で巨大な火柱を!

「反則技なんだろうけど」

 予備動作を一切無しに、フィールドから青い火柱が上がる。私のオーラを燃料にして燃え上がったそれは、競技場の開閉式屋根にまで達した。オーラをかなり食われてしまうが、仕方がない。
 私の視界は青い炎で埋まる。加減をミスったら氷壁を展開して避難しようとも考えていたが、目に見える範囲なためかコントロールは狂わず、私はそのまま棒立ちだ。

【な、なんだこの火柱はァ!?常闇のダークシャドウが炙られたんじゃねぇか!?】
【……炎を防ぐ術がないと、撤退する他ないな。これだけ高さのある火柱だ、上に逃げるにも限界がある】
【なんつーか、力業だな!シンプルだが強ぇな!】

 ゴオと音を立てて燃える火柱を、すぐに収束させる。観客に負傷者が出てもいけないし、ドームに燃え移ってもいけないからだ。
 青い火柱が綺麗さっぱりなくなった後。試合開始前と変わらずに立っている私は、焦げ付いたフィールドと、場外まで後退したトコヤミと、なんとなく涙目のダークシャドウを認める。
 スピーカーから、主審のミッドナイト先生が息を吸う音が聞こえた。

【常闇君、場外!勝者、轟さん!準決勝進出!!】

 沸く観客をしり目に、観客席でひときわ目立つパパ上を確認する。パパ上の個性と同じ炎を派手に使ったからか、満足そうに見えた。私が都合よく解釈しているだけかもしれないが、少なくとも怒っているようには見えなかった。
 私は観客席にひらひら手を振って、悔しそうなトコヤミに歩み寄った。派手に燃やしたが、彼は無傷である。

「知っていたのか、ダークシャドウの弱点を」
「騎馬戦の時、デンキを嫌そうにしてたのを見たけど、確証はなかったよ。どっちにしろ、これなら場外に離脱するしかないと思ってね。オチャコでもない限り」
「なるほど……」
「あ、あれだよ、ちゃんと一人分くらいスペースとってたよ。トコヤミを燃やすと洒落になんないし」
「焦げ跡を見れば分かる。だが、つま先にかするくらいの至近距離に火柱があっても動じない人間は、そうそういないと思うぞ」
「うん、そうでしょ」

 ダークシャドウは『ヒデェなぁヒデェなぁ』と言いながら器用に涙を流している。な、なんかごめんな……影だから大丈夫だと思ってこんがりしてしまった……。

 

 続く二回戦第四試合では、カツキがエージローに勝利。フィールドには、カツキの爆破個性でボロボロになったエージローが横たわっていた。
 私は、A組に割り振られた応援スペースでペチペチと拍手を送る。のんびり戻ってきたので、到着と同時にミッドナイト先生が勝敗を宣言していたのだ。

【これで、ベスト4が出揃ったァアア!!】

 競技場のモニターに、どどんと四人の生徒の顔が映る。左から、ショート、テンヤ、私、カツキだ。ショートとテンヤ、私とカツキが戦うことになる。
 カツキは手のひらからの爆破で空中戦も行えるので、状況によっては氷壁も展開していたほうがいいかもしれない。
 私がミナやトコヤミとの試合で遠距離戦を選択したことには、実はちゃんと理由がある。この理由が"氷壁"だ。
 敵意や殺意で自動展開・高速修復する氷壁は、つまり"殺る気のない攻撃には反応しない"のだ。自分の意思で展開するしかない。ムカデが忍び寄っていても、頭上から瓦礫が降って来ても、通りすがりの暗殺者が出来心で画びょうを投げても反応しない。
 これはあくまでも体育祭の出し物であり、クラスメイトにガチの殺気をぶつけてくるような戦闘狂はいない。某闘技場ではないのだ。
 体育祭は優しい戦いではあるが、それ故に不都合もあるということだ。たとえ発展途上の生徒たち相手でも、近距離からの攻撃に反応しきる自信はないので――そこまで自分の実力を信じられない、なぜなら私は最弱の非戦闘員なのだ――"円"だけではなく目で相手の動きを把握できる遠距離を選択したのである。
 だが、カツキは無茶をしてでも距離を詰めてくる気がする。
 近づかれたときにどうするかだなあ。いっそ、氷壁なしの縛りプレイしようかな。氷壁張っちゃうと見世物としてもイマイチだろうし。私も攻められなくなるし。

「ポチちゃん、移動した方がいいと思うわ」
「爆豪君に一発入れて、ポチちゃん!」

 ツユちゃんとオチャコに急かされ、腰を上げる。オチャコはキリッと表情を引き締めてこぶしを握り、何度か振りぬく動作をした。オーケー、君の仇は私が討つ。
 クラスメイトからの激励を受け、選手控室に向かった。
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