わんこ、テレビデビュー2



 当日は快晴、体育祭日和となった。
 予選の障害物競走を終え、私は本選に進出した。予選の障害物競走では、特筆すべき出来事もなかったので割愛しようと思う。入試の時に見た大型ロボはわざわざ戦わなくても先に進めたし、綱渡りや地雷原は気合を入れて跳躍すればスルー出来る。ショートが派手に個性を披露したり、イズクが空を飛んだりと、一部生徒が目立ってくれたので、私は無難な順位で通過した。

「お前……運動できないなんて嘘だろ……?」

 私の一つ後ろ、二十五位で予選を通過したデンキが苦々しい顔をする。

「運動"しちゃいけない"だけで、運動"出来ない"んじゃないよ。USJでもちゃんと動いてたでしょ」
「それ、俺見てねーし……まあ、個性把握テストん時を思えば分かるけどさ」
「でしょー」
「つか思いっ切り手ぇ抜いてたろ!ゴール直前でポチが降ってきた時には何事かと思ったわ。あんだけ余裕そうならもっと上位いけたっしょ」
「こんな序盤で体温上げるのは愚行っしょ」
「うわ……轟っぽい。汗一つかかず」
「汗はかけない」
「あ、そっか」

 本選は、競技場内で行われる。観客席が埋まり、現役ヒーローが大勢並び、テレビカメラも並び、競技場内の大型モニターには競技の様子が映し出され、とても一高校の体育祭とは思えない。さすが雄英、ヒーローの名門校。
 規模がとてつもないことは分かっていたけれど、正直、もう帰りたい。ワアワア沸き立つ観客席、闘志を燃やす生徒、教師陣の実況等々、某闘技場を彷彿とさせた。私は、出場したことはないけれど、観戦したことがある。狂気や人の死が無い分、こちらのほうが優しいが、雰囲気は似通ったものがあった。

「帰りたい……」
「何言ってんだ。ほら、次のルール説明始まるぞ」

 デンキに言われて、指令台のミッドナイトを見上げる。片手に鞭、片手にマイクを持った十八禁ヒーローは、声高々に本選の競技を発表した。

「次の競技は、騎馬戦よ!!」

 ほほう。
 二〜四名のグループを作ってポイントを奪い合うらしい。ポイントは、予選の順位に応じてそれぞれに振り分けられている。例えば、一位通過だったイズクは一〇〇〇万ポイント、二位通過だったショートは二〇五ポイントだ。私は二四位通過で、九五ポイントを持っている。
 一次予選通過者は四二名。騎馬の人数は二〜四名。
 まわりを見回してみると、既にグループが出来上がりつつある。よく知ったA組の面子に混ざろうかと思ったが、高ポイントを持っているA組メンバーからポイントを奪おうとするなら、個性を把握していないA組以外の生徒と組んだ方が良い。
 ちらり、とショートの様子をうかがう。私の知らないところでパパ上に焚き付けられたようで、今日は朝からピリピリしている。入場待ちの間には、イズクに喧嘩を売っていた。とても不機嫌なのだ。
 ショートと組むことも考えたけれど、あの調子では、私(パパ上と仲良し)と組みたがらないだろう。
 
「んーんーんー……うん?」

 グループ分けをする生徒たちから一歩離れ、全体を観察している男子を発見する。クラスメイトではないが、見覚えがあった。体育祭前、A組に――ヴィランからの襲撃に遭遇し、世間からの注目度が高いA組に――宣戦布告をしに来た生徒の一人だ。
 確か、普通科の生徒である。ヒーロー科を希望したものの、個性が実戦向きではないため実技試験をパスできず、普通科に流れたと言っていた。
 彼の前に躍り出ると、濃いクマを従えた目を見開き、警戒をあらわにした。

「……普通科君、名前何て言うの?あ、私はポチです」
「あんた、確かA組の」
「トドロキヒョウカ。ポチって呼んで。そんで君は?」
「……心操人使。ねえ、あんたの個性って何?」

 氷作ったり燃やしたり出来るよ。
 そう言おうとしたが、違和感を感じて飲み込んだ。私への敵意や殺意に反応する氷壁が、展開しかけたのである。試しに"凝"をしてみると、ヒトシが何らかの能力を使っているのが分かった。
 今はチーム作りの段階だ。突然話しかけたのは私だが、地雷を踏み抜く発言をしたつもりはない。なぜ今、攻撃を仕掛けられているのか分からない。
 
「……しっぶい顔してくれちゃってさ。なんで分かんだよ。ヒーロー科は格が違いますってか」

 ヒトシが苦虫を*み潰したような顔で吐き捨てる。A組への宣戦布告といい、初っ端から敵意むき出しで接してくることといい、A組に対する恨みは深そうだ。入試の実技試験は、試験内容と個性との相性がものをいう内容だった。戦闘系個性ではない生徒がパスするのは難しい。
 そう考えると、透明人間・トオルは相当上手く立ち回ったのだろう。

「分かんないけど、敵意バリバリだったからつい。普通に喋ってよ。ぼっち同士仲良くしようよ」
「クラスメイトと組まないのか」
「タイミング逃した。それに、高ポイント稼ぐなら、A組以外と組んでA組を狙った方が良くない?最初から持ち点高いと狙われるでしょ、イズクみたいにさ」
「イズク……ああ、一〇〇〇万の緑谷か」
「ヒトシさ、A組をぎゃふんと言わせたいとか思ってんじゃないの?私ならA組の人の個性分かるよ」
「馴れ馴れしいな、あんた」
「ポチです」

 ヒトシはもの言いたげに私を見下ろし、結局何も言わずに周囲を見回した。

「……ポチと組むにしても、あと二人必要だ。アテはあんのか」
「人が多くても、上手く個性を生かしあえるとは思えないよ」
「普通科の俺と組もうとするポチは、相当個性に自信があるんだな?」
「騎馬戦向きではないと思う……でもさ、それってブーメランだよ。勝ち残る気満々の癖に、輪から外れて生徒を物色してたヒトシこそ、相当有利な個性なんじゃないの?」

 私が呼びかけ、それに答えた時、ヒトシは能力を使っていた。どういった個性なのかはまだ分からないが、相手に気付かれず、厳しい制限もなく使えるのは確実である。
 お互いに個性を明かして、作戦を立てよう。
 作戦会議のための残り時間は短い。ヒトシは不承不承を隠さず、私の提案を受け入れた。


 いえーい、と張りのない声で片手を上げている女子生徒は、どうやらハイタッチを求めているらしい。ため息交じりで軽く手を合わせると、彼女は嬉しそうに笑った。
 彼女は、ヒーロー科A組の轟。おめでたい頭の轟とは違う、女の方の轟だ。俺は成り行きで彼女と二人で騎馬(?)を組み、無事に最終競技に駒を進めた。
 騎馬戦は、拍子抜けするくらい楽に終わった。緑谷や男の方の轟、あと選手宣誓で全生徒に喧嘩を撃った爆豪あたりは派手に争っていたが、俺たちは静かなものだった。
 大雑把に互いの個性を把握した俺達の戦略はこうだ。
 まずフィールドに棒立ちで、俺と轟さんの鉢巻きを奪わせる。次に、流れ弾を喰らわないよう気を付けながら各騎馬の得点を把握。最後、残り時間がわずかになったところで、三位か四位程度のポイントを集めた騎馬の鉢巻きを全て奪う。以上。
 俺が彼女に肩車されたことはとても驚いたが、「騎手に話しかけるのはヒトシなんだから、うちの騎手はヒトシじゃないといけないでしょ」と言われて反論できなかった。プライドもあるので複雑だったが、軽々肩車して騎馬戦終了後もケロっとしている轟さんに対して「流石ヒーロー科だね」と嫌味っぽく言うしか出来なかった。

「なんか、思った数倍楽に終わったよ。ヒトシのおかげで」
「どういたしまして」
「やっぱり、二人で組んで良かったでしょ。この後、お昼とレクはさんでトーナメント戦だし」
「……関係ある?」
「あれ、それもあって二人組を了承したんだと思ってたわ」

 会場は騎馬戦の余韻が強い。完全にノーマークで三位を掻っ攫った俺達へ視線が向けられていたりもするが、ささいなものだ。
 従って、俺達がこうして呑気に話していても目立たない。会場には、この後の予定が繰り返し放送されていた。

「体育祭が最終的に一対一(サシ)なのは知ってたでしょ?例年そうらしいし」
「ああ」
「ヒトシの個性はすごく優れてるけど、正々堂々の勝負には不向きすぎる。タネがバレると対応は簡単だし」
「ああ、そういうこと」

 轟さんの言いたいことは分かった。俺は『対応は簡単だ』という言葉に顔をしかめつつも、冷静に分析されていたことに驚いた。
 つまり。四人で騎馬を組んだ場合、チーム戦なのだから勝ち進むのはチーム丸ごとだ。騎馬戦での仲間は、高確率で敵になる。そうなった場合、俺の個性を知ってる人間が少ない方が、俺が勝ち進む可能性が高くなる。最少人数である二人――俺の個性の内容や発動方法を轟さんのみが知っている現状が、俺にとっての最善だということだ。
 
「それでも私が相手になっちゃったら、どうしようもないけど」
「他のA組のヤツになっても、告げ口するなよ」
「するわけないじゃん。みんな律儀だからすんなり"かかる"と思うけど、結構突拍子もないことするからさっさとケリつけなね」
「……なんとなく、思ってたんだけどさあ。轟さん、俺の個性、すごく好意的にとらえてるよな」

 轟さんは「ポチだよ」と訂正しながら、怪訝そうな顔をする。この短い時間で分かったのだが、彼女はすぐ表情に出る。
 俺の個性は、一言言葉を交わしただけで相手を洗脳することが出来る。"相手を意のままに操ることができる"というのは、恐れられるし、ヴィラン向きだと言われたこともある。俺と会話をすると洗脳される、とイジメのような目に遭ったこともある。存在を無視されるのは慣れている。
 俺が轟さんに個性の内容や発動条件を話したのは、彼女には通じないという諦めがあったからだ。轟さんは、驚いてはいたものの恐れる様子もなく、陰湿な作戦についても『頭良いね!』という馬鹿っぽい発言しかしなかった。
 俺の個性にかからないという余裕もあるのだろうが、『すごく優れてる』発言と言い、俺が今まで受けてきた評価とは違い過ぎるのだ。

「ヴィラン向きとは思わないわけ?」
「人殺しなら、私の能力の方がよっぽど向いてるよ。焼き殺せるし、氷で潰せる」
「おま、本当にヒーロー科かよ」
「本人のモラル次第ってことだよ。ヒトシの能力は、ヴィランに使えば拷問要らずでうっかり殺しちゃうこともない。攻略されやすいけど、変声機と電話とか使えば無敵に近い。オールマイトみたいな華々しいヒーローにはなれないけど、重宝されるべき能力だ」

 轟さんは迷いなく断言し、「私の保護者なら絶対欲しがる」と一人で頷いた。
 俺の卑屈に気付いていないのではなく、俺の個性がマイナスにとらえられると思わないのだろう。とても物騒な話をされたが、褒められていることには違いない。
 新鮮だった。とても、不思議な感覚だ。
 騎馬戦は終わったというのに、俺の体は熱くなってきていた。少しばかり照れくさいのと、高揚だ。公衆の面前で肩車をされたという屈辱を、許してやってもいいと思えた。
 むずむずしていると、轟さんがあっと顔を上げた。

「ショートが呼んでるから、私もう行くね」
「仲良いんだな」
「まあ、そうか、そうだな」
「……じゃあ、午後に」
「がんばろーね!」

 轟さんは笑って、紅白頭の男子生徒のところにかけて行った。
 軽やかな背中を見送って、俺も食堂に向かった。




▼友人 デフォ→ルイ・ブランフォルト
流星街に首を突っ込んでるマフィアのご令嬢。家業が嫌で家出、後に勘当されている。
AB型の特質系で、家出の為に空間移動の能力を作った変態。わんこ主の友人。
運び屋として稼いでいる。
自分も一緒に移動してしまうタイプの移動技。本人が知っている場所でないと目的地に設定できない。
- 45 -

prev(ガラクタ)next
ALICE+