わんこ、手加減する2



 準決勝の、飯田君と轟君との試合は轟君が勝利した。準決勝第二試合は、ポチさんとかっちゃんである。
 僕はA組の応援席から、前傾姿勢になってフィールドを見下ろす。麻酔が切れ始めているのか、轟君との試合でボロボロになった痛みがぶり返しつつあったけれど、すぐに忘れた。

「ポチさんと、かっちゃんか……」

 試合運びが全く読めない。
 ポチさんは中〜遠距離で氷と炎を使い、近距離は体術で対応できる。だが近接戦闘は嫌う傾向にある。麗日さんたちに常闇君との試合も聞いて、それが顕著だと思った。巨大な火柱で牽制し全く接近を許さないとは、反則的な戦法だ。
 対するかっちゃんは超近接戦闘型だ。麗日さんとの戦いで見せた特大火力ならばともかく、遠距離戦闘で相手にダメージを与えることは難しい。
 かっちゃんがいかに距離を詰められるか、にかかっているのではないだろうか。おそらく、ポチさんが芦戸さんとの試合で見せた烈風は耐えてくるだろう。常闇君との試合で見せたという火柱も、かっちゃんならひるまず耐えられる。ポチさんとてかっちゃんを焼死させる気はないだろうから、ギリギリのところで止めているはずだ。
 ああ、でも、近距離戦闘に持ち込めたとしても、ポチさんにはあの壁がある。かっちゃんがスタミナ切れするまで閉じこもって耐えるというのも一つの作戦だ。

「閉じこもるのは、多分やらんと思う」

 麗日さんが少し呆れたように言う。僕は思考を中断して、首を傾けた。

「え、そうなの?……って、あれ、僕声に出てた……?」
「バッチリ」
「うわ、ごめん……ブツブツ気持ち悪かったよね……」
「いいよ、もう慣れたから!」
【準決勝第二試合!決勝戦の兄妹対決、実現なるかァ!?】
「あ、そっか、ポチちゃんが勝ち進んだら轟君と……」

 麗日さんに先ほどの発言の意味を問いかける。どうやら、僕と入れ違いでこの席に来ていたようで、その時に少し話したらしい。
 
「私の仇を取ってくれるって言ってたからね!」
「な、なるほど……」
「それと、あの火柱も『しないと思う』って言ってたよ。なんかすごい疲れるんやって」

 轟君が氷結を使い続けると体に霜が降りるように、彼女にも何かしらの代償があるのだろう。屋根に届くほどの大炎上だ、リスクなしというほうがおかしい。
 ならば、炎は目くらまし程度で、主に氷を使っての攻撃ということだろうか。かっちゃんはどう攻略していくのだろうか。かっちゃんが近接戦闘にもちこめたとしても、ポチさんは強い。なにせ、脳無と渡り合えるほどだ。
 フィールドで対峙する二人を見下ろす。闘る気満々なかっちゃんに対して、ポチさんは普段通りだ。
 どちらが勝ってもおかしくないし、どちらかの負けも想像できない。

【ヒーロー科・轟氷火VSヒーロー科・爆豪勝己!!START!!】



 腹の立つことに、舐めプツインズの個性は強力だ。
 個性が強いか弱いかという判断は簡単には出来ない。使い方や作戦によって左右される。俺は自分の個性が強いと確信しており、頭脳もあるので、そこらのモブ共に後れを取るなどあり得ないが、それでもツインズの個性は強力であると認めざるを得ない。
 舐めプ野郎のことは、今はいい。犬っころの個性について、俺は評価している点が一つある。
 氷の雪崩や火柱という大技をノーモーションで発動できることだ。
 だが、自分が巻き込まれることを恐れてか、基本的に中距離から遠距離での戦闘でしか使用していないように見える。近接戦闘で使う技は目くらましの炎くらいで、あとは体術だ。
 氷は爆破で破壊出来るにしても、非常識な規模で製氷されたら、かわすのは至難の業だ。火柱も、あの規模で出現させられたら相殺は不可能。あれに突っ込むほど命知らずではない。
 だからといって、何もできないかと問われれば、もちろん"ノー"だ。近接戦闘にさえ持ち込めばこちらにもやりようがある――いや、近接戦闘に持ち込まなければ、何も始まらない。
 
「犬っころコロス!!」
 
 試合開始の合図とともに、最大加速をかけて距離を詰める。ただ走るだけでは駄目だ、俺の出せる限界の速さで距離を詰めなければならない。
 不意の烈風に吹き飛ばされた黒目はともかく、常闇の敗因は"動かなかったこと"だ。動き回ってさえいれば、あんな巨大な火柱を出すことは出来ないはずだ。誤って火柱に突っこんだら洒落にならないのだから。犬っころもそのあたりは承知した上で個性を使っている。
 だから、動いてさえいれば、犬っころは大技を使うことが出来ない。

「"犬っころ"より"ワン公"がいいなあ」

 俺の特攻に驚いたのは一瞬で、そう戯言をのたまう。舐めプの妹も舐めプだ。
 
「黙れクソカス!」
「口が悪い!」

 俺の拳を軽くかわす。しっかり視線で追ってきているので、直感ではなく"見切って"いるらしい。腹が立つ。
 すました顔で攻撃をかわす犬っころに後ろ回し蹴り。犬っころがしゃがんで回避。続けて、拳を開いて大げさに構える。犬っころは爆破を予測し、しゃがんだ体勢から一気に跳躍。
 予想通りだ。

【轟はバッタの個性でも持ってんのか!?上に逃げるかよフツー!】

 俺は空ぶったと見せかけ地面に向かって爆破し、犬っころを追いかけるように跳び上がった。連続で爆破し、犬っころの背後に回る。
 加速度がゼロになった犬っころが、肩越しに俺を振り返る。
 犬っころが目を見開き、俺は口角を上げた。

「テメェはいっつも、バックステップで避けずに空中に逃げるもんなァ!」

 両手のひらを犬っころの背中に向ける。空中戦ならば、移動の出来る俺に利がある。足場のないこの状況では、犬っころはこれを回避できない。
 無防備な背中を容赦なく爆破する。手のひらに熱さを感じ、一瞬視界が遮られる。
 犬っころは地面にまっさかさま。これで試合が終わりなんてシケたことにはならないだろうが、少なからずダメージは入った、はず―――?
 なぜか、俺の視界もがくんとさがる。地面に向かって爆破しようとしても、右腕の自由が利かない。
 爆破の煙が消え、俺は、俺のジャージの右袖をきつく握っている腕を見た。

【お―っと轟が爆豪の上着を掴んでいる!道連れにする気だぜ!】
【爆豪の個性で、二人分の体重を相殺することは恐らく不可能だ。片腕もとられてるしな】
「ッの、離せや!!」
「離しませーん」

 猛スピードで地面が近づく。
 犬っころは千切れんばかりに俺のジャージを掴んでいる。自分であれだけ跳び上がったのだ、着地の衝撃は問題ではないのだろう。だからこそ不意を突きたかったというのに、己が巻き添えになっているこの現状。
 この高さ、スピードで叩きつけられたら、いくら俺でも一発K.O.になりかねない。犬っころは絶対にジャージを離さないだろう。犬っころを下敷きにするよう体勢を整えるべき、だろうか。
 目測、地面まで五メートル。
 俺はとんでもないことに気付いた。
 犬っころが、空いている方の手を握っているのだ。

「手加減、手加減、控えめ、控えめ――」

 嫌でもゾッとした。体中の毛が逆立ち、冷や汗が噴き出る。俺の脳裏に、USJで脳無とやり合っていた犬っころの姿がよぎった。
 俺はとっさに、掴まれていない方の手でジャージのファスナーを下ろした。幸い、腕を直接つかまれているわけではない。地面スレスレで腕を抜き、横方向に爆破して犬っころから距離を取る。地面に近すぎたためすぐに転がる羽目になったが、離脱を選んだのは正解だった。

「オチャコの仇!」

 ドゴォ、と。犬っころの拳が地面に蜘蛛の巣を刻む。

「ハア!?ざッけんなコンクリートだぞ!?犬かゴリラかどっちかにしろよ!」
「一応人間ですけど!」

 呆気に取られている暇はない。立ち止まって巨大な火柱を出現させられたら、一気に身動きがとりづらくなる。
 あと丸顔は後でブッ殺す。

【爆豪が翻弄されてんなー!】
【ジャージを捨てたのは良い判断だったな】
【つか、何で轟は腕を掴まなかったんだ?】
【落下中に体勢を整えることと殴る力加減に気を取られて、爆豪の腕を握り折ってしまうことを危惧したんじゃないか。もしくは、単なるミスだな】
【ほんっとによお、A組ヤベェなぁ】

 強引にでも近接戦闘に持ち込むという流れを変えるつもりはなかった。先ほどのように犬っころに殴りかかり、爆破をしかけるが、いっそ気持ちのいいくらいに当たらない。腹が立つし苛立ちは止まらないし、俺の動きは早くなっているはずなのに、犬っころにはあたらない。空中戦を警戒しているようで、空中に逃げることもしない。
 俺が少しバランスを崩すと、犬っころが反撃を仕掛けてくる。俺は舌打ちをしながらそれをよけるのだが、何度目かの反撃で、爆破のために突き出した腕をとられた。

【轟が爆豪の腕をとって――投げたァア!!】

 どこにそんな力があるのか知らないが、俺の足は容易く地面から離れた。しかしタダで投げられてやれない。背中に焦げ穴が空いた犬っころのジャージを引っつかみ、俺を投げる力を利用して"犬っころを投げる"。
 
「オラアアアア!!」
「おわああああ!?」

 俺は爆破で調整し、すぐに着地した。犬っころは景気よく飛んだものの、フィールド内で不格好に着地する。

【轟、危うく場外!踏みとどまったァ!】
【……あ】
【あ?】

 犬っことは踏みとどまったものの、ラインギリギリだ。行動がかなり制限される。
 俺は畳みかけるべく駆け出し、だが、不意に視界が陰る。嫌な予感が続く。視界の隅で何かがきらめいた。熱くないので炎ではない。ということは、これは。
 弾かれたように顔を上げると、眼前に氷の刃の切っ先があった。
 回避は間に合わない。そう判断し、爆破で氷を破壊する。幅三センチほどの刃は砕けてフィールドに転がるが、それ一本な訳がない。
 一瞬見上げただけで十数本の氷の剣を認めた。それも留まっているのではなく、落下している。複数の剣が、コンマ数秒の時差で迫っているのだ。
 
「じっとしてると、くし刺しになっちゃうよ!」

 構えるでもなく、見上げるでもなく、ただ立っているだけの犬っころが言う。
 丸顔の時にやったように、上空への大爆発は出来ない。大半は破壊できるだろうが、爆破で視界が遮られた隙に増産されたらお仕舞いだ。
 丸顔が、浮かせた瓦礫から個性を解除するのは一括だ。もう一度浮かせるには、また接触しなければならない。対して犬っころの製氷は不明点が多い。水が必要な訳でもなく、半分野郎のように手や足から作り出すのでもない。回数や量や大きさの制限も聞いたことがない。
 増産されるごとに大爆発を起こしていては、俺も消耗が激しくなる。スタミナで負ける気は毛頭ないが、犬っころの製氷個性の限界が分からない以上は愚策だ。
 俺は、振ってきた氷を爆破しながら犬っころとの距離を詰めることを選択した。

【轟の猛攻―!フィールドが氷だらけになっちまうな!】
 
 犬っころが動かないことは幸いだが、中々近付けない。
 休みなく降ってくる氷を確認するために見上げ続けなければならないことに加え、氷の破片で足元が悪い。氷を砕かねばならないので、爆破の推進力で宙を進むことも出来ない。
 距離が詰まると氷の量が増すので、遠回りせざるを得なくなる。一直線で接近することは難しい。

【きわどい所を狙ってるが、ギリギリ爆豪が反応出来る範囲だ。最初の一本といい、直接攻撃する気はないんだろう】
【爆豪の消耗を狙った作戦だな!】

 消耗、か。確かに、やたらと動かされている気はする。短時間でこんな回数爆破をしたのは初めてだろう。
 ただ、このまま攻められてばかりのつもりはない。
 俺は犬っころとの距離を改めて確認し、両手を上空へ向けた。
 
【氷の大量破壊くるか!?】

 見上げると、無数の氷の剣が降ってきていることが分かる。俺は瞬時にそれらの位置を確認し、逃げ道を見つける。
 ギリギリ俺が反応できるように調節しているというのだから、逃げ道が皆無なはずはない。加減されていることには心底腹が立つが、「脳無並の動きが出来る相手とまともに殴り合えって勝てる」と豪語するほど、馬鹿じゃない。
 俺は、迫りくる氷の刃に表情をひきつらせながら、短く笑った。

「――来ると思ったぜ、犬っころがよォ!!」

 俺がひ弱でないことくらい、こいつも分かっている。消耗戦で俺を潰すのにどれだけの時間を要するか、分かるはずがない。スキを見せれば、直接攻撃にくるだろうとは思っていた。体力を削るより、俺を殴り飛ばして場外もしくは気絶のほうが早いからだ。
 弾丸のような敏捷で俺に殴りかかる犬っころは、俺がワザとスキを作ったことに気づいたらしい。しかし、犬っころは今更方向を変えられない。
 俺は上空へ向けていた手の片方を犬っころへ向けながら、唯一見つけた回避場所に体をずらす。もう片方の手で、"回収していた自分のジャージ"を使って犬っころの視界を遮った。
 
「吹っ飛んどけや」

 腹部を狙って爆破する。やっと手ごたえが得られ、犬っころは頭に俺のジャージを引っかけたままフィールド外へ吹き飛ぶ。
 直後、俺に氷の剣が降り注ぐ。爆破も動きもせず、俺はその場でじっと立った。腕にかすったり、落ちて砕けた氷が足に当たったりしたものの、怪我の内に入らない。
 俺は氷の剣に襲われながら、巨大な氷の壁を見た。犬っころがスピードを殺すために出現させたのだろうが、犬っころは壁に激突して、そのまま壁ごと場外へ倒れる。
 氷の剣が降り終わったのと、氷の壁が倒れるのとはほぼ同時だった。
 
【轟さん、場外!勝者、爆豪君!決勝戦進出!!】




 倒れた拍子に目隠し(ジャージ)が外れる。勝敗のアナウンスを聞きながら、深くため息をついた。三位入賞というノルマは達成しているし、イイ感じに場外で敗退したので、パパ上の体裁も保たれたはずだ。
 私は氷の上に寝転がったまま空を見上げた。どうせ軽度の熱中症だ、ついでに体温を下げてしまおう。試合前、意図的に医療チョーカーとモニターの電源を落としたので警告音は聞こえないが、あれだけ動いたのだから体温が上がりまくって脱水症状手前なのは察せられる。
 私は少し首をおこして、腹部を確認した。肌に傷はないが、ジャージとTシャツに穴が空いている。おそらく、背中も同様に。ショートに続いて、私までジャージがボロボロになるとは思わなかった。
 セクシーとは程遠い腹筋から視線を外し、硬い氷のベッドに頭を戻すと、上半身裸の対戦相手が視界に入って来た。
 
「……ジャージ返せや」
「くれたかと思った」
「はあ?」

 カツキは、私の首にまとわりついているジャージを回収し、一度はたいてから羽織った。
 この試合に関しても特に焦った場面はないが、"目隠し"という手段には驚いた。彼は正々堂々を好み小細工を嫌うだろうと思っていたので、私にとって意外な戦法だったのだ。
 実際、私は体質上の都合で暗闇を好まないので有効な手段だ。ただし実戦では、目が効かなくても"円"さえ展開できれば、氷壁に閉じこもり周囲の敵を攻撃するので問題がない。

「カツキはさ、直情タイプに見えて頭脳派だよねえ」
「気安く呼んでんじゃねぇよ」
「かっちゃん」
「あ゛?」

 立ち去るかと思いきや、カツキはポケットに手を突っ込んで私を見下ろしている。【退場しなさーい】とミッドナイト先生の声が聞こえた。

「……二回戦では使ってたろ」
「ん、炎?」
「目くらましですら今回は使わなかった……なんでだ」

 不満気というか不服そうというか、非常に複雑な表情をしている。
 私は上体を起こしてカツキをうかがった。目隠しに続く驚きだった。
 私に手加減をされたと分かっているのに、怒鳴ってこない。いや、その、ここで「手加減してんじゃねぇ!」と言われても「殺しちゃうし」と返すしかないのだが、"分かった"上で冷静に問いかけられるとは。
 正々堂々を好みプライドがとんでもなく高い彼は、手を抜くとか手加減とか、舐められることを嫌っているように思う。特に仲良くなくても、良くも悪くもカツキは目立つのだ。

「……火を使わなかったのは、カツキに有利になると思ったからだよ。爆破の個性は、汗に含まれるニトロ類似物質によって引き起こされるんでしょ?だったら、熱するより冷ました方がいい」

 "氷のみ"という縛りがあったわけでも、炎を使うほどではないと考えた訳でもない。相手が別の個性だったら、目くらましで適度に炎を使用しただろう。
 "氷壁ナシ"という縛りはあったんだけどね。黙っておくね。

「ショートが左を使いたがらないのとは、全く別の理由だから。決勝戦、ガンバッテネ」
「舐めプ野郎もぶっ飛ばして俺が優勝だ」
「下から見ると人相の悪さに拍車がかかるねぇ」
「喧嘩売ってんのか」

 三試合目かつめちゃくちゃに動いた試合後だからか、カツキのテンションは少し低めだった。フィールドが乾くまでは休憩になるから、きっちり復活するとは思うけれど。

【仲良いんか?おい、お前の生徒だろー】
【……二人とも、さっさと退場しなさい】

 マイク先生と相澤先生からも退場を促されてようやく、私たちはフィールドを出た。
 

 余談。
 念のためとリカバリーガールの出張保健室に連行された私は、軽度の熱中症で安静を言い渡され、チョーカーの電源を落としていたことをシコタマ怒られ、決勝戦を見逃した。

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