仲良しツインズとおかあさんたち


*家族相手だと轟君も結構喋るんだなあby緑谷

「ショートっていいの、ショートって」
「は?」
「ヒーローネーム。名前じゃん」
「……いいだろ、別に」
「だってデビューしたらそれで呼ばれるでしょ。名前だよ?びっくりしない?」
「言いたいことが分かんねぇ」
「例えば、トオルはショートのことをトドロキ君って呼ぶじゃん」
「葉隠か。そうだな。つか爆豪とポチ以外はそうだろ」
「それがショート!って呼ばれたらびっくりしない?」
「……そうか?」
「私、普段からヒーローネームで呼んでることになるし」
「それならポチもだろ。まさかヒーローネームもポチにするとは思わなかった」
「えっ。ぴったりじゃない?」
「ほとんど見せない個性なのにか?」
「あえて"タマ"とかも考えた」
「やめろやめろ、ややこしい」

*セコム1

 雄英体育祭は全国放送される大規模なイベントだ。最終競技まで勝ち進んだ生徒はタイマンをがっつり放送されるので、顔と名前が知れ渡る。
 私もショートも例外ではない。二位と三位で表彰台にのったのだから、印象に残るのも頷ける。
 雄英生というだけで目立つ上、雄英生が二人で登下校、ショートの髪色はおめでたい紅白。私たちは、一気に注目の的になっていた。
 出かけるときは帽子かぶったりもするが、登下校で変装というのも抵抗がある。ヒーローは有名になってなんぼという面もあるので、認知度が上がるのは喜ばしいことなのだ。多分。
 視線を感じたり、ちょっと声をかけられるのはいいとしても、盗撮は許容できない。

「そこのお姉さんたち」

 私は、ショートにスマフォを向けてきゃらきゃらしている女子高生に声をかけた。
 女子高生がビクリとしているのは、私が声をかけたからではなく、私が声をかけたことでショートも顔を向けたからだろう。
 ショートは綺麗な顔をしているが、表情に朗らかさはない。凄んではないが、微笑んでもない。真顔がデフォだ。

「いくら雄英生でも、ただの高校生に変わりないんだし、盗撮はやめてくれるかな」

 女子高生たちはか細い声で「ごめんなさい」と言ってピャッと逃げる。私は人間モードでも耳がいいので「火柱の子こわい」「炎の妹目ざとい、ケチ」と口々に言い合うのも聞こえている。

「どのへんがケチなのか」
「気付くの早ぇな」
「ショートの快適な高校生活を守るためですから」
「……そうか」
「うん」

 と言いつつ、ショートを盗撮しているということは高確率で私も写っているので、私のためでもある。盗撮は気分のいいものではないし。
 私はちょっとだけ広めの"円"で、登下校の平和を守るのだ。

*セコム2

 体育祭でポチの存在が公になり、週刊誌であることないこと書かれているのは知っている。病弱なため中学卒業まで入院してただとか、親父が隠し子を正式に迎え入れただとか、孤児の中から理想の個性持ちを引き取っただとか。
 正直、俺も、それらが本当なのか嘘なのか分からないのだが。

「ポチ」
「ん」
「こっち来い」

 ポチは素直に従って、俺と立ち位置を代わる。
 注目されるようになってから、ポチに近付く男が増えた。痴漢一歩手前の変態である。盗撮などまだマシだと思える。
 変態男はポチの近くに立ち、ポチが反応しないのを良いことに距離を詰めてくるのだ。
 戦闘外で気を抜いているポチは、距離感の把握が下手くそだ。見ず知らずの男がぴったり寄り添ってきても、自分の視界に入らなければ分からない。
 いくら俺やポチの個性が強力でも、公共の場所では使えない。変態男たちもそれを分かっている。

「なとなく聞き逃してたんだけどさ、"舐めプ"ってどういう意味?最近、カツキがわたしのことも含めて"舐めプツインズ"って呼ぶでしょ」
「舐めたプレイするヤツってことらしい」
「なるほど。よく知ってたねえ」

 ジリジリとポチに近付いていた男が、壁になった俺と距離をとる。
 距離感を間違えているポチはほとんど俺にくっついていたが、指摘はしなかった。


*おかあさん

 私はパパ上や先生たちにもタメ口で話す。見下しているとか、舐めているとかではなく、単に敬語が難しいからだ。
 ここでの文字は故郷(ジャポン)に酷似しているが、私は長い間共通語(ハンター語)での生活を送っていた。そのため、懐かしい言葉でかしこまった話し方をするのがとても苦手なのだ。
 けれど一人だけ、私がとても頑張って敬語で話す人がいる。
 トドロキママである。

「こんにちは、おかあさん。今日はフルーツの乗ったプリンを買ってきました」
「こんにちは、氷火ちゃん。焦凍は?」
「スプーンがついてないことに気付いて、病院の売店に行きました」

 現在も入院中のママ上。体育祭後、ショートが見舞いに足を運ぶというので、私も挨拶のために同行したのがきっかけだ。以降もショートにくっついて病室を訪れている。親子で会話が出来るようにと、私が病室にいる時間は短いが、毎回挨拶はさせてもらっている。
 養子になった時点でフユミを通して電話しているため、お互いに知ってはいたのだが。知らない間に娘が増え、末っ子のそばをチョロチョロしていたら気が気じゃないだろう。
 普段家におらず、トドロキ家の日常から一歩離れた位置にいるママ上は、離れているからこそ、トドロキ家での存在感が大きいように思う。
 ママ上には、私は"ヴィランから保護された氷と炎と獣の個性持ち"と説明してある。嘘ではないが事実でもない。私の体質のことも、ざっくり伝えている。ヒョウカと呼ぶのは、それが私の本名だと思っているからだ。
 
「おかあさん、甘いものお好きですか?」
「ええ」
「ショート君が、シュークリームかクリームブリュレかプリンか、ずいぶん悩んでいましたよ」
「プリンを選んだのね」
「陶器のカップのデザインが可愛いらしいので、それでかなあと」
「陶器?珍しいわね」

 シュークリームを選ばなかったのは、私が無様になるからかもしれないけれど。
 箱を開けると、ママ上が小さく笑う。ブタの蚊取り線香入れを模したカップである。
 
「本当、ふふ」
「可愛いですよね。あっショート、おかえり」
「ああ」

 ショートがプラスチックスプーンを三本出して、残りを引き出しに仕舞う。

「焦凍が選んでくれたんだって?ありがとう、いただくわ」
「お母さんが好きな味なら良いんだけど……。ポチは先にさくらんぼの種取っておけよ」
「はーい」

 ブドウの種の有無も確認して、私はプリンにしては咀嚼回数多すぎではと突っ込まれそうな食事を始めた。
 舌触りや果肉の感触は分からないが、甘いものは美味しい。私の味覚が生きていて本当に良かったと思う。点滴や栄養食品のみの生活には戻れない。
 本当に私の味覚が残っていると言うよりは、獣の影響で嗅覚が引き上げられているから味覚もギリギリ残っているのだろうけれど。

「うん、美味しい。近くのケーキ屋さん?」
「学校の近くの。クラスメイトが教えてくれたんだ」
「氷火ちゃんも甘いもの好き?」
「……」
「お母さん、ポチは今喋れねえ」
「そうだったわね、ゆっくり食べて」
「あ、飲み物入れようか」
「食べてからで、」
「食い終わった」
「ふふふ、男の子はやっぱり早いわね」
「緑茶?コーヒー?」
「焦凍の飲みたい方でいいわ。……焦凍がいると、お湯を沸かすのも冷ますのも一瞬ね」
「見つかったら怒られるけどな、家じゃないから」
「……。ショート、私のはいいよ」

 カップを三つ重ねて持つ。カップを洗ったり散歩に出たりで病室にいる時間は短いよ、というアピールだ。
 いつものことなので、私はさっさと立ち上がったのだが、今日は何故か呼び止められた。それも、ママ上にだ。

「カップを洗ったら、一緒にDVDを見ましょ」
「へっ。DVD?」
「看護師さんから雄英体育祭の録画をもらったの」
「解説ならショート君が……」
「二人で表彰台に並んでたじゃない。一緒に見ましょ」

 不審者扱いされていないことは嬉しい。ちらりとショートをうかがうと、既に三人分の飲み物を準備していた。
 ショートがいいと言うならば、私に断る理由はない。ちょっと緊張するけれど。

「……すぐ洗ってきます」


*経験則

 ヒーロー殺しとやらの戦闘でショートが入院した。
 当時、私はエンデヴァーやショートとは別行動していたが、経緯は聞いている。まず、ヒーロー殺しとテンヤとテンヤの職場体験先の先輩が戦闘になり、イズクが助太刀し、さらにイズクからメールを受け取ったショートが助太刀した。ヒーロー殺しを戦闘不能にすることはできたものの、テンヤの先輩やショートら三人も無事では済まなかった。
 ちなみに私は携帯を持っていない。
 無免許の三人がヒーローの監督や許可のないまま個性を使ったことで問題になったが、全てエンデヴァーが片づけたと発表することで事なきを得ている。
 ベッドわきの丸椅子に座り、じっとショートを見る。ベッドで上体を起こしているショートは、いかにも怒っていますという私を一瞥し、助けを求めるようにテンヤとイズクに視線を向け、そろりと私に向き直った。

「あー……今日、事務所は?」
「事後処理でてんやわんやだから職場体験は休み。明日からはまた行くよ」
「……背もたれ無い椅子に座ったら落ちるぞ」
「さっき、警察の人?犬?と、ヒーローっぽい人たちとすれ違ったけど、怒られた?」
「……ああ」
「はあ、そっか。ならまあいっか。キッチリシッカリガッツリ反省してください」

 ショートも馬鹿ではない。煽られやすい感じはするが、基本的に私よりもよっぽど頭がいい。冷静になれば、己の行動の問題点位分かるだろう。私がわざわざ叱ることではない。
 ショートの腕に巻かれた包帯を睨んでいると、よほど険しい顔つきをしていたのか、向かいのベッドから恐る恐る声をかけられた。テンヤだ。

「ポチ君……今回は、俺のせいで色々とすまなかった。轟君が来ていなければ、俺はここにいないだろう」
「僕もだよ。轟君が来てくれなかったら、きっと生きてはいなかった。だから……轟君を責めないであげてほしい」

 隣のベッドのイズクも、ショートを庇うように口にする。普段気弱そうなくせに、まっすぐ私を見てくる。なんとなく悪者になったような気分だった。
 テンヤもイズクも、そしてショートも、皆素直な友達思いのイイコなのだ。ヒーロー志望なだけある、自分より他人のことを真っ先に考えられる優しい子なのだ。
 だがしかし。
 危険度Aクラスの極悪賞金首集団に身を置いていた私は、そんな程度では絆されない。

「二人の言いたいことは分かる。皆が行動した理由も分かるし、テンヤの復讐したかったっていう動機も、まあ、分かるよ。ただ、私欲で力を奮った時点でヒーローではなくヴィランだし、口頭でもいいから自分とこの上司に個性戦闘の一時的許可をもぎ取るべきだったと思うよ。あと、学生の内からそんなに危険に突っ込むとお母さんが泣くよ?」
「……」
「で。しがらみをぜーんぶほっぽり出して言わせていただくと、生きてて良かったです」

 ほんとコレである。
 ヒーロー殺しを直に見た訳ではないが、パパ上曰く相当な実力者で学生が相手に出来るレベルではないそうだ。ショートとイズクを殺すつもりが無かったことが油断に繋がったらしい。本当に強い人間は、何人が束になってかかっても強いのだ。
 そこに強い人間がいると分かっていて、どうして単身で突っ込むのか。もうわけ分からん。戦闘狂じゃなくて救助目的なのに。報連相って知ってる?
 まだ学生で、自分の未熟さも分かっているはずなのに、自分でどうこうできるとどこかで思ってしまったのだろうか。なんなんだ、プライドをバキバキに折るべきだったのかな。大して強くもない私に負けたら、弱いってことを自覚してくれるだろうか。

「……心配かけた。わりぃ」

 しゅん、という音が聞こえそうである。まだまだ未熟なヒーローの卵は、規則どうこうよりも誰かが心配したという方が堪えるらしい。テンヤやイズクも肩を落としたように見えた。
 ため息をついて首を振りながら、丸椅子からベッドへ腰を移す。

「冷静さを常に持ってないと、すぐ死んじゃうよ」

 犯罪集団所属の私にたしなめられるヒーローなんて、本当に笑えない。


*おかあさん2

 緑谷引子は、息子が入院する病院の正面玄関で、テレビで見た覚えのある少女とすれ違った。息子と一緒に入院している生徒の、双子の妹のはずだ。
 あ、と思わず声が出る。少女は病院を出る足を止めて、引子に顔を向けた。
 引子が一方的に知っているだけだ。少女は引子のことを知らない。怪訝そうに立ち止まったままの少女にばつが悪くなり、しどろもどろになりながら弁明した。

「あ、えっと、あなたも大変、ですね。その、私も息子のことで。出久の、緑谷出久の母です」
「はえ!イズク、君の!今からお見舞いに?」
「ええ。また怪我をしたようで……あ、引き止めてごめんなさい」
「いえいえ。病室分かる?」
「出久から聞いているので、大丈夫です」
「そっか」
「……では、私はこれで」

 引子が立ち去ろうとすると、無礼なくらいフランクな少女が、控えめに「ママさん」と呼びかけてくる。
 
「顔色悪いよ、大丈夫?」

 覗き込んでくる顔には、心配していますとありありと書いてある。きょろきょろとしているのを見て、引子は慌てて首を振った。

「少し参ってるだけなの、大丈夫」
「……ちょっと休んでからお見舞い行けば?」

 少女は行き交う医療従事者から視線を外して、空いているソファを指さした。


 
 彼女は轟氷火と名乗った。ポチでいいよ、と言われたが、そこまで気安くはできないので「氷火ちゃん」と呼びかける。氷火は「聞き慣れないなあ」と呟いていた。
 普通の子どもだな、と。引子は少しだけほっとした。
 息子からクラスの様子を聞くこともあるので、警戒していたわけではないが、多少身構えもする。
 引子が彼女のことを知っているのは、テレビで体育祭を見たからだ。巨大な火柱でテレビ画面を埋め、息子の幼馴染である爆豪勝己に氷の剣を降らせた、体育祭三位の女子生徒。二位の男子生徒とは双子で、二人とも複合個性持ちで、あのエンデヴァーを父に持つサラブレッドたちだ。
 引子は、脳裏に蘇った火柱と氷塊に、膝の上で手を握った。

「……すごい力を持ってるのね、氷火ちゃんも。将来は、お兄さんと一緒にヒーローに?」
「このままいけば、そうなるね」
「……戦うことはこわくないの?」
「こわいよ、私強くないから」

 氷火はあっけからんと肯定した。
 あれだけの実力を示しておきながら「強くない」とは、と疑問が浮かんだものの、引子が驚いたのはそこではない。
 こわい、と。
 冷静に考えれば当たり前だ。氷火はまだ高校一年生で、息子と同い年の子どもなのだ。戦うことに恐怖を覚えるのは自然だ。
 氷火の素直な言葉につられたのか、本年が口をついて出た。

「あの子、高校入試のときから怪我が絶えないの。授業だけじゃなくてヴィランの襲撃もあった……処置してくださっているけれど、無茶をしてるのは分かるわ。親だもの。体育祭はあまりにも辛くて、見てられなかった。……ごめんなさい、氷火ちゃんのお兄さんを悪く言うつもりはないの」
「うん」
「……今回も、また怪我をして。エンデヴァーさんが間に合ったから良かったものの、もっとひどい怪我をしていたかもしれない。友達を助けるためって言っても……応援出来なくなりそうなのよ。嫌な親かもしれないけど、出久に何かあったら……」
「……」
「ヒーローってなんなのよ……」

 きつく目を閉じて涙をこらえる。絞りだした声はかすれていて情けなかった。
 引子は深呼吸をして笑顔をはりつけた。息子と同じ年の、同じものを目指す少女に言うことではないと遅れて気付いたのだ。
 明るい声で謝ろうと息を吸ったものの、先に氷火が口を開いた。

「私はあんまり偉そうに言えないんだけど、インコさんの言ってることは至極真っ当だと思うよ」
「え」
「泣きながらイズク君を引っぱたくくらいしたほうが良いんじゃない?一番身近な人を泣かせるヒーローってかっこ悪いもん」

 氷火の口調は冷静だった。やや苦い表情をしているのは、彼女の兄も無茶をしたからだろう。
 バッサバッサと、引子の中で渦巻いていたものが斬り捨てられていくような気がした。

「ヒーローは……というか普通の人は、過去と未来がある。現在のことしか考えないで特攻するのはヴィランと同じだと思うんだよ。それに、他人を助けるたびに自滅するなんて本末転倒もいいとこでしょ。先生たちはプロヒーローだからこそ注意しにくい面もあるのかもしんないけど、インコさんは親として怒っていいと思います」
「……氷火ちゃんも、お兄さんに怒ったの?」
「ちょっとだけ」

 ヒーローを目指す子どもという立場でありながら、ヒーローを盲信しているわけではないのだろう。"ヒーロー"を単なる職業名として捉えているのだ。
 己の息子とは、全く熱量が異なる。
 これだけ冷静だからこそ、強力な個性を使いこなし、高い実力を誇るのかもしれない。
 引子は、まるで同年代の大人と話しているかのような気分になっていた。いつの間にか手の力が抜け、脱力するように笑う。

「なんだか、ありがとう。少しスッキリしたわ」
「そう?ご希望とあらば、イズク君の自信もバキバキにするから」

 氷火は微笑みながらファインティングポーズをとる。

「そ、それは……えっと、お兄さんにもするの?」
「もしまた同じようなことをしたら……考える」
「また……危ない事に進んで突っ込むってこと?」
「うん。ただ、ヒーローじゃなければ別に良いと思うけどね」
「『ヒーローじゃなければ』?」
「うん」

 引子はなんとなく不穏なニュアンスを感じたが、さらに問いかける前に氷火がソファから腰を上げる。壁掛け時計を一瞥してから、引子を見下ろした。

「それじゃ、私はバスで帰るから。泣きながらビンタするかどうかはインコさん次第!」

 氷火はぴっと片手を上げて言う。不穏な様子も邪気もなく爽やかだ。
 引子はキョトンとしてから、ファインティングポーズをとって笑った。

「考えておくわ」

- 48 -

prev(ガラクタ)next
ALICE+