わんこ、ステルスミッション
期末試験の筆記が終わった。
私は実技試験対策そっちのけで勉強していたかいあって、そこそこの手ごたえを感じていた。実は、中間試験の成績も真ん中より上だった。ショート様様である。あまりにも実技を度外視しているので「信じらんねえ」と言いたげな顔をされることもあったが。
カツキの言う通り舐めプ。全力でペロペロしている。
期末試験も残すところ実技のみ。期末試験が終われば夏休みだ。
「ポぉチぃい……なーに余裕そうな雰囲気かもしだしてんの?」
後ろの席から恨めしげな声が聞こえる。
「筆記終わったし、もう期末試験は終わったも同然!」
「うあー羨ましいー!」
「トオルは今日もトレーニング?」
「うん!でも前日だし、明日に備えて早めに休むよ」
期末の実技試験は、入試のときのような対大型ロボ戦闘らしい。楽勝である。大半の生徒は楽にクリアできるだろうが、トオルは透明人間なだけで特別な攻撃手段がない。戦闘系は大変そうである。
私は、久々にゆっくり瞑想でもしようかな。今日くらいはシャーペンを握りたくない。
鼻歌交じりで帰り支度をしていると、相澤先生に呼び止められた。
「あ、轟妹。お前は残って」
「へっ……あ、赤点?」
「そのチョーカーのことで話がある」
「あ、なるほど。良かったーびっくりしたー」
チョーカーについての話ってなんだろう。メンテナンスとかだろうか。
ショートは学校の訓練場でトレーニングするということなので、大体の場所だけ聞いて別れる。私の呼び出しにかかる時間が不明なので、待ち合わせの時間を決めず、済み次第私がショートを呼びに行くという形になったのだ。訓練場はどこも広いが、"円"で探せばどうってことない。
相澤先生について移動していたのだが、どうも行き先が保健室ではない。職員室でもない。一体どこに連れていかれるんだろうときょろきょろしながら続くと、到着したのは仮眠室だった。
担任からの許可があれば生徒でも使用が可能、と聞いている。防音仕様らしく、静かに眠りたいときにはもってこいだ。
「……お昼寝?」
「違う」
相澤先生が、使用中になっている仮眠室のドアを躊躇いなく開く。するとびっくり、そこには校長先生とオールマイト先生がいた。
仮眠室というのでベッドしかないのかと思いきや、テーブルとソファも設置されており、ちょっとした応接室のようになっている。先生たちはソファに座り、にこやかに私たちを迎え入れた。
「……尋問?」
「遠からず」
相澤先生がドア横に立ったまま、私に座るよう促す。ここまで来て引き返せないので、大人しく校長先生とオールマイト先生の対面に座った。
圧力がすごい。尋問を否定されなかったのが気になるが、拷問でないだけマシだと思うことにしよう。何をされても痛くないのだけど。
「やあ、轟少女!学校には慣れたかな」
「試験の手ごたえはどうかな。明日の実技、緊張する?」
「なにその、親戚のおじさんみたいな……学校には慣れたし、筆記はともかく実技は緊張しないよ。というかナニコレ、穏やかじゃないね?」
「そんなに身構えないでよ。今まで流しちゃってたけど、君とは一度、きちんと話しておきたかったから」
ただ世間話をするだけのために、防音室に呼んだりしないだろう。しかも校長と一対一ではなく、ナンバーワンヒーローとキャンセル個性持ちヒーローの同席だ。三対一。なんだろう、暴れまわるとでも思われているんだろうか。四面楚歌は嫌だなあ。
そっちがその気なら、と私も"円"を広げた。仮眠室がすっぽり入るサイズにしておく。
素性の怪しい私と面談する対策としては、正直分からんでもないが、怪しい所があるならそもそも受験を許可されていないはずだ。今更なぜ、という思いが強い。
私は、腹の探り合いは苦手だ。そんな私の思いを汲んでくれたのか、校長先生がペラペラと話し始めた。
「君のことはエンデヴァーから聞いているよ。身元不明なのを承知で入学を許可したのも僕だ。それだけ強力な個性を持っている正体不明の子どもは、野放しにする方が怖いからね」
「うわあ直球」
「もちろん、エンデヴァーから日々の様子を聞いて、大丈夫だと判断したからだよ。入学試験では驚かされたけど、生活面では全く問題がない。勉強が苦手だからと一生懸命復習をしていることは彼(イレイザー)からも聞いているし、そのかいあって成績も悪くない。実技はいわずもがな、体育祭では総合三位に輝いた。A組の中でも飛びぬけて、個性を使いこなしている」
「ありがと」
「USJがヴィラン連合に襲撃されたときは、生徒たちを守ってくれたね。怪しい動きはあったけれど、現場を見ていた生徒からも『友好的ではない』『仲間には見えない』といった証言があるし、ヴィランの仲間だと思っている訳じゃないよ」
「うん」
「だから、これは何も君を疑っている訳じゃないんだ。純粋な興味だね。君は、なぜヒーローを目指すのかな?」
「パ……エンデヴァーに言われたから」
「じゃあ、目指すヒーロー像ってあるかい?」
「ええ……資格とってショートのサイドキックとして働いて、お金貰ってエンデヴァーにおさめる」
「ドライだねー」
「エンデヴァーに衣食住保障してもらってて恩があるから、言うこと聞いてるだけで。そもそもヒーローになりたい訳じゃないからなあ」
校長先生が「HAHAHA」と軽快に笑っている隣で、オールマイト先生は頬をかいている。迫力のある体つきで顔つきも堅気ではないが、仕草はこじんまりしていて控えめだ。そっと相澤先生を見た理由を聞きたい。
私の視線に気づいたオールマイト先生が、咳ばらいを一つ。
「じゃあ、轟少女は、ヒーローってどんなものだと思う?」
ヒーロー免許を取得して云々ではなく、もっと概念的なことだろう。私の考えを知りたいということらしい。
うーん。ヒーローなあ。
私にとってのヒーローは団長だ。私の弟分兼保護者だった青年や、非人道的施設を破壊してくれた団員や、話し相手になってくれたアサシンなど関わった人は沢山いるのだが、一番お世話になっているのが団長である。施設破壊の後、私をペットとして引き取ってくれたし(語弊があるのは認める)。
団長……というか盗賊団の皆を思い浮かべる。にこにこと私の回答を待っている校長先生とオールマイト先生の希望に沿う回答は出来そうにない、が。他にと言われても思い浮かばないので。
「強い人かなあ」
「シンプルだね」
「お金の為に人助けしてる人でも、善意で動いている人でも、偽善でしかない人でも、何かで人を助けたらヒーローになれるだろうなって。助けられた人からすれば、盗みも破壊も人殺しもするような凶悪犯でも、ヒーローに見えるんだよ。だから、強ければヒーローになれると思うよ。腕っぷし的にも精神的にもね」
私を助けてくれたのは、警察でもブラックリストハンターでも無害な人間でもなく、凶悪盗賊団なのだ。私はまだ常識人のつもりだけど、某施設で○○年被験体をし、盗賊団に引き取られたら、そのあたり柔軟な考え方にもなる。
誰かを助けたいというイイ人より、自分の能力を思う存分発揮したい戦闘狂の方が信用できるのだ。
オールマイトは注意深く轟氷火を見据えた。
出自不明で、とてもヒーロー志望とは言い難い姿勢で、個性を三つ持ち、ヴィランにも臆さない。"個性を奪い、個性を与える"個性を持つ宿敵・ワンフォーオールと結びつけてしまうのは自然なことだ。
根津校長の言った通り、彼女がヴィランだと決めつけている訳ではない。だが、疑惑を完全に払しょくすることは出来ないのだ。
「盗みも破壊も人殺しもするような凶悪犯でも、ヒーローに見えるんだよ」
あまりにも穏やかに話すので、オールマイトは怪訝に思って問いかけた。凶悪犯は、まさかエンデヴァーのことを指しているわけではないだろう。
「妙に実感がこもってないか?」
「そこは想像に任せるよ。記憶喪失だからね」
「ああ、そうだったね」
記憶喪失も、本当なのかどうか。
普通科の心操少年のような、尋問に向いている個性の人間をぶつけるべきなのだろう。そうしないのは、教師陣が轟氷火に示す信用の証だ。彼女はエンデヴァーへの恩でこの学校にいるだけであり、ヒーローになりたい気持ちはない。氷火がヒーロー側を見限り、ヴィラン側に回ったら目も当てられない。
エンデヴァーに保護された当初は"巻き込まれた被害者"という立場だったため、そういった人間は呼ばれなかったのだと思われる。呼ばれたうえで記憶喪失という処理をされた可能性も否定は出来ないが。
思案気なオールマイトや、笑顔で様子を見ている根津に何を思ったのか、氷火がふと怪訝な顔をした。
根津が短い手を動かし、氷火を促した。
「聞きたいことがあるなら、聞いてくれていいよ。こちらばかり問いかけるのも不公平だろう」
「……助けられなかったことってある?」
短い問いかけが、オールマイトの胸に深く突き刺さった。オールマイトだけではない、ヒーローならば誰しもが触れてほしくない話題だろう。
オールマイトは、口を開きかけた根津を制した。ナンバーワンヒーローとして、自分が答えるべきだと思ったのだ。
「あるよ。ヒーローといえど、一人の人間だ。手が足りない時も、間に合わない時もある。どれだけ私に力があって、ヒーロー飽和社会になりつつあると言えど、犯罪に巻き込まれた人々や災害にみまわれ人々を全て助けることは出来ない。……手の届く範囲しか、助けられないよ」
「だよね。そっか、うん、安心した」
「……安心?」
「『それでも全ての人間を助けたい』と、続かなくて安心した」
「……綺麗ごとは嫌いかい?」
「嫌いじゃないけど……腹が立つ。だったら早く助けろよってさ」
オールマイトに向けられた目には、わずかに軽蔑が滲んでいた。
*
期末試験実技は対巨大ロボだったはずが、ヴィラン連合に目をつけられたという無視できない悲劇もあり、急遽難易度が跳ね上がった。
なんと、雄英高校教師陣との戦闘である。生徒二人一組vsプロヒーロー。制限有ハンデ有とはいえ、ロボ戦闘のようにはいかない。
ここで思い出す、A組は二一人という事実。生徒数が奇数である以上、余りは出る。単純に出席番号で組めば余るのはモモだ。しかし相澤先生がそんな無意味な組分けにするはずもない。ペアは、生徒の欠点や長所を加味して決められる。
余ったのは私だった。
「はい!試験内容に差が出るのはマズイのではないでしょーか!」
「轟妹、敬語使えたんだね」
「うん!」
「試験内容は変わらない。教師へのハンデが増えるだけだ」
「なら俺も一人で受けさせろ!」
カツキが吠えた。カツキ以外にも声が上がるかと思いきや、案外静かだった。相手がプロヒーローとあって、いくら自分の実力に自信があっても一人で立ち向かうのは無謀と判断しているのだろう。
わたしもそう思う。まだまだ未熟なクラスメイトに劣るとは思っていないが、プロヒーローを蹴散らせるというほど自惚れてはいないのだ。
生まれながらに"発"を習得したこの世界の人間は、トレーニングで念の基本技に当たるものを鍛えるのだとわたしは認識している。わたしたちの念能力とは順番が逆なのだ。プロヒーローとして活動している者たちは――彼らが使用するのは"発"ばかりで、便利な基本技を意識的に使用することはないようだが――およそ念能力者相応の実力があると考えていい。
ゴロツキを相手にするならともかく、鍛えた能力者を相手に喧嘩を売りたくないのである。
「爆豪、うるさい。お前は緑谷とだ。変更はない」
相澤先生はカツキの主張を斬り捨てて、わたしに向き直った。
「一人は、お前だ」
「分かったから何回も言わないでよ、なんか傷付くじゃん。余りがわたしな理由は?」
「敬語戻せ敬語を。……轟妹は近距離、中距離、遠距離の戦闘に対応出来、個性に頼らない戦闘の実力も折り紙付きだ。冷静で身を守る術も持ち、潔く身を引く判断も出来る。身体的ハンデを自覚し、支障をきたさない範囲も把握しきっている。言ってしまえば、分かりやすい弱点や欠点がない。お前とペアになった生徒が格段に有利に動ける……もしくは、何もせずとも轟妹だけでクリアしかねない。想像できるだろ。一人余ってしまうなら、それがお前になるのは、まあ、当然といえば当然だ。授業なら別だが」
突然のべた褒めにうろたえる。そんなに褒めたって騙されてやらないが、いくら抗議しても聞いてくれそうにないので黙る。ショートが「一人なら無理すんなよ」とささやいてくれたのが励みだ。妹は頑張ります。
「で、わたしの相手をする先生は?」
「俺です」
充血した目を見開き、綺麗に並んだ歯をのぞかせ、相澤先生は素敵な笑顔を見せた。
試験内容は、ヴィラン役の教師の捕縛。捕縛を断念しても、脱出ゲートを通過できればクリアとなる。戦略的撤退だ。
ハンデとして、教師には両手両足に体重の半分のパワーリストを装着している。
「でもなあ……相澤先生なあ……」
モニタールームで、第一試合の映像を眺めながら呟く。ほとんどの生徒は作戦会議のため不在で、留まっているのはペアのいないわたしの他、ペアと話ができないオチャコとイズク。
第一試合は、エージロ・リキドーとセメントス先生だ。セメントス先生があっけなく勝利したところだった。
「詰んでるわ……」
相澤先生の個性は"抹消"。個性行使の強制キャンセルだ。わたしに使われたことはないが、見ている限り、オーラの放出を強制的にストップされるらしい。水を出しっぱなしの蛇口を、容赦なく締めてしまうのだ。念にも有効だと思われるが、そもそも念と個性は別物なので、そうサッパリ止められはしないと思われるが、断言出来ない。
さて、ここで問題が浮上する。三つもある。大変だ。
一つ目。相澤先生の個性でわたしの氷や炎が消えなかった場合、「あいつなんなんだ」と本格的に人間か疑われる危険性があるので、対峙している間は氷や炎を出せない。もちろん氷壁も無理だ。
二つ目。オーラの流れが乱されると、普段"円"と"纏"しまくって身を守っているわたしは、ろくに身動きが出来なくなる。皆が「個性ではない」と思っている運動能力は、個性ではないが念能力なので、フルボッコにされかねない。
三つ目。オーラの流れを止められ続ければ、多分爆発する。日常的な"円"や"纏"は多すぎるオーラ量の発散もかねているのだ。それを妨げられればどうなるか分からない。理性が飛んで暴走するだけならまだいいが、エネルギーに耐えかねて物理的にわたしが爆散する可能性も否定できない。未知なのだ。オーラを吸収する系統の強制"絶"道具なら、大抵容量超過で故障することだけは分かっている。
やばい。
数秒しか"絶"が出来ないのに、ステルスするしか穏便にクリアする道はない。
「爆散は、爆散はいやだ……!」
「ポ、ポチさん!?」
「急にどうしたん!?」
一人で実技試験を受けなければならない轟氷火へは、フィールドの選択権が与えられた。氷火が選んだのは住宅街。轟焦凍・八百万百vs相澤の試合でも使われたフィールドだ。
相澤は本日二度目の実技試験に、電柱の上で首を鳴らした。
【轟氷火、演習試験。Ready Go】
アナウンスが響き渡る。この住宅街のどこかで、氷火も聞いているだろう。
ペアで行うべき試験を一人で受けさせる理由はほとんど本人に伝えた通りだ。だが、本来であれば戦闘での協調性に欠ける氷火こそ、チームプレイさせなければならない。それでも一人で試験に臨ませるのは、"足手まとい"がいない状況での氷火の動きを把握するため。身もふたもない言い方をすれば、ヴィラン寄りの考え方をする氷火の攻撃・戦闘データを集めるためだ。
強力な個性を相澤が封じれば、氷火もいつもの余裕を捨てざるを得なくなる。そこで、何が出てくるのか。
「……とんだ問題児だよ」
第四試合では脱出ゲート付近で待ち伏せした相澤だが、今回は第四試合よりも呑気に待てない。
千里眼に等しい探知能力と、広大な攻撃範囲。さっさと本体を視界にいれなければならない。カフスをかける、脱出ゲートをくぐる、という決められた行動があるので放っておいても近づいてくるのが幸いだ。
「……」
試験開始から五分が経過しても、何も起こらなかった。
まさか迷子なんかじゃないだろうな。
氷火の考えが読めず、軽く跳躍して電柱から電柱へ移る――ゴシャア、と頭上から降ってきた氷塊がアスファルトに落ちた。
「俺の居場所は把握済み、と。……住宅への被害を出さないために攻撃をしてこないのか」
例えば、ここが荒野のフィールドなら。氷も炎も思う存分使えただろう。対して住宅街だ。氷で民家が潰れ、炎で火事が発生する可能性も高い。自分の個性を使いにくいフィールドを選んだのは、動きにくくても、障害物の多さを利点としたのだろう。入り組んだ住宅街では、相澤の目に捉えられるリスクは低い。
なるほど、よく考えている。教師がヴィラン役を全力で務めているから、氷火も真面目にヒーロー役を全うしてるらしい。
相澤は電柱から民家の屋根に移った。氷塊がアスファルトと庭に落ちたが、屋根に立つと静かになる。
相澤は狙いを定め、屋根から屋根へと飛び回る。三度氷塊が落ちる音を聞いたが、以降は静かだった。落下地点を見極めて氷を落とすなど――おまけに見えていない場所だ――いくら千里眼じみた能力を持っていても神経を使うはず。下手に立ち止まらず、民家の屋根をつたって脱出ゲート付近を動いておけば、氷火も発見できそうだ。
試験開始からおよそ十五分。視界の端に氷火をとらえた。反射的に個性を使って睨むと、氷火は苦虫を噛みつぶしたような顔をして、民家の塀に隠れる。方向転換をして急いで後を追いながら、相澤もゴーグルの下で顔を歪めた。
相澤の居場所は把握していたはずだ。わざと視界に入ったのは明らかである。住宅街という場所の性質上、遠距離で相澤を行動不能にするのは不利だと判断し、接触を決意したとして。一体なにを企んでいる?あの表情の意味は?
氷火が身を隠した塀の真上に飛び出した相澤は、試験中にも関わらず、素で驚愕を露わにした。
「お、まえ……!」
生徒がいると思ってた場所には、大狼が牙をむき出しにして構えていたのだ。
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