わんこ、ステルスミッション2


【轟氷火、演習試験。Ready Go】

 アナウンスと同時に"円"を広げ、能力者(相澤先生)の場所を把握する。相澤先生の動きに合わせて氷を落としてみるが、やはりレベルの高い能力者ともなると直撃には至らない。"隠"で隠せば奇襲になるだろうが、ただでさえ三つある個性をさらに増やすのはまずい。
 相手を殺さない加減、民間人に被害を出さない加減。ヒーローは気にするところが多く、動きにくいったらありゃしない。
 ステルスで遠距離から相澤先生を捕獲することは諦めた方が良さそうだ。脱出ゲートを通る選択肢は捨てている。パパ上の体裁だけではなく、現状、逃げるだけのマイナス要素がないからだ。戦略的撤退はともかく、すぐ逃げに走るのは褒められたものではない。
 だからといって正面から向かいあうと、前述の問題が発生する。遠目で姿を見せ、"抹消"個性の効き具合は確認するとして、その後だ。思ったより念が使えそうなら肉弾戦に持ち込み、念が使えないなら最終手段をとるとしよう。

「誘いこみやすい場所探そうかな」

 "円"を広げたまま、住宅街をうろつく。最終手段を取りやすいように上着は脱いだ。
 念ナシで動くのならば、ただの人間でいるより、魔獣のほうが格段に頑丈で身軽なのである。あれは念能力とは別枠だ。
 肉体の爆散前に、クリアしなければ。



 最終試合は、ポチさんと相澤先生。わたくしは轟さんの力を借りてクリアできたけれど、一人のポチさんはどう攻略をするのだろうか。個性を消してしまう相澤先生には、個性で対抗することが難しい。筋力強化個性並の動きが出来るポチさんなら、正面から立ち向かうのもアリだ。
 モニタールームには、試合を終えたほぼ全員が集まっている。第十試合の治療を終えたリカバリーガールがスツールに腰かけると同時に、開始を知らせるアナウンスが聞こえた。

【轟氷火、演習試験。Ready Go】

 相澤先生は電柱の上。ポチさんは路地。二人とも動かなかった。
 斜め上を見るポチさんの様子には見覚えがある。人の居場所を探っているときのものだ。あまり細かい判別は出来ない、とポチさんは言うけれど、生きている人間かどうか、能力が強いかどうかの判別が出来るというだけでも十分強力だ。個性ではないという点には驚きを隠せないけれど、ポチさんも轟さんも先生たちも違うというので、あれは個性とは関係がないらしい。
 先に動いたのはポチさん。なぜかヒーロースーツの上着を脱ぎ、住宅街の移動を始める。

「轟さん、ポチさんは何をするおつもりなんでしょうか」

 双子の兄である轟さんに問いかけると、轟さんはモニターを見たまま「さあな」と首を振った。

「分かるのは脱出する気がないってことと……あと、珍しいことするつもりなんだろうなってことだな」
「珍しいこと?なんですの?」
「やるかは分かんねえけど……むしろ俺としては止めておいたほうが良い思うけど……」
「気になりますわね……」
「いや、マジで……マジで思いとどまってほしいんだけどな……」

 轟さんのただならぬ様子に、モニタールームがざわつく。
 モニターには、相変わらず住宅街をうろつくポチさんと、移動の拍子に氷に襲われる相澤先生が映し出されていた。ポチさんはただ散歩をしている風なのに、相澤先生の動きを把握して氷を落としているらしい。
 つくづく、格が違うと感じる。轟さんもポチさんも、父親がエンデヴァーだからという理由では済ませられないくらい、ヒーローとしての実力が高い。
 だからといって卑屈になるようなことは、もうない。
 相澤先生が本格的にポチさんを探し始めたあたりで、ポチさんは動きを止めた。

「このままだと、ポチさんと先生が出くわしますわね……!」

 ポチさんがなにを企んでいるのか、わたくしには見当もつかない。ポチさんはわざと相澤先生に姿を見せ――何かを確認したのだろうか、一瞬で表情が曇った――民家の塀に身を隠した。
 身を、隠して、なぜかヒーロースーツのボタンに手をかけた。

「っ男子は全員後ろ向け!」
「轟さん!?」

 何事かと見やると、既に轟さんが峰田さんを確保してモニターに背を向けていた。
 困惑したものの、男子は轟さんの言葉に従った。なにせ、ポチさんはためらいなくズボンを脱ぎ捨てていたのだ。女子はモニターを見たまま悲鳴を上げる。

「ポチさん!?何を!?」
「ヤバイヤバイヤバイって!!」
「え、あれ刺青!?超カッコイイけど脱いだらだめでしょ!」
「ポチちゃんあかん!これはあかん!」
「パンツは脱いじゃダメー!」
「この手を離せ轟ぃいいい!」

 まさに阿鼻叫喚。クラスメイトの奇行にわたくしの頬も赤くなる。相澤先生が近づいていると分かって、なぜこのタイミングで全裸に!?このタイミングでなくとも、なぜ外で全裸に!?
 瞬く間に服を脱ぎ捨て、下着は一瞬で灰にしてしまう。ポチさんはその場にうずくまる。
 その後の信じられない光景に、悲鳴をあげていたわたくしたちは唖然とした。ポチさんには失礼かもしれないけれど、血の気の引く光景だったのだ。
 うずくまった体がふくらみ、波打ち、灰色の毛が全身を覆う。相澤先生が到着した時には、立派な獣がそこにいた。

「ポチ、さん……?」
「ちょっと轟!これどういうこと!?」
「痛ぇ」
「もう俺らが見ても大丈夫なの!?」

 三奈さんが轟さんを揺さぶり、モニターを指さす。上鳴さんの叫びには、モニターを確認した轟さんが是と返し、壁を向いていた男子が恐る恐る動いく。モニターの獣を確認して、わたくしたちと同様に唖然とした。
 平然としているのは轟さんだけだ。暴れる峰田さんを解放し、何とも表現しがたい表情をする。轟さんが言い淀んでいる間に、なぜか緑谷さんが声を上げた。

「まさかあれが、ポチさんの言ってた三つ目の個性……!?」

 三つ目!?

「あー緑谷はポチに聞いたことあるんだったか」
「うん……服を脱がないといけないって聞いてて。こういうことだったんだね」

 轟さんと緑谷さんとモニターにせわしなく視線を動かす。相澤先生の反応から、知っていたが見たのは初めてという印象を受ける。授業でも一切見せず、話にも出なかった。轟さんが言った通り『珍しい』ことなのは明らかだ。
 狼とも狐とも違う大きな獣は、爪と牙をむき出しにして相澤先生に襲い掛かっている。相澤先生も捕縛布で応戦するが、敵意満々の大型獣に手を出しあぐねている様子だ。中身がポチさんだと分かっていても、身構えてしまうのだろう。
 三つ目の個性という常識はずれな事実に混乱を自覚しつつ、わたくしは深呼吸をしてなんとか冷静を取り戻した。

「轟さんは、ポチさんが上着を脱いだことでこの可能性に至ったのですね」
「ああ」
「あの状態も個性だというのなら、なぜ相澤先生の個性で抹消されないのでしょう。……いえ、今抹消されても全裸なので困りますが」
「あれは"獣の状態"が個性なんじゃなくて、"獣になること"が個性なんだ。変身中に相澤先生が見たら止まっただろうけど、完了してしまってからは無理だろう」
「その……轟さんも、三つ目の個性がおありなんですか?」

 ごくり、と。A組の心が一つになった気がする。轟さんはポチさんと双子なのだから、抱いて当然の疑問だ。
 A組の緊張など意に介さず、轟さんは軽い調子で否定した。

「俺は無理だ。あれはポチだけ。あれがどういう動物なのかも俺は知らねぇ」
「……もしかして、あだ名が"ポチ"さんなのは」
「犬っぽいからだな。命名は親父」
「え、エンデヴァーが……」
「すげえ毛並みいいぞ。アニマルセラピーってやつだな」

 ごくり、と。さきほどとは違う意味でA組の心が一つになる。
 モニターでは、倒れた相澤先生の首に前足を乗せたポチさん(獣)が、口で器用にカフスを取り付けているところだった。



「その形態は初めて見たね……思ったよりデカい。それでも、氷やら炎やら出せるんでしょ?」
「ワン」
「あれだけ運動能力高いお前なら、個性無しでも真っ向勝負に来るかと思ってたんだが、まさかそうなるとはな。俺の不意を突くのを狙ったんなら大成功だ」
「ワン」
「何か、他に理由でも?」
「…………」
「ま、いいよ。試験は合格だ。特に、被害を最低限におさえたところが素晴らしい」
「ワン!」
「……こっちの言葉は分かっても、お前は喋れないんだな」
「ワン……」
「何で戻らな……ああ、いや、そうか。服か」
「ワン、アゥアウン。クゥーン」
「……手錠したオジサンに、女子高生の服を運べと?」
「ワン」
「その……下着は」
「ワン」
「ああ、ハイハイ燃やしたのね。後で八百万に頼みなさい。よいしょ、じゃ戻ろうか」
「ワン」
「……ところでその毛並み、」
「ワフン」
「あっ……サラサラ……」

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