黒霧のゲート誤作動


(USJ襲撃時)

 大勢のヴィランが現れ生徒と先生に緊張が走る中、わたしは人一倍怯えていた。
 チンピラや三流能力者に負けるとは思っていないが、とんでもないのが一人混ざっている。何故彼がヴィランと一緒にいるのか分からないが、あんなのとまともにやり合ったら先生(プロヒーロー)でも良くて相打ちだろう。無傷では済まないし、最悪の結果はもちろん死。
 じっと目を凝らすと、彼は首を傾げ、近くのヴィランに何か話しかけているようだ。ヴィランのイライラした様子から推測するに、会話のキャッチボールには成功していない。彼がジャポン語を話せるとは聞いたことがない。お互いにお互いの言葉が分からないのだろう。
 ど、どっどどどどうしよう。望んでヴィラン側にいる訳じゃないことが幸いだが、このままぶつかるのはマズい。こっちに攻撃を仕掛けられたらたまったものではない。
 わたしがオロオロしている間に、相澤先生が前に出る。そして彼と話して(?)いたヴィランが倒れた。
 ハハッやだもう仲間割れしてる。

「何してる、ポチ!行くぞ!」
「えっあっあー」

 十三号先生を先頭に、クラスメイトは出入口に向かって走り出していた。わたしは急かすショートと問題の人物を交互に見て、ショートたちに背を向けた。
 この際、襲撃してきた団体さんは置いておく。
 彼は――冷酷で民間人を巻き込むことをなんとも思わない人間である、というどうしようもない異常性を除けば――そこそこ話は通じるのだが、理性的なくせに"スイッチがあったら押してみる(婉曲表現)"という無邪気さを発揮することがある。その標的になり、おもむろに画鋲を投げつけられたのは他でもないわたし自身だ。常に"円"張ってなにやってんだコイツ、と思うのは分かるが、だからといって武器を投擲するのはどうかと思う。殺意も敵意もない攻撃(いたずら)だったため、某盗賊団団長がわたしの隣にいなければ死んでいたかもしれない。
 先手を打つしかない。敵方に親し気に話しかけるのは色々と誤解を生むので避けたいが、相手が彼な以上、そうも言っていられない。自分自身以外に、ショートも守らねばならないことだし。
 わたしは最早懐かしくなりつつあるハンター語を脳内で引っ張り出す。

『――イルミ!』

 チンピラの中で首をかしげていたイルミが、ぐるんとわたしを見た。


 
 一瞬で景色が流れたかと思えば、イルミに抱えられた状態でUSJの出入口前に退避していた。

『ウワびっくりした……』
『久しぶり』
『あ、うん、久しぶり』
『俺、家にいたはずなんだけどさ。ここどこなワケ?一人?』
『ああ、ちょっと長くなるんだけど、』
「轟さん!これは一体、どういうつもりですか!」

 別世界っぽいんだよね、と続くはずだった言葉を遮られる。叫んだのは十三号先生だ。強い語気と責め立てるような声音に疑問が浮かぶも、十三号先生と向き合っている今の立ち位置にハッとした。
 わたしの後ろにはUSJの出入口、わたしの前には脱出を妨害するために十三号先生らの前に回り込んだ黒いモヤモヤヴィラン。わたしの隣には、ヴィランたちと一緒にUSJに入って来たイルミ。
 "ここから出たければ我々を倒してから行け"というポジションである。

「まっ違う!誤解です!わたしヴィランじゃない!」
「なら何故、ヴィランと一緒にいるんですか!」
「この人は違う!とんでもなく強いけどヴィランじゃないの!」
『なんて言ってんの?もしかしてこれジャポン語?』
「ほう、仲間割れですか?」
「モヤモヤさんからも言ってやって!この人、仲間じゃないでしょ!?」
『無視?いい度胸してるね』
「寄せ集めの顔など一々覚えていませんよ」
「こんな黒髪サラツヤな男、いたら覚えてるでしょ!」
「ふふふ、ヒーロー科にヴィランとつながりのある生徒がいるとは、雄英も所詮その程度ですか」
「轟さん、あなたはやはりヴィラン側の人間だったのですか!?」
『ジャポン語かあ、あいさつ程度なら分かるんだけどな』
「収拾が!つかない!」

 額に手を当てて頭を振ると、視界の端で黒いモヤが広がった。反射的に臨戦態勢に入るも、黒いモヤはすぐに小さくなる。
 ショート含め多くのクラスメイトの姿が見えなくなり、焦って"円"を広げると、USJ内に多くの人間がいるのが分かった。馴染んだショートのものはなんとなく分かるので、クラスメイトたちはUSJ内に移動させられたということだろう。クラスメイトの数より圧倒的に人数が多いのは、潜んでいたヴィランだと思われる。オーラの雰囲気を見るにチンピラにすぎないので、ショートならば大丈夫だろう。
 安堵したのも束の間、問題はなにも解決していない。移動させられず残ったクラスメイトと十三号先生、黒いモヤモヤヴィラン、わたしとイルミ。
 わたしのするべきことは一つ。

「十三号先生!わたし一回学校に戻って、知らせてくるから!ヴィラン疑惑払拭したいし!」
「それなら轟さんより委員長が、」
「敵の前で堂々とした作戦会議とは、呆れたものですね。この施設はロックしてありますし、そう簡単に行かせるとでも?」

 黒いモヤがこちらに向かう。しかし、甘く見ないでもらおう。黒いモヤがわたしに届くまでの数秒あれば、出入口を確保するくらい簡単なのだ。

『イルミ、このドアこじあけて!』
『別にいいけど、このくらい自分でしろよ』

 イルミが扉に向き、扉の強度を確かめるようにノックする。そのままの流れで拳を握りオーラをこめると、あら不思議、出入口が吹き飛んだ。
 コン、コン、バゴォン!
 実はこのドーム、ハリボテだったのでは?と疑いたくなるほど清々しく破壊された出入口。さすが、門を開けるのにトン単位の筋力が必要な家に住んでいるだけある。わたしも開けられるけどな!
 
「十三号先生、行ってくる!」『イルミ、とりあえず出よう!走りながら説明するよ』
『よろしく』

 事態を一切把握していないイルミとともに、USJを飛び出した。イルミにつられ、オーラを込めて地面を蹴ってしまったので皆には消えたように見えたかもしれない。
 USJから学校まではバスで移動する程度の距離はあるが、念能力者が全力疾走してしまえばあっという間に着いてしまう。わたしはジョギング程度まで速度を落とした。イルミに説明する時間が必要であり、あまりはりきって体温を上げたくもないからだ。
 イルミには早口で説明する。ここがジャポンに酷似した別の国であることをはじめ、個性やヒーロー、わたしの立場、そして現状も。

『……寝ぼけてる?』
『むしろ予想外の事態でアドレナリンドバドバです』
『お前は一年も戻れてないと。まさか俺も年単位で……そもそも戻れるのコレ。仕事詰まってるんだけど』
『暗殺者が忙しいって世も末だねぇ』
『無職で好き勝手できるお前たちとは違って、真面目に仕事してるから』
『じ、自営業だよ!』
『はーどうしよっかなあ』
『まだ聞きたいことあるから、一緒にいてほしいんだけど』
『それは俺も。言葉も分かんないし』
『んじゃ、もうちょっと落ち着いたらいろいろ話そ。とりあえず、職員室行って襲撃知らせてくる間はその辺で待っててよ。ヴィランだと思われたらややこしい』
『窃盗殺人が常習の犯罪者がヒーローの学校に通ってるとか、世も末だね』

 わたし自身は盗みや殺しにほぼ関与していないが、そんな集団に面倒を見てもらい、頭目が飼い主なのは事実だ。
 反論できず、そそくさと職員室へ向かった。
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