刀剣より年上の審神者


 東(あずま)の仕事は、審神者が時間遡行軍との戦いに専念できるよう心を砕き、手を回すことだ。担当する二つの本丸の戦績が安定し、少しばかり肩の荷が下りたのがつい最近のこと。これで定時上がりの日が増えると喜んだのも束の間、新たな本丸の担当を任されてしまった。しかも引継ぎではなく、新人審神者。他の担当からの引継ぎならまだ気楽に出来たものを、新人。おまけに、非常に珍しい過去からのスカウトだという。
 過去からのスカウトはそれ自体が歴史改変になる恐れがある。故に、よっぽどの事情――歴史改変・修正の影響で"こぼれ"でもしない限りは行われない。
 つまり、新たに担当しなければならない審神者は、運悪く"こぼれて"しまったのだろう。
 東は増える仕事への苛立ちを新人審神者への憐憫にシフトさせた。"こぼれた"ということは、誰の記憶からも全ての記録からも消え、宙ぶらりんの根無し草。未来や過去どころか、現在さえ無い幽霊なのだ。
 
「アっズマさーん、お時間いいですか?」

 不要なステップを挟んでデスクにやってきたのは、審神者候補者の選出を行う別部署に所属する職員だ。内部ではスカウト部や営業と呼ばれている部署である。
 迎井招(むかい しょう)という配属されるべくしてその部署に配属された男は、東の同期であり、例の"可哀想な新人"のスカウトをするために過去まで出向いた、フットワークが発泡スチロール並の男である。「仕事だから」の一言でどこへでも行くので――立入制限中の本丸にも、封鎖中の本丸にも――特殊事案からの応援にまで駆り出されて多忙を極めている。ついたあだ名が"凸芸人"。
 危機感と警戒心を母親の胎内に忘れてきた凸芸人に凸された東は、話を聞く姿勢を取った。

「ニル(Nil)ですか?正式なプロフィール出ました?」
「出ましたよ、その配達です。引継ぎもかねて。はいどうぞ」
「はいどうも。……。なんですかこれ。不明多すぎ。名前と性別くらいしか分からないんですか」
「黙秘されちゃって」
「本人から聞く以外に情報得られませんしね。慣れてる人が担当すればいいのになんで僕が……」
「いや、戸籍あるんですよ、彼女。ニルなのに。どうやら、こぼれ落ちたんじゃなくて"割り込んだ"みたいですね。前例がないのでなんとも言えませんけど、歴史改変には引っかかってないので、別のトロポジーから転がり込んだんじゃないかって。戸籍はハリボテですよ」
「とんでもない情報をサラッと言わないで」
「そのへんは僕の管轄じゃないんで」
「自覚有るタイプ?」
「そうみたいです。人間じゃなさそうですし」

 可哀想な新人はこぼれ落ちた"無(Nil)"ではなく、宇宙人らしい。
 ハリボテでも戸籍があるなら審神者に引っ張ってくるのは違反なのでは、と口にすると「何かあっても歴史に関係がないのでセーフ」とこれまたさらりと返された。本来あるはずのない存在だから、歴史"外"であると。

「むしろ、あるはずのない存在を本丸に隔離したほうが良いってことですか?」
「そうかもしれませんけど、住み込みじゃありませんよ。過去への移動は出来ないししていないって調査結果も出てるんで。ココみてください。"勤務形態:通い"でしょ」
「別位相から来た戸籍持ちのニルが通いで審神者をすると?」
「そういうことですね」
「重すぎる。なんで僕が?」
「さあ。小耳にはさんだのは、アズマさんが鈍感だから、だそうですよ。ここの部のベテランって、軒並み高霊力保持者じゃないですか。そのほうが刀剣男士とコミュニケーション取りやすいんじゃないかっていう初期の方針のせいですけど……まーその、まあ、多分そのあたりが理由です。このニル、霊力の量が多いというよりは、多いは多いんですけど、それよりも圧が強くて。敏感な人は話にならないんじゃないですか?」
「ビビッて?」
「メロメロになって」
「女性、だから……とんでもない美女?」
「アズマすぁん。直視したくないのは分かりますけど、ここちゃんと見て」

 凸芸人がプロフィールの職場欄を示す。
 東は観念し、ため息を吐きながらそこを改めて確認する。何度読んでも"帝丹小学校一年A組"と記載されている。
 宇宙人は、小学一年生の女の子なのだ。



【初期刀選択】
 □標準五振から本人の希望刀剣を贈与
 □拡大選択範囲※から本人の希望刀剣を贈与
 その他
   指定刀剣を贈与 
     刀剣名[薬研藤四郎 特封]
     特記事項[再封印可]
   □不要
     引継ぎ[       ]
     その他[       ]




 その薬研藤四郎に主はいなかった。気がつけば戦場で、本能のままに敵を屠っていた。最低限の休息さえとれば、食事も睡眠も特別必要としていない身体だ。刃こぼれを"直す"手段がないのは困ったものだったが、本体(薬研藤四郎)さえ折れなければ良いだろうと無銘の刀を拾って使うこともあった。"薬研"という銘のせいか医療に関する知識を持っていたので、人の器が怪我をしても塞ぐことくらいは出来たのも幸いだった。
 政府に保護された後に聞いた話だが、薬研が目覚めた戦場では時間遡行軍と検非違使と審神者側刀剣との大きな戦いが数度あり、そのエネルギーを受けて顕現したのではないか、ということだった。いわゆる時間遡行軍が持つドロップ刀であったが、たまたま遡行軍を討伐した部隊が拾わず、たまたま顕現するに足るエネルギーを得て、たまたま顕現を維持し続けてしまったのだろうと。
 運よくある部隊と遭遇し、政府に保護され、手入れをされてから。主をいただくものと思っていた薬研を待っていたのは、封印という無情な措置だった。
 時間遡行軍、検非違使、不特定の審神者の霊力の影響を受けているため、その存在が非常に不安定なのだと某が言った。ならば刀解してくれと進言したが、同様の理由で通常の刀解の儀では刀解出来ないだろうと言われた。強制融解ならば可能だが、禁忌を犯したわけでもない薬研藤四郎を融解するなどとてもじゃないが出来ない、と顔を青くして言われた。
 そして薬研藤四郎は顕現を解き、封印措置を受けた。次に顕現するのは、刀解する方法が見つかったときだろう。


 濃すぎる霊力の流れを感じ、薬研藤四郎は、おぼろげな意識で疑問を持った。政府に保護されてから顕現維持のために得ていた霊力とは、量も質も明らかに異なる。ただ薬研藤四郎を顕現させるためのものではない。薬研藤四郎を必要として、呼び起こすためのものだ。
 流し込まれた霊力は莫大だった。薬研藤四郎は意識の底から瞬く間に引き上げられ、いっそ激流に押し出されるようにして顕現する。
 ぶわり、と桜が視界を埋める。荒れ果てた戦場で見た桜とは違う。桜の量も、桜の合間から見える景色も――心臓も、ひとに呼ばれることに歓喜している。
 いびつな薬研藤四郎を上書きした存在に対して、情けなくも、すぐに口上が出なかった。
 うかがうような視線を受けながら、薬研藤四郎は桜の中で静かに涙した。

「……薬研、藤四郎だ。雅なことはよくわからんが、戦場じゃ頼りにしてくれていいぜ。思う存分使ってくれや、大将」

 


 本業:小学一年生な錦は、放課後や休日に限り副業をすることにした。理由は"面白そうだったから"に尽きる。
 勧誘してきた軽薄そうな男は、迎井と名乗った。見た目とは裏腹に真面目で賢明だったようで、どう見ても幼い子どもの錦に対して礼を尽くし、懇切丁寧に事情を説明した。それが勧誘スタイルなのか、錦が人間ではないと気付き畏れているからなのかは分からないが、己に敬意を払う者は好ましい。
 迎井の話は錦の興味を引いた。霊力にはピンとこなかったが、魔力や生命力という言葉に置き換えれば納得できる。今は節約中だから回復手段が欲しいと告げれば、これまたあっさり受理された。
 錦が初めて刀を見たのは、それから数日後のこと。錦のサポートをするという東(あずま)が持ってきた短刀だった。錦の初期刀として、政府から与えられる一振だという。

「ただ、こちらの短刀は訳ありでして。あなたなら支障がないだろうと選ばれました。もし問題があれば、遠慮なくおっしゃってください」

 東は"訳"についてもきちんと説明してくれた。錦が「そうなの」と一言で済ませたことに驚いたようで再度同じことを繰り返されたが、やはり「そうなの」と頷くしか出来なかった。持ち前の理解力で東の懸念を正確に読み取りながらも、錦は、それが脅威になり得ると判断しなかったからだ。"それ"用の武器ではない付喪神は己を斬ることが出来るのだろうか、と純粋な好奇心を抱いてすらいた。
 仰々しく差し出された短刀は、まぎれもなく短刀で、うんともすんとも言わない。生気を分け与えるような気持ちで柄を撫でると、途端、桜が錦の視界を埋めた。
 臨戦態勢にならなかったのは、敵意や悪意を感じなかったからだ。それどころか、最大限の好意と狂喜が溢れていた。
 桜の海の中に少年が現れる。錦が触れた短刀は、いつの間にか少年の腰におさまっていた。
 軍服を連想させる青い洋服を着た少年は、薬研藤四郎と名乗った。姿は少年そのものだがにおいは無機質で、人間らしい名前だが別物だという。

「藤四郎君?」
「俺っちの兄弟はみんな藤四郎なんでな。薬研でいい」
「では、薬研。はじめての、わたくしの刀ね」

 東が懸念したような異常もなく、錦は薬研藤四郎と共にさっそく本丸へ移動した。
 本丸は純和風日本建築の屋敷が多く採用されているが、錦の希望で洋風建築の本丸が用意された。ただの現代建築ではなく、上品な洋館だ。これは錦のワガママが通ったわけでも、東をはじめとした政府職員が大盤振る舞いしたわけでもなく、錦の霊力(魔力)を入居予定本丸に通した際、式神が改築してしまったのである。政府職員は、「あたらしいご主人には、こちらのほうが適している!」と自信満々に鼻息荒く作業する様子に驚くと同時、わずかな霊力でも数多の式神を動かしてしまう錦の力量に震え上がったという。
 本丸では、隈取化粧のキツネが待っていた。短い脚と大きな頭のキツネは、獣というよりマスコットだ。大きな頭をブン↓ブン↑動かしてバランスのとりにくそうなお辞儀をした。

「はじめまして、審神者様。審神者様のサポートをさせていただきます、こんのすけでございます。西洋建築に対応し、滑り止め肉球を搭載しております」
「素敵ね」
「ありがとうございます。では、早速本丸内をご案内いたします」
「その前に、少しいいかしら。薬研も」
「なんでしょう、審神者様」
「どうかしたかい、大将」
「わたくし、橙茉錦よ」
「サッ審神者様ァアア!!」

 すました顔はどこへやら。こんのすけは「ウワアアア!」と高い声で喚きながらその場で頭を抱えた。前足が短いので頭まで届かず、耳の付け根を押していたが、彼は頭を抱えていた。
 薬研藤四郎もまた、呆れた顔をしていた。妖怪よりとはいえ神の末席である刀剣男士に名乗ることが推奨されていないことは聞いている。

「大将……今のは、聞かなかったことにしておく。さっきのお役人から聞いてないのか?」
「聞いているわよ。その上で、名乗っているの。何も、簡単に隠したり害したりできるのではないのでしょう?問題ないわ」
「そうは言ってもなあ」
「それとも、薬研。あなたはわたくしを見ても、数百年程度の付喪神にどうにかされると思うの?」
「…………千年を超す刀もいるんだぜ?」
「ただ同世代ってだけでしょう」
「どうせだい……?」
「名乗っただけでわたくしをどうにか出来るなら、ただの人間が名前を伏せたところで、ほんの気休めでしょう。『大将』も『審神者様』も、わたくしだけを示す言葉ではないのなら、潔く名前で呼びなさい」
「わーったよ。錦の上、でどうだ」
「ふふ、それでいいわ、薬研」
「審神者様ぁ……」
「キツネと呼ぶわよ」
「うう……錦様」
「ええ、こんちゃん。じゃあ、お屋敷の案内をお願いできるかしら」
「分かりましたよぅ……」


 西洋建築の屋敷で、唯一和を放っているのが鍛刀部屋だ。こんのすけに続いて錦と薬研が足を踏み入れると、どこからともなく式神たちが現れる。

「ただ現代建築というだけだったこの本丸を洋館に仕上げてしまった、仕事の出来すぎる屋敷式神様と鍛冶式神様です」

 式神たちは、興奮気味に頬を染めて錦の前に並ぶ。新しい主人がただの人間ではないということに気付いても、刀剣男士以上に主人に依存する式神にとっては些末事だった。力があって魅力的な新しいご主人のもとで仕事が出来て嬉しい、一択である。

「ありがとう、とても素敵なお屋敷よ。気に入ったわ。これからよろしくね」

 しゃがみこんで礼を言えば、式神は一斉に破顔し、「こちらこそよろしくお願いします」と慌てて平伏する。かと思えばわらわらと散り、一体の式神だけが残った。

「サニ……錦様。さっそく鍛刀をしてみませんか?資材は政府支給分が十分ございますので。依頼札もここに。必要数を式神様にお伝えすれば、刀を打ってくださいます」
「資材の量によって違いはあるの?」
「ええ。ただ、錦様との相性や運だめし的要素もありますので、黄金レシピはございません。少ない数であれば短刀。投入量が増えますと、脇差、打刀、太刀、大太刀、槍や薙刀を得られる可能性は高くなりますが、最大量つぎこんで短刀になる場合も」
「そう。なら、ほどほどに多めでお願いするわ」

 そう式神に伝えると、式神は困惑したような表情を浮かべたものの腹をくくった顔で親指を立てた。

「しょ、少々投げやりな鍛刀ですが……問題ないようですし、行きましょうか。屋敷を回ったらこちらへ戻り、時間を確認致しましょう。鍛刀時間を短縮できる手伝い札もありますから、残り時間次第では使用するということで」
「どんな刀が来るのかしら。楽しみね」
「錦の上なら、だれとでもうまくやれるさ」


「残り四時間、ね」
「ぐるっと回って畑やら馬のいない馬小屋やら見て小一時間だから、五時間だったってことか」
「ナッギナタ!薙刀ですよ審神者様!初鍛刀で薙刀!札、札を使いましょう!」
「錦よ、こんちゃん」


「薙刀、静形だ。銘も逸話もないが、そういったものはこれから作ればいい」



(しばらく後)

 薬研藤四郎と静形薙刀を送り出し、錦は本丸敷地内の畑に向かった。馬がいる時は移動ルートに気を遣わねばならないが、刀とともに出陣しているので、とたとたと自由に移動する。
 土地は、まだ畑としては未使用である。本丸が洋館なために畑より庭園という言葉が合っていた。

「こんちゃん、こんちゃん」
「なんでしょう、錦様」
「薬研と静と、こんちゃんは、食事を必要としないの?」
「摂れますが……本丸の審神者様の方針によります。霊力に不安がある場合に、供物として口にしたり、単に嗜好品として食事をしたり。錦様が本丸にいらっしゃる時に何も口にされていないことのほうが、こんのすけは心配です」
「わたくしは、小学校や家で食べているわ。むしろパックジュースがあるから、こちらにいるほうが満腹感があるわよ」
「ああ、バイオハザードマークがデザインされてる物騒極まりないジュースですね……」

 次いで厨房へ移動する。コップは干されているが、調理器具や皿が動いた形跡はない。錦が本丸にいない間も、彼らは一切を口にしていないのだろう。
 食事は嗜好品。錦にとってもそれは同じだ。人間のように必須ではない。ただ、食べ物の美味しさを知っている身としては、飲み物オンリーの生活というのも味気ない。
 
「食材がご入用でしたら、端末で取り寄せが出来ますよ。それよりも、そろそろ鍛刀しませんか?ただでさえ高練度の薬研殿との差が開きすぎてしまいます」
「いけるところまでさっさと到達したい、という薬研の意思を尊重して任せているのだけれど……」
「駆け出しの静形殿、しかも薙刀と一緒に出陣し続けるというのも無理がありますよぅ。錦様が散歩がてら遠征に行ってしまわれるおかげで、資材も溜まっておりますし」 
「鍛刀をして待っている間に、何かお取り寄せしましょう」

 鍛刀部屋の式神には「少なめと、ほどほどで」と投げやりな指示を出し、二つの炉で鍛刀をお願いする。せめて一振は、薬研と同じ刀種を呼ぶためのオーダーだ。

「二十分と四時間、ね」
「……こんのすけ、錦様といると退屈しません」
「?良かったわ」


「ぼくは、今剣!よしつねこうの まもりがたな なんですよ!」
「オッ……大きいけれど、小狐丸……」

- 54 -

prev(ガラクタ)next
ALICE+