刀剣より年上の審神者2


 比較的質素なつくりのベッドが並んだ手入れ部屋にて、錦はタシタシと打ち粉を叩いていた。
 大きなベッドに腰かける静形は、どことなく錦から距離を取りつつ申し訳なさそうに眉尻を下げている。

「かすり傷程度だが……」
「直しておいて、損はないでしょう」
「ひとのうつわに うちこをしても ていれになるのですね」
「刃こぼれがあれば、もちろん本体にするけれど。こんちゃんも薬研も静も、危ないから極力触るなとうるさいの」
「ぼくもそうおもいます」

 今剣が強く頷いた。その神妙な顔に「指が落ちるくらいどうってことない」と続けようとして止めた。似たようなことを言い、こんのすけと薬研と静形からこんこんと諌められたのは記憶に新しい。
 人間ではない刀剣男士は、錦が人間ではないことも察しているらしいけれど、短刀よりも小柄なせいか過保護気味なのである。
 錦が動くたびにビクつく静形が、ふと口を開いた。

「……そういえば、平安に打たれたものばかりだな。俺も、今剣も、さきほど顔を合わせた小狐丸という太刀も」
「たしかに そうですね。薬研藤四郎はちがいますが、あれは せいふから おくられたとききました」
「錦の上は、古い刀剣と相性が良いのかもしれん」
「"さんじょう"もあっというまに そろってしまいそうです」
「反対に、薬研のきょうだいは難しそうだな。粟田口派は大所帯だと聞いたが」

 刀派というくくりについては、こんのすけや薬研からも聞いている。刀であるのに"きょうだい"という表現を使うことも、既に知っていた。
 同じ刀派や、きょうだいがいると嬉しいものなのだろうか。それとも表現上だけの話で、特に親しくはないのだろうか。狙って鍛刀出来るものではないらしいが、何も考えずに式神に丸投げするよりはいいだろうとぼんやり思う。後で薬研に聞いてみよう。
 とりあえず、錦は先にすべきことがあるので。

「静はまだゆっくりしていて。いまつるちゃんはどうする?」
「からだをうごかしたいので 薬研をさがします。錦さまは?おしごとですか?」
「追いかけっこよ」
「……おにごと ですか?」
「ふふ、そう、鬼事よ」
「錦の上ぇ……その、加減してやってくれ」




(さらに後)

 今剣は、大股で詰め寄り、自分よりうんと背の高い太刀を睨み据えた。
 廊下で呼び止められた小狐丸は、苦い顔をしながらも足を止めている。何を指摘されるのか、重々自覚していた。

「いいかげんになさい。なんです、あの しつれいなたいどは。それでも さんじょうの とうけん ですか」

 小狐丸は顕現されてからというもの、主人である錦を避けていた。
 基本的に、刀剣男士は審神者に友好的である。"小狐丸"も審神者への友好度は初めから高い個体が多く、構われたがりの刀剣男士という部類に入る。
 小狐丸とて、錦に構われたい気持ちはあるのだ。小さい姿には驚いたが、主は主であり、大切にされたいしブラッシングしてほしい。それが出来ないどころか錦を避けてしまっているのは、本能的な恐怖を感じるからだった。
 
「錦さまが ひとではないからですか。つくもがみの ぼくらがいえたぎりですか?」
「ただ人間でないだけならば、ここまで逃げませんよ。今剣にも分かるでしょう、全ての捕食者のような妖艶さと迫力が。錦様は微笑みで人を惑わせ、食らいかねない存在です」
「いくら 錦さまでも、てつでできた ぼくたちと れいりょくで あまれた このうつわは ごはんにならない そうですよ」
「そんなことまで聞いたのですか。というか、私が食われるかどうかという問題ではありません」

 小さい体におさめるには窮屈な霊力を持った主は、一目で人外だと分かった。何者かの判断は出来ないが、血なまぐさい飲み物を飲んでいることからも、人間という枠にくくられないのは明白だ。
 刀剣男士として目覚めた矢先、目の前に人外がいることには驚いた。ただ、姿はきれいに人間に擬態していた上、醜いどころか高潔な空気をまとっていたので、なんと素敵な主だろうと思ったものだ。
 だが、逃げたいと思う本能的な部分は払拭しきれなかった。

「あやかしなど ものいわぬかたなのじぶんに じゅうぶん みなれたでしょう」
「こればかりは本能です。私は付喪神で、小狐丸は太刀ですが、稲荷明神の気も混ざっているのでしょう。馬が錦様を畏れるのと同じですよ」
「錦さまがたのしげに あなたを おいかけまわしているから いいものの、ほんらいならば とうかい されかねません。いいかげん はらをくくりなさい」
「善処していますよ。私は、なにも錦様を厭うているわけではありませんし」
「たりませんよ、ぜんしょが。もし、あすも かわりないようであれば ふんじばって 錦さまのまえに ひきずりだします」

 今剣は本気だった。「薬研にきょうりょくしてもらいます」本丸にいる四振中飛び抜けて高練度の短刀の名を出すくらいには本気だった。
 錦から逃げる同朋の姿が情けないということももちろんだが、錦が小狐丸を追い回す分、今剣と接する時間も減っているのだ。人ならざる主は気配の消し方も徹底的で、小狐丸追いかけっこ中の主を見つけるのは、刀剣男士とはいえまだまだ低練度の今剣には難しい。薬研でも油断していると分からないらしい。ぼくらの あるじさまが こんなにも つよい。
 準備済みの縄をパンパンと張って小狐丸を威嚇していると、薬研が笑いながら現れた。錦の見送りに出ていた静形の姿もある。

「ま、小狐丸は錦の上に近付きたいって思ってるみたいだし、すぐ慣れるだろ。静形と違ってさ」
「しずかがた も 錦さまがこわかったんです?」
「俺は、錦の上を壊してしまいそうで……いくら力があるとはいえ、あんなに小さな子どもの姿ではどうにもなあ……」
「なぎなたは からだが おおきいですからね」
「逃げたら喜々として追いかけてくるものだから、今では慣れるよう努めている。小狐丸も、覚悟をしたほうがいい。錦の上が諦めることはないぞ」

 小狐丸はしょんとしなら頷いた。そのうち錦からのアプローチも減り、己のペースで近付いていけるだろうと期待していたのだが。行く先々に先回りされたり、逃げ切れたかと思ったら足元にいたり、気付かれていないと思いきや名を呼ばれたり、と心臓に悪い行動は小狐丸が逃げる限り続くらしい。
 それに、縛られて主の前に転がされるのは御免だ。

「静形殿。明日、錦さまのお出迎えを、私に譲っていただけますか」


 錦が本丸を訪れるのは、基本的に平日の放課後から夕方まで。土日は終日のときもあれば、午前だけや午後だけとまちまちだ。朝方はまず不在だが、ときたま深夜にも顔を出す。出陣は薬研が管理しているので、錦がフレックスタイム勤務でも支障はない。急を要する場合は、こんにすけから連絡が入る手はずになっている。
 "出勤"した錦は、本丸の門扉の前に立っていた。いつものことだ。しかし、アイアンワークを挟んで立つ出迎えは、見慣れない顔だった。

「お待ちしておりました、錦さま」

 山吹色の着物と長い白髪が特徴的な、太刀・小狐丸の刀剣男士。派手な見た目だが、物腰が柔らかく丁寧な性格らしい。今剣とともに錦のもとへやって来てからというもの、錦と一定の距離を保ちたがっていた。
 穏やかな笑顔には、やや無理がある。錦が門扉を開けて敷地内に入ると、大きな身体を丸めて錦と視線を合わせた。
 真っ赤な小狐丸の目にはかすかに畏れがあり、錦は気づいた上でにっこり笑う。

「小狐丸、昨日作っておいた味噌汁は、お口に合った?」
「ええ、とても。人の身で行う食事は良いものですね」
「良かったわ。わたくしがここにいる時間は一定ではないから、料理に興味のある刀剣男士が来たら、毎日決まった時間に食事をするのもいいかもしれないわね。こんちゃんいわく、一日三食用意している本丸もあるそうよ。小狐丸は、食べてみたいものってあるかしら?」
「私は油揚げに興味がありまする。……それで、その、錦さま」
「なあに?」
「宜しければ、私のことも気安く及びください。今剣のように」

 三条派は砕けた態度が好みなのだろうか。今剣を"いまつるちゃん"と呼んでいるのも、本刃からの要望だった。"あるじさま"呼びを止めるよう言うと、「それなら錦さまも ぼくのことを あいしょうで およびください。いまつるちゃん でもいいですよ」と軽く飛び跳ねていた。
 錦は、膝をかかえてこちらをうかがう小狐丸の頭に手を乗せる。ビックゥ、と体が揺れたが、逃げることはなかった。

「では、"こぎ"?」
「はい、よろしくお願いします」
「……やっぱり"こぎちゃん"にしましょ」
「か、可愛らしすぎませぬか。錦さまから賜るものにケチをつけるつもりはありませんが、私は、この通り男の体をしておりますゆえ」
「わたくしの刀なのでしょう。どうして、周囲の目を気にするの?気に入らないなら、こぎと呼ぶけれど、こぎちゃんのほうが可愛いわ」
「……こぎちゃん、と」
「ふふ、いまつるちゃんとお揃いよ。それにしても、こぎちゃん、髪がふわふわなのに全然絡まないわね」
「!自慢の毛並みです」
「あんまりしゃがみこんでいたら、土がついてしまうわ。さあ、中に入りましょう」
「はい、錦さま」

 錦はふと思いつき、立ち上がった小狐丸に両手を伸ばした。小狐丸は一瞬固まったものの、おっかなびっくりといった様子で錦の脇に手を入れ、ゆっくり抱き上げた。

「わたくし、動物には好かれないの」
「……ええ、そうでしょうね」
 



▽錦本丸
 現時点では食事はなく、錦が気まぐれに料理したり、お菓子を取り寄せたりしている。基本的に水、たまに緑茶。紅茶、コーヒー、ココアなども一通りそろえた。刀が増えてくると料理当番もできるが、食事をするようになっても一日一食、プラスおやつの時間程度。
 政府から要注意本丸認定されているが、本丸自体は平和。同世代の刀しかよべないので、全部そろったら、短刀・脇差・打刀を求めて政府と交渉するかもしれない。髭切、山姥切長義あたりとは一悶着ありそう(御神刀関係とももしかしたらなんかあるかもしれない)。

▼錦
 霊力≒魔力。霊力と言われてもピンとこないが、霊力らしい。
迎井にスカウトされている最中「わたくしが、労働……?」という表情を三回くらいした。基本スペックが超絶高いので仕事は出来るのだが、労働ではなく趣味感覚。任せられることは刀剣に任せている。
 付喪神という概念がそもそもよく分かってない。錦の刀剣はどちらかというと妖怪寄りの付喪神(?)。
 薬研が敵の大将首を持って帰って来ても「あらすごい」で済ます。「保管場所がないから、持ち帰らなくてもいいわよ」
 ふらっと遠征に行く。出陣はこんのすけが泣いて止めた。
 自分が人間ではないことに気付いている、かつ、刀剣男士は人間じゃない、かつ、普通の武器よりも丈夫、かつ、自分の所有物だと思っているのでグイグイいく。
 自室の出入り口をゲート化した。認証が厳しいので誤作動はない。

▼こんのすけ
 錦の持ち歩いている万年筆に限定転位印を持っている管狐。錦の緊急時は霊力込めながら万年筆のキャップ外すと飛び出てくる仕様。こんのすけからの接触希望は、鈴の音一回で通常呼び出し、二回で本丸における緊急事態。
 錦が過去から通っていることは刀剣も知っているが、別位相から転がり込んできて云々まで知っているのはこんのすけだけ。ビクビクして待ってたら予想以上に小さい女の子が来てびっくらこいた。さらっと名乗られて頭を抱えた。
 錦本丸におけるストッパーであり、錦不在時の監督役。出陣や遠征については薬研とよく話している。

▼薬研藤四郎
 総隊長。出陣遠征の管理。
 椅子座に慣れ切らず、靴を脱いであぐらをかく。錦はそのあたり寛容なので怒らない。
 尋常じゃないペースで出陣するのであっという間に上り詰める。この時点ではまだ極まってない。
 錦過激派過保護極短刀様(Lv99)となる日も近い。
 自分と同じようなものがいるかも、とドロップ刀を拾ってこない問題児。病み気味。「錦の上は、ドロップ運がねぇんだなぁ」他の刀にも拾ってこないよう言い含めている。

▼静形薙刀
 近侍。良心。
 錦を傷つけたくないから近寄りたくなかった。逃げた分以上に錦が距離を詰めてくるのでガチ泣きするところだった。義経の逸話のように薙刀本体の上に立たれたのが最早トラウマ。
 慣れてくると錦の椅子兼足になる。もふもふに錦が埋もれる。

▼今剣
 わあ、ぼくの あるじさまは にんげんじゃないんですね!
 洋館は天井が高いのでぴょんぴょんよく跳ねる。
 のちのち、本丸生活を回す中心になる。(薬研は戦闘に極振りしているので)
 わりと容赦ない。錦さまをさける?はあ????

▼小狐丸
 錦の椅子その2。
 錦が本能的にこわい。しばらくビクビクするが、錦がきちんと牙を収めていることが分かってくると櫛を片手に近寄って来る。「こぎちゃん」呼びも気に入る。
 なまじ器用な錦なので、時間があればヘアアレンジもしてもらえる。


▽メモ
五虎退がこようもんなら、虎が逃げるわ威嚇するわ五虎退が号泣するわてんやわんやする。演練でも騒動になりかねない。鳴狐、獅子王もビビる。

神と吸血鬼なら神に軍配が上がりそうだけれど、付喪神(妖怪寄り)と吸血鬼(高位血統)ならどうかなと。極Lv99なら刀剣男士が上でも、もし相手が「吸血鬼(始祖)」なら始祖が上かな。(あくまでV騎士と刀剣男士での話)―――という感覚。
刀剣男士の血液とかすごく鉄分多そう。吸血鬼的には多分美味しくない。

演練で極まってる薬研に「あれが兄弟たちで」「水色のがいち兄で」「あそこにいるのは同じ主に仕えた同僚で」等等説明されている子ども。周囲は(審神者二世かなー霊力ごっついな。先代の薬研藤四郎かな)とか思ってる。さすがに人間は初見で「アッ人外」とはならない。
外では名前を呼ばないが、「大将」や「主」ではなく「上様」とか「御前様」とか「姫様」とかそういう。

太郎太刀も振り回せる程度の腕力がある審神者(見た目小学一年生女児)

とってもつよーい極め短刀様の守ってる主がはちゃめちゃに強いの、良くないですか。
強いのに守られてる当人が、実際のところ一番強い(血生臭いパックジュース飲んでる)(術とか霊力とかはよく分からん)(剣術も分からん)(でも強い)

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