「愛馬」と読む


「え?!ミヨって十六歳なんだ」
「うん」
「どうりで大人っぽいと……」

夕食時、美夜はクリスタとユミルと一緒に席に座っていた。クリスタは金髪碧眼の小柄な美少女で、思わず美夜が「可愛いなあ」と口に出してしまうくらいだった。初対面でそんなことを言った美夜に激しく同意を示したのがユミルで、どうやらこの二人は仲が良いらしいと分かった。

美夜とクリスタが打ち解けたのは、馬術訓練の後だった。今日の訓練が終わり、訓練兵は宿舎へと戻ることになる。夕食までは、入浴したり着替えたりと過ごすのだが、美夜の部屋は調査兵団の宿舎にあるのだ。どうすべきかと右往左往していた所にコニーが来て、とりあえず「どこで寝泊まりすればいいか分からないから夕食まで外にいる」と言うと、それを聞いていたらしいクリスタが声をかけてくれたのだ。自分達と同じ宿舎だろうから、遠慮せずに入っていればいいと。美夜は否定することも出来ずその提案に乗り、クリスタやユミルと仲良くなった。

訓練兵が私服の中、美夜は一人制服のままで夕食を前に座る。パンとスープとサラダ、という何の変わり映えもないものだ。美夜の正面にクリスタが座り、その隣にユミルが座っていた。

「ライナーたちよりも年上なんだ、あんたって」
「え、ライナーっていくつ……?」
「十四とかじゃなかった?ベルトルトもさ」
「年上だと思ってた……」

この中じゃ年長なのか、と美夜は驚きながらパンをかじる。クリスタが「私は十二歳だよ」と言うと、美夜は数度瞬きを繰り返す。クリスタやユミルは、美夜の落ち着いた雰囲気に年上ということを納得できたのだが、美夜はそうでもなかったようだ。皆大人っぽいよ、と苦笑していた。

今日の訓練の話や、他にどんな訓練があるのかを話していると、クリスタは美夜の視線が自分の手元にあることに気付いた。どうかしたのかなと思いながらも話をしていると、美夜はパンをスープにつけて食べ始める。パサパサとしたパンを食べやすくするために皆していることだが、美夜は知らなかったらしい。なるほど、という様子が伝わるので、クリスタは気付かれないように笑った。

「どうかしたか?」
「ううん、何でもないよユミル。ミヨ、片腕なのに馬術器用だったなって思い出して」
「……落ちるかと思ったけどね」
「あの暴れ馬が、意図的に落とそうとしてないだけすごいよなあ。そういや、なんかあの棒みたいなのは何なんだ?」
「棒……ああ、あー……お守りみたいなものなんだ。あれがあると、体が動かしやすいっていうか」
「調査兵団の人が持ってたけど……知り合い?」

クリスタが問うと、ミヨは苦笑をこぼして曖昧な言葉を返す。あの人自体は知らないかな、お守りを持っててくれる人なんだ、という何とも言えない言い方に、クリスタは首をひねっていた。美夜は視線を逸らしながら、自分の設定を思い起こす。

「あの……私、地下街から引き抜かれたっていうか。そのまま入団する予定だったらしいけど、私、巨人とかの知識が全然ないから……訓練兵になったの」
「そのまま入団って……どこの兵団?」
「調査兵団」

さらりと言う美夜に、クリスタとユミルが目を見開いた。

「ミヨって調査兵団志望なの?!」

クリスタが前傾姿勢になりながら言う。ガタンと少し椅子が音を立てたが、ユミルが支えたので倒れることは無かった。美夜は食事を終えてパンくずのついた手を軽く払いながら、落ち着いてと座るよう促す。

「志望というよりは、調査兵団預かりの訓練兵って感じなのかな」

ガッタン、と今度は激しい音がした。座りなおしたクリスタではない。どういう訳か食堂が静まってしまったので音のした方を見ると、黒髪の少年がテーブルに手をついて立ち上がっていた。

巨人に対する憎しみを持ち、調査兵団に憧れるエレン・イェーガーである。ともに座っていたのはアルミンとミカサで、ミカサは無表情のままだが、アルミンはきょとんとエレンを見上げていた。美夜はその三人のうちアルミンしか知らなかったが、クリスタがエレンの名前を呟いたので、彼がエレンかと把握する。

「お、まえ……調査兵団に引き抜かれたってことか」
「あ、うん」
「じゃあ……団長とか人類最強とかと話したことあるのか」
「エルヴィンさんとリヴァイさん?」
「あるんだな……!あああ羨ましい……!」

椅子が倒れたせいか、立ったまま頭を抱えてテーブルに突っ伏したエレンに、美夜は一体どうしたのかとアルミンを見た。アルミンは呆れたような苦笑の様なものをこぼしていたが、美夜が問いかけるよりも前に、また別の人物が口を開いた。

「賢そうに見えたのに、あんたも死に急ぎ野郎と同じだったとはな」
「ジャン!」

長身でやや目つきの悪い少年ーージャン・キルシュタインだ。嘲るように言ったジャンをいさめたのは、隣に座っていた少年ーーマルコ・ボット。どちらとも話したことが無く二人を見つめる美夜に、クリスタがまたしても名前を教えてくれる。

「死に急ぎ野郎って?」
「エレンの事だと思う……エレン、調査兵団志望なの」
「巨人と戦うから、死に急ぎってことか……」

冷静に納得するが、エレンとジャンはにらみ合いを始めている。エレンをアルミンが、ジャンをマルコがなだめていた。調査兵団で巨人と戦うことを望むエレンと、憲兵団で平和に暮らすことを望むジャンは、なにかと衝突を繰り返していたのだ。

「仲悪いんだね」
「まあ、うん。……ミヨ、呑気だね」
「ん?……喧嘩したら、どっちかが死ぬまで止めそうにない人たちを知ってるからなあ」
「さすが地下街ってか」
「ははは……」
「ミヨ!」

美夜が渇いた笑いをこぼすと同時、エレンに強く名前を呼ばれる。美夜は「えっ」とエレンを見つめて、巻き込まれてしまったなと内心溜め息を吐いた。

「そいつに言ってやってくれ!内地で呑気に暮らしたいとかいう理由で訓練兵団に入って……!!今は巨人がうろうろしてるウォール・マリアも、二年前までは内地だったんだぞ!」
「むざむざ巨人の餌になりに行くかっての!平和に暮らすことの何が悪いんだ?!エレンもお前も、さっさと餌になるに決まってる!」
「悪いけど、それはないかな」

美夜は、頭に血が上ってしまっている二人に困りながらも、話をふられている以上は仕方ないかと口を開いた。年上風でも吹かせるつもりかな、と自分で自分に突っ込みもいれつつ、変わらない調子で続ける。

「私、死ぬつもりはないよ。やらなきゃならないことがあるから、こんな所で死なないし……確かに絶対とは言えない。でも、私は調査兵団に入るっていうか入ってるっていうか……引き抜かれたからっていうのが理由になるけど、私は生きたいから、巨人に殺されるつもりはない」

訓練兵たちは、美夜が異世界から来たということを知らないので、美夜は慎重に言葉を選びながら言った。なにが言いたいのかよく分からない文章になってしまったが、ようは死ぬつもりがない、ということだ。

「だから、私には巨人を倒すことに対して、エレンのような強い意志はないんだろうと思う。いつ巨人に襲われるかっていう恐怖を持ちながらも、それに立ち向かうエレンはすごいよ。……私は生きたいだけで、巨人はそれを脅かす。だから私は巨人を倒す。でもエレンは、巨人の脅威を理解して、その上で戦う覚悟をしてるんでしょう。私よりもよっぽど強い。……ただ、私はジャンの考えも否定しない。静かに暮らしたいってことは、誰しも願うことだからね。その為に憲兵団を利用するのは、悪いことじゃないよ」

ジャンとエレンは、毒気を抜かれたように美夜を見る。つらつらと述べた美夜はどちらを責めることもなく、むしろどちらも肯定してしまった。いつもなら殴り合いにまで発展しかねないのだが、美夜の空気のせいか、頭に上っていた血が知らない内に下がっている。

美夜は静まり返った食堂で、つい喋りすぎた、とエレンやジャンから視線を逸らす。流石大人だな、とユミルにからかうように言われ、大して変わらないよと肩をすくめた。

「つまり、考え方が人それぞれなのは仕方ないってことだよ。価値観は人によりけり、ね」

ジャンが舌打ちをして、エレンへの睨みを止めた。エレンもまた、罰が悪そうに座りなおした。何事もなかったことに、アルミンとミカサが目を合わせて苦笑する。エレンは空になったトレイを前に、ちらりと美夜をうかがっていた。訓練中に見ている限り、特に秀でているというようにも見えなかったのだが、逆に本質が見えない存在であるかのような気がした。

食堂にもとのにぎやかな空気が戻る。しかし、それも長くは続かなかった。食堂の扉が唐突に開き、教官とともにいた調査兵団兵士が入って来たのだ。訓練兵は会話を打ち切り、一斉に立ち上がって敬礼をする。美夜もなんとか遅れず立ち上がり、右腕だけで敬礼をした。

ただ、来訪者は二人で、そこにはリヴァイがいたのだ。新たな調査兵の登場に、訓練兵の表情に緊張が走った。エレンの表情には歓喜が交じっていたが。ただ、訓練兵は「調査兵の人類最強のリヴァイ」は知っていても顔は知らないので、彼がリヴァイだとは分かっていなかった。

「楽にしろ。……おい、帰るぞ」
「あ、はい」

言わずもがな、頷いたのは美夜である。訓練兵から凝視されつつ、美夜は敬礼を解いた。クリスタとユミルに「またね」と小声で言い、出入り口に立つリヴァイの所へ向かう。

「リヴァイさん、寝泊まりって……」

美夜が彼の名を呼ぶと、訓練兵に一層の緊張が走る。彼があの、と言いたげな空気だった。

「お前はこっちだ。当然だろ」
「ですよね。あ、ジャケット」

水を打ったような食堂から出ようとし、美夜は席にジャケットを置きっぱなしだったことに気付いた。困惑からか緊張からか、動かない訓練兵の間を小走りで移動し、ジャケットを持ってリヴァイのそばに戻る。リヴァイが「どんくせぇな」と呟くので、美夜はすみませんと軽く頭を下げた。

美夜が名を知らない兵士、リヴァイ、美夜という順で食堂を出るが、直前にリヴァイが振り返った。視線は美夜ではなく敬礼をする訓練兵に向いており、美夜はわきに退いた。

「……せいぜい励め」

リヴァイが労うと、訓練兵は一斉に返事を返す。人類最強に声をかけられたことへの歓喜だろうか、ジャンの顔までもが輝いていた。エレンは興奮から叫び出しそうで、胸にあてた拳が震えている。

美夜はその余韻を壊さないようにと、リヴァイに続いて食堂を出ると静かに扉を閉めた。


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