「自慢」と読む


混乱を露にしている気配で大体の位置を把握し、硝煙の匂いを追いかける。撃った本人が自分を狙っていたことは、美夜は重々わかっていた。想定外だったのは、射程の延長上にリヴァイがいたことだった。

リヴァイは自分の上官だ。美夜を狙っていたとはいえ、上官を撃たれてのうのうとしている訳にはいかない。仇討、ともいう。だがそれだけではない。美夜にとってリヴァイはーー"世界"とまでは言わないがーーこの世界で自分を繋ぎ止めてくれる人間なのだ。美夜にも理由は分からない。単に、リヴァイが美夜に敵意を向けず、一番美夜が気を緩められる相手だからだろう。

だがそこにある背景は穏やかではない、エルヴィンやリヴァイが美夜に利用価値を見出しているからだ。美夜と調査兵団は決して平和的な関係ではない。それでも、リヴァイが傷ついたことには腹が立った。元の世界で大事に守っていた二人と同じくらい、とまではいかないが、腹が立った。

「追いついた……」

数分走って、馬に乗って街へ向かっている一人の人間を見つける。兵団の制服ではないが、調査兵に違いはないだろう。馬の乗り方と、訓練兵の駐屯地に入り、あまつさえ美夜を狙っていたことを考えれば簡単なことだった。

疾走する馬の進路上に立ちふさがった美夜は、じっと馬上にいる男を見つめる。男は美夜を確認するなり、まるで幽霊を見たような顔をして馬を止めた。急な停止に、馬が首をくねらせる。

「お、まえ……!どうやってここに!」
「撃ったの、貴方ですよね?」
「ッ……」
「貴方、ですよね」

美夜は微笑んで首を傾けた。深い緑の目は、全く笑っていなかった。


* * *


リヴァイは医務室で手当てを受け、備え付けのシャツを着て教官室に入った。着ていたシャツは破れて血が付着してしまったので、そのまま処分するようにした。教官室にはキースがおり、あと一人の教官は訓練兵に臨時休講を知らせているようだ。

「リヴァイ、傷は」
「銃弾がかすっただけだ」
「出血からして、深かっただろ」
「別に問題ない」

椅子に腰を下ろしながら言い、テーブルに刀があることに気付いて目を見開いた。刀は美夜が持って行ったはずである。それがここにあるということは、美夜が既に戻ってきていることを意味する。あれから二十分どころか、十分程度だろう。

キースはリヴァイのわずかな表情の変化を読み取り、口を開いた。キースは元調査兵団団長で、その頃既にリヴァイが入団していたのだ。エルヴィンほどではないとはいえ、リヴァイのことはよく知っていた。

「お前が医務室にいる間に、気絶させて連れて来たぞ」
「……そいつは?」
「そこだ。ミヨの方は、もう合流している」

キースが指さした先には、縛られて床に転がる男がいた。リヴァイは男を睨むように見て、キースに向き直る。

「アレは調査兵団(うち)で引き取る」
「憲兵の仕事だろう」
「多分、うちの兵士だ。大事にしたくないんでな」
「……はあ、分かった」

男が美夜を狙っていたと、リヴァイは分かっていた。地下街から引き抜かれた美夜に幹部が構うために妬んでいる、という理由ではおそらくないであろうことも。リヴァイの予想では、男は前回の壁外調査に参加しており、美夜が外の人間だと知っている可能性が高かった。憲兵に引き取られてなにかもらせば、厄介極まりない。美夜が外の人間だということを、いずれ明かすかもしれないが、少なくとも今ではない。

「……どうやら、ミヨを見誤っていた」
「?何がだ」

キースの頭には、訓練中の美夜が浮かんでいた。初めて会ったとき、とても兵士に向いているとは思えなかったが、思った以上に根性がありよく動く少女だ。だが、地下街から引き抜かれるほどの人材なのかと問われれば、頷きがたかった。特出している訳ではなかったからだ。

普通の人間が、銃弾をかわせる訳がない。それに発砲した男を追う、と走り出した美夜は、とてもじゃないか人間の走る速度ではなかった。それこそ、立体機動に匹敵してしまいそうだったのだ。リヴァイの強さを目の当たりにした時と同じような、ある種の感動と興奮を覚えた。

「正直、あの子供に大した価値を見出してはいなかった。秀でているのは座学くらいで、確かにあの頭脳を地下街で野放しにするのはもったいないと……その程度だった」
「ハッ……キースも老いたな」
「相変わらず口が悪いな」
「ミヨは左腕の前腕と上腕を折ってるんだ。それで落ちこぼれていない時点で、普通じゃねぇよ」

言われてみればその通りなのだ。

重りを背負ってのランニングでは、いつも息を切らせていたが美夜は右肩でしか背負えていないし、左腕を振ることもできないのだ。馬術訓練では、片腕で馬を操作し、馬上でのバランスもいい。対人格闘訓練では、美夜は誰が相手でもすぐに終わらずーー初回にジャンを投げ飛ばしたことは置いておくーーいつも一番長く組手をしている。それは、手加減をしているからに他ならない。相手の動きを読んでかわしながらも、あえて隙を作って、相手に技を仕掛ける機会を与えている。

他の訓練でも、改めて考えると似たようなことが言えるのだ。キースは珍しく乾いた笑みをリヴァイに向けた。リヴァイは傷のある右腕の動きを確かめている。

「とんでもない化け物を拾ったな」
「エルヴィンに言ってくれ」
「骨折させてまで手に入れたいという気持ちがようやく分かった。あれはお前がやったのか」
「ああ。……キースよ」

リヴァイは、袖の一部分が切れ血がついているジャケットを不愉快そうに持っていた。常に資金難なのだ、シャツはともかくジャケットは修繕して使わなければならない。立ち上がって刀も持つと、三白眼をキースに向ける。

「ミヨはやらねーからな。俺はあいつとそいつを連れて本部に戻る」
「ああ。ご苦労だったな」

リヴァイは転がっている男を軽々と担ぎ上げ、部屋を後にする。丁度入れ違いで入って来た教官は、どことなく上機嫌なキースに首を捻っていた。

「本当……面白いものを拾ったな、エルヴィン」


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