「休日」と書いて「訓練」と読む


銃撃事件から数日が経ち、訓練兵に初めての休日が訪れた。家に帰る予定だったり、友人と出かける計画を立てたりと、訓練兵は浮かれていた。だが、休日が休日でない者が一人いた。

美夜は訓練兵団に入っているが、調査兵団でもある。訓練兵団が休みでも、調査兵団ーーのリヴァイ班ーーが休みでなければ、美夜は休日ではない。訓練兵であり"調査兵(仮)"な美夜は、すっかり着なれてしまった制服を着て、馬にまたがっていた。

壁外調査時に展開する、遠距離索敵陣形の訓練だ。極力巨人との戦闘を避けるために編み出されたそれは、当然、唯一壁外に出る調査兵団しか使用しない。訓練兵団では訓練しないのだ。

しかし、調査兵(仮)の美夜には必要な訓練である。そして美夜は普段調査兵団の訓練に出ないので、必須である陣形訓練が出来ておらず、この日の訓練は貴重だった。わざわざ訓練兵団の休日に陣形訓練を予定した、と美夜はリヴァイから聞いていた。

朝から行われた訓練は順調に進み、予定通り昼に終了した。美夜も要領の良さを生かし、後れを取ることは無かった。右腕でしか手綱を握れず、バランスもとりにくいーー特にイングヴァルは背が高く、揺れが大きいーーが、イングヴァルは賢い馬だ。美夜の手綱使いも足の合図も敏感に感じ取り、思うように動いてくれたのだ。

「お疲れ様、ミヨ」
「あ、お疲れ様ですペトラさん」
「あの……何してるの?」
「リヴァイさんを待っています」

訓練終わりの美夜は、昼食を摂らずに廊下にいた。リヴァイの部屋のドアの横ーー美夜の部屋のドアの横でもあるーーに、美夜は突っ立っていた。ペトラは突っ立っている美夜を見かけて、声をかけたのだった。

リヴァイは訓練後すぐにシャワーを浴び、荷物を置きに部屋に戻った。美夜はそのリヴァイを待っているのである。ペトラもそれに思いいたり、しかし首を捻る。

「そっか、調査兵団(こっち)ではリヴァイ兵長と極力一緒にいなきゃだもんね。でもなんで廊下?」
「あの……私の部屋、鍵が……」
「ああ……」

美夜の部屋の鍵は、中から開けることが出来ない。元々ついていた鍵は、当然中からも開け閉めの出来るものなのだが、美夜の部屋になるということで、鍵が追加されたのだ。そしてその鍵は、普段リヴァイしか持っていない。

「ミヨ、午後はどうするの?」
「訓練……に、混ぜていただけるなら混ざりたいなとは思いますが、リヴァイさんからまだ聞いていないので」

答えると同時にリヴァイが部屋から出てくる。ペトラが敬礼をしたので美夜も慌てて右拳を左胸にやった。どのタイミングで敬礼すべきなのか、いまいち美夜は分かっていなかった。

リヴァイは会話をしっかり聞いていたようで、先ほどの問いに合わせて口を開く。

「午後はハンジの所だ。色々試させてもらう」
「了解です」
「昼飯食いすぎて吐くなよ」
「……了解です」

美夜は、食べ過ぎる程の食料がないことに突っ込むべきか、吐くほど何をさせられるのかと突っ込むべきか少し悩んで、結局どちらも口にしなかった。


* * *


昼食が終り、リヴァイと美夜はハンジと合流した。ハンジは美夜との初対面時よりかなり落ち着いた様子で、美夜はあのハイテンションでないことに密かに安堵していた。ハンジが大人しいからか、リヴァイの機嫌もあまり悪くなかった。

「訓練兵団はどうだい?順調だって聞いてるけど」
「はい、今のところは。両手を使う訓練は、不参加のものもありますが……」
「立体機動……の訓練は、まだ早いよね。器械体操とか?」
「はい。どうしても両腕が必要な動作は……」
「腕の骨がくっ付いたらスパルタだろうねー。早く立体機動をものにしてもらわなきゃならないし」

ハンジが美夜を連れて来たのは、捕獲した巨人を置いている場所だった。四メートル級の巨人が一体、ロープやら杭やらで固定されており、周囲には見張りの調査兵がーー少数であるがーーいる。美夜は何も聞かされていなかったので、少し頬を引く付かせた。

「前々回の壁外調査で捕獲してきた、カールだよ!彼がいたから、前回の壁外調査に私は不参加だったわけだ!」
「ツバを飛ばすなクソメガネ」
「あ、ごめんごめん」
「……カール、ですね。それで私は……?」
「君は巨人に狙われなかったろう?君と巨人がどういう関係になるのか、コミュニケーションを図ってもらいたい」
「分かり、ました」

美夜は緊張した面持ちで、カールと名付けられている巨人を見る。その体の大きさに見合った目でどこか宙を見つめていた。座り込んでいるため、巨人の頭も近く、近づけばそれなりに危険が伴う。

まず、ハンジがまるで友人のように巨人に話しかけた。美夜はハンジの態度に驚きながらも、一歩一歩巨人に近づく。美夜に続くリヴァイは、そんな美夜の頭を軽くはたいた。

「っ」
「やばくなったら助けてやる。それと、ここにいる連中はお前が異世界から来たってことを知ってる奴等だ。お前が巨人に狙われないからと言って銃をぶっぱなす馬鹿はいねぇよ」
「はい。分かりました」

ハンジが美夜を呼び、美夜はハンジと立ち位置を交代する。宙を見ていた巨人はいつの間にか美夜を見ており、その迫力に逃げたくなった。壁外では七体の巨人と少しの間過ごした訳だが、その時も決して緊張が無かった訳ではない。巨人を見上げて目を合わせる美夜を、リヴァイやハンジらが注意深く見つめた。

「……こんにちは?」
「……」
「ええっと……君の名前、カールっていうんだってね。私は美夜。……君は、私を狙うかな?」
「……ぁああ……ぅう」

ハンジは目をぎらつかせて美夜とカールのやり取りを見る。興奮のあまり今にも叫び出しそうで、リヴァイはいつでも蹴り飛ばせるようにと足を軽く動かしていた。

カールは声を発したが、それが美夜の言葉に反応してのものかは分からない。美夜はカールのほど近くに立ち、反応した上に肯定だったら嫌だな、と冷静に考える。

「言葉、分かる?」
「……あ、アー……」
「分かるなら、声を出さないで」
「ぅ……うぅああァ」

やはり意思の疎通は出来ていない。だが、美夜に対して人間とは違った反応を示しているのは確かだった。美夜が立っている場所は、本当に巨人と近い。動けないようにしているからといっても、カールは指先や首から上を動かすことが出来る。今の美夜の位置にハンジが立った時は、迷わず掴もうとしたし食べようともしたのだ。

美夜はまた一歩、巨人に近づく。しかし美夜は、あまりに近いと巨人が自分を視認出来ないと判断し、地面に張り付けられているカールの手に近寄った。カールは意味のない声を発しながら、美夜が近づいた方の指をせわしなく動かす。

「ミヨ、近づきすぎだ」
「大丈夫です、多分。まずくなれば逃げます」

カールの指は、美夜が触れると止まった。ハンジは、まるで玩具を求める子供の様だと思う。ハンジらの視線の先の美夜は、熱気を感じるのかやや顔をしかめていた。巨人の皮膚は高温なのだ。カールが触れているのも、美夜の服越しである。

「あつ……」

カールの指が、じゃれるように動く。美夜は直接触れないようにしながら、カールを見上げて笑いかけてみた。襲ってはこなくとも、長時間触れているのはまずい。

「カールはどうして、私を襲わないの?」
「……アぁあ……」

言葉が通じた訳ではないだろうが、カールは動けないながら首を少し傾けた。美夜もつられるように、首を軽くかしげる。

その後ろでは、とうとう堪え切れなくなったハンジをリヴァイが蹴り飛ばしていた。


* * *


「やはり、彼女は捕食対象ではないらしいな」

リヴァイから実験の概要を聞いたエルヴィンは、書類仕事の手を止めて言った。首を回して椅子に背を預け、壁に凭れるリヴァイを見る。

「で、本人は?」
「ハンジのところだ。胸糞悪い話聞かされてたから置いて来た」
「リヴァイ……監視の任を放棄しないでくれ」
「カタナは持ってる。……巨人の仲間の線が濃くなったとも言うがな」

話を戻したリヴァイは無表情でそう言った。

昼間の実験では、美夜は巨人と意思疎通は出来ないにしても襲われる様子は無かった。食欲がない為という予測もあったが、それは呆気なく否定された。巨人の注意が美夜から逸れると、巨人は捕食しようという動きを見せたのだ。無論、美夜を除いた人間に対して、である。

美夜が人類の敵か味方か、という問いは解決していない。どちらであっても証拠がないため、議論しても意味がないからだ。ただ、美夜が敵ならばあのような現れ方はしないだろう、という見方はある。

「お前の言いたいことも分かる。だが、現時点でミヨはこちら側だ」
「……分かってる」
「ミヨの腕が治り次第、立体機動を叩き込んで壁外調査を決行する。そこでの動きを見て、今後どうするかを決めないと……」
「医者の話じゃ、あと一週間もすれば動かしていいらしい。ただ折った場所が場所だ、リハビリ無しで今まできてる……骨がついても、すぐに使い物になるとは思えんが」
「なるさ、彼女も分かっているからね。自分の立場の危うさを」

狙撃事件がいい例だ。むしろそのくらいで済んでいることが奇跡的である。調査兵が美夜に関して口を閉ざしているからこそ、調査兵団内のいざこざで収まっている。他の兵団や市民に美夜の存在が広まろうものなら、調査兵団自体の存続が危うくなってしまう。エルヴィンは美夜のことを上層部に報告していないのだから。

エルヴィンが美夜を隠す理由は簡単だ。美夜が利益となり得るか、見極めるためである。美夜個人が圧倒的な力を持っていたならば、すぐに報告して審議にかけられても、脅し紛いのことをすれば調査兵団で引き取ることも出来る。しかし、美夜は強いが超人的なそれではない。しかも刀がないとただの少女にすぎないときた。そんな美夜を審議にかけても、調査兵団の勝算は低い。したがって、審議の前にーー美夜の存在を公にする前にーー美夜の存在は人類にとってプラスとなると胸を張れる成果が必要なのだ。

もしも美夜を壁外で見たのが多くともリヴァイ班のみであったなら、今の設定のままーー地下街出身のツワモノーー貫けたのだが、そうもいかない。

よって、壁外調査を急がなければならないのだが、美夜は生憎負傷中である。

「十六の餓鬼が、ややこしいこと起こしやがって……」
「ミヨがリヴァイに次ぐ戦力となってくれれば、このくらい安いものだよ。リヴァイもやりやすくなるかもしれない」
「……あいつが俺についてこられるならな」
「えらく否定的だな。何かあったのか?」

口調は軽いが、エルヴィンの目は組織を束ねるもののそれ。害となるか益となるかを計算し、勝利の為ならば犠牲もいとわず、そして全てを背負う覚悟がある目。全うに善良な人間とは決して言えなくても、エルヴィンの正しさに心臓を捧げる調査兵は数えきれない。

「むしろなにも無い。……それが気になる。その内、緊張の糸が切れるんじゃねぇかってな」
「私にはピンとこないな。彼女が気を張っているのは理解しているし無理もない。だが、綱渡りのような印象は受けていない」
「お前と同類だ、エルヴィンよ。ミヨは基本的によく笑うが、笑い方がエルヴィンにそっくりだ。……あれは全ての責任を頼まれてもないのに背負うタイプの人間だ。しかもまだ十六だぞ?元からそういう性質だったにせよ、向こうの世界では耐えられてもこっちで耐えられるか分からん。あいつにとっては、ここはまだ未知の世界なんだからな」

エルヴィンはいつになく饒舌なリヴァイに突っ込もうとして止めた。

「……リヴァイ、絆されたわけではないな?」
「馬鹿言え、んな訳あるか。少し気になってるだけだ」
「まあ……十六歳で危険な仕事をしていたとはいえ、ある程度平和な世界にいたはずの彼女の態度には、時々寒気がするよ。とんでもない大物だ」
「……一度、あいつがどんな生活をしていたのかを聞いた。ひどく楽しそうに話すんでな……こっちに来て、嘆く暇なく兵士になるあいつに、少し同情したんだ」

もしも、彼女が元々この世界の人間で、自ら覚悟を固めて訓練兵団に志願していたら。不思議な剣による力は得ていなかっただろうが、冷静な判断と的確な行動、視野の広い観察眼で優秀な兵士になっていただろう。調査兵団に入れば、参謀として重宝されていたのではないか。エルヴィンは瞬時浮かんだ、そんな考えをすぐに掻き消した。

"もしも"の話など、何の意味もない。現状が全てで、美夜の利用価値を示すことが今の問題だ。

「壁外調査準備を進めよう」
「……ああ」
「前回の損害もある。小規模にはなるが……ミヨにも伝えておいてくれ」
「ああ」

リヴァイが壁から背を離す。"人類最強"として調査兵団のまさに翼である彼と、並んで空を舞ってくれたらと、エルヴィンは本気で考えていた。


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