メンタルにきてる審神者2


 駅を出て、主君の案内で米花町というところを歩きます。昨日はほとんど移動だったので、街中を歩くのは初めてです。人も多く、またなぜか皆早足で動くので、主君を見失うことがないように手をつなぎました。主君は、僕と叔父上と手を繋いで、どこかご機嫌です。主君がご機嫌なら、僕も嬉しいです。
 たどり着いたのは、喫茶店でした。ポアロ、という名前だそうです。
 主君は外から中をのぞいて、「いないなあ」と呟きました。

「このお店で働いていたのですか?」
「そうそう、フリーター兼私立探偵さん……安室透さんっていうんだけど。安全な部屋に透き通る、ね」
「……中で、聞いてみよう」
「そうですね。行きましょう」

 人の良さそうな店主に、安室透殿のことをうかがうと、大手探偵事務所から声がかかって就職した、とのことでした。残念ながら、連絡先は知らないそうです。一度だけここに立ち寄ったことがあるようですが、それっきりだと。
 主君をうかがうと、見るからに残念そうな顔でした。握った手から、とても緊張していたことが分かるので、僕もとても残念に思います。

「もしかしたら、毛利さんなら知ってるかも。この上にある探偵事務所なんだけど、安室君は毛利さんに弟子入りしていたから」

 有力情報です!僕たちは店主に礼を言って、ビルの二階へ移動しました。
 ドアごしに、何やら賑やかな声がします。声と気配から、男性が三人いるとは分かりました。おそらく、その一つは毛利殿でしょう。また、主の反応から、安室殿がいらっしゃることも察せられます。
 主君がドアの前で深呼吸をし、すっと背筋を正す。軽く握った手でドアを三度叩くと、眉目秀麗な青年が現れました。ドアを開ける彼は、どこか申し訳なさそうです。

「すみません、毛利探偵はついさきほどマージャ、じゃなくて調査に出てしまいまして……って、あれ、尊お姉さん?」

 彼が安室殿だろうかと主君を見上げてみますが、主君はきょとんとしています。この美青年は安室殿ではないのでしょう。
 青年はドアに体をはさんだまま、急に慌て始めました。大丈夫でしょうか。

「アッ……えーっと、あの、コナンから聞いてて!コナンとは遠い親戚で親しいんです!」
「ああ、あの賢い男の子の」
「そう!そうです!」

 後で聞いた話ですが、主君が安室殿と知り合った際に、江戸川コナンという名の少年がいたそうです。とても聡明で頭の回転が速く、大人と話しているようだった、と。
 青年はドアを大きく開けて、僕たちを招き入れてくれました。
 中には二人の偉丈夫がいました。褐色肌にくすんだ金髪の男性と、鋭い目に濃いクマを刻んだ色白の男性です。金髪の方が「お久しぶりです」と笑顔を浮かべているので、彼が安室殿で間違いないでしょう。とすると、顔色の悪い男性は従業員でしょうか。毛利殿は外出されているようですし。
 主君は目を泳がせて会釈をし、青年にうながされてソファに腰かけます。僕は主君の隣に座り、叔父上はソファの後ろに立ちました。
 対面には青年が座ります。安室殿と、顔色の悪い男性はソファの後ろに立ったままでした。
 
「えっと、僕は工藤新一です。私立探偵をしていて、たまに毛利探偵の留守を預かっているんです」
「改めまして、僕は安室透です。元毛利探偵の弟子で、今日は休みなのでたまたまここに」
「一応名乗ろう。俺は赤井秀一、彼らと友人関係にある」

 赤井殿の後、主君が口を開きます。

「早坂尊です。以前、安室さんとコナン君に助けていただいたことがあって……」
「……尊さんの従兄弟の、早坂鳴。そっちは弟」
「早坂前田です。よろしくお願いします」
「尊さんと、鳴さんと、前田くんか。それで、今日は何かご相談ですか?毛利探偵が外しているので、僕で良ければおうかがいしますが……」
「すみません、相談とか依頼とかではなくて……その、安室さんを探していて」
「え、僕を?」

 主君が無言で何度も頷きます。ただならぬ気配を察したのか、安室殿もソファに座りました。
 喫茶店の店主の言葉や、先ほどの安室殿の『たまたま』という言葉を踏まえると、今日こうして出会えたのはとても幸運なのでしょう。もし会えなかったとしても主君は何もないように振る舞うのでしょうが、会えるに越したことはありません。
 主君は膝の上で手をきつく握って、安室殿に向き直りました。僕たちの主君は真面目故に遠慮がちで怖がりですが、いざという時の行動力には驚かされるものがあります。五年前に出会った人に会うという現在の行動も含めて。

「つかぬことをお伺いしますが、安室さん」
「はい」
「……奥さんや、結婚を約束した恋人などは、いらっしゃいますか」

 もし安室殿に心に決めた女性がいらっしゃったら告白も迷惑になるのでは、と主君はお考えのようです。
 安室殿だけではなく、工藤殿や赤井殿も驚いた様子を見せます。安室殿は、工藤殿や赤井殿の視線を受けて、困ったように頬をかきました。

「生憎、仕事が忙しい身でして……車が恋人といったところです。お恥ずかしい」
「……安室さん」
「はい」
「貴方のことが好きです。お慕いしております。五年前からずっと」

 安室殿は、前振りから主君の告白を予想していたのでしょう。優しい顔で頷き、けれど申し訳なさそうに眉を寄せていました。
 そして、おそらく断りの言葉を述べようと口を開きかけますが、そこは主君の方が早いです。なんたって主君の目的は"告白すること"であり、安室殿の返答は気にしていないのです。

「と言うことをお伝えしたくて、安室さんに会いたかったんです。ありがとうございました。では私たちはこれで失礼します」
 
 主君はさっと立ち上がり、お三方に深々一礼します。彼らが呆気に取られている間にも事務所を出ようと歩き出すので、僕と叔父上も会釈して主君に続きました。流れるように退室するおつもりでしょう。
 叔父上が事務所のドアノブを握ったところで、待ったがかかりました。安室殿です。

「僕の言葉も、きちんと聞いてください。貴女の望んだものではないかもしれませんが、こうして五年越しに会いに来てくださった貴女に対して、僕も誠意を示したい」

 主君は振り返りません。そっと見上げると、唇を噛んでおられました。おや、これはまずいです、発作の前兆です。
 ストレスを十分発散する暇もなく帰省されているので、まだ不安定なのは承知していました。その状態で告白という大仕事に乗り出されたので、きっかけさえあれば崩れてしまうだろうとは思っていたのです。ただ、以前も述べたように、夕方から夜の日が落ちる時間帯で。真昼間の外出先でとは、僕も予想外でした。
 なんてことない顔をして「片思いにケリつけに行くわ」とおっしゃっていましたが、計り知れないストレスになっていたのでしょう。

「俺からも頼むよ」

 赤井殿が安室殿を援護します。

「彼がここにいるのは本当に珍しいことなんだ。君がアポなしでここを訪ねたということは、彼に会えるかどうかは賭けのようなものだったんだろう?せっかくだから話をして、『思わせぶりな態度のせいで』と平手打ちくらいしていったらいいさ」
「赤井さんは言い過ぎだけど、僕もそう思います。毛利探偵はしばらく戻りませんし、お茶も入れますよ」

 赤井殿に続いて、工藤殿も主君を引き留めます。僕は彼らを振り返り、主君を見上げ、叔父上と視線を合わせ、また主君を見上げました。僕の背中では、叔父上の狐もおろおろしているのが伝わります。
 そこへ、安室殿がダメ押しします。
 これは僕の推測なのですが、普段の主君の振る舞いを思うと、安室殿からの申し出を断ることは出来ません。

「お願いします、尊さん。このままでは、僕は女性を手ひどくフった酷い男になってしまいます」

 安室殿が主君に歩み寄り、人好きする笑みを浮かべます。
 僕は主君の手を引きました。お土産を買う時間のことを気にしているのではと思い当たってしまったからです。主君は変なところで真面目なのです。
 大丈夫です、お話ししましょう、と。そんな思いを込めて主君の手を引きます。叔父上もドアノブから手を離して、主君によりそい、そっと体の向きを変えました。ナイスです。

「……次、会える機会があるか分からないって言ったのは、尊さんだ。後悔しないように、ちゃんと話して、すっきりして帰ろう」
「鳴兄さんの言う通りです。買い物よりも、貴重な機会ですよ」

 主君はようやく顔を上げてくれました。近くにいた安室殿に驚いて一歩のけぞりましたが、立ち去るそぶりは見せませんでした。
 立ち去るそぶりは、見せなかったのですが。

「……また会えると思ってなかったので、お会いできただけで、とても嬉しいんです」
「はい」
「それでっ……一方的な告白で、私は、満足だったんです」

 主君がよろりと膝を折り、僕と叔父上で慌てて支えます。

「わたじ、う゛っ……お゛ぼえ゛でも゛ら゛っでで、うれじぐでえ゛」
 
 安室殿が「お久しぶりです」と言った段階で、主君はキャパオーバーだったようです。はやいです。
 主君は鞄からタオルハンカチを出して顔を押さえました。僕のリュックには化粧品が一式入っているので安心です。床に座り込んでしまいそうな主君を叔父上が支え、僕は安室殿のお言葉に甘えて主君をソファに誘導します。
 安室殿は主君の号泣に面食らったようで、なんとかなだめようと主君の前で膝を折っていますが、多分逆効果です。ちょっと離れてくださいと僕がジェスチャーで伝えると、安室殿は対面のソファの後ろまで移動してくれました。

「尊姉さんは色々あって涙腺が緩いんです。ちょっとお待ちください」

 僕はそうお伝えして、しゃくりあげる主君に寄り添います。叔父上が背中をポンポンしているので、じきに落ち着くでしょう。
 



*主君に電話です。叔父上と一度外に出ました。

「ええと、前田君?その、尊さんは大丈夫……?」
「はい、少しテンパってしまっただけです」
「しかし五年越しか……彼はよほど、彼女に思わせぶりなことをしたのだろう。あんなに泣かせて」
「……違う、よな?新一君」
「ンー安室さんモテるからなあ」
「あの時は尊さんそんな素振りみせなかったと思うんだけど……」
「おそらくですが、尊姉さんは緊張していたんじゃないでしょうか。格好つけですし」
「似た者同士じゃないか」
「赤井ィ」
「今の内に伺っておきたいのですが、安室さんは尊姉さんのことをどうお考えですか?もし、尊姉さんのお気持ちに応えるつもりならば、僕たちも安室さんのことを真面目に考えないといけないので……」
「……お姉さん思いなんだね。でも、君たちを引き留めたのは、どちらかというと別のことなんだ。多分、赤井も新一君も同じだろう」
「そうなのですか?」
「……君の兄が持っているケースや、まるで彼女を護っているような立ち居振る舞い」
「困っているなら、手助けをしたいんだ。尊さん、誰かに狙われているんじゃないのか?」
「アッ……アー……す、ストーカー対策です」
 
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