白の陣営2



 白の陣営の拠点は、何の変哲もないマンションの一室だ。
 白野は野営も覚悟していたのだが、王様や皇帝がそれを許容するわけもなく。玉藻の魔術とギルガメッシュの黄金律で、不自由はしない程度の部屋を手に入れた。
 それでもギルガメッシュは大層不服そうだ。魔力の使用制限もあり、宝物庫をぱかぱか開けず、カスタマイズできないのが不機嫌に拍車をかけている。
 ご機嫌取りは、白野の役目である。

「……なんだ白野、我の美しさに見とれておるのか?」
「うん。ギルってめちゃくちゃ顔が良いよね」
「当然よな」

 これは素だ。
 白野は、高価なことだけは分かる名前も知らない酒を持ち、ギルガメッシュに酌をしている。ツンとするアルコールの匂いにもすっかり慣れた。
 酌をしながら適度にヨイショを挟んでいると、光の粒子がふわりと揺れた。紅い礼装を揺らして、屈強な男が現れる。
 白野は、"無銘"という名前ではない名前を持つ彼のことを、アーチャーと呼び続けている。

「おかえり、アーチャー」
「贋作者(フェイカー)め、酒が不味くなるだろうが……」
「飲んだくれ英雄王はともかく。マスター、ルーラーと黒のセイバー、あと赤のランサーを見たぞ」
「えっ。ユグドミレニアを見に行ってるネロからは何も……」
「一人のマスターの独断らしい」

 アーチャーは赤原礼装から現代衣装に切り替える。そのままキッチンへ入ると、手早くつまみを用意してギルガメッシュの前に出した。
 ギルガメッシュがアーチャーを全力で邪険にできない理由は料理(コレ)である。料理の腕も食材の目利きも確かだ。
 白野は、舌打ちをしたものの大人しいギルガメッシュに安堵して、アーチャーに続きを促した。

「ルーラーは、おそらくジャンヌダルクだろう。裁定者(ルーラー)のクラスで旗持ちの女性といえば、まず間違いない」
「あとの二人は?」
「黒のセイバーは分からん。マスターが太った男ということしかな。赤のランサーは知った英雄だったぞ」
「私が知ってるランサーっていうと、クー・フーリンかエリザか……?」
「君には、ランチャーと言った方がいいかもしれないな。カルナだよ」
「うわあ……それはまた……」

 ギルガメッシュに並ぶ――あるいはそれ以上――とされるサーヴァントの名前に、白野の顔が引きつる。
 ただでさえ、魔力量というハンデを背負っているのだ。他のサーヴァントよりも、十全なカルナに対峙するのは全力で避けたい。
 おそらく対戦する必要のないルーラーはともかくとして、カルナと渡り合ったらしいセイバーも要注意だ。真名は不明だが、こちらも要警戒対象だ。

「ところでマスター、今日、キャスターは待機しているのではなかったか?姿が見えないが」
「耳と尻尾を誤魔化して、夕飯の買い出しに行ってくれたよ。工房としては、もう大丈夫みたい」
「そうか。なら、彼女が戻れば私も手伝うとしよう」
「うん。そろそろネロも引き上げてくると思うし」

 サーヴァントに食事は必要ないが、魔力消費を減らすためにも、白の陣営は三食きっちり摂ることにしている。
 美味しい食事が約束されているからではない。断じてない。必要に駆られているからだ。呑気に食事を楽しんでいるのではない。聖杯戦争への備えの一つである。
 ――そう言ったのは果たしてどのサーヴァントだったか。

(ご主人さまぁん!私、今から戻りますね!)
(うん、気を付けてね)
(はぁい!)
「玉藻、今から戻るって」
「いいタイミングだな」
「お腹空いてきた……」

 食事を意識すると寂しく感じる胃袋を、気休めに撫でる。玉藻が帰宅してから調理なのでまだ食事にはありつけない上、食事前の微妙な時間帯の間食はアーチャーが許してくれないのだ。
 
「……白野」

 ギルガメッシュから、いっそ哀れなものを見る目を向けられる。白野は首をかしげたが、目の前の空気が黄金の波紋を描いたことで、ぱっと顔を輝かせた。
 ころり、と飴が一つ転がり出る。

「ありがとうギル!これ美味しいんだよね」
「空腹に耐える貴様など、酒の肴にもならん」
「……英雄王、マスターを甘やかすのもほどほどにな」
「我に意見するとは大きく出たな。身の程を弁えよ贋作者」
「ふわーおいしい……」
「……」
「……」




 テーブルにユグドミレニア要塞周辺の地図を広げ、その上をネロが指でなぞる。

「これ以上はあちらの目もあるので近づけなかったが……この森で戦闘があったのは確かだな。潰しあうのならば幸いと思い、眺めるに留めたのだ。どうやら小競り合いだったらしい」

 玉藻は毛並みのいい大きな尻尾を揺らす。

「でも、ルーラーの介入があったんですよね?厄介な事態にはなったんでしょ」
「うむ……あの時ばかりは、アーチャーが来るべきであったと感じたぞ。鷹の目があれば、何か分かったかもしれんな」
「しおらしいアナタなんて気味悪いんですけどー……」
「なにをこの駄狐!」

 静かに地図を眺めていた白野は、突っかかりそうなネロの腕を取ってなだめ、むくれる玉藻の頭を軽く撫でてやる。
 小競り合いで戦力を削ってもらうのは大いに結構だ。ただでさえサーヴァントが少ない白陣営としては、極力戦闘を避けて通りたい。四騎(彼ら)のステータスが十分だとは言っても、魔力量の少なさはどうしたってハンデだ。

「アーチャーも言ってたけど、この規模での聖杯戦争ってなると、一々情報収集もしてられないなあ。ちまちま戦う感じでもないし……」
「そうですねえ。私たち白陣営は得体が知れないという認識をされているようですから、仕掛けられれば応戦する、という程度でいいんじゃないですか?あとは漁夫の利を狙いましょ!」
「少々、戦い甲斐はないが、仕方あるまい。ユグドミレニア要塞に突撃して、聖杯に接触してしまいたいとも思うが……奏者の安全が第一だからな」
「ごめん……ギルのヴィマーナで突っ込むのが手っ取り早いんだけど、それすると私もあっという間に消滅しちゃうから……」

 実力を発揮できないのは、サーヴァントらにとっても歯がゆいに違いない。戦略も限られるし、やむを得ない撤退も多くなる。月の聖杯戦争開始早々のような状態だ。
 白野は、しょんぼり肩を落とす。サーヴァントが岸波白野を慕うように、岸波白野にとっても四騎は特別なのだ。生き生きと力を奮っている様子は、マスターとして嬉しいものだ。
 アーチャーはキッチンでも生き生きしているが、それはそれとして。

「あああんご主人様が謝ることではありません!」
「キャスターの言うとおりだぞ、奏者よ!そも、宝具を使わずとも、余に敵はないのだから!」
「ご主人様のサポートは百人力です!」
「二人とも……!」

 白野は流れていない涙を芝居じみた仕草で拭い――無表情である――可愛いサーヴァントを抱きしめた。ネロのくせ毛と玉藻の耳が上機嫌に動いてくすぐったい。
 作戦会議そっちのけで良妻と嫁を構っていると、音もなく現れたギルガメッシュが砂を吐きそうな顔をしていた。

「あ、おかえり、ギル」
「……その調子で、黒も赤もたらしこんでくるのが早いのではないか?白野よ」
「何を言いやがりますかこの慢心王。これ以上ライバルが増えるのは御免です!」
「全くその通りだな!人たらしの才能があるせいで、余は気が気でないのだぞ」
「フン、どれだけの雑種が現れようと、白野が我が財であることは揺らがん。持ち主たる我の手を離れるなどあり得んな。嫉妬は見苦しいぞ?」
「貴様が言うか!」
「特大ブーメランですよ!」

 ネロのくせ毛がピンと立ち、玉藻のしっぽがぶわりと膨らむ。
 ギルガメッシュも上機嫌らしく、ここで戦闘開始することも、白野に剣を向けるほど機嫌を損ねることもなさそうだ。
 白野は、長引く気配を感じて、こっそり輪から抜け出した。そのままキッチンに向かい、アーチャーに合流する。彼は白野のリクエストでパスカを焼いていた。ルーマニア周辺諸国で復活祭(イースター)に食されるパンである。

「あちゃー」
「彼らはいいのか?」
「大丈夫そう。あともうちょっと?」
「ああ。あと五分ほどだろう」

 白野はオーブンをじいっと眺めてから、冷蔵庫の中を確認するアーチャーに歩み寄る。
 整理整頓された冷蔵庫は、使用者の性格がよく表れている。アーチャーは言わずもがな几帳面であるし、アーチャーと同じく料理が出来る玉藻も、整理整頓はしっかりしている。

「買い物行くなら、私も行こうかな」
「む。もう今後の方針が固まったのかね、マスター?」
「作戦名は"漁夫の利"です!」

 どや、と胸を張って言う。隠密性皆無、作戦名が全てである。
 アーチャーは片目をつむって肩をすくめた。

「単純明快な作戦名、実に素晴らしいな。きちんと手綱を握るように」
「善処する」

- 35 -

prev(ガラクタ)next
ALICE+