刀剣より年上の審神者3


 鍛刀部屋にて、式神が汗をぬぐう仕草をしながらサムズアップする。錦は礼を言いながら、取り寄せていた和三盆を分けた。式神は大人の握りこぶし程度の大きさしかないので、小さな和三盆もごちそうに見える。
 働き者の式神に礼をした後は、こんのすけとともに刀の前に立つ。今回の成果は、太刀が二振だ。

「既に今剣様がいらしていますから、まあ、薙刀か太刀にはなりますよね……」
「先日、岩融が来たから、薙刀だったら巴形薙刀ね」
「何故、鎌倉時代以降の刀剣はいらっしゃらないのでしょう?」
「なぜかしらね」
「審神者様方の顕現傾向統計とは真逆なんですよ」

 こんのすけが首を傾げる。頭が大きいので、そのまま転げてしまいそうだ。
 ともかく、新しい刀剣の顕現だ。錦は二振の間に立ち、左手で一振の柄を、右手で一振の鞘を撫でた。
 平均的な能力の審神者ならば昏睡しかねない量の霊力での励起、おまけに二振同時とあって、見守るこんのすけは悟ったような笑みを浮かべている。
 鍛刀部屋が二振分の桜――霊力過剰――で埋まる。桜が咲き乱れ、柔らかい花弁が頬を撫でた。いつの間にか錦の手から刀の感触が消え、桜の合間に二つの人影が現れる。黄金の双眸が二対、小さな主に向けられた。
 口上を述べるかすかな躊躇いがあり、瞬間、錦はこんのすけを引っつかんだ。シャラ、と鞘走りの音が耳に届く。滞空時間の長いバックステップの後、青い顔のこんのすけを抱え直す。
 桜が晴れると、錦の前で白無垢がはためいていた。細い腕は抜き身の太刀を握っており、何者からかの攻撃を防いでいる。

「お、いおい、勘弁してくれよ!目覚めた途端これはないぜ」
「驚かせたかな、ごめんよ」
「そう思うんならさっさと収めてくれないか、口上すら済ませちゃいない」
「ううん、そうしたいところだけど……そこに在るのは、そこに在っていいものなのかい?」

 錦の位置からは白無垢の刀剣男士しか見えない。様子をうかがっていると「奥が髭切様、手前が鶴丸国永様です」こんのすけが耳打ちする。髭切が錦に斬りかかり、鶴丸国永が庇ったのだ。
 錦は敵意を感じながらも冷静を崩さず、鍔迫り合いを前に、穏やかに口を開いた。

「薬研、いいわ」

 許可ではなく制止。
 鍛刀部屋に飛び込んできた黒い影が、髭切を引き倒してピタリと止まる。外で手合わせをしていたはずの薬研だ。抜いた短刀を逆手に持って、髭切の首に添えていた。

「とりあえず。先に口上を聞きましょうか。真っ白のあなたから」
「俺か。鶴丸国永だ、とんだ驚きを提供されてびっくりだぜ」
「わたくしは橙茉錦。審神者様、大将、主、主様、ぬし様以外の呼び方で呼んで」
「お……おいそこの管狐、いいのか」
「特例です、"見ての通り"なので特例です」
「おう……」

 もの言いたげな鶴丸国永に、怯えたこんのすけを預ける。
 錦は薬研と髭切に歩み寄り、仰向けの髭切を見下ろした。彼の右腕がピクリと反応するが、薬研の足が太刀を踏みつけるほうが早い。薬研は本体を髭切の首に添え、足で太刀を踏み、完全に行動を封じている。

「無様な格好だけれど。あなたのお名前は?」
「……源氏の重宝、髭切」
「ええ、髭切。本気でわたくしを斬るつもりなら、このまま折るわ」
「サニ、錦様!」
「こんのすけ。上様に刃を向けたんだぞ、当然の処遇だ」
「こんちゃん落ち着いて。薬研もよ。わたくしに対して"斬らなければ"という反射のみで動いたのなら、今回限り見逃すわ。"本気で"斬るつもりなら、別だけれど。主人の判別すらつかないなら、もうわたくしのモノではないもの」

 錦は冷静だった。
 刀と使用者という一線を踏み越え、逸話に引っ張られかねない刀剣男士がいると知っていた。小狐丸が錦を畏れたのがまさにそれだ。「ひとではないものを斬った逸話」を持つ刀剣がある、ということは聞いているし、それが人間ではない自分に向けられる可能性も理解している。
 制御できるならば良し。本気で逆らう気ならば容赦はしない。自我のある人間ならばともかく、所有物に逆らわれるなど煩わしいだけだ。それが忠義による言動ならば許容するけれど、敵として見られ、敵として攻撃されるというのなら。
 人の形をしただけのモノ――大切な友人からの贈り物などではなく自分の所有物で、自分の好きに出来るモノ。錦からの一方的な暴力ならば問題になるかもしれないが、彼は既に刃を向けたのだ。
 錦にとって、八百万の神々は常識ではない。刀剣男士も、なんら特別な力を持っていると思っていない。

「千年の歴史を持つことの、何が珍しいの。付喪神風情が、わたくしに、楯突くというの」

 床に落ちた桜は、全て空気に溶けている。
 髭切はややあって、降参したように笑った。




 こんのすけからの助言で避けていた演練に、とうとう参加することとなった。錦と繋がりのない刀剣男士ならば、そう簡単に錦を人外だとは見抜けないだろう、という結論に至ったからだ。
 飛びぬけて高練度の薬研、その薬研に引っ張りまわされていた静形は、高練度故に編成から外れている。部隊編成は、今剣、鶯丸、髭切、膝丸、小狐丸、という各方面に喧嘩を売りかねない五振。錦の所持刀剣は全て平安刀なので、どんな編成にしようと必ずどこかに喧嘩を売ることになってしまう。
 錦の付き添いは静形か薬研かで少し揉め、薬研がつくことになった。どの本丸でも粟田口派は多いので、他本丸との揉め事を避けるためだ。ただし、この薬研は薬研で極済なので、目立つことは避けられないだろう。

「演練中は、わたくしも待機なのね」
「ぼくたちの ゆうしを みていてくださいね!」
「ええ、いまつるちゃん」

 今剣は錦に応援を乞いながらも、一本歯の高下駄をカコカコ鳴らして、ふらりとはぐれそうになった鶯丸を引っつかむ。
 錦は、小狐丸に抱えられているこんのすけに問いかけた。

「まずは、先ほど確認した演練場へ移動、かしら」

 演練へのこんのすけの同行は必須ではないが、錦らは初演練だ。戸惑うことも多かろうと連れてきたのである。人や刀が多いので、蹴られないよう小狐丸に保護されている。

「はい。そこで相手の審神者様と顔合わせをする形になります。刀剣男士様方は、そのままフィールドに入っても問題ありません」
「では行きま、」

 「しょうか」まで続かなかった。ぐんと錦の視点が上昇し、黄金と目が合う。
 錦は髭切の腕に腰かける形になり、すっぽり収まりながらも、ため息をついて小さく抗議した。

「移動のたびに、抱えなくてもいいわよ」
「だって、御姫様(おひいさま)は小さいから。僕らと歩幅が合わないだろう?」
「なら、膝丸はいまつるちゃんを抱えるのかしら」
「え」
「いやです」
「うーん、ほら、他の人に蹴られちゃうかも」
「避けられるわ。ずっと抱っこされていたら、運動不足になってしまうかも」
「僕らと隠れ鬼してるんだから、運動不足なわけないよ。そんなに僕に抱っこされるの嫌かい?」
「いいえ」
「あはは、御姫様は意地悪だなあ」

 髭切の笑顔は、先日鍛刀部屋で見たものと同じだ。やや困り顔で笑うのが、この髭切のデフォルトらしい。錦は、髭切が肩に羽織っただけの上着の袖をつかむと、シートベルトのように抱え込んだ。
 小狐丸が「この狐がいなければ、その役目はわたしが」と低く呟いたせいでこんのすけが硬直するが、小狐丸をこんのすけ係に任命したのも錦だ。小狐丸は、こんのすけを膝丸に投げることが出来なかった。


 それに気づいたのは、錦でも刀剣でもなくこんのすけだった。対戦相手の審神者と近侍が怪訝な顔をしたとき、こんのすけは錦の足元ではっとした。
 錦の年齢によるものではない。それは予想済で共有もされている。驚かれるだろうが、子どもの審神者の前例がないわけではない。錦の霊力は一目瞭然であるし、驚かれても突っかかられはしないだろうと。
 こんのすけたちが失念したのは、年齢によるものではない――現在時刻は夜十一時。演練場は二十四時間稼働しているが、錦の見た目年齢が問題だ。

「眠くない、ん、ですか?」

 形式的な挨拶の後、案の定、相手の審神者がそう問いかけてくる。審神者が子どもである戸惑いをなんとか隠そうとして、失敗しているのが分かる。中年男性の審神者は、自身の近侍である蜂須賀虎徹と一緒に怪訝な顔をしていた。
 対照的に、錦と薬研は首を傾ける。錦が深夜帯に本丸にいることは、珍しくないのだ。最初こそ注意もあったが、今では、目が冴えた刀剣と一緒になってトランプやスゴロクをして遊ぶこともある。
 こんのすけは冷や汗を流しながら錦を見上げた。現在時刻を思い出してください。昼間なら何事もなかったのに!深夜に錦が本丸にいることに慣れすぎてしまった。子どもが審神者として勤めている場合、深夜活動はペナルティになりかねないのだ。
 分かっていない審神者と刀のために、こんのすけは演練相手の前に躍り出る。

「御姫様は、昼寝を長くとられたゆえ!夜に眠れないからと演練に赴いたのです!ほどよく体力を使った方が眠れるだろうと!」

 錦と薬研が「ハッ」と目を見合わせる。

「それにしても深夜は……危ないですし、身体にもよくありません」
「そうかもしれねぇが、極の俺っちがついてっからな。大丈夫だ」
「ご心配ありがとう。わたくしは、楽しんでいるから問題ないわ」

 演練相手の審神者と蜂須賀虎徹は未だ怪訝そうなものの、一応は納得してくれた。こんのすけは蜂須賀虎徹から「刀剣が甘やかしてるんじゃないか?いくら目が冴えても、夜の外出は駄目だと決めた方が良い」とまっとうな良心を向けられ、濁すことしか出来なかった。

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