刀剣より年上の審神者4


 迎井の話

 上司の上司の上司の上司あたりから迎井まで流れてきた書類は、要約するとこう記されていた。

【歴史に組み込まれてない人間が過去観測で引っかかったので、審神者勧誘してきて】

 審神者は人手不足だ。付喪神を励起出来るだけの霊力、付喪神をまとめられる最低限の甲斐性、他の審神者や政府担当者とのコミュニケ―ション能力。素質があれば片っ端から声をかけ、政府側も審神者数確保に躍起になっている。審神者の危険を感じたら最悪の結果になる前に審神者からサポート職への転職か退職を勧めるという部分もあるが、基本スタンスは「審神者適性アリだ!囲め!」である。
 だが、社会に生きている人間を審神者業に引っ張って来るのは容易ではない。迎井をはじめ政府のスカウト部署が霊力探知を行って適性者を発見するので、志願者でもない限りは学生であったり働いていたりする。審神者制度関連法で年齢制限が設けられているので、それ以下であれば本人と保護者の説得、年齢を満たしていればすぐにでも来てほしいと全力で勧誘を行うのだ。
 ところで、政府内部でNil(ニル)と呼ばれている人間がいる。歴史改変や歴史修正で歴史からこぼれおちたり、取り残されてしまった者だ。ある日突然、歴史からたった一人孤立してしまった存在が稀に観測される。そういう人間は、保護の意味も込めて勧誘されることが多い。審神者になるか、政府職員になるかは、素質の有無で決められる。

「ニルの保護。しかも過去」

 迎井はデスクで書類を見ながら腕を組んだ。
 生身の人間では、横(空間)移動はともかく縦(時間)移動は難しいとされている。不可能ではないが、成功例がない――誰もやりたがらない――のと同時に、歴史改変の恐れがあるので基本的に禁忌なのだ。
 本来禁忌である過去への移動だが、接触対象がニルとあって、歴史改変の危険性ゼロと判断されたらしい。迎井本人への気遣いが皆無なのは、危険な本丸に何度も出入りしているせいだろう。今までの過去勧誘事例は政府所属刀剣が行っていたが、過去へ移動する生身の人間第一号としての実験も兼ねているというわけだ。

「さすがに断っていいと思うが」

 迎井の上司が"珍しく"心配をにじませた。最近では「特事から助っ人要請来てるから、明日から行ってきて」と気軽に特殊事案封鎖本丸に送り出す上司である。

「いえ、行きます。スカウトなら本業ですし」
「現代のニルならともかく。時間移動は刀剣男子の特権だろうに……」
「前例がないってだけで、理論上は可能らしいですから。まあ大丈夫でしょ」
「迎井、いつか死ぬぞ」
「特事に首つっこむときは毎回遺書書いてますよ」
「え……嘘……それなのに行くの」
「仕事ですし、危険手当弾むんで」
「もうちょっと仕事選んでもいいと思うぞ」

 気の毒そうな上司と、初めて顔を合わせる時空間転位装置開発管理部署の職員に見送られ、迎井は過去に降り立った。
 事前にマークしていたので、例のニルを発見するのは早かった。ただ、ランドセルを背負っていた。つまり戸籍持ちだ。人違いかと焦って携帯霊力探査装置をチェックすると、確かに目の前の女の子がニルらしい。霊力メーターが振り切れているので、審神者適性アリのニルである。
 迎井は霊力メーターの針が危険域"他者への影響有"を指していることを確認して、そっとPDAに――この時代に合わせた携帯端末に――チェックを入れる。迎井はほぼ凡人なので「きれいな子供だなあ」と数秒見惚れるだけで済んでいるが、高霊力者ならば一目で魅了されてもおかしくない。

「わたくしが、どうかした?」
 
 小学一年生とおぼしき少女に声をかけられ、迎井は膝を折った。

「はじめまして。僕は、迎井、と言う者です」
「迎井さんね。わたくしは、橙茉錦よ」

 どうも、見た目通りの知能ではなさそうだ。
 迎井は、戸籍持ちで高霊力でニルでありながら歴史に溶け込んでいるように見える錦に、気を引き締め直した。封鎖本丸で半堕ちした付喪神と遭遇してしまったような、特殊事案本丸で怨霊化した審神者と遭遇してしまったような、そんな感覚だ。悲しみに暮れるニルを政府に引っ張って来るのとはわけが違う。
 事態が複雑そうで、かつ、幸いにも相手が友好的な場合は、さっさと核心を突くに限る。迎井の経験則である。

「橙茉さんは、ここの人じゃありませんよね」
「……あなた、ただの人間でしょう」
「イエスととりますよ」
「否定した覚えはないわ」
「……拍子抜けしました。ちょっと驚いています」
「それで、用件は?」
「僕は未来から来ました、時の政府と呼ばれる機関に所属している人間です。"外"からきた存在であるあなたに、歴史を守る戦いに参加していただきたい」
「この体で?」
「橙茉さんは、指揮を執っていただく立場になります。古い刀剣に宿った付喪神を目覚めさせ、彼らとともに歴史を守ってほしいのです。……と、まあ、オカルトな話ではありますが、平たく言うと、こちらが用意した場所に住んで戦う付喪神の指揮を執る、といったところです」
「……時の政府とやらの、部下になれと」

 未来云々はさらりと流した割に、ここに引っかかったらしい。

「そうなります。政府の一職員、未来では公務員扱いですね。一応、戦いにおいてのノルマなんかも課されます。あなたは例外扱いされるかと思いますが」
「労働しろと。わたくしが?」
「……ええ、はい。ただ、そのあたりは本丸によりけり……ああ、本丸というのが、政府が用意する居住スペースなのですが。本丸によって方針はかなり異なりますので、事務仕事をほぼ刀剣の付喪神が行っている場合もあります。仕事を人間がしなければならないという規則はございませんので、同意さえあれば構いません。橙茉さまにしていただきたいのは、刀剣へ霊力をそそぎ付喪神を励起すること、怪我の手入れ、大まかにはこの二つです」
「いいわ、詳細を聞きましょう」
「ありがとうございます」

 第一関門――"不審者扱いされて通報"を乗り越えた迎井は、ほっと胸を撫でおろして近くの喫茶入った。この時代の現金も用意してあるので安心だ。
 小学一年生(仮)の理解力は高かった。審神者制度の仕組みから、時空間移動に関することまで、一切の否定や困惑なく飲み込んだ。科学やオカルトに対する偏見がないらしい。神の一角を使役する、ということには大変興味を覚えたようで「わたくしが、神を使役、ふふ」と妙に上機嫌な様子も見せた。
 喫茶店で話すこと一時間。小学生業が多忙であること、戸籍があること、この時代を離れる気がないことなどから、いくつかの条件付きで錦の審神者勧誘は完了した。
 迎井は安堵するのもそこそこに、帰り道確保のため時空間転位装置開発管理部署に連絡を入れ、技術者を数名送らせた。錦の部屋の出入り口に限定時空間転位装置を設置し、危険な任務は終了した。





生身の人間は転位ゲートを通らないと、時空間移動は出来ない。

*限定転位印(人間の移動×、霊体の移動〇)
*空間転位装置
 ├上位空間転位装置(位置の変更〇、人間の移動〇、霊体の移動〇)
 └限定空間転位装置(位置の変更×、人間の移動〇、霊体の移動〇)
*時空間転移装置
 ├上位時空間転移装置(位置の変更〇、人間の移動〇、霊体の移動〇)
 └限定時空間転位装置(位置や時間の変更×、人間の移動〇、霊体の移動〇)

▽限定転位印
 モノに刻み、ある特定の霊的なものを移動させる、あるいは、ある特定の場所に移動するためのもの。原動力となるものの霊力の量によって移動距離や登録数に制限がある。
 例)こんのすけと錦の万年筆→こんのすけは万年筆への限定転位が出来る。錦がこんのすけを強制召喚することもできる。錦が万年筆からこんのすけのいる場所に移動することは不可能。
 例)刀剣男士による本体の召喚→刀剣男士は、霊力で編まれた器と自分の刀剣(本体)とで限定転位印を持つため、別の場所にある刀剣を手元に喚び出すことが可能。さらに、本体と自室の刀掛けに印をつけることで、刀剣を部屋に転送することも可能(こちらは要手続き)。もし戦闘中に刀剣破壊の危機が迫った場合、本体を部屋に転位→自分の顕現を解くことで回避することも可能。(一部隊分の刀剣の転位するとなると、時間移動がともなうため通常霊力量の審神者では難しい)
 例)審神者による刀剣の召喚→審神者が刀剣の限定転位印を持つことで、離れた場所からの召喚が可能。
  パターン1:刀剣を手元に呼び出し→顕現を強制解除させ→手元で再顕現、という手順
  パターン2:刀剣男士を手元に呼び出し→刀剣男士が本体を喚び出す、という手順
 パターン1は審神者の負担がとんっでもなく大きいため、パターン2を用いている審神者が多いが、刀剣男士を先に喚び出すと武装状態ではない場合があるため(刀剣の限定転位印使用は緊急時が想定される)、政府はパターン1を推奨している。

▽上位空間転位装置、上位空間転位ゲート
 場所に設置することで、人の移動も可能にする。場所の変更も可能。ただし時間移動は出来ない。
 現世主要施設に設置されている。一般開放はされていない。

▽限定空間転位装置、限定空間転位ゲート
 場所に設置することで、人の移動も可能にする。場所の変更はできない。時間移動も出来ない。
 現世主要施設に設置されている。一般開放されているが高額なので、一般人が利用することはごく稀。

▽上位時空間転位装置、上位時空間転位ゲート
 場所に設置することで人の移動も可能にする。場所の変更も可能。ただし人間の時間移動は禁忌。
 出陣用でのみ利用される。
 起動には審神者の認証が必要。錦本丸ではこんのすけが代理認証している。
 *出陣先から戻る場合→時空間転位装置は現地にないので、各部隊は「本丸の上位時空間転位装置を限定転位印で喚び出す」ことで帰還を可能としている。もちろん帰還時も審神者の承認が必要。

▽限定時空間転位装置、限定時空間転位ゲート
 場所に設置することで、人間の移動も可能にする。場所の変更は出来ない。上位時空間転位装置の簡易版。ただし人間の時間移動は禁忌。(本丸のある空間から現世に出るには時間設定が必須のため、空間転位装置ではなく時空間転位装置が設置されている。)
 政府施設(現世)への移動で利用される。
 例)錦の部屋ドア口は、本丸の時空間転位装置にのみ移動できる。過去への設置とあって起動認証は超絶厳しい。
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