刀剣より年上の審神者5


 錦の本丸は刀剣同士仲もよく主従関係も良好で、無理な進軍もない優良本丸だが、本丸の主が主なため、中央からの監視対象になっている。日頃の様子はこんのすけから担当である東に定期的に報告されるし、東が本丸に足を運んで錦と刀剣にヒアリングをすることもある。
 その日はいつものヒアリングに加え、前々から頼んでいた刀剣譲渡について話があると、東が本丸を訪れた。

「太刀・髭切様に対する言動は正当防衛が成立するということで、以前提出いただいた始末書にてケリをつけることに決定しました」
「そう。長かったわね。そんなに揉めたの?」
「あなたの場合、正当防衛の線引きが通常とは異なりますから」

 髭切顕現の際の揉め事は、ようやく収束したらしい。
 あの出来事がごく一般的な審神者と刀剣男士の間で起こったなら、正当防衛が当然成立した上で、処罰されるのは刀剣男士側だ。「いかなる理由があれど、刀剣男士が人間に攻撃すれば、主かどうかなど関係なく、引くほどガチで怒られます」東は以前、米神を押さえながらそう言っていた。主人に逆らう罰というよりは、刀剣男士の能力を信頼と同時に警戒しているからだ。
 通常であれば刀剣男士への処罰で収められた揉め事でも、錦と刀剣男士では事情が異なる。刀剣男士と同等程度と推測出来る能力を持った人外審神者、対、刀剣男士だ。錦が刀剣男士に暴力暴言を働いたとして、何らかの罰を受ける可能性があったのである。
 それでも錦は一切気にしていなかったが、こんのすけや薬研や静形はそうでもなかったようだ。こんのすけが大げさに胸を撫で下ろしていた。

「書類はここに。メールですぐに送付します」

 東がホログラムで書類を示し、錦らが目を通したのを確認してから消した。

「そして、刀剣譲渡の件ですが。こちらから譲渡する"可能性のある"刀剣が決まりました。刀種は打刀、新規ではなく、元審神者所有だった刀剣です」

 刀剣男士のやりとりには厳しい規則があるらしく、刀剣男士が主を替えるのは、審神者の交代により生じた止むを得ない場合しか基本的には認められていない。刀剣男士がただ希望しただけで、新しい審神者との再契約は出来ない。同時に、審神者同士で決めた交換も認められておらず、政府が間に入らない刀剣譲渡は全て規則違反として取り締まられる。
 よって錦は、刀剣数を増やすにあたり、長丁場を想定していた。このまま希望が受け入れられず、平安刀プラス薬研藤四郎という夜戦不向き部隊本丸として活動していくことも視野に入れていた。

「思いの外早いわね。元々審神者所有だったということは、よほどの事情があって政府管理刀に?」
「その……ワケアリ刀です」
「なるほど。わたくしでなけれなならない事情があったから、準備が早いのね。薬研と同じように」
「はい。僕としては、標準初期刀五振から選んでいただこうと思っていたのですが、どこから話を聞きつけたのか、浄化部署が話をねじこんできまして……」
「浄化部署?」

 首を傾けると、ぽむ、とこんのすけの肉球が錦の足に乗る。

「何らかの事情により、穢れを受け、澱みにさらされた場合に対応する部署です」
「薬研もいたの?」
「いや、俺は特殊事案の管轄だったらしい」

 仕事の線引きはよく分からないが、そういった部署があることは理解した。
 浄化部署管轄の刀剣だということは、単純に考えて『穢れを受け、澱みにさらされた』刀剣が錦に回ってくるということだろう。穢れや澱みを浄化する能力など持っていないのだが、と素直に申告すると、東は順を追って事情を明かしてくれた。



 鐘禄園(しょうろくえん)という名前はご存知ですか。いえ、構いません、ある宗教団体の名称です。近日中に、注意喚起の通達が回るはずです。
 ある審神者が鐘禄園に所属していました。それ自体は問題ありません。付喪神を従える審神者とはいえ信仰は自由ですので。それでも問題が発生してしまったので、今後、何らかの規制がかかる可能性はありますが、信仰はやめろと言ってやめられるものではありませんから……この問題は置いておきましょう。適した部署が最善を尽くしてくれるはずです。
 詳細は省きますが、鐘禄園には別チャンネルに合わせる"お勤め"があります。ルーティンワークですね。
 その審神者は、非常に霊力の高い審神者でした。いいですか。付喪神が数多くいる、半ば神域と化した本丸で、非常に霊力の高い審神者が、別のチャンネルに合わせるための瞑想を行うのです。
 審神者はある日、運悪く、怪異の吹き溜まりとチャンネルが合ったか、怪異の通り道になってしまいました。怪異は審神者の霊力を道として、本丸に一気になだれ込みました。このあたりは推測にすぎません。なにせ怪異とは、今現在でも決して攻略できない摩訶不思議の害あるびっくり箱ですから。残念ながら、本丸で怪異フェスティバルが開催されたことは事実なのです。
 道として使用された審神者は死亡。刀剣男士たちは審神者の遺体とともに政府施設へ避難しようとしたと思われますが、穢れにより時空間転位ゲートに自動ロックがかかってしまい、脱出は叶いませんでした。……ロックですか?これは他の本丸や政府施設への伝染を防ぐための措置です。場合によっては怪異と審神者と刀剣男士を閉じ込めることになりますが、審神者が手順を踏めば解除も可能ですし……自動ロックがかかる相応の穢れや澱みがあったと考えてください。
 その後、特殊事案部署と浄化部署で調査班が結成され、穢れ数値が落ち着いたタイミングで突入しました。
 審神者の遺体は回収。刀剣男士はほとんどが刀解状態に追い込まれており、数振回収は出来ましたが、怪異の根が浅く浄化完了に至ったのは一振のみです。
 浄化したとはいえ、高濃度の穢れにさらされ刀解寸前まで追い込まれた刀剣男士です。正常に励起するには、膨大な量の霊力が必要とされました。刀解案もありましたが、なにがしかが解放されないとも言い切れませんので……。
 あなたにしていただきたいことは簡単です。その刀剣を膨大な霊力で励起する。そこで新しい審神者に仕えるかの意思確認をし、口上をいただいて契約、という流れです。


 薬研のときと同様、二つ返事で了承した錦は、日を改めて政府施設をおとずれた。元穢れ汚染刀剣の励起とあって、本丸最高練度の薬研が護衛につくのは当然の流れだった。
 東に案内され、浄化部署所属だという女性職員――市川――と顔を合わせる。市川は小さな女の子審神者にほにゃほにゃ頬を緩ませたり、極まっている薬研を見て顔をひきつらせたりと忙しそうだ。和やかな雰囲気だったが、浄化部署に到着すると市川の表情が引き締まった。
 通された部屋のテーブルには、鹿の角で出来た刀掛けがあり、一振の打刀がかかっていた。浄化部署と思われる二人の人間が部屋の隅に立っているのは、不測の事態に備えてだろうか。

「こちらが、その"鳴狐"です」

 市川が示した刀は、残念ながら小柄な錦では届かない場所にある。中途半端に手を伸ばすと、察した薬研が刀を取って手渡してくれた。錦は刀を手に取った途端、ノータイムで霊力を流し込んだ。薬研が万一に備えて構える間もなく、職員や東が心構えをする間もなく、応接室は桜で埋まった。
 桜の奔流に錦は笑う。刀剣男士が顕現する瞬間が錦は好きだった。視界を埋めるほどの桜が美しいことはもちろん、花弁を運ぶ風は激しさと穏やかさを両立させた心地よいものであるし、何より、歓喜を肌で感じるのだ。誰かに必要とされることを、自分の力を纏った刀が喜んでいる。喜ばれれば、錦も嬉しかった。髭切にはそれを裏切られたので、やや過剰な反応になったことは否めない。
 桜が晴れたところに立っていたのは、細身の、少年と青年の間の姿をした刀剣男士だった。演練で見たことがある、鳴狐と変わりない。銀髪と切れ長の金目、薬研のものと似通った紺の軍服風衣装。特徴的なのは、顔の下半分を覆う面具と肩に乗る狐だろう。
 錦は乱れた髪を整えながら、鳴狐を観察する。

「刀の中で、お話は聞いておりました。その上で、わたくしに言わせていただきたい」

 狐が高い声で言う。

「やあやあこれなるは、鎌倉時代の打刀、鳴狐と申します。わたくしはお付のキツネでございます!」

 市川をはじめとした浄化部署の職員からの動揺が伝わる。薬研を顕現したときの東のようだ。霊力による意思疎通など、外部の人間には分からないのである。正直、彼が何を思っているかなど錦にも分かっていない。ただ、鳴狐が必要だと思い、それに鳴狐が応えてくれただけなのだ。一方の東と薬研は、"こうなることは分かっていました"と言わんばかりにすました顔だった。
 錦は笑顔で鳴狐を見上げる。莫大な量の霊力を流しこまれた鳴狐の桜は、未だどこからともなく出て来ては舞っている。

「……よろしく」
「ええ、よろしく、鳴狐。わたくしのことは、名前で呼んでね」
「お、お名前でございますか!?」

 驚いた声を上げる狐に、薬研が「こういうお人なんだ」と声をかける。
 鳴狐の対応を薬研に任せ、錦は市川に声をかけた。

「市川さん、鳴狐はこのまま連れて帰っても?」
「ええ、構いません……構いません、大丈夫です」
「何か不都合?」
「いえ、そうではなく……」

 市川は乱れた髪をそのままに、どこか呆然とブラウスの中心を握っている。

「規格外の霊力励起に驚いていると言いますか、本当に何事もなく顕現したことに拍子抜けしていると言いますか……東から事前に聞いてはいましたが、まさかここまでとは」

 市川の頭には、空気に溶けきれていない桜の花びらが乗っていた。
 








刀剣は一度励起されると、顕現といても意識がある。一度も励起されてない刀剣は空っぽなので意識もなにもない。

政府職員護衛刀剣は、基本顕現していない。霊力豊富なタイプの職員も、オフィスではかさばるので顕現してない場合が多い。
▽東 
 錦本丸の担当。護衛刀剣は歌仙兼定。本丸に行く時は帯刀しているが、霊力貧乏なので余裕のある時や緊急時にしか励起しない。
▽迎井
 通称スカウト部門の凸芸人。護衛刀剣はいないので、特殊事案本丸はじめ危険な場所に行く時は特殊事案部署か浄化部署から刀剣を借りている。
▽市川
 浄化部署の事務員。護衛刀剣はいない。


 メモ

 さらっと流したが大事件だった。
 鳴狐は最初の審神者のこともちゃんと慕っていて、そう簡単に審神者を変える決心はつかなかったけど、生き残ったことには意味があるはずで、最初の審神者が顕現して残ったたった一振として出来ることをしなければという若干サバイバーズギルド入ってる感じ。
 鳴狐の元居た本丸では食事が三食あったので、これから鳴狐主導で食事環境が整えられるはず。

 ちょっと考えてたんですけど……。(戦争がどのくらい続くのかわかりませんが)錦は寿命がながーいので審神者交代なんてなく終戦までいると思うんですけど、戦いが終わった時、どうするのかなと。n回議論されていると思いますが、やっぱり本丸解散ですよね。一振だけ現世に持ち帰れるとかそのへんかな……。
 ってなったときに。錦それを受け入れるのかなって。去る者は追わないけど奪われるのは阻止すると思うんですよね。人外ぱわー全開で自分の刀守ろうとしたりするのかなって……だって自分のものだからっていう……。刀が納得してるならいいとしても、納得してない場合はなんかしそう。
 そもそも約二百年前から審神者してて時差がすっごいんで、一振持ち帰れるかすら謎です。錦が審神者してる二百年前ではまだ戦をしているわけで。ここのルールとして、最初の過去/未来との接触から時間の開きは一定としています。(○年x月y日の錦と○年x月y日の迎井が出会ったなら、以降、y+1日からはy+1日に飛んで、y+15日からならy+15日に飛ぶ。何月何日は同じ。)
 でも、そうですね、コナン時間から二百年後には完全に本丸住み込みで審神者している可能性もある(寿命長すぎて生きにくくなって)……そうすると、戦が終われば帰る(?)のは未来の現世か、他の審神者と変わらないか。
 いや、もしかしたら「万が一、生き残り遡行軍が現れたときに対処する部隊」として永久稼働本丸になってるとかありますね。全本丸一度に解散はしないでしょうし、実力高い本丸は代々受け継がれてて、錦本丸は「ずっと審神者変わらないから(審神者経験値MAXだから)」という理由もあって残るとかね……。ロマンある。
 ガラクタなので、好き勝手妄想してます。が、いい加減、刀剣乱舞の設定固めなきゃなって思います。

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