発火するマフィアと酒2


 綱吉は感激した。
 新しい構成員(幹部補佐候補)が、マフィア界必須の指輪を見た際の反応がこれ。

「マフィアって燃えるの。燃え、あれ、熱くないな。なんだこれ。手品か?」

 常識がある。話が通じることは以前に接触して分かっていたが、きちんと一般常識がある。燃える指輪を前にしても、きちんと会話が成立している。
 マフィアには、話の通じない人間が多い。ある程度のマイルールを持つことは頷けるのだが、日常生活を不安に思うくらいにコミュニケーション能力が壊滅的な者が多いのだ。実力とコミュニケーション能力が反比例すると言っても過言ではないほど、綱吉の周りには会話の出来ない人間が多い。
 したがって綱吉は、あの巨大組織幹部でありボスの懐刀とさえ言われた人間と会話ができると分かった時には感動した。一般常識があると判明し、さらに感激した。「マフィアなんだから指輪くらい燃えるよな」とさらっと流さず、きちんと引っかかり、疑問を持ってくれたことが嬉しかった。
 家庭教師に「でもそいつ、罪状激重の国際指名手配犯だぞ」と言われて我に返った。我に返った上で、やっぱり喜びはした。この小学生のナリをした家庭教師だってヒットマンで、幹部の一人は一時ホルマリン漬け監獄に入れられた犯罪者だ。人殺しは許容しないけれど、過去に犯した犯罪についてはかなり寛容になった自覚がある。
 指輪のことやらなんやらを説明して、全属性の低ランク指輪を用意した。教育役を綱吉が行っているのは、自分が勧誘したのだから責任を取ると言ったからである。比較的まともな獄寺が不在だったのもある。

「そう簡単に炎はつかないかもしれないけど、マフィアで生活するにあたっては使えたほうがいろいろと便利だから、試してみて」
「ついたよ」
「え!?!?ほんとだ!!」

 さすが一流犯罪者、常々命のやり取りをしてきている者は諸々覚悟済みというわけか。
 彼女の中指には、紫の炎が揺らめいている。雲の属性だ。巨大組織に属しながら単族行動が多く、常に一人で立ち回っていたというし納得である。雲の守護者筆頭に、雲の炎属性の者は良い意味でも悪い意味でも我が道を行く。
 
「雲の属性は、増殖だったか」
「そうそう」
「……弾切れないんじゃ?」
「そういう使い方も出来るね。雲雀さんはハリネズミのロールによく使ってる」
「ハリネズミに?なんで?」
「な、なんで……?」

 綱吉の常識人力が試される。





 日本での揉め事で犯罪業に無理やり小休止が入った後、思い出したのは、マフィア界で最長の歴史と最大規模を誇るイタリアンマフィア、ボンゴレファミリーのことだった。
 当代ボスは若い東洋人で、仕事の関係で一度だけ話したことがある。その時から食えない優男だと思ってはいたが、改めて連絡を取ってみても妙に親し気な態度と緊張感の無さは変わらずだった。開口一番「ああ、やっぱりあなたか」と驚きもなく言われ、こちらが驚く羽目になった。後に、超直感という反則めいた能力のためだと分かる。
 超直感。言葉の通り、とてつもなく勘が鋭いらしい。体調や集中力によってはポンコツに成り下がることもあるようだけれど、極めて恐ろしい能力だ。最初こそ半信半疑だったものの、コイントスを五十回連続で当てるという人間離れした技を見せられては、否定するほうが滑稽だった。千兆分の一以下の確率を示した綱吉は「俺にも分かんないんだよな」と困った笑顔を浮かべていた。
 元巨大犯罪組織幹部であり、現在も一定の抑止力のある存在だからか、新人ながらも幹部補佐候補として本拠地に入り浸っていた。国際指名手配犯な新入りに対する対応としては警戒心が無さすぎると言いたいが、これも彼の勘によるところらしいので、他幹部からの反感はなかった。
 小手調べと言わんばかりの仕事をこなしたり、炎の使い方を教わって過ごしていたある日、ボスの右腕から声をかけられた。

「"ガヴィ"でいいのか」

 獄寺隼人という、界隈では有名な爆弾魔だ。ボンゴレに所属しボスの右腕として手腕を発揮している今もダイナマイトは常備らしいので、"元"をつけるべきかは悩み所である。

「お酒は嫌い?」
「"ガヴィ"は、飲み放題での銘柄だろ。あの組織が潰れた今は無意味じゃねぇのか」
「それで知られているからな、別に構わない。『"ガヴィ"がボンゴレにいるのが不都合だ』と言うなら、新しい名前でもくれ」
「それは別に……俺も含めて、元々裏社会で知られてたヤツが多いからな。十代目も気にされてない。お前がいいならガヴィでいいが」
「新しく名乗るより、ガヴィにはそこそこの箔もついているからな。表で名前が必要なら、レティーツィアでいい」

 獄寺は、話を振ってきた割に淡泊だった。煙草を出そうとするので、こちらも銃をホルスターから抜こうとすると、獄寺は舌打ちをしてシガレットケースを仕舞った。

「幹部がほぼ日本人だから、日本名のほうがいいとか?日本警察からは黒崎瞳と命名されたけど」
「十代目がぼやいておられてから聞いただけだ。"ガヴィ"はしがらみが多い呼び名だから、変えたければ変えても良いと」
「酒田みき、とか」
「洒落がきいてていいんじゃねぇの。めでたそうで……詳しいんだな、日本に」
「まあなぁ」
「お前が気にしていないなら、十代目にもそう伝えておく」

 獄寺はそう言って、やや苛立たし気に話を切り上げた。おそらくヤニ切れ。彼が相当なヘビースモーカーだというのは、綱吉から聞いている。
 猫背を見送って、屋敷の中庭に急いだ。所謂"女子会"のお誘いを受けているのである。



「あー……癒されるなあ……」

 綱吉は窓から中庭を見下ろした。ほどよい晴れ空の下で、男子禁制のアフタヌーンティーが催されている。メンバーは、クローム、ビアンキ、イーピン、京子、ハル、ガヴィ。

「十二時から時計回りに、ボンゴレ霧の守護者片割れ、暗殺者、暗殺者、一般人、一般人、国際指名手配犯」

 綱吉の隣でいらないことを言うのは骸である。

「……この屋敷じゃ、どこ見てもそんなもんだろ。いいんだよ、貴重な女子がお茶して楽しそうなんだから。女の子はそこにいるだけで癒し」
「君も随分、イタリア男らしいことを言うようになりましたねぇ」
「つーか何しに来たのお前。会議メンドクサイからクロームに押し付けたんじゃないの」
「そうなんですけどね。例の大型新人を見ておこうかと」
「超一般人っぽいだろ」
「それは確かに。血生臭いのに、擬態が完璧すぎます。けれど、まあ、貫禄の無さで言えば君もいい勝負しますよ、クフ」
「わーってるよ」

 大型新人は、驚くべき速度でボンゴレに馴染んだ。戦闘だけではなく潜入も得意だというので、溶け込むことに長けているということもあるのだろうが、根っからの快楽殺人者や戦闘狂ではないからというのが綱吉の意見だ。壮絶な生い立ちのため一般人と会話することは結構なストレスになりそうなものだが、それもないらしい。「仕事外で、僕の前で煙草を吸われたら相当イライラして撃つかもしれない」という宣言を受けたときはヒヤリとしたが、煙草さえ吸わなければガヴィはただひたすらに優秀な人材だ。
 人をたくさん殺しているだろうに、それを背負う様子もないのは複雑ではあるのだが、マフィアとなった綱吉にそれを糾弾することは出来ないと思っているし、そうせざるを得ない世界があることは身に染みている。隣にいる骸を筆頭に、暗い所で育ってきた人間に手を汚すなと言うほうが無理なのだ。

「ガヴィほどの犯罪者であれば表に戻るのは無理ですし、飲み放題の後片付けも済んだ今、ボンゴレに勧誘したのは英断だったかもしれません。裏社会での信用の高さは聞いていますから」
「話が通じる嬉しさの勢いってのもあるんだけどな」
「おや、失礼ですね。僕と会話も出来るでしょう」
「お前は……大分マシになった」
「今、君が思い浮かべている人物を当てて見せましょう。雲雀恭弥ですね」

 返答はしなかった。
 雲雀は本当に相変わらず、溢れんばかりの愛を並盛に注いでいる。かみ殺し癖は多少マシになったとはいえ、大人数のところでは目に見えて機嫌が悪くなる。ボンゴレの仕事は抗争以外滅多に請け負ってくれないが、風紀財団はボンゴレの傘下ではなく対等な協力関係なので、綱吉に文句はなかった。どうしても出席が必要な会議は、映像をつなげばどうとでもなるし――急に画面から消えることもあるけれども――草壁が常にパイプ役を担ってくれているので、そう不便なこともない、のだが。
 
「あー……雲雀さん、雲部門の人員増やしたら怒るかなあ。いや、こっち(ボンゴレ)の話だから気にしないかもな」
「まさかガヴィをつける気ですか?」
「草壁さんの負担がデカすぎるんだよ。風紀財団はもちろん、こっちとの連絡ももってくれてる。人を増やそうにも、風紀財団の人をマフィア側に引っ張り込むのも抵抗あるから……ほら、風紀財団ってマフィアじゃないじゃん」
「"風紀財団"ですから」
「だからってボンゴレの人間を風紀財団に出入りさせるのも嫌がりそうだろ、雲雀さん」
「ガヴィなら、こっちにいながら日本とのやりとりも出来ると言うわけですか。身体能力も高いと聞きますから、雲雀恭弥に間違って殺されもしないでしょう。元々、幹部補佐候補として勧誘したんでしょう?いいんじゃないですか、雲につけても。彼女、日本語は?」
「ペラッペラだよ。ヨーロッパを拠点にしてただけあって、こっちもかなりの言語話せるみたいだし……正直、パーティー同伴要員にもしたい」
「いっつも僕の顔色窺いながらクロームを動員しますよねぇ」

 ボンゴレボスの綱吉の仕事は、事務仕事も多少はあれど、会議やパーティーへの出席のほうが多い。フロント企業関係のものもあれば、ボンゴレの顔として出ていくこともある。会議はいいが、パーティーとなると同伴が必要だ。
 クロームが不在のときは、ビアンキに頼んで毒を混入させないよう目を光らせるか、リボーンを女装させるという荒業を使っている。リボーンの変装は、綱吉にとってはハロウィンの子どもの仮装レベルなのだが、他の人間にはハイクオリティに映るらしいので活用している。本人もノリノリなので良い。

「さすがというかなんというか、語学のカバー範囲も広くて、マナーも完璧で、本人の戦闘能力も高いし……。潜入とかしてたこともあって、人に合わせるのも上手いしさ。渉外にもってこい感ある」
「雲雀恭弥のことも上手くいなすでしょうしね」
「雲雀さんの攻撃を、ある程度どうにか出来るだけ炎を扱えたら最高かな」
「それはまた、高い目標を。出来そうなんですか?」
「そんな気はしてる」

 なら確実じゃないですか。あっさり言って骸が肩をすくめた。





 イタリアンマフィアは燃える。今まで接してきたロシアやアメリカのマフィアは燃えなかったんだがと話すと「マフィアじゃない人間の前で炎を使うのはタブーだからね」と綱吉は困った顔をしていた。マフィアは、マフィア内であればその出身に関わらず燃えるらしい。ガヴィが銃を使うのと同じくらい当然のように、燃える指輪を使うらしい。
 ボンゴレに加入してからは、非現実的現象との遭遇の毎日だった。まず、指輪が燃える。次に、幻術が当たり前のようにある。次に、ダイナマイトはギリギリセーフだとしてもバズーカを持ち歩く幹部がいる。次に、小さな箱から動物が出てくる。おまけに人が生身で空を飛ぶ。
 そして、人間が三人以上一つの空間に存在していると多大なストレスを感じるという困った幹部がいる。ストレスが暴力に直結するので、困ったどころではない。
 その困ったお人・雲雀恭弥が、ガヴィの直属の上司だ。もっとも、イタリアを拠点にするガヴィと日本を拠点にする雲雀とでは、直接顔を合わせることも少ないだろう――と思っていたのだが、ボンゴレでありながら別組織のトップという雲雀と遠隔会議をすることはそう簡単ではなく、電話で片付かない用件があると、ガヴィは日本を訪れ、雲雀の隙間時間を狙って短時間超濃厚会議をすることを余儀なくされていた。雲雀のうっぷん晴らしに突き合わされ、見計らったように綱吉から電話が入り「生きてる?」と生存確認されるまでが一セット。

「今までどうしてたの。僕がサンドバッグになるまで、あの人、街を破壊とかしなかったの」

 日本からイタリアに戻り、晴部門で打撲痕の治療をされた後、綱吉をつかまえて聞いてみた。

「どーしてもって時は、俺が行ってガス抜きしてた。色んな業務が滞るし、大変だったよ……」
「僕は人柱ということか」
「そんなつもりはなかったんだけど……いや、うん、可能性としては想定してた」
「有能なのがまた、なんともな。どこの組織にも、ああいう"好戦的"という言葉じゃ収まらない人間はいるんだな」
「他の幹部じゃ、雲雀さんに引っ張られて被害が拡大するだけなんだよなあ……その点、ガヴィには助かってる。すっかり、雲の守護者代理だしね」
「ボス直々のスカウトだからな。期待には応えるさ」
「アスラは元気?」
「ああ」

 握手するように綱吉に手を差し出すと、ブラウスの袖口から小さなヘビが顔を出す。綱吉はビクリとしたものの、細かく震える指先でヘビの頭を撫でた。
 名をアスラ。綱吉から与えられた、ガヴィの匣兵器である。炎の量によって大きさを変え、人どころか車すら丸呑みできる大蛇にまで成長できる。ちなみに、女性からの評判は滅法悪い。凶悪な毒を仕込んでいるからか、男性陣からの評判もイマイチだ。
 アスラは防御に性能をふった匣兵器なので、雲雀との戦闘ではしこたま殴りつけられることになる。

「アスラのお陰で、一撃昏倒せずに済んでいる。僕に、雲雀と対等に殴り合えるだけの技量があれば別だったんだが。炎の量も大して無いからな」
「雲雀さん、守護者最強とか言われてるから仕方ないよ。今でも十分すごいから」
「マフィア界の戦闘がここまで混沌を極めているとは思わなかった」
「まあ……うん……」
「いつか、雲雀とツナの殴り合いも見てみたい」
「嫌だよ!!」





 クロームが報告の為に綱吉の執務室を訪れると、彼は丁度席を立った所だった。外出かと問いかけると、にこやかに否定しながらクロームからの書類を受け取る。ざっと目を通して急を要するものではないと判断したようで、皮張りのふかふかしたチェアに座り直すことはなかった。

「クローム、今から時間ある?」
「うん」
「良かった。今から"とっておき"なんだ。一緒に行こう」
「うん」
 
 分からないながらも頷く。綱吉が楽しそうなので深刻で可笑しなことではないはずであるし、軽装なので動くとしても敷地内の話だろう。休憩を取ろうとしていたこともあって、クロームは綱吉に促されて執務室を出た。
 鼻歌交じりで足取りの軽い綱吉が向かったのは、談話室の一つだった。クロームは目指す場所に気付いて察する。その談話室は、九代目の頃から持て余していた部屋の一つで、今はグランドピアノが置かれている。ピアノが特技な獄寺隼人が息抜きに訪れる場所で、そのピアノを聞きに綱吉も足を運ぶ場所だ。クロームも、以前鑑賞したことがある。
 談話室の前についたとき、クロームは首を傾けた。中が賑やかだ。ピアノを弾いているので当然とも思えるが、なんとなく、音が多い気がした。獄寺のピアノの腕は一流なので、クロームからすると「三人で弾いてるのでは?」と思いたくなる演奏もこなすが、それにしても多い気がした。

「おーやってるなあ」

 綱吉は呟き、そうっとドアを開けた。
 途端、音が止まる。

「十代目!」
「ツナ」
「えー。なんで止めるの、弾いててくれて良かったのに」

 己のボスが訪れてそれを無視出来るはずがない。クロームは「邪魔しちゃったなあ」と頭をかく綱吉に「仕方ない」と首を振った。
 クロームは綱吉にエスコートされて談話室に入る。
 広い談話室には、いつの間にかグランドピアノが増えていた。一台の前には獄寺、もう一台の前にはガヴィが座っている。部屋に入る前に聞こえていた音楽が自然だったことを踏まえると、二人は連弾でもしていたらしい。
 そういえば、ガヴィのカバーはピアニストだったなとぼんやり思う。
 クロームは、ガヴィと親しいほうだと思っている。互いが唯一の同性幹部ということもあり――ガヴィは補佐だが、イタリアでの会議に雲の守護者代理で出席しているので、ほとんど幹部の扱いだ――自然と会話の機会は多い。人付き合いに関してはクロームよりもよほどガヴィのほうが上手なので、クロームが一方的に親しいと思っている可能性も否めないが、時間が合えば一緒にお茶をし、クロームの幻術にガヴィが頬を緩めるくらいには関わりがある。レティーツィアというピアニストの話は、本人から聞いたものだ。

「タイミングよくクロームと会ったから誘っちゃった」
「構いません。十代目が良いなら」
「減るものでもないからね」
「……二人は、仲が良いの?」

 ごくごく純粋に疑問に思って問うてみた。ガヴィの口から、事務的なこと以外で獄寺の話題が出たことはない気がする。話題に上る頻度ナンバーワンは雲雀だ。
 獄寺は口を引きつらせ、ガヴィは首をひねる仕草をする。

「俺が頼んだの。二人ともピアノが得意だから、連弾とか出来るのかなーって」

 なるほど。綱吉が希望したのなら、獄寺はそれがどんな内容でも頷くだろう。ガヴィも特に断る理由が無ければ了承する。

「聞いてみたくてさ。きっとすごいよ、クローム」
「十代目、ハードルを上げないでください。最善は尽くしますが」
「僕も、セッションとかならともかく、連弾って経験無いんだよ」
「隼人の腕前は前から知ってるし、ガヴィはピアノで生計立てられるくらいには稼げるんだろ?楽しみだなあ」

 綱吉はにこにこしている。そこそこ付き合いの長くなったクロームは気づいていた、綱吉はピアノ演奏が楽しみなだけではなく、自分のファミリーが協力して何かを成しているのがこれ以上なく嬉しいのだ。
 綱吉が嬉しければ、クロームも嬉しい。
 綱吉とクロームが特等席に着くと、獄寺とガヴィはどことなく複雑そうに顔を見合わせてから演奏を始めた。

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