刀剣より年上の審神者7


 薬研藤四郎という刀剣男士がいた。
 彼は生真面目な性質ではなくおおらかで、いい意味で大雑把だった。全てを「雅なことは分からんからな」で片付けられると思っている節があった。面倒見がいい兄貴肌であると同時に子供心を忘れない面もあって、鶴丸国永と結託しては本丸に刺激をもたらそうとしていた。

「こりゃあどういうことだ、叔父貴」

  薬研藤四郎という刀剣男士がいる。
 彼は、殺意のみを励起されたのかと思うほど戦場に溶け込み、主のために己を鍛え上げることしか考えていない。無駄話もするし笑いもするけれど、つるむのは好んでいなさそうだった。
 鳴狐は最初、そのギャップに慣れなかった。同じ刀剣とて本丸ごとに性格が微妙に異なるので、ギャップを感じたのは薬研藤四郎に限った話ではなかったが、薬研藤四郎は一際それがひどかった。
 そんな、殺意の塊がキレている。
 鳴狐は、静かにキレている薬研藤四郎と向かい合っていた。間のテーブルには一振の脇差がある。

「俺は、ドロップ刀は拾ってくるなと、再三言ったはずだがなぁ」

 鳴狐は怖気づいたりはしなかった。自分が間違っていると微塵も思っていないからである。
 ドロップ刀、と呼ばれる刀がある。敵が稀に落とす刀で、戦果として持ち帰り、仲間として励起することができる。鍛刀が苦手な審神者にとっては、刀剣男士を増やす大事な手段である。
 それを拾ってこないことは、この本丸でのルールだ。それは鳴狐も知っている。薬研藤四郎が全振に厳しく言い含めており、鳴狐も加入当初は毎度毎度言われていた。今にして思えば、こうした事態を回避したかったからなのだろう。元々別本丸で生活していた鳴狐は、ドロップ刀は拾って当然のものであると知っている。
 鳴狐も最初は従っていた。顕現歴は変わらないらしかったが、郷に入っては郷に従えという。この本丸の初期刀である薬研の経歴も聞いていたので、懸念があるのだろうと思って、総隊長殿の方針を尊重していた。このままではいけないと思ったのは、主の鍛刀運の偏りを知ったからだった。
 妙に平安刀が多いとは思っていたが、それしか顕現出来ないなど。普通の審神者は逆なので――鳴狐の前の主も平安刀とは縁が少なかった――まさかと驚いたのだ。
 平安刀は、薙刀が三振に短刀が一振、あとは太刀だ。薬研と鳴狐がいるので多少プラスされるとはいっても、戦力の偏りは否定できない。別の本丸での通常運営を知っている鳴狐は、これはまずいと思った。審神者ごとに多少戦力が偏ることはあるのは当然だが、太刀の比重が大きすぎる。万一の際の主の護衛という面からも、打刀以下がもう少し欲しいところだ。
 そう考えているときに脇差が落ちたものだから、そりゃあもう拾うしかなかった。
 幸い、薬研は出陣ではなかったので無事に本丸に持ち帰ることが出来た。本当ならば錦が来るまで隠しておきたかったのだが、戦果は自動的に報告されてしまう。近侍の静形がまずそれを見、薬研に報告したため、こうして鳴狐が呼び出されている。
 目からハイライトの消えている薬研に、狐が果敢に声を上げた。

「薬研殿、鳴狐は間違ったことなどしておりません!」
「うちにドロップはいらねぇ」
「それは錦様が判断されることです。打刀以下の充実が、この本丸には必要だと鳴狐は考えます」
「いらねぇ」
「太刀は夜目が効きません。夜の活動が多い錦様を万全の体制でお守りするには、打刀以下が必要です」
「俺も今剣も叔父貴もいる。十分だ。この脇差は刀解してもらう」
「なりません!せっかく鳴狐が拾ってきたのですぞ」
「拾うなっつってんだ俺は」
「脇差は必要です」

 平行線だ。薬研は目に見えて機嫌が悪くなり、狐は熱くなる一方だ。
 鳴狐は、キャンキャン吠える狐を手でそっと黙らせた。この薬研は、以前の薬研と違って同朋に対しても容赦がないと聞いている。万が一、狐が害されればおおごとだ。
 狐を黙らせた鳴狐に、薬研が片眉を上げて足を組む。

「なんだ、やっと本人が弁解する気になったか」

 特にそのつもりはなかった。言いたいことは狐が言った通りだ。

「……錦様が来たら、直接聞こう。このまま話すのは無益だ」

 言うと、薬研は口を開いたが何も言わず、舌打ちだけを返してきた。話の終わりが見えないことは薬研も分かっていたのだろう。同時に、錦が脇差励起を拒否しないことも分かっているのだろう。
 薬研は「くそ」と悪態をついて、乱暴に椅子から立ち上がった。

「……薬研。錦様のためだと、思えないか」
「そうすべきだとしても、俺ぁ……いや、いつかはとは思ってたんだ」
「……」
「頭冷やしてくる。脇差は叔父貴が持っててくれ」

 薬研は罪の無い脇差をひと睨みしてから、足音なく部屋を出て行った。
 鳴狐は狐を撫でてやりながら、反対の手で脇差をとる。
 前の本丸でのこの脇差は、人当たりがよく大層世話好きだった。癖のあるものが多い刀剣男士の中では、親しみやすいほうだろう。自分のせいでこの脇差にはいらぬ苦労をかけそうだが、上手くやってくれることを願うしかない。 


「こっちに兼さん……和泉守兼定は来てませんか?あ、僕は堀川国広です、よろしく」


 初めての脇差は、丸い碧眼が印象的な刀剣男士だった。可愛いと格好いいのちょうど中間をとったような、やや中性的な容姿をしていた。とりあえず「兼さんはいないわ」と伝えると、残念そうにしながらも「ま、仕方ないですよね!」と中々切り替えが早かった。

「しかしこれ、すご、桜が止みません、すみませっ口に入った……」
「ふふふ」

 笑う錦も桜にもまれている。初めての脇差にテンションが上がってしまった結果である。見かねた静形に抱き上げられて保護された。桜吹雪が収まるまで、着物で花弁から庇われる。錦に脇差を持ってきた鳴狐も同部屋におり、鳴狐は狐を庇ってやっているようだった。
 励起から十分な時間が経ってから、錦の視界が開ける。堀川国広という脇差は、すっかり髪がぼさぼさになっていた。
 初めてのドロップ刀とはいえ、顕現後の流れは他の刀剣と変わりない。データベースで現在所有刀剣をざっと紹介し、実際に歩いて本丸の案内をする。錦はデータベースを起動するべく、静形から降りてふかふかのエグゼクティブチェアwith分厚いクッションに座った。
 すると、顕現を見守っていた鳴狐が、錦の挙動に注目する堀川に声をかける。

「はじめまして、堀川どの。こちらは鎌倉時代の打刀、鳴狐。わたくしはお供の狐でございます」
「……困ったことがあったら、なんでも言って」
「はい!ご丁寧にありがとうございます」

 鳴狐は手で作った狐に礼をさせると、そのまま退室した。
 錦は所持刀剣画像一覧を空中ウィンドウに出しながら、閉じた執務室の扉と静形を交互に見やる。

「拾ってきたから、責任感みたいなものがあるのかしら」
「かもしれんな。なにせ、初めてのドロップだ。……鳴狐自身にとっては、そうではないかもしれんが」
「僕が初ドロップということですか?でも彼にとってはそうではない?」
「ええ。わたくしの本丸では初だけれど、鳴狐は事情があって他の本丸から転属したの。だから、堀川の次に新人ではあるけれど、練度は高いわよ」
「へえ……」

 錦は堀川にウィンドウを示すと、現在の所持刀剣を紹介する。堀川と縁のある刀はいないが、気にしているふうもなかった。

 「本丸内を案内するわ。わたくしはここにいる時間が短いから、詳しい生活については、わたくしよりも静形に聞いたほうがいいわね」 

 堀川をつれて執務室を出る。静形に抱き上げられることもなく自分の足で歩いているので、ゆっくりとした本丸案内である。

「まず、執務室を出て。一番近い部屋が刀剣保管庫になっているわ。簡易手入れ部屋付きよ。あとこちらは書庫だけれど、たいしたものは入っていないわ」
「この時代、たいていが電子媒体になっておるからな」
「そうか、紙がそもそも珍しいんですね」

「ここはラウンジね。本館にも、刀剣男士の私室がある別館にも、複数あるわ」
「オシャレですねぇ」
「ちなみにドリンクサーバーがあるラウンジもある。刀剣数がまだ多くないのでな、全てに設置されているわけではない」

「ここが鍛刀部屋。そっちの廊下から外に出ると資材倉庫に行けるわ」

「ここから先は別館だ。私室案内のときに、風呂やランドリーも説明しよう」

「あとこっちはキッチン。厨ね。今は鳴狐が中心になって食事を準備してくれているわ」
「食事ですか!まさか食事をするようになるとは、ただの脇差だったときには思いませんでした」
「今は一日一食と、各々好きに注文したおやつを食べる程度だけれどね」
「楽しそうですね。ぜひお手伝いさせてください。僕、多分こういうの好きです。お世話したい欲がありますから」
「あら、ふふ、そうなの。なら、わたくしがここにいるときはわたくしのお世話もしてくれるかしら。わたくし、お世話されるほうが好きよ」
「もちろんです!」
「……近侍は譲らんぞ」

 堀川に本丸を案内し、打ち解けるためにお茶を淹れてお喋りをしていると、あっという間に帰宅時間になった。堀川と静形に見送られて家に帰ったものの、気になることがあり、深夜になってふたたびゲートをくぐった。
 夜番は薬研だ。ゲートの起動音で移動していたのだろう、錦がゲートから出ると既に待機していた。

「お疲れ様、薬研」
「慣れたもんだ。今夜はどうした?」
「なんとなくよ。ラウンジでお茶しましょ」
「他のやつも誘うか?」
「いいわ。長居する予定はないから」
「じゃ、俺っちが明日の朝、今剣から羨ましがられればいいってことだな」

 薬研が肩をすくめて笑う。
 気配に敏感な刀剣たちを起こさないようにしたいが、転位装置の起動で起きているだろう。これ以上無用な警戒をさせないために、"気配を消さないで歩く"。中途半端に気配を消していた方が、彼らは気になってしまうらしい。
 無休で働いてくれているドリンクサーバーから錦はココアを、薬研はジンジャーエールを淹れて、ソファに座った。
 なんとなく乾杯をして口を付けた後、薬研が乱暴に組んだ足に肘をついた。表情は自嘲である。

「……叔父貴から、なんか聞いたかい」

 錦は頷いた。

「あなたが気にしていたことを、気にしていたわ」
「我ながら女々しくて嫌になるな。幻滅しちまったか?」
「しないわよ。何か不安になったなら、それは主人であるわたくしにも責任があるわ」
「錦の上に責任なぞないさ。俺が勝手に、色々と考えちまってるだけだ」
「……ものが自我を持つというのも、難儀なものね」
「全くだ。……でも、今回のは、俺個刃の問題だって分かってんだけどな」

 薬研が何に悩んでいるのか錦は知らない。鳴狐から聞いたのは、薬研がドロップ刀の顕現に前向きではない、ということだけだ。薬研自身がわけありのドロップ刀だ、懸念することも多いのだろうと思っている。
 錦はソファからおりると、薬研の座る一人分の面積に無理やり割り込んだ。よく錦を抱き上げる刀剣ならばともかく薬研に対してボディタッチをしたことはほとんどないので、薬研はおっかなびっくりというように錦を支えた。以前の静形や小狐丸を彷彿とさせる。 

「……刀は、全てわたくしのもの。贔屓するつもりはないけれど、わたくしは、どれが懐刀かと問われれば薬研藤四郎と答えるわ。これは贔屓ではなくて、最初のわたくしの刀として、当然の役目よ。これでは不足かしら」

 薬研の腰に抱き付いて、あやすように手を弾ませる。数秒そのままあやしていると、頭上から笑う声が降って来て、のしかかるように抱きしめられた。少年サイズで華奢な薬研とはいえ、錦より背はあるし当然座高も高い。錦は薬研に埋もれながら笑う。

「十分な殺し文句だ!」
「ぶっすりいったかしら」
「柄までな。ま、錦の上のほうが懐サイズだけどなあー」
「あ、なにしているんですか!そういうのは ぼくの とっけんでしょう!」

 第三者の声が響いて、おやとラウンジの入口を見る。寝間着姿の今剣が、駆け足の勢いのままソファに飛び込んできた。

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