発火するマフィアと酒3


JuneBrideあとがきバレ含む
コナン時空では出来ない仲良しこよし



 ボンゴレファミリーに加入し炎が扱えると分かると、使用する武器を綱吉に問われた。武器は死ぬ気の炎の媒体となるので、ボンゴレ製の特別仕様が支給されるからだ。
 ガヴィは少し悩んで、銃だと答えた。体術をメインにしてメリケンサックを注文しても良かったが、ガヴィは「相手の力を利用した近接戦闘」が得意なのであって、純粋な打撃力が大きいわけではない。潜入も仕事とする立場では、レスリング選手並みに体を鍛える訳にはいかないのである。銃なら使い慣れているし、目隠しした状態での解体/組み上げも朝飯前だ。雲属性の炎で残弾数∞などという反則技が使えるとも分かっている。
 綱吉は快く承諾した。

「うちのメカニックに話は通しておくよ。デザインとか口径とか、細かい要望については彼らに直接伝えてね」
「分かった」
「銃かあ。じゃあ俺よりリボーンか、いっそザンザスに修行見てもらったほうがいいかもしれないな。……いやでもなーおかしなことになっても困るなぁ」

 綱吉は腕を組んで思案げだ。ガヴィは適当に相槌を打っていたが、ふと、この穏やかな青年を見やった。
 ボンゴレファミリーは堅気には手を出さず、対照的に身内(マフィア)の不祥事には容赦がない。そこは重々承知しているが、当代のボンゴレボスは歴代でも珍しいほどの穏健派だという。抗争での死者はもちろんあるだろうが、それも少数だと聞く。容赦はしないがあえて殺さない、というのが現在のボンゴレファミリーの方針のはずだ。
 ガヴィは、ぶつぶつうなっている綱吉の思考を中断させた。

「ツナ、これはもしかしたら問題になるかもしれないから、先に確認しておきたいんだけど」
「うん?何?」
「僕は銃の扱いには長けているほうだろう。早撃ちも得意だ。ただし、人殺しに特化している」

 綱吉の表情から柔らかさが消える。続けて、とボスの顔で促す。
 ガヴィは一つの瞬きで全てを話す決意を固めた。己の弱点を明かすことに抵抗はあるが、ここは酒樽組織と違って殺人を許容せず、酒樽組織よりも組織力が高い。自分の戦闘スタイルを有耶無耶にして綱吉に睨まれれば、今度こそ裏社会で生きてはいけない――ということも一因だが、最大の理由は綱吉が自分を悪くしないだろうと思えてしまうからだった。綱吉の人たらしっぷりは、驚いたことに己にまで作用している。

「僕は目で的を見て撃っているんじゃない。人の視線を感じられるんだ……共感覚みたいなものかな。だから人の頭を撃ち抜くのは得意だけれど、狙撃は苦手なんだ。なにせ、目が悪くてね」
「眼鏡で矯正できないほど?」
「ある程度は。でも『目が悪い』っていうのはそれだけじゃなくて。網膜変性症って知っているかな。視野が狭くなったり、眩しく感じたり、逆に夜目がきかなかったり。薬で進行を送らせてはいるけれど、悲しいことにすでに大分進んでいる。治療法はない。だから、人殺しを禁じるなら僕に銃は向かないかもしれない」

 うん、と頷いて難しい顔をした綱吉だったが、数秒置いて大袈裟に驚いた顔をした。

「じゃあ、それだけ目が悪いのに飲み放題でボスの腹心やってたの」
「あそこは殺しても良かったから。スパイじみたこともしていたしな」
「にしてもすごいね?視覚って外部情報の八割とかじゃなかった?俺も見習わないとな……目隠しだけで詰んだらリボーンに殺される」
「そこは勘でなんとか出来るんじゃないの」
「はは、勘が当たっても体がついてこなきゃ意味ないでしょ。ガヴィはどうやって動いてたの?夜間行動のときとかさ」
「音の反響で案外分かる。誰かの話し声とか靴音の反響でね。音が出せないときは、空気の流れを読む感じかなあ。すぐ慣れるよ」
「慣れないよ……。ああ、本題から逸れちゃった。人殺し云々はあんまり心配しないでいいと思うよ。ガヴィの意思次第ではあるんだけど」
「どういうこと?」
「ようは、目が治ればいいんだろ。網膜変性症ってことは、網膜の問題ってことだろ」

 綱吉は人差し指を立てて、軽い調子で言う。
 ガヴィは眉を寄せた。治療法はないと言ったばかりだ。金にモノを言わせて治る病なら、とっくに治している。

「iPS細胞の網膜移植のことを言ってる?あれはまだ実用には至っていない」
「うちで移植します。うちには、内臓を丸々作った幹部もいます。聞いてはみるけど、多分網膜も作れるよ」

 ガヴィは思い切り首をひねった。十を言われて十一を理解出来ると自負しているが、今は言われたことの少しも分からない。
 綱吉はにこにこと朗らかだ。

「まあ、なんだ、治るにこしたことはないな……?」
「だよねぇ。明日、クロームが戻るから聞いてみるよ」

 クロームとやらが、網膜を作れるかもしれない人物らしい。生返事をすると「幹部の片割れなんだ。霧の守護者だけは二人で一席みたいな扱いでさ、もう一人は六道骸っていうんだけど」とその人物の紹介をしてくれたが、引っかかっているのはそこではない。





 ボンゴレはマフィアだが、元自警団という歴史を持ち堅気には手を出さないという姿勢を貫いているからか、地域住民からの信頼が厚い。綱吉らも街の様子をこまめに視察したりと、住民からの信頼に応えている。ガヴィが綱吉にエスコートされたレストランも、開業に当たりボンゴレが物件探しを支援したという。代わりに――安全は保障した上で――ガヴィのようなケースで舞台として使用することもあるという。地域密着型マフィアだ。
 ボンゴレのお膝元といえば組織のときは出入りを避けていた地域で、ガヴィは周辺の土地のことをよく知らない。そう告げると、じゃあまずは散歩でもしてきてね、と朝イチから放り出された。
 いくら界隈で名が知られているとはいえ、一応新人だ。放任にもほどがあるのではないだろうか。裏社会で生き延びるための技術を信用されているのだとしても、最初の任務が散歩になるとは思わなかった。
 ガヴィは上からの命令には忠実なので本当に散歩をした。仮にもボンゴレの一員だ、何気ない言動でボンゴレの顔に泥は塗れないと、住民との接触には最善を尽くした。まだボンゴレとして認知されていないので住民からの態度は旅行者に対するそれであったが、一々訂正もしなかった。自分から「ボンゴレ所属になりました」というのも滑稽な気がしたからだ。
 気の向くまま街を歩き、キッチンカーでドリンクを買って公園で飲み、ご老人と一緒に日向ぼっこをする。昼になると、たまたま通りがかったバールに入った。時間帯のせいか混み合っていたが、店を変えるほどのこだわりも急ぎの用事もない。適当にカフェラテとパニーノをオーダーして、辛うじて空いていた二人がけの席に座った。
 パニーノを平らげたあたりで、コツコツ、とテーブルをノックされた。ああ相席か、と日本では滅多に見ない文化に顔を上げると、カップだけを持ったスーツの女性がいた。片目を眼帯で隠している。気弱そうな雰囲気だが、足の運び方といい眼帯の刺繍の髑髏といい、一般人ではなさそうだった。驚かないのは、ここがボンゴレのお膝元だからだ。構成員も外食くらいするだろう。

「ここ、座ってもいい?」
「ええ、どうぞ」
「ボスから聞いたの。多分ここじゃないかって」

 脳裏に昨日のやりとりがよぎる。

「あなたがクローム?」
「うん。クローム髑髏。よろしく、ガヴィ」
「こちらこそ」

 クロームは申し訳程度に口角を上げて、湯気の立つカップに口をつけた。香り的にチョコラータだろう。

「幹部の片割れと聞いている。挨拶のために?」

 忙しいのだろうにわざわざ、と言外に滲ませると、クロームは少し躊躇ったように視線を動かしてから頷いた――頷いたのだ。ただ挨拶のためにここへ来たらしい。
 ガヴィはいくらか拍子抜けして、何故か恥ずかしそうなクロームの言葉を待つ。

「女の人だって聞いたから。……早めに挨拶しておきたいなと思ったの。同性って、少ないから。ボスに、行っておいでって言われたのもあるけど」
「ふうん」
「あと、目の話。網膜を作って移植することは出来るよ」
「……きみが作るの?」
「うん。幻術で」
「反応に困るな。幻術だって?」
「遠隔の幻術になるから、ガヴィの意識がとても大切。あると思わないと、幻術はそこに存在しない。あなたは意識が強そうだけど、否定したらだめ。その強い意識で幻術を肯定して。あなたはきっと、意識が強いから、それができれば大丈夫」
「説明に移っているところ悪いんだが、僕はまだ幻術というワードに引っかかっている」

 怪訝さを隠さず話を遮ると、クロームは得心したような表情をして、片腕を通路側に伸ばした。
 瞬間。コン、と槍の柄尻がフロアを叩く。
 ガヴィは間抜けな声こそ出さなかったものの、眉間の皺を深くした。
 クロームが槍を握っている。一般的に想像する槍と大きさこそ同じだが、穂が三つあるトライデントだ。
 マジックだろうか。それにしても、出すものが大きく攻撃的だ。マジシャンならば、いつぞや花をくれた白い怪盗のように夢のある芸をしてもらいたいものであるが、まずは。

「こんなとこでそんなもん出すな」



 綱吉が外出から戻り執務室に入ると、ほどなくしてガヴィが入室してきた。ぱっと見ても分かるくらいひどく疲れ切っていて、どことなくスーツもヨレていた。
 どうしたの、という言葉は自然と出た。難易度Sの任務にあたっていたり、雲雀に同行していたり、六道のフォローをしたり、ヴァリアーに出張していたのならばともかく、ガヴィには街や敷地内の散策を告げていた。途中からはまともな幹部枠であるクロームも同行したはずだ。なにかトラブルでもあったのかと焦る。
 ガヴィは焦る綱吉に深くため息をつくと、額を押さえながら悩ましげに言った。

「幻術なんていうファンタジックな代物が現実なら、先に教えてよ……」

 はっとした。そうだ、幻術は空想のものだ。幻術士なんて職業、マフィア外で聞いたことがない。

「うわあ、ほんとだ、俺言ってなかった。俺も染まってるな、非常識なものだっていう認識がかなり薄くなってる」
「みたいだな」
「クロームが何か見せた?幻術酔いしなかった?」
「街中のバールから四季を巡って火山と南極、最後は滝から落ちたよ。多少くらくらはしたけど、少し休めばなんともない」
「外だから幻術で周囲の目は誤魔化してたと思うけど、それにしてもクローム張り切ってるね。同性幹部、よっぽど嬉しかったんだなあ」

 ちょっとほんわかすると、またため息をつかれる。

「はあ……。あと、移植手術のことも理解した。クロームの内臓が幻術ということも聞いた」
「そっか。それで、手術はどうする?」
「やるよ」
「じゃあ骸に……いや、クロームで十分か。クロームに万が一があったら失明しちゃうけど、そこは?」
「分かっている。どうせこのまま薬を飲んでいても遠くない内に失明するんだ、リスクなんてないよ。骸とは、六道骸のことだよな。彼のほうが実力が上?」
「クロームも術士としては一流だけどね。なんというか、骸はちょっと別格だからなあ。移植手術に関しては、クロームで力不足はないはずだよ」
「あのクロームより上か……」

 ガヴィはどことなくげんなりと肩を落とした。おそらく感情の起伏が少ない彼女の表情豊かな様子に、また綱吉はほっこりした。


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