お父上推参


IF お父上推参
引っ越し前。まだ凌。

 近所のスーパーからの帰り道で、錦はおそらく見てはいけないものを見た。ここで言う"見てはいけないもの"というのは錦が発見したことが由々しき事態なのではなく、"ここにあるべきではないもの"という意味での"見てはいけないもの"である。
 一言で言ってしまえば、時間遡行軍であった。マンションの屋上におよそ一部隊分がいる。
 時間遡行軍は過去にとび歴史を変えるためにいる。錦にとっては、凌と手を繋いで家に向かっているのは"現在"だが、時の政府が表に出ている時代からはおよそ二百年遡っている。錦の"今"は、審神者業をしている時代からみると立派な"過去"なのだ。従って、時間遡行軍の出現も可能性としては十分あり得る。
 錦が足を止めると、凌が怪訝な声で名を呼んでくる。
 錦が対処をせずとも、二百年後の審神者某が部隊を派遣してくれるだろう。むしろ、錦は手を出すべきではない。時間遡行軍を観測している時の政府から任務という形で部隊が派遣されるのが、最もシンプルで無難な対策だ。発見したからと錦が自分の部隊を呼べば、規則外の出陣となりなにかしら揉め事になるのは目に見えている。少なくとも錦に身の危険はないのだ、緊急召喚は必要ないだろう――が、遡行軍の狙いが己/審神者ではない、とも断言できない。
 錦は凌の手を引いて、細い路地に入った。
 どこかの本丸から部隊が派遣され、遡行軍が討伐されてから帰路につくのが理想だろう。うかつに出歩かないほうが良い。遡行軍が倒されるまでは待つべだ。だが、悠長にしていられない理由が錦たちにはある。
 アイスを買っていた。

「凌、今から避難をするわ」
「どうしたんだ、声を潜めて」
「わたくしが良いと言うまで、声を出さないで。静かにするのよ」

 訝しそうにしながらも凌が頷く。
 錦は持ち歩いている万年筆を取り出すと、一度強く握り込んでからキャップを外した。ぽん、と小さく弾けたような音と共に質量を無視してこんのすけが現れる。空中で一回転したこんのすけは、そのまますぽりと錦の腕に収まった。
 厳しい目をしたこんのすけは「緊急でございますね、何事でしょ……」途中で言葉を失っている。凌と見つめ合ってお互いがお互いに驚愕していた。

「こんちゃん、本丸へ移動するわ。ゲートを喚び出して。急いで」

 こんのすけは否と言いかけたが、遡行軍の存在を告げると困惑顔のままで上位時空間転移装置を喚び出した。避難が必要だとは認識したらしい。
 錦は用意されたそれをこんのすけと凌と一緒にくぐって、見慣れた本丸敷地内へと出た。ゲートが閉じ、完全に追手が来ていないことを確認してから「!?」顔のままの凌に声をかける。

「もういいわよ」
「……」

 それでも凌は無言だった。



 怪奇現象に見舞われる凌への説明は乱暴だった。

「凌の記憶をさわるのは本意ではないから、詳しく説明は出来ないわ。ちょっとした隠れ家だと思って、気楽に待ってて」

 出来るか。
 それでも錦がそういうのならばそうせねばならないし、凌とて記憶をどうこうされるのは不本意だ。錦が己に害をなすようなことはしないという信頼もあり、加えて説明不足はいつものことなので、凌は早々に立ち直ることにつとめた。
 "本丸"とやらで通されたのはラウンジだった。飲み食いすることに抵抗はあったものの、やはり錦を信頼していたので結局コーヒーを入れた。豆から挽いている本格タイプである。
 現在、凌は二人でラウンジにいる。一緒にいるのは錦ではなく、道中出会ったジャージ姿の青年だ。青年は、ドリンクサーバーでいれた熱い緑茶を持って凌の対面のソファに座っている。錦の「パパには何も知らせないで」という先制のせいで、凌はこの青年の名前すらまだ知らない。ちなみに問題の錦は、喋る狐のぬいぐるみと、同じく道中出会った長身で青い袴の青年の青年とともに"執務室"へ移動している。スーパーの袋は青い袴の青年に回収された。
 話すべきか無言を貫くべきか迷っていると、青年のほうから口を開いた。
 
「畑仕事をしていたんだ」
「……へえ」
「本当に緊急なら"俺たち"が喚ばれるだろうからな。あまり心配はしていなかった。むしろ休憩に丁度良かった」
「……へえ。なんて呼べばいいですかね」
「そうだな。安直だが、鶯と」

 くすんだ黄緑色の髪をしているので、鶯色からとったのだろう。凌も名乗ろうとすると、手で制された。

「いい。パパ殿と呼ぼう」
「あ、お、おう」
「パパ殿は、事情を知らされずにここへ?」
「スーパーで買い物した帰りだった」
「それは気を張るのも仕方ないだろうが、ここは安全だ。錦様の客人、まして父君に手を出すような不届きものはおらん」
「錦様……? ここは、その、錦と鶯さんと青い袴の人と、三人で住んでいるのか?」
「執務室にもうひとりいるが、もっといるぞ。大きいのから小さいのまで」
「……家族か?」
「いいや。……と、いうか。俺は別に話すのもやぶさかではないが、知って困るのはパパ殿では。好奇心はほどほどにしておいたほうが良い」
「ごもっとも」
「俺も気はつけるつもりだがな。話すな、という錦様のご命令だから」
「どっちなんだ」

 鶯は笑って緑茶に口を付ける。つかみどころのない人物だ。
 詳細は明かされないにしても、分かったことはある。重要なのは、彼――あるいは彼ら――は錦を慕っており、上下関係があるということ。ここでのトップは錦なのだ。従って、その客であり父である凌を害するような者はいない。
 橙茉家と似た状態だな、と思う。錦を中心に据えたり、あからさまに秘密が多かったり、鶯の振る舞いに隙が無かったり。もしや、彼らも錦に助けられ、何かから隠れているのではないか。

「それにしても、広い所だな。設備も、外の様子も。こんなドリンクサーバー初めて見たし。最新式か?」
「そのようなものだ」
「すげぇ洋館だけど庭園じゃなくて畑か」
「裏手にある」

 そのとき、ぽん、と鼓のような音がした。鶯が「戻ったか」と呟く。
 今はいない同居人たちが帰って来たのだろう。挨拶でもすべきかと腰を上げかけると、また鶯に手で制された。

「パパ殿の言う"青い袴のほう"が説明に行くだろう。ここで待っておけばいいし、会わない方が正解だ」
「顔を合わせるとまずい?」
「情報が増えるという意味で好ましくないだろう」
「会うのは鶯さん一人にしておいたほうがいいってことか」
「たとえここが安全でもパパ殿を一人きりにはさせられないから最低ひとふ……ひとりが接触するのは致し方ないが、それ以上は止めておけ」

 不思議な言い方をされた。一人きりにはさせられない、とは。警戒されているのか、ここは安全だと言っていたが万が一があるのだろうか。それとも単純に迷子防止という意味だろうか。
 妙に勘繰ってしまって軽く首を振った。ここは錦のテリトリーなのだ。そう危険なことは起こらないだろう。

「……とりあえず、錦が来るまで待っておけばいい?」
「そうなるな」

 思えば最初からそう言われていた。気楽に待つようにと。
 ず、と緑茶をすする音がする。



 東は頭を抱えていた。テーブルを挟んだ対面では、静形に抱き上げられた錦が静形の装束の赤い羽根に埋もれている。埋もれたままで移動しないあたり、埋もれる感触を楽しんでいるのだろう。

「……外部の人間が本丸内に入るのは規定違反です」
「ええ」
「それが過去の人間となれば尚更です。審神者様が"歴史外"認定を受けて過去からこの時代への出入りが認められているといっても、同行者も許されるとは限らないんですよ。というか駄目です。普通に駄目です」
「もう入っちゃったわ」
「だから困ってるんですよ……」

 東の頭は痛い。当の審神者に反省や後悔の色が一切ないということも一因だ。
 錦がいた時代のその場所に遡行軍の出現があったことは事実だ。観測され、しかるべき部隊が派遣されている。出くわしてしまった錦が、警戒して本丸に避難したということも分かる。十分に分かる。問題は、そこに部外者もいたということだ。
 東のとってほしかった対応は、錦自身の部隊を出撃させるというものである。要請に無い出陣ということで問題にはなるだろうが、部外者が――しかも過去の人間が――本丸に入り込むよりはずっとマシだ。錦の場合、刀剣数が少ないので、本丸にいない刀剣を強制的に手元に戻すことにはなるのだけがネックだが、出陣中ではなく遠征中の刀剣を選んで呼べば被害もないだろう。
 分からないのは、目の前で赤いモフモフに埋もれている錦が、あえて避難という選択をしたことだった。混乱して戦うと言う選択を持たなかった、などそんな繊細な人物ではない。霊力量も十分すぎることもある。一部隊を転位印で喚び出して戦闘を終えた後、同行者に事情説明の必要があるとして東に連絡が入っても良かった――が、いやこれも最善とは言えないなと東は首を振る。敵の戦力が不明な以上、錦部隊が壊滅的な被害を被る可能性もある。そうか、だからか、と東は納得した。時の政府で観測し、おおよその敵戦力を把握してから、それに見合った部隊に出陣要請が下るほうが合理的だ。錦は極めて冷静にそこまで判断したのだろう。
 東は、その点に気付くのが遅れたことを恥じた。突然の「わたくしのパパを本丸に入れたわ」連絡で困惑している東の頭は、きっと未だ落ち着いていないのだ。
 分かったところで、過去の人間が本丸に入るという大問題は解決しないのだが。

「凌に接触しているのは、鶯丸だけよ。情報も伏せているわ。ここが未来だってことすら、知らないわよ」
「こんな不可思議現象に遭遇しておきながら、それでは済まないでしょう。ここはどこ、という問いは当然出てくるものですよ」
「わたくしが『気にしないで』と言えば、凌は気にしないでいてくれるもの」
「いやそれは……無理でしょう」
「出来るわ。……そもそも、そうできないとしても。だからと言ってどうするの? 凌は過去で生きている人間よ。歴史からこぼれ落ちてもいない、歴史内の人間。未来にひっぱって審神者にさせる、なんてことも出来ないわ。事情説明も、歴史修正の観点から、出来ないはずよね。どうすることも出来ないでしょう。討伐が確認され次第、過去に戻るだけよ」

 ぐうの音も出ない。つまるところ、その部外者には何も知らせず過去に戻し、東がなんとかいいように報告を上げるしかないのだ。




IF お父上推参ver2


 近所のスーパーからの帰り道、凌は錦と手をつないで歩いていた。ハーゲンがダッツしているカップアイスを珍しく購入したので、今日の風呂上りに食べようと計画しながら、心持ち速足――錦の歩幅なので凌にとっては普通だ――で歩く。ドライアイスを入れているとはいえ、早く冷凍庫に入れるに越したことはない。
 前に進むために踏み出した右足が再びアスファルトについた、その、瞬間。
 錦が何事かを早口でつぶやき、眼前で刃がきらめいた。
 凌の思考は一瞬空白だった。錦は普段ゆっくりと話すので、凌は聞こえた声が錦のものだとすぐに分からず問いかけようとしていた。噛んだのか、と問いかけようとしたものの、突如目の前に現れた刃に息が止まったのだ。
 刃は二つ。凌に向かっているのもと、それを阻んでいるもの。町の喧騒は、いつの間にか消えていた。
 叫ぶのでも腰を抜かすのでもなく状況把握のために視線を走らせたのは、潜入もこなした警察官として染みついた行動だった。
 凌の数歩先に、烏帽子をかぶって顔布をした男とも女ともとれない存在がある。凌に振り下ろしているのは、長い柄の先に反りのある刀身を装着した武器――薙刀だ。出現したのも、振り下ろしたのも気付かなかった。
 何者かの攻撃を防いでいるのもまた、薙刀だった。凌の命を奪う一撃を防いだ薙刀の柄をたどると、長いその先には錦がいた。いつの間にか凌とは手をはなし、両手で柄を握り、足を開いて構えている。長物を子どもが、しかも真ん中でもなく端よりで構えているという非現実的な光景は、しかし、凌の頭ではあまり問題視されなかった。
 凌が現状を把握している間に、何者かは刃の押し合いを止めて距離を取る。「錦、」そう声をかけようとしたものの、また瞬きの間に人物が増えていた。
 その男は桜の奔流とともに現れた。見間違いでなければ水色とピンクの羽が生えている。錦が構えていた薙刀を代わって持ち、凌と錦をかばうように立っていた。

「御姫様、あやつだけとは限らぬぞ」
「ええ、そうね。ウグイルマル」

 今度はきちんと聞こえた。ウスグイスマル。鶯丸、だろうか。
 錦の右手に刀のようなものが握られたかと思えば、また見知らぬ男が桜とともに現れた。薙刀の白い男とは違い、洋装だ。その腰には太刀がぶらさがっていた。
 「は?」以外の言葉が出てこない。
 おそらく「鶯丸」という男と入れ違うように、白い着物の男が敵方らしい烏帽子の人物へと肉薄する。とても目で追えないその戦闘に、凌は初撃を思い出してぞっとした。多少なまっているとはいえ、鍛えている凌でさえ薙刀の動きが追えないのだ。錦が反応しなければ、凌は自分でも気づかないままに命を狩り取られていただろう。
 呆然と薙刀同士の戦いを見ていたのは、ほんの数秒だった。凌は一呼吸すると、その場にかがむ。

「錦、どうすればいい」

 何が起こっているのかの確認は後回だ。指示を仰ぐのが先だと判断した。
 錦は、これまたいつの間にか狐のぬいぐるみを抱えていた。ピン、と耳が動いたような気がして凝視すると「お、御姫様ぁ……」冷静を務めつつも混乱している凌は、ぬいぐるみくらい喋るか、とさくっと流した。

「今から避難をするわ」
「避難?」
「ええ。鶯丸、トモエに助太刀を。こんちゃんはゲートを開いて」
「御姫様を一人にするのは気が進まないが、この状況では仕方がないか」
「すぐに開きます!」

 白い着物の男は巴(ともえ)というらしい。
 鶯丸が薙刀同士の戦いへ向かう。同時に、狐のぬいぐるみが自分のモフモフな前足で首元の鈴を揺らした。
 錦がしゃがんだままの凌の手を握る。いつのも笑みが浮かんでいるものの柔和な雰囲気はない。

「安心して。びっくりするかもしれないけれど、害はないから」
「十分びっくりしてるんだけどな」
「そうね」

 「準備できました!」狐が、膨らんだ尻尾を揺らしながら言う。錦が戦闘に目を向けるので、つられて見ると、烏帽子の人物はどこかに消えていた。

「援軍が来ないとも限らない、急いで本丸へ帰還するわ」

 錦が男らに呼び掛けた。



 ゲートと呼ばれていたものをくぐると、本丸とやらへ到着した。広大な土地に、これまた大きな洋館がひとつ建っている。凌は錦に続いて建物に入り、執務室と言うらしい部屋に通され、錦に促されてソファに腰かけた。執務室には白い着物の男と鏡写しのようなよく似た黒い着物の男がおり、錦は「シズカ」と声をかけていた。

「静、遠征と出陣を全員呼び戻すわ。薬研といまつるちゃんを執務室へ呼んで、あとは武装のまま待機ね。こんちゃんは東さんに連絡をいれて。鶯丸は、ひとまずパパのそばにいて。巴は、サニワ部屋に入っていいから、買い物袋を冷蔵庫に入れておいてくれる?」

 新しい言葉が出てきた。サニワ、とは。ハニワの聞き間違えだろうかと思ったが、「ハニワ部屋」もわけがわからないので隙があれば確認することにする。
 凌は巴におっかなびっくり買い物袋を預けた。
 エグゼクティブチェアに腰かけた錦は忙しそうだ。静と呼ばれた男となにやらディスプレイを操作している。そのディスプレイが空中に浮かんでいることに少年心がうずいたが、とても声をかけられる空気ではなかった。
 揺れる狐の尻尾を見ていると、そばにやってきた鶯丸から声をかけられる。

「パパ、ということは、御姫様の父君か」
「その、おひいさまってのが錦のことなら、まあ、そうだな」
「はは、錦様の名前を知っているのならば、御姫様呼びも不要だな」
「……鶯丸さん?」
「敬称は不要だ、パパ殿」

 腰からぶら下げた太刀がとんでもなく物騒だが、味方なことは確かなようだった。
 凌の予想が正しければ、この本丸とやらは錦を中心とするなにがしかの拠点だ。つまり安全地帯でありセーブポイントだろう。ある程度力は抜けるはずだと、凌は鶯丸との会話を続けた。

「サニワってのはなんだ? 字もわからん」
「漢字で書くと、審(つまび)らかに、かみさまの、人物、と書く。審神者だ」
 
 鶯丸が言いながら指先を宙で動かす。

「神職か?」
「祭祀において神託を受けるもの……だが、俺たちにとっては、どちらかというと職業名のようなものかな。そういう役目があるんだ」
「錦がそう?」
「隠しようもないから、頷いてしまおう。そうだ」
「この本丸では審神者がトップで、鶯丸さんはじめ複数の人間がなんらかの目的で所属している。『東さんに連絡を』と言っていたから、錦のまだ上にも管理者がいるわけだ」
「……冷静だな」
「これでも混乱してる」
「知りすぎることもよくないから、あまりこちらから情報開示は出来ないだろう。適当に推測してくれるのは助かるな」
「秘密主義には慣れてるよ。にしても……俺に知らない間に、こんなことになってたとはな。ちなみにあの狐は?」
「こんのすけだ。ざっくり妖だと思ってくれ」
「あ、あやかし」

 どこからか、ぽん、ぽん、と鼓の音が二回した。
 


 執務室にいる面子が変わった。
 鼓の音のすぐ後にやってきたのは二人の少年だった。濃紺の軍服らしきものを着た少年が「薬研」、長い銀髪と高下駄をはいた少年が「いまつるちゃん」。入れ違いで、こんのすけと巴が事情説明に出ていき、静が「東さん」の出迎えで出ていき、鶯丸は残った。
 薬研といまつるちゃんは入ってくるなり凌に鋭い視線を寄こしたが、錦が「わたくしのパパよ」と紹介すると警戒を解いた。薬研といまつるちゃんも腰に刃物と思しきものを下げているので、凌は錦の援護にほっと胸をなでおろした。
 凌の緊張を察したのか、錦がチェアから降りて凌の膝の上に移動する。

「敵がパパを狙ったから本丸に避難したの」

 錦の事情説明は端的だった。凌の前なので、いくつか重要な言葉を省いているのだろう。
 先に反応したのは薬研だった。

「狙われたのは錦の上じゃなく?」
「ええ、パパよ。そのあたり含めて、東さんと相談するつもり」
「ねらいがわかりませんね」

 いまつるちゃんが平仮名発音で首をひねる。
 
「それで、ぼくたちはなにを?」
「本丸にいる以上、安全だと思いたいけれど。いまつるちゃんはわたくしのそばに、薬研は鶯丸と、パパの護衛をお願いするわ」
「わかりました! ……薬研、へんじはどうしたのです」
「……。……」
「薬研、パパをお願いよ」
「……」

 薬研の視線が凌へ向く。敵意はなかったが、好意もなさそうだ。なんとなくぺこりと会釈すると、薬研は嘆息して錦に向いた。なにかの葛藤を飲み込んだような、難しい顔をしていた。

「わかった。いまの……いまつるちゃん、錦の上を頼んだぞ」
「もちろんです、まかせてください」
 
 少年たちがかわすにしては緊張感の漂うやり取りの後、薬研の視線が再び凌へと向く。妙なたとえだと思ったが、刃物のような、冷たさと鋭さのある瞳だった。

「俺っちは薬研。錦の上の大事な御仁だ、必ず守り切る」
「こちらこそ、よろしく頼む。凌でもパパでも、好きに呼んでくれ」
「……錦の上」
「安心して、偽名よ」

 凌は即座に膝の上の錦を確認した。錦はよくわかりませんといったような顔で頷いている。「本名だとまずかったのか」と正直に問いかけると「ううん、凌だと、そうかもしれないわね」と不安になることを言われた。
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