迷子の雀


小動物に好かれる刀剣男士アンケート→大倶利伽羅



☆なんかいる

 大倶利伽羅は硬直していた。喜怒哀楽のうち怒や不快に関してだけ比較的顔に出やすい刀なので、戸惑いの表情を浮かべることはなかったが、彼は確かに動揺していたし困惑していた。
 昼寝から起きた大倶利伽羅の隣で、見たことのないいきものが大の字になっていた。
 これが犬猫鳥狐兎あたりならば気にならなかった。この大倶利伽羅は妙に動物に好かれる質なので、動物が集まってくることは珍しくないのだ。霊力の高い動物がふらりと本丸に迷い込んできては大倶利伽羅のところへ向かうので、犬を飼う願望のある審神者にもよく探される。馬の世話などした日には馬がなかなか大倶利伽羅を解放せず藁まみれになり、近侍の大包平――うるさいので馬に好かれていない――に回収される。
 大の字になっているのは、ざっくり分類すれば子どもだった。ほんのりオレンジ色に輝くマントと、表情のない褐色の仮面が特徴的な子ども。仮面は目があるであろう部分がくりぬかれあわく光が見えるが、しかし目は見えない。今横になっているものの眠っているのか分からないし、そもそも目があるのかすら怪しい。鼻や口元には穴すらない。
 悪い気配はしないが、生きている人間にも見えない。
 大倶利伽羅はじっくりと子どもを観察して、そっと距離を取った。子どもは動かない。
 そこへ、同室の槍がやってくる。アイスを片手に持った御手杵は、部屋に入って子どもを確認するなり固まった。

「おーくりからー。パピコ半分……えっなにそれ誰?」
「知らん」
「誰……っつーか何? こわ……プリ伽羅もとうとう動物以外を呼び寄せるようになったのか」
「なんだそれは」
「主が"大デ〇ズニープリンセス倶利伽羅"って言うから」
「やめろ」

 怖いもの知らずの御手杵は、大倶利伽羅にアイスを半分渡しながら子どものそばにしゃがみこんだ。そのまま、仮面のような顔をつつく。するとはじかれたように子どもが立ち上がった。
 御手杵と大倶利伽羅はアイスをくわえたまま構える。子どもから敵意は感じなかったが、得体が知れないものを警戒するに越したことはない。
 子どもはくるりと部屋を見まわしたのち、二振を見た。

[ぽう]

 なにか音が聞こえて首を傾ける。楽器の音のような、大きな音が反響したときの余韻のような、透き通った音。警戒しているこの場面には不釣り合いの、気の抜ける音でもあった。

[ぽわ]

 もう一度聞こえる。注意していた甲斐あって、それが子どもから発せられていることに気付いた。子どもは再度[ぽわ]と音を出すと、二振に一歩近づいてくる。二振が何もせずにいると、とっとっとと軽やかにそばに来て大倶利伽羅のまわりを子犬のように回る。

「うわ大丈夫か?」
「なんともない」
[ぽわ]
「お前それが声なの?」
[ぽーう]

 御手杵の足ほどしか背丈のない子どもは、大倶利伽羅が瞬きをした一瞬に赤いろうそくを手に持っていた。隣の御手杵をみると、そっと首を横に振っている。御手杵にも見えなかったらしい。
 子どもは赤いろうそくを強気な様子で大倶利伽羅に差し出す。

「……なんだ」
[……]
「……なんか言え」
[……]
「おい近付くな」

 大倶利伽羅が拒否の姿勢を示すと、子どもはこころなしかしょんぼりしてろうそくを片づけた。一瞬で消えてしまったので、どこに仕舞ったのかは分からない。何かの儀式を諦めた子どもは、それでも大倶利伽羅のそばからは動かなかった。

「どうすんのそれ」
「……知らん」
「いやめっちゃ懐かれてんじゃん。主に報告したほうがいいだろ。なんかあったら……まあ遡行軍には見えないけどさ」
「…………はあ」

 御手杵の言葉は正論だ。このまま放置するわけにはいかないという意識は大倶利伽羅にもあった。
 試しに部屋の出入り口まで移動すると、子どもは当たり前のようについてくる。マントがふとももあたりまであるせいで、てるてる坊主が動いているようにも見えた。

「俺もついて行こうか?」
「屋内で槍を振り回す気か」
「そうなんだけどさ……あ、じゃあ隣の物吉呼んでくる。なんかあってもラッキーパワーでどうにかなるだろ。部屋にいるかなあ」

 御手杵が適当なことを言って部屋を出る。「もーのよしー」と脇差を呼ぶ間延びした声が聞こえたが、それが遠ざかって行ったので部屋にはいなかったのだろう。今日大倶利伽羅と御手杵は非番だが、物吉は内番があったはずだ。
 大倶利伽羅は御手杵が戻ってくるまでの間、パピコを処理しながら子どもの頭頂部を見下ろしていた。子どもはその場で回ったり突然正座したり動いてはいたものの、大倶利伽羅のそばからは離れなかった。



 物吉は穏やかに笑って子どもに話しかける。

「物吉貞宗です。よろしくお願いします」
[……]

 子どもは物吉を避けはしなかったものの、進んで近付きもしなかった。ろうそくも出さなかった。あれはなんだったのか。
 大倶利伽羅が進むと、子どもが後をついてくる。その後ろを物吉が歩くというかたちで居間の一つに向かう。審神者部屋に不審者をうかつに入れられないということで、場所を居間に設定していた。
 子どもは時折[ぽわ]となんとなく控えめに音を響かせ、とすとす軽い足音をさせながら歩く。刀剣男士は審神者に気付かせる以外で足音を基本的に立てないので、さんにん歩いていても足音は一つだけだ。
 とすとす、とっとっと、とと。
 そこに物吉の声が重なる。

「どこから来たんですか?」
[……]
「お洒落なマントですね。光っててかわいい」
[ぽう]
「あ、返事してくれました?」
[……]
「偶然ですかね。ろうそく、僕には見せてくれないんですか?」
[……ぽえ]
「うーん、ダメみたいですね」

 大倶利伽羅は会話のドッヂボールを聞き流しながら居間の前で足を止めた。ことわりを入れて入ると、審神者と近侍の大包平と、先に話を伝えにいった御手杵が待ち構えていた。大倶利伽羅が腰を下ろすと、子どもも腰を下ろす。一度正座した後、後ろに少し滑るようにして足を投げ出して座った。笑ったのは物吉だけだった。
 審神者は厳しい顔つきだったが、子どもを確認すると表情を緩めた。

「人ではないし刀剣男士でもないし怪異でもないけど……どっちかというと妖精みたいなものなんじゃないかな。自然のかたまりみたいな、優しい光を集めたみたいな印象を受ける」
[ぽう]
「あはは、今のは肯定してくれたのかな」

 大倶利伽羅はじめ刀剣男士たちは肩の力を抜いた。主に害をなす存在ではなさそうである。
 審神者いわく、妖精が本丸に迷い込んでしまったのだろうということで、とりあえず好きにさせておくことになった。大倶利伽羅は顔をしかめた。
 
「そんな顔しない。縁起のいいものかもしれないし。いつまで本丸にいるのか分からないけど、呼び名がないと不便だな……大包平、何がいいかな」
「妖精にちなんだ言葉でいいんじゃないか」
「うーん。見た目が日本っぽくないからなあ……ニンフでいいかな。そのまんまだけど」

 そんな流れで名前も決まった。
 ニンフは大倶利伽羅から離れなかったので、当然のように大倶利伽羅が面倒を見ることになった。悲しいことに出陣も停止だ。抗議しようとしたが、人畜無害そうな妖精を戦場に出して負傷したら気分が悪い。刀剣男士ではないニンフを癒す方法は分からないのだ。
 話がまとまってそれぞれ腰を上げると、ニンフも機敏な動きで立ち上がる。退屈をしていたのだろうか、[ぽわ ぽわ ぽわ]と音を響かせてその場で回った。
 その様子をまじまじと見ていた審神者が言う。

「近づいていいかな」
「主、犬猫ではないぞ。まだ得体が知れない、やめておけ」

 今にも近づきそうな審神者を大包平が諫める。
 大倶利伽羅はため息をついて、審神者が駄々をこねる前に早足で居間を出た。
 ニンフは勝手についてくる。


☆お茶会

 出陣停止となったのは大倶利伽羅だけではなく、物吉もだった。「なんかあってもラッキーパワーで補えるから」という審神者の意味不明な言葉でお世話係その二に任命されたのである。大倶利伽羅よりも身軽なので、小さなニンフの監視役としては適任でもあった。
 とりあえず交流を図ってみようという物吉の案で、飲み物とお菓子が用意された。場所は大倶利伽羅の部屋である。御手杵は「俺そのうちニンフ踏みそうだから」と笑えないことを言って物吉の部屋に居候している。
 物吉はちゃぶ台に500mlのペットボトルを並べた。

「大倶利伽羅さんは何飲みます? 僕はコーラにします」
「……。緑茶でいい」
「はいどうぞ。ニンフはどうします? どれがいいですか?」
[……]
「このオレンジジュース、果肉入ってるやつですよ」
[……]
「置いておきますね」

 ニンフは大倶利伽羅の隣で正座したままじっとペットボトルを見ている、ように見える。物吉が個包装の饅頭とジャンクフードを並べても無反応だった。

「うーん、食べないんでしょうか」
「妖精だからな」
「確かに、僕らも食事必須かと言えばそうでもないですし……でも美味しいですよ? 食べません?」
[ぽえ]
「どういう感情なんでしょうか」

 ニンフは鳴いて、じぃ……と大倶利伽羅を見上げてくる。表情が無いので何を考えているのか全く分からない。じぃ、と。無言の視線に耐えかねて大倶利伽羅は顔をそらす。

「ほんとうに、大倶利伽羅さんに懐いていますよね」
「代わってくれ」
「ろうそく見せてもらってないので無理です。……あ、そうだ、ろうそく」

 物吉がごく一般的な白い蝋燭を一本机に出すと、ニンフがさっと両腕を伸ばした。無言だが、明らかに「くれ」と訴えている。「欲しいんですか?」物吉が笑いながら手渡した。ニンフは両手で大事そうに受け取り、そして首を痛めそうなほど傾けた。

[ぽえ]
「あ、これは僕にも分かります。『なんか違う』って感じですね」
「こいつが出したのは赤いろうそくだったからじゃないか」
「うーん、それにしては反応が早かった気が。白いろうそくも持っているのかもしれません」

 言いながら、物吉はもう一本ろうそくを取り出す。ニンフは顔を向けたものの、手を伸ばしはしなかった。

「点けてみますか」
「好きにしろ」

 ろう皿にろうそくを立てて、ライターで火を点ける。すると、ニンフがいつの間にか握っていた赤いろうそくを持って立ち上がった。

[ぽわ]
「お、例の赤いろうそくですか」

 ニンフは、ちゃぶ台に立ったろうそくと物吉を交互に見て、物吉に近寄った。ずいずいと赤いろうそくを近づける。「危ないですよ」物吉がよけると、その分近づく。
 大倶利伽羅は、自分から離れたニンフと迫られる物吉を眺めた。

「ろうそくを、近づけてやればいいんじゃないか」
「ああ、なるほど。なにかの挨拶なんですかね」

 物吉が卓上のろうそくを持って、ニンフの赤いろうそくに近づける。どちらも火がついているので、火をうつらせることがニンフの目的ではないだろう。物吉はしばらくそのままで、ニンフもしばらくそのままでいたが、何も起こらなかった。

「……挨拶出来たんでしょうか」
「知らん」
[ぽえ]
「ちょっと不思議そうな感じですね」
「真似事だからな」
「よくわかりませんが、僕もお仲間認定された気はします!」

 嬉しいことなのかそれは。大倶利伽羅はため息をついた。
 ニンフが動きをみせたのはそのくらいで、その後、物吉がジュースをすすめても飲まなかったし、大倶利伽羅が注目されながら菓子をつまんでも食べなかった。白いろうそくにも興味を示さなくなった。


☆手入れ

 お茶会に飽きたらしいニンフが空中で座禅を組み始めたとき、出陣していた部隊が帰還した。にぎやかな気配を察知したのか、ニンフが空中座禅を止めて勝手に部屋のドアを開ける。大倶利伽羅と物吉は空中座禅という刀剣男士でもできない技へのリアクションもそこそこに、たったか部屋を出てしまったニンフを追いかけた。

「捕まえます?」
「いざとなればすぐ拘束できる。様子見でいいだろう」
「了解です。というかさっきの」
「写真は撮った」
「あとで本丸チャットにアップしてください。ありがたそうでしたね、端末の待ち受けにしようかな」
「自撮りでいいだろ」

 ニンフは出陣部隊の前に飛び出すことなく、様子を窺うように縁側の柱にくっついていた。
 大倶利伽羅と物吉と妙な妖精に最初に気付いたのは厚だった。部隊の他の刀もなんだなんだと近づいてくるが、あとで主から説明があると言うと解散した。厚が残ったのは、部隊長で、審神者の初鍛刀だからだろう。

「大将は知ってるんだな」
「はい。いわく、妖精のようなものだと。大倶利伽羅さんにすっごく懐いているんですよ」
「だろうな。にしても妖精ねえ……ちっせぇなあ。確かに悪いものって感じじゃな、」

 厚の言葉の途中で、ニンフがその場で軽くしゃかむ。跳躍の予備動作に似ていたので三振はとっさに構えたが、当のニンフはその場で回転しながら[ぽわ!]と大声で鳴いただけだった。

「なんだなんだ。今のなんだ」
「さあな」
「今までで一番大きな声でしたね」
[……ぽわ!]
「サービスか?」
「厚くんに反応しているんでしょうか」
「俺?」
[ぽわ!]

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