影と影が出会う


IF 影の邂逅

美夜:標的が学生やってる。一度事件を起こしてしまっているので仕事が来た。
十三歳くらい?黒子中3。


帝光中学校ーーそこに美夜はいた。長くなった髪をまとめて、黒のズボンにブラウス、腰には刀を下げた"仕事スタイル"。この地域は四季があり、今の時期は夏の前で気温が高い。ベストも上着も着用していなかった。ネックウォーマーはしているが、顎下まで下げていた。

美夜に与えられる指令は基本的に密集区駆除で、その専門ハンターといっても差支えがないくらいだ。しかし稀に例外もあり、密集区のある場所近くに標的がいれば、仕事が回ってくる場合もある。

今回はそれで、その標的は<レベル:E>に堕ちてなお、昼間は辛うじて人間としての生活を送れているらしく、この中学に通っているとこのと。美夜にかかれば人間と吸血鬼に見分けなど簡単につくが、相手は元人間で、昼間に吸血衝動が出ていないとなれば見つけるのは難しくなっていた。<レベル:E>に堕ちたのがつい最近で、情報が少ないため、中学で張り込むことになってしまったのだ。

帝光中学校はいわゆるマンモス校というやつで、生徒数が多い。学校に通ったことのない上、一般常識というものが欠けている美夜は、多いなあと思うのみだったが。

美夜は朝から中学に侵入していた。標的が動かない以上、仕事の進めようがない。不謹慎だが暇だった。学校に行ったことのない美夜は授業を見学ーー勝手にーーしても何が何やら分からない。屋上に入ってみたりーー勝手にーー、一つ一つの教室を覗いてみたりーー勝手にーー、職員室で教員の仕事を眺めたりーー勝手にーーしていると、いつの間にやら放課後になっていた。

密集区駆除でも、構成吸血鬼を一度に倒す為、数日尾行するときはある。しかし相手が分からない以上、美夜はいつも以上に疲労を感じていた。

……ああ、人が帰りはじめてる。学校は終わりかな。夜にこのあたりの見回りしなきゃなあ。

美夜がそう思いながら、下校する生徒を見送る。あまりに人が多いので、学内を歩き回りながらおかしな生徒がいないかと最終確認。ちなみに美夜は昼を食べていない。

「夜になる前に、軽く食べないとなぁ……あ、れ?」

美夜の視線の先に、空色の髪をした少年がいた。いや、いるだけならば何ら問題はないのだが、視線が合っていた。それはもうがっつりと。

美夜はいくら暇でも気配を消すことを怠っていない。声を発してしまったので気付かれやすくはなるが、実際に気付くのは<貴族>以上の吸血鬼か、本能を剥き出しにしてしまった吸血鬼くらいである。

まさか彼が標的……?でもどうみても人間だった。人間のふりをした吸血鬼なら、美夜の姿を見て逃げてもおかしくはない。しかし、吸血鬼になってすぐならば、"影"の事も知らないのか。美夜はそんな自問自答を繰り返し、たっぷり数秒置いてから口を開いた。

「……あの、最近首に怪我とかしましたか?虫刺されとか」
「?いえ、ありませんけど……。あの、ボクのこと分かるんですか?」
「分かりますけど……幽霊かなにかなんですか?」
「そういう訳じゃありませんけど……」

もどかしい会話である。美夜は逃げるべきかと思ったが、とりあえず彼が容疑者である。しかしここで斬るのはあまりに短絡的だ。

というか、姿を見られたのは計算外だ。記憶を消す術式も一応は使えるが。

「部活の見学、とかですか?」
「……ぶかつ?」
「あれ、違うんですか?」

空色の少年は大きな建物を指さした。空いている扉からは大勢の生徒がストレッチしている様子がうかがえる。大量の茶色いボールがボールカゴに入って置いてあった。一般人であれば、その建物が体育館で、ボールがバスケットボールで、そこにいる面々がバスケ部であることはすぐに分かるのだが、美夜は違っていた。

「……あれが、どうかしたんですか?」
「あ、ほんとにバスケ部の見学じゃないんですね」
「バスケブ……?」
「さっきから体育館の周りをうろうろしてたので、マネージャー希望かと思って」
「マネージャー……?って、え、さっきから知ってたんですか」
「制服じゃないですし、目立ちますよ。……まあ、誰も気にしてないみたいですけど。授業中も、あっちこっちにいましたよね」
「…………あの、失礼ですが何者ですか」
「ボクは黒子テツヤです。バスケ部所属です」

黒子と名乗った彼は、そういって頭を下げた。美夜は人間か吸血鬼かと聞いたつもりだが、普通に名乗られてしまった。それで放置しないのが美夜である。名乗られたら名乗り返す、常識だ。

「あ、どうもご丁寧に。晃咲美夜です」
「その腰の、刀ですか?コスプレでも捕まりますよ」
「コス……プレ……?」
「おーい黒子っちー!!練習始まるッスよー!」

体育館から、黄色い髪の少年が呼びかける。黒子が「今行きます」と返事をすると、黄色い彼は体育館に引っ込んだ。黒子は体育館に足を向けかけ、感じた違和感に美夜を見た。

「どうしてあなたに突っ込まないんでしょう」
「普通……私に気付かないので。黒子さんが特殊なんだと思います、けど」
「……よく分かりません」
「私も、この状況がよく分かりません」
「ボクは練習に行きますが……どうします?」
「あ、お構いなく」

体育館へ向かう黒子を見送り、しかし彼が体育館に入る前に、美夜はその場を動いていた。体育館の屋根に座り込み、呆然と空を見上げる。予想外の事態に、珍しく動揺していた。

「……あ、記憶消さなきゃ……」

標的を見つける前に、黒子が一人になるタイミングを見計らわなければ。目撃者を出したことが初めてで、正直美夜はかなり凹んでいた。




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