わんこ、開き直る


「ショーオートー」

 わたしは、テレビを見ながらカップアイスを食べているショートの対面に座った。
 わたしは清々しい気分でいっぱいだった。何の解決も出来ていないが、腹は括った。何とかするのならば自分で、ひいては仲間と。ショートやパパ上と敵対する者の力は借りない。違う世界の犯罪集団一員であり、雄英高校ヒーロー科生として生活をするのだ。

「あのね、わたし、すごくすっきりしたからね」
「うん?」
「あのとき現場にいたみんな、まとめて怒ろうと思います!」
「……おう」
「ショートとイズクとテンヤとエージロとモモで合ってる?」
「……おう。なんでそんなに浮足立ってんだ」
「腹をくくって空気が美味しい」
「は?」

 連絡を入れて、休み中も申請すれば利用できる学校の演習施設に集まってもらおう。派手なことはしないが、周りに人がいないほうがいいだろうという配慮だ。そうと決まれば早速、と腰を上げかけて止まる。
 わたしが外に出られないのだった。
 出鼻をくじかれて腰を戻す。

「……怒る、てのは普通に?」
「普通?」
「なんつーか、ポチのその浮足立ち方というか気合いの入れ方が引っかかるっつーか」
「そりゃ張り切りもするよ、二回目だもん。ちゃんと自覚してもらわないとなと思ってるよ。自分たちがまだ学生だってことを」
「……後悔はしてねぇ」

 ショートは淡々としていた。退学届けを<準備>していたことは聞いている。規則を無視して、信頼を裏切ってでもあの場にいたことを一切悔いてはいないのだ。
 その潔さは良いと思う。ただ、「そのお陰でわたしとカツキは助かったかもねありがとう」と口には出来ないのだ。ヒーローとして真っ当に育っている彼らに、礼を言う訳にはいかない。少なくとも、わたしはそう思っている。もっとシビアな世界を見てきた者としては――犯罪者目線になるが――なあなあを許すわけにはいかなかった。
 ヒーローじゃなければ、別に良かったのだが。

「誰かが死んでも、同じこと言える? わたしやカツキじゃなくて、救出に来たメンバーの誰かが」
「……」
「誰かが無残に殺されても、後悔はないって言えるならいいよ。先生からの信頼とか、自分の将来とか、友達の命とか、何もかもを引き換えにしてでも、わたしとカツキを助けたかったと言うのなら。……そういう話も、ちょっとみんなに出来たらいいなあ」

 テーブルに肘をついてテレビのチャンネルをまわす。しょうもないバラエティも同じことを繰り返すニュースも見る気になれず、刑事ドラマの再放送で指を止めた。前にも眺めたことがある話だった、人気があるのだろう。犯人は覚えているが動機やトリックはすっかり忘れている。
 誰がどうして殺されたんだったか、と退屈しのぎに考えていると、ショートが不意に口を開いた。

「ポチはどこで戦ってたんだ」

 どこで。わたしが首を傾けると、ショートはアイスのゴミを片しながら続けた。

「実力も考え方も、<慣れ>があるのは明らかだろ。命のやり取りを知っているやつの口ぶりだと、俺は思った。今まで……親父もあんなだから聞かなかっただけで、気にならなかったわけじゃねぇ」
「わたしは特に戦ってないよ。身を守る力が必要だっただけ」
「やっぱり記憶喪失ではないんだな」
「ここだと無意味な情報だし、ショートに何かマイナスになるようなことはないから安心して。誰彼構わず話してるわけじゃないから、表向きは記憶喪失で通すけど」
「俺に話して良かったのか」
「話を聞いてくれるって言ったじゃん、お兄ちゃん」

 オールマイト先生に電話を掛ける前のやりとりをなぞると、ショートが目をしばたたく。予想外だと言わんばかりの反応に、わたしのほうが驚いた。

「何その顔」
「いや……。俺でよければ、いくらでも聞こう」
「全部は話せないけど。わたしの素敵な仲間のこと、話せたらいいなって思ってる」
「仲間がいるのか」
「強くて最高にカッコイイよ」

 長らく声すら聞いていないみんなを思い浮かべる。元気かな、何をしているかな。そもそもまだちゃんと生きててくれてるかな。

「じゃあ、ポチの本当の名前ってなんて言うんだ?」
「□□□□□」
「なんて?」
「ひみつ」

 ここにいる間は、わたしはポチ/轟氷火でいいのである。



 今日も今日とて自宅待機である。勉強し続けるような根気強さはないので、今日は瞑想の日と決めていた。
 私室で胡坐を組んで目を閉じる。自力で空間移動能力を作ると一層強く決意したのだ、鍛錬は怠れない。移動能力の開発などまだアイデアすらろくにないけれど、オーラはあって困らないだろう。
 瞑想している間、時間の感覚はあまない。わたしが目を開けたのは、広げた円に反応があったからだ。まっすぐわたしの部屋に向かってきているので、瞑想を止めて廊下に顔を出す。
 ラフな服を着たパパ上と目が合う。今日は数少ない休養日らしい。

「どうかした?」
「何も言ってないだろ」
「わたしに用事かなって思って」
「……。来い、話がある」
「はーい」

 普段は出番のない応接室に呼ばれた。リビングでは出来ない話があるということらしい。
 パパ上はいつも通り表情が乏しく厳めしい雰囲気だ。わたしがふらふら後をついて入ってだらりと座ると嘆息される。いつも通りだ。

「雄英から連絡が来た」
「自宅待機解除?」
「お前はヴィランか?」
「そっちか」
「それ以外にないだろう」

 オールマイト先生に話した内容を把握しているらしい。道理でいつもより目つきが鋭いわけだ。
 思ったより遅かったな、というのが正直な心境だった。オールマイト先生からすぐに相澤先生とパパ上に連絡が入るものと思っていたが。連絡があった上で、わたしの様子をうかがっていたのかもしれない。
 わたしは首を横に振りきれずに、腕を混んで顎に手を当てた。

「常識的にみて悪者だったのは確かだよ。でも、ずっとずーっと遠くの話だから。パパ上たちにはどうしようもないし、わたしにもどうしようもない。帰れるなら帰ってるからね」
「犯罪者だということは認めると」
「言い逃れできないほどには」
「……」
「でも、これを確認してどうするの? 裁けないでしょ」
「開き直るな」
「このくらい図太くないとやっていけないところだからさあ」

 パパ上が深くため息をついて額に手を当てている。

「なんかごめんね」
「そう思うなら言動を改めろ」
「えへへ」
「褒めてない」
「こっちではそういうことしないから」
「……勧誘されても戻ってきたものな。信じよう」
「わーい」
「言動、を、改めろ」

 わたしは振る舞いを変える気がないことくらい分かっているだろうに、パパ上は律儀に注意をしてくる。なんだかんだ真面目なのだ。
 




 炎司は、朗らかに笑っているペットから目をそらした。
 信じよう、とは言ったものの。
 『<こっち>ではそういうことしない』ということは、本来の居場所では犯罪を犯すつもり満々だということだ。今、ヒーローとしての勉強をしているにも関わらず、行動を改める気は皆無なのである。
 学校からの連絡によると、盗みや殺しをしていたと。三桁の人間を殺しているかもしれないと。
 実力や心構えに納得をする反面、想像以上にとんでもない存在だったと頭を抱える。ヴィラン連合のアジトに連れて行かれながらもオレンジジュースを飲んでいたという話を聞いたときは、少なからず強がりが入っているものと思っていたが、「この空気懐かしい」とリラックスしていた可能性もある。

「ここでは裁けないと言ったって、現地のヒーローは何をしているんだ。お前のようなのを野放しにして」
「手が出せないんだよ。わたしの仲間のほうが強いもん」
 
 傲慢だ、と一蹴出来ない。これがポチ自身の話ならばともかく、ポチは自分自身のことを<弱いほう>と良く表現し、仲間が自分を助けてくれたと言うのだ。
 仲間。

「仲間、と言うのだから、集団か」
「うん。機会があったら、パパ上も戦ってみたい?」
「ヒーローとしてな」

 ポチは嬉しそうだ。仲間のことが本当に好きなのだろうなと、それだけなら微笑ましいのだが、窃盗や殺人をするというのだから手に負えない。
 ポチがからかうように不格好な口笛を吹いた。

「わたしも見てみたいけど、殺されないように気を付けてね!」

 自分の実力をきちんと把握出来ているポチから見て、自分は殺される可能性があるらしい。

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