それでは来世で
デフォルト→十鳥/トトリ
※殺人、レイプ、クスリ、そういう表現有。
「ジウ(誉田哲也著)」のジウです。
もうちょっと書きたい気持ちはある。
EGOISTの「planetes」「あなたに捧げるアイのうた」がイメソンです。EGOISTすき。ジウのことを考えながら聞いてヴァー!となったので書いた。
ひとりくらい、ジウのことを愛していてもいいと思うの。
十四歳の誕生日のことだった。
端的に説明すると、わたしの父親はクスリをやって出世したタイプの人間で、わたしは、父親にクスリを勧めたオジサンに売られた。金銭のやりとりが無かったので<売られた>というのは正確な表現ではないのかもしれないが、ナントカ十鳥という人間が行方不明扱いになり、オジサンの管理下に置かれたのは事実だった。
なぜそんなことになったのか、父親は何も言わなかったが、意外にもオジサンが説明してくれた。
叩き上げ官僚の父、父と大学時代の同期で若くして亡くなった母。それがわたしの両親だ。わたしは所謂温室育ちで、何一つ不自由したことが無かった。物心ついたとき既に母はいなかったが、わたしは母の面影を大切にしていて、母のことが大好きだった。しかし、父はそれがわずらわしかったという。わたしも亡き母も大切にしてくれる、働き者の良き父はただの幻想であり、父の中には野心しかなかった。さらなる高みを目指す父のもとには、政略結婚の提案がいくつかあり、それを受けるにあたってわたしの存在が目障りだったのだという。
「だからきみのお父さんは、きみを手放したかったんだ」
ミヤジと名乗ったオジサンは、絵本を読み聞かせるように優しく教えてくれた。さきほどまで、泣きわめくわたしを叩き、荒々しく腰を振っていたとは思えない。
わたしは、ホテルのディナーだと騙されて出かけ、ホテルの一室でこのミヤジとかいうオジサンに引き渡され、そのまま犯された。ベッドのシーツは血と体液で汚れており、そこでわたしは大の字になっていた。ミヤジは、少女を犯した背徳感だとか、幾度も叩いた罪悪感だとかとは無縁そうで、挿入こそしていないがわたしの肉芽を撫で続けている。
「もちろん、殺すという手もある。しかし、きみのお父さんはそこまでは思いきれなかったらしい。死体処理の業者くらいすぐに呼べると言っていたんだけどね。どうにかしてくれ、と頼んできたんだ」
下腹部の痛みと頭痛で会話どころではなかった。
「どうにか、と言われても、わたしは保父じゃない。現官僚の、しかもきちんと自意識のある子どもを適当な施設にやるわけにもいかない。つまり、当然だが、殺すのが最もシンプルだ。だが、後になって『返してくれ』なんて言われたら困る。きみのお父さんは、落ち込むとそういうことを言いかねない男だから」
それは、分かる気がした。父は気分の浮き沈みが強く、思い切った行動をとるときと、過去の選択に対して躊躇いが強く出るときがある。政界を動かす人間としてはこころが弱いのだ――だから、クスリがないとやっていけないのだろう。
「顧客の期待に応えるのもわたしの役目だ。きみをあっさり殺すわけにもいかない。そこで、いい仕事がある」
ぐ、と肉芽を押されて体がはねた。勝手に女にされたことが、これ以上なく嫌で気持ちが悪くて吐き気がする。
「<彼>に日本語を教え、世話をしてくれ」
いっそ殺してくれと思った。どうしてわたしが、こんな辱めを受けなければならないのか。初対面のオジサンに全裸を晒し、体中を触られ、舐められ、開かれないといけないのか。こんな目に遭って、汚された体で、利用されなければならないのか。
命を捨てる方法を考えていると、また大きく足を開かれた。ミヤジのものが入ってくる。抵抗する体力もそろそろ無くなっていた。
「返事は?」
顔を叩かれ、腰を打ち付けられる。
わたしは返事をしなかった。気に入らなければ殺されるかもしれないと、そんな安直な考えからだった。
吐くまで犯されてもわたしは返事をしなかった。
*
都内某所、高級マンション。二○階建ての十七階、3LDKの一室がわたしの住処である。
自由に外へ出られないこと以外は、手厚い生活を送っている。通販は利用できるし――直接宅配業者とのやりとりはしないものの――、外出も皆無ではない。電話はないがテレビもある。
行方不明扱いのわたしと、戸籍の無い同居人との二人暮らしだ。当然、物件を手に入れられるような身分ではないので、ここはミヤジの別荘である。ただのクスリの元締めだと思っていたが、その上であのオジサンは不動産王だった。このマンションもミヤジの持ち物だ。
戸籍の無い同居人が、あのときミヤジが言っていた<彼>だった。名前をジウと言う。詳細は知らされていないが、とりあえず中国系であるということだけ分かっている。日本語を使えない少年に、日本語をレクチャーするというのがわたしの仕事だった。
その仕事も、五年目に突入している。ジウの日本語力は日常生活に支障がないほどになっていて、わたしの仕事はもっぱらジウの身の回りの世話になっている。といっても、こちらもほぼ仕事がない。五年前はともかく、今となっては、ジウがこの家に帰ってくることは少ないからだ。週に二度あればいいほうだろう。
わたしは十九、ジウも同じくらいの年齢になっていた。
わたしはひ弱になった。暇なので体力維持のために運動器具を購入してなんとなくトレーニングをしているものの、外を出歩けないというのは中々堪える。久々に出かけても、せいぜい一時間が限度というありさまだ。
ジウはきれいになった。出会った頃から女の子かと思うほどの中性的な雰囲気だったが、成長してもそれは変わらなかった。身長こそ一七〇センチほどまで伸びたものの、肩幅は細く、一見すると女の子のような出で立ちなのだ。ここ二年ほどは髪も脱色して、今や綺麗な金髪になっている。それが似合うのだからさぞモテそうなものだが、本人が無表情な上に無口なので、実際どうなのかは分からない。
午後の四時、三日ぶりに帰宅した同居人は、相変わらず無表情で美人だった。
「ジウ、おかえり」
ジウはわたしを見て「うん」とだけ返した。
「何か食べる? お風呂?」
「お風呂」
柔らかい話し方をするのは、ジウは基本的にわたしの真似をしているからだ。それでも、いつの間にか一人称は<俺>だった。ジウが外で何をしているのか分からないが、話し相手がいるのだろう。
風呂に入るならば、着替えを。タオルは洗面所にある。
3LDKのうち、着替え置き場――お洒落に表現すると衣装部屋――にしている部屋に向かう。他の二部屋はそれぞれの寝室だ。服の置き場をあえて分けたのは、わたしがジウの寝室に入ることを躊躇ったからである。同居人とはいえ他人だ。一人になれる空間も必要だろうと判断した当時十四歳のわたしの判断は正しかったと思う。ちなみに、服の整理を個々の管理にしなかったのは、ジウの家事能力が壊滅的だったからだ。
下着とスウェットを持って風呂場へ向かう。いつものことなので、特に声はかけず、着替えを分かりやすい場所に置いた。ついでに、洗濯機に放り込まれた服を見る。今日は<普通>だった。血痕がついているときが時たまある。タオルの近くに、無造作に大振りなバタフライナイフが置いてあるので、まあ、ジウはいつの間にかそういう物騒な方向に育っていたのだ。
わたしの責任ではないと思う。十割ミヤジのせいだと思う。初対面からジウの表情は抜け落ちていた。
続いてキッチンに向かう。風呂が先であっただけで食事もするだろう。ジウは何でも食べる。好き嫌いがないというよりは、味覚が乏しいという印象を受ける。熱いものもそのまま口に入れるので、温度には気を使っている。
冷蔵庫を見る。冷凍庫も見る。わたし自身もあまり料理はしないので、食材よりは冷凍食品のほうが多い。出前もそこそことる。
基本的には、わたしの食べたいものをジウにも食べてもらっている。今日は味の濃いものが食べたい。チャーハンでもチンしよう。
三人前を電子レンジで温め、まとめてうちわで扇いで冷ましていると、ジウがバスルームから戻ってくる。
「チャーハンにした」
「うん」
ジウのほうの皿に四分の三を入れて、残りをわたしの分にする。ジウは見た目が少女なのでうっかりしがちだが、しっかり男の子なのだ。わたしより結構食べる。それでも全く肉がつかないので、外で相当運動をしているか、外ではろくに食べていないかどちらかだ。
「メロンもあるよ。後で食べる?」
「うん」
「よし」
本当に食べたいのか、拒否するのが面倒なのか、未だに分からない。
テレビは、ニュース番組にしておく。外に出られないわたしにとって、これが唯一の外を知る手段だからだ。ジウは特に興味も無さそうで、黙々とチャーハンを食べている。
ぱ、とコマーシャルが挟まる。近くの商業施設のアウトレットセールの広告だった。
「ジウ、買い物に行きたい。もう前の外出から一か月経つし。美容院行ったとき」
「ん……分かった」
わたしの外出は、ジウの同行が必要だ。家の鍵をジウしか持っていない上にわたしは連絡手段がないので、自然と行動を共にすることになる。ジウ自身も、わたしを自由にさせないようミヤジから聞いているような素振りなので、特に何か言うでもなく一緒にいてくれる。
五年、この生活だ。外に出られないことで気が滅入ることもない。ジウと一緒の行動を煩わしく思うこともない。むしろ、ジウが一緒にいてくれるのは心強い面もある。今や、わたしよりもジウのほうが現代日本に詳しいし、いざとなったらジウはナイフも持っている。事件にならないことが第一だが、もしも何か起こっても、そこはミヤジがどうにかする。
「いつ行ける?」
「明日、いいよ」
「服を買おう。ジウのも。お昼食べて、カフェも行って、おやつ買って帰ろう」
「俺の服は、いらない。トトリだけでいい」
「朝イチで、店員さんにコーディネートしてもらおうよ。そのままお洒落して、ご飯に行くの」
「俺は……」
「だめ?」
「……いいよ」
声音も表情も変わらないので、どのくらい乗り気になってくれているのか全く謎だ。ジウはわたしに基本的に優しいので、こういう提案は大体乗ってくれる。
髪を切りに行こう。服を買いに行こう。テレビで素敵なカフェを見た。どこどこに新しいパン屋が出来たらしい。一緒に食べよう。一緒にテーマパークに行ったことさえある。わたしがすぐに疲れ果ててしまい、ほとんどの時間をベンチで過ごしたが楽しかった。
チャーハンを食べ終わったら、カットしたメロンを出す。一玉一万円の高級メロンだ。いわく、メロンの価格の差は網目の状態によるもので味に大差がない場合が多いらしいが、金ならあるので良いものを買った。いつものことだ。わたしに与えられたミヤジのサブ口座には、ジウの世話仕事の報酬として月に一〇〇万が振り込まれている。
「久々に食べると美味しいね」
「うん」
ジウはやはり淡々としていた。
わたしがこの五年間、自殺をしなかったのは、わたしよりもジウのほうがよほど空っぽだったからである。
- 84 -
prev│(ガラクタ)│next
ALICE+