それでは来世で3


※「ジウ」のネタバレ含む



 リビングは静かだった。わたししかいないのだから、それはそうだ。いつもの朝。だというのになんとなく落ち着かないのは、ジウが妙な行動をとったからだ。
 
「……どうしようもないもんなあ」

 電話がないので、ジウを問いただすことは出来ない。ミヤジにも。わたしはこの部屋で待つしかないのだ。
 気を揉んでいても仕方がない。
 顔を洗って、着替えて、コーヒーを準備する。朝食はグラノーラにした。ジウがキッチンを使用した形跡はなかった。朝食を食べずに出て行ってしまったらしい。よほど急いでいたのだろうか。
 朝食を済ませて、また暇を持て余す一日だ。本を読んで、ゲームをして、運動をして。五年間こんな生活にも関わらずこころが健康なところは、胸を張れると思う。元々インドアであったことが幸いした。
 なんでもないいつもの一日だった――BGMにしていたワイドショーのアナウンサーが、焦った声を上げるまでは。

『……今、入ったニュースです。新宿駅前にて選挙演説中だった、三嶋裕子議員が、武装集団に襲撃されました。多数の、死傷者が出ている模様です。繰り返します、新宿駅前での選挙演説が何者かに――』

 この平和な、表向きは平和な日本で、武装集団が選挙演説を襲撃?
 キッチンで紅茶を淹れていたわたしは慌ててテレビの前に立った。アナウンサーは先ほどの言葉を繰り返すのみで、それ以上の情報は入っていないようだった。別の局に変えても、新宿駅前が新宿駅前東口広場であることが分かったくらいで、武装集団と被害の詳細については報じられていない。落ち着かずにぐるぐるとチャンネルを変えていると、十五分経った頃だろうか、少し情報が増えてきた。
 場所は新宿駅前東口広場。襲撃されたのは三嶋裕子の選挙演説。三嶋裕子衆院議員は無事。選挙演説応援にかけつけた内閣官房長官の渡辺和智衆院議員が射殺。同じく応援の大沼総理大臣は警視庁の警察官が保護。聴衆の死傷者多数。武装集団の規模、所属、目的は不明。さらに同時刻、歌舞伎町周辺で交通事故が多発し、歌舞伎町が孤立状態であるということ。
 ジウたちだ、と思った。タイミング的にそうとしか考えられなかった。
 濃くなりすぎた紅茶を捨てて淹れ直し、テレビの前に張り付く。もっと詳しい情報を。特に犯人グループに関しての報道を。
 こまめにチャンネルを変えて情報を逃すまいとしていると、やがて<犯行声明>が報じられた。歌舞伎町商店街振興協力会という団体のホームページから発信されているらしかった。
 映像が映し出され、わたしは息をのんだ。
 真っ赤の衣装のジウが映っていた。立つジウの前に、テレビでよく見る大沼総理大臣が膝をついている。ちょうど、紛争地域のテログループが、人質を処刑する場面に似ていた。大沼総理大臣は保護されたと報道されていたが、誤報だったのだろうか。
 ジウに釘付けになっていると、加工された男の声が流れてきた。流暢な日本語だ、ジウではない。ナレーションのようにあててあるだけだった。
 彼らの要求はこうだ。
――現在孤立している歌舞伎町とその上空における治外法権。二十四時間以内、二月十四日の午後二時十分までに結論を出せ。そうでなければ総理はもちろん、一般市民にも広く被害が出る。
 治外法権の対象が歌舞伎町では支障があるだろうと、その声は自分たちの団体名を告げた。<新世界秩序(NWO)>。

「新世界秩序……ジウが?」

 信じがたく思ってしまった。ジウにそこまでの強い野望があるとは思っていなかった。なにかよからぬことをしているのは察しているが、せいぜい、殺人程度だと思っていた。殺人に<程度>をつけてしまうのは、ミヤジがそのようなこと――殺人はなんともない、死体処理もすぐできる――を言っていたからである。
 ミヤジに強制されているとも違う気がした。そもそも、ミヤジにもこういった野望が無さそうなのだ。あのオジサンは金も権力も持っている。今更、ここまで危険な賭けをして、治外法権など求めて何になる。土地が欲しいなら無人島でも買えばいい。法律を潜り抜ける方法も熟知しているだろうに。
 どこの局も襲撃と犯行声明で持ちきりだった。どこそこ大学の教授、元なんとか長の誰々、とそれらしい肩書の人間が分析を試みている。わたしはそれを適当に拾いながら、頭をぐるぐる動かしていた。
 ミヤジとジウはどうしてこんなことを。

「……ジウ、帰ってくるよね」

 犯行声明の映像に向かって声をかける。ジウは口を動かして何事かを呟いているように見えたが、声は届かず、加工された男の声が流れるだけだ。画面の向こうのジウをじっと見つめて、あ、と声が漏れた。
 そういえば。ジウは、あのとき結局なんと言ったのだろうか。


 落ち着かない一夜を過ごし、朝の四時にベッドを出た。昨日と変わらないリビングだ。真っ先にテレビをつけて現状を確認するも、特に進展は無さそうだった。返答の期限は今日の午後二時十分。あと十時間しかない。
 NWOの要求を日本政府が飲むとは思えない。だが、一般市民への被害を見過ごすことも出来ないだろう。どうするのだろうか。強硬突破だろうか。昨夜テレビで見た元SATのコメンテーターが言うには、歌舞伎町のバリケードは非常によく出来ているらしい。数多の車やバスで作られたバリケード。いかなSAT隊員とはいえそれらを軽々ジャンプできるような身体能力はない。銃器を持っていても、バスに上っているときはどうしても無防備になる。そこを攻撃されたら終わりだろう、と。そもそも突入できたとして、NWOのメンバーとそうでない巻き込まれた市民とをどう見分けるというのか。
 フレンチトーストを焼いて、テーブルに座る。NWOは、政府は、ジウは。いっときも落ち着かないでいると、ニュース速報の通知音がした。テレビ画面上部に文字が流れてくる。

【民自党、公民党、新民党によるNWO要求に対する協議が終了。五時半より会見】

 時計を見る。あと一時間だ。

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