わんこ、仲直りする


 雄英高校に全寮制が導入される表向きの理由は二つ。生徒の安全確保と、充実した教育を行うため。表に出せない理由も一つある。ヴィランにつながっているであろうスパイを泳がせてあぶりだすためだ。わたしにもそのくらいは分かった。スパイ疑惑がかかっているからこそ、かもしれない。
 パパ上は「好きにしろ」と放任で、フユミも反対しなかった。わたしやショートももちろん反対する理由はないのですんなり頷いた。面談に来た相澤先生は驚いたようだった。わたしが標的になったから、入寮は渋ると思われたらしい。パパ上はそこまで過保護じゃない。
 入寮初日、相澤先生がざっくりと寮内の説明をしてあとは荷ほどきの時間にあてられた。大して荷物がないのですぐに終わり、「和室にしたい」と業者に畳を依頼していたショートの部屋に手伝いに行った。
 きょうだい仲良く作業をしていると、ショートのほうから問題の話題を振ってきた。

「まだ、怒らないんだな」
「荷ほどき忙しいだろうからね」
「……退学届けは、全員準備してたんだ」
「準備じゃなくて『出して行け』って言ったつもりだったんだけど……相澤先生がおとがめなしって言っちゃったもんね。出番が無くなってよかったね」
「……」
「止められなかったってことで、他のみんなまで除籍処分になりそうだったことは堪えたでしょ」
「ああ」
「皆言わないだけで、言いたいことはいっぱいあると思うよ」

 特にツユちゃん。
 わたしは私室の整理をしているときにツユちゃんの訪問を受け、彼女がとても悩んでいることを知っている。ツユちゃんは今日の夜にでも、現場にいた組とちゃんと話をしたいと言っていた。今のままでは、以前のように楽しくおしゃべりができないと。
 わたしはそこに便乗することにした。
 ツユちゃんは悩んでいるのであって、怒っているのではないから、ショートたちと話しても平和に終わるだろう。きっとハートフルにおさまる。
 けれどそれは許さない。二度目なのだ。わたしを情で流せると思ったら大間違いである。

「今夜、楽しみにしててね」

 ショートは表情の乏しい顔で首を傾けた。



 荷ほどき後、みんなでお互いの部屋を見て回るというイベントが発生した。以外にもショートは参加するらしい。ひどく眠たそうだが、輪から外れることはなかった。姿が見えないのは、カツキとツユちゃんの二人だ。
 みんなうきうきと早速移動しようとするので、わたしは慌てて手を挙げた。

「あの! わたし用事あるから不参加!」

 残念そうにされたが、こちらもこちらで大事な用事だ。ショートが合鍵を持っているから入りたければご自由に、と言うと「ポチどこ行くんだ」と怪訝にされた。
 わたしは笑って、寮の上の階を指さした。

「カツキのとこ」

 そう言っただけで、みんなの表情が複雑なものになる。笑顔になり切れていない笑顔、隠せていない興味、気遣い。ヴィラン連合にさらわれたわたしたち二人へ向けられる視線は、明らかに他とは違うのだ。もしかしたらこの私室巡りツアーも、ぎごちなさ解消のためなのかもしれない。ぎこちない原因はわたしやカツキだけではなく、ショートたち現地組も含まれる。雰囲気を柔らかくするための企画ならば欠席は少しためらわれるが、ここは用事を優先させてもらいたい。
 みんなと分かれて、カツキの部屋に向かう。すんなり開けてくれるとは思わないが、とりあえず普通にノックした。応答がなかったので、今度は強めにノックした。

「カツキくーん遊ぼー」

 ドンドンドン。ドンドンドン。ドンドンドンドンドンドンドン。
 中の人間が動いたのが分かった。ドアから一歩離れて待つと、乱暴にドアが開く。

「っせえな三々七拍子刻むな帰れ犬っころ」
「開けてくれた!」
「じゃあな」

 すかさず足を挟む。強化しているので、どれだけ強く閉められてもわたしの足にはあざ一つつかない。

「ンだよ。人の安眠妨害すんな」
「ありがとう」
「は?」
「止めてくれたの、嬉しかったから」

 カツキは三白眼を見開いている。珍しく眉間にしわがなく、純粋に驚いているようだった。

「まあちょっとは、ちょっと、結構後悔してるけど」
「寝返り宣言しに来たんか」

 カツキの眉間にしわが戻る。呆れたため息もセットだった。相変わらずの様子に嬉しくなって笑ってしまう。
 カツキは、わたしが轟家の養子だと知っている。元々犯罪者の側だというのも、ヴィラン連合の会話から推測しているだろう。おまけに、オールマイトに殺意を向けた。カツキはそれらと直面しながらも、わたしをクラスメイトとして認識しているのだ。
 嬉しいと思ってしまうことが、少し悔しくもあるけれど。

「ちゃんと踏みとどまったからセーフだよ」
「クソが、次はねぇぞ。全力でぶん殴ってやるからな」
「止めてくれるんだ」
「あぁん? なに好意的に解釈しとんだ。寝返る前にぶっ殺してやるって言ってんだよ」
「いやわたしのほうが強いんで」
「はああ?! おいお前今から外出ろ、」
「おやすみ」
「聞けや!」

 棘のある声を背に、わたしは鼻歌交じりでフロアを後にした。
 あまり時間は経っていない。みんなはまだ私室巡りをしているだろう。合流してもいいが、元気よく欠席を告げたのだ。一階の共有スペースでテレビでも見て、時間をつぶすか――いや、もうひとり、私室巡りに参加していない生徒がいるのだった。
 わたしはロビーへ向かう足を、ツユちゃんの部屋へ方向転換する。なんとなく私室巡りの賑やかな声を避けて、ツユちゃんの部屋のドアをノックした。

「ツユちゃん、わたし。ポチだよ」
「……ケロ」

 そろり、と遠慮がちにドアが開く。ひとりだということを伝えると、わたしを部屋に招いてくれた。わたしの部屋を訪ねてきたときと同じく、ツユちゃんはいつもより猫背で、声のトーンが落ちている。
 ローテーブルに向かい合って座ると、先に口を開いたのはツユちゃんだった。

「心配してくれているのね」
「まあね。何かに思い悩んでいるときは、夢中になれる趣味でもするか、誰かと話して気を紛らわすのが良いよ。あとでイズクたちに伝えるとしても、思いつめるのは良くないから」
「……ありがとう」
 
――わたしの言葉では弱かったけれど、ポチちゃんの言葉は確かに刺さったと思ったのに。
 ツユちゃんは、わたしの部屋を訪ねたときにそう言っていた。今日の入寮時の相澤先生の発言で、そうではなかったと知ったのだ。自分はクラスメイトの無謀を止められなかった、と悔いなくてもいいのに悔いていた。ツユちゃんも例に漏れず、優しいヒーローの卵なのだ。
 優しいこどもが多すぎる。嬉しいようなむずがゆいような、すこし冷めた目で見てしまうような。そんな心境でると、ツユちゃんがふと顎に指先を当てて首を傾けた。

「そういえば、ポチちゃん。病院で『向かった人をボッコボコにする』って言ってなかった?」
「言ったね」
「……するの?」
「する! ツユちゃんがみんなに伝えた後に」
「ボコボコに……」
「彼らはヒーローに憧れすぎているように見える」

 慢心故の無謀ではない。ヒーローに夢を見すぎているように感じる。
 彼らとて、考えて行動していることは知っている。助けたい気持ちが強く、自己犠牲も厭わず、正義を貫こうとする。しかし、どうにもヒーローとヴィランの差について理解していない気がするのだ。
 ヒーローとヴィランの差は、ただ力の使い方しかない。ヒーローはヒーローであるために、規則を守り、己を律する必要がある。わたしは何度も言っている。

「ヴィランが転んだ子どもを助け起こしたとしよう。子どもは、きっと『ありがとう』って言うでしょ」
「ええ」
「ヒーローがただひったくりを捕まえるために、狙いが狂って住民のいるマンションを倒壊させたとしよう。どこからどう見ても犯罪者でしょ」
「……そうね」
「善人を悪人は紙一重なんだ。だからこそ、ヒーローは厳しい規律を守る必要がある。国民から信頼されたいなら。そして、その規律はヒーローを守るためのものでもある。ヒーローっていう職業をヒーローたらしめるのは、心意気じゃなく行動だ。見えないものは周囲から測れないんだから」

 ツユちゃんがさらに首を傾ける。

「ポチちゃんは、ヒーローに対してすごく……こう……」
「どちらかというとヒーローアンチだからさ」
「ケロ」
「みんからすると、すごく冷めた見方をしてしまっているのは認めるよ」

 ツユちゃんは「ナンバーツーヒーローが父親なのに」という顔をしていた。
 
「ツユちゃん、混乱してる顔だね」
「ポチちゃんは、ヒーローになりたいのではないのかしら?」
「ほぼ成り行きだよ。将来の夢はショートのサイドキックです」

 ツユちゃんは「もったいない、どうして」という顔をしていた。
 ツユちゃんの考えていることが手に取るように分かって笑った。分かりやすいなあと笑って、不意にノートの一ページをちぎり取った手紙が脳裏をよぎった。
 ファンレター第一号。合宿襲撃時にわたしとイズクが守った少年からの手紙。
 あの手紙は、ファイルに入れて取ってある。あれ以来読み返してはいないけれど、心に深く刻まれている。
 わたしはヒーローではない。それでも、誰かは救われているらしい。
 自分勝手の副産物だ。嘘偽りなくそう思っているのだが。

「<ヒーロー>は周りが決めるもの。その在り方に、少しだけ、憧れてしまうのは本当だよ」
「ああ……そういうことなのね。わたし、分かったわ。ポチちゃんのことが少しだけ」
「そう?」
「あなたはヒーローに誰よりも強い思いがあるから、高い理想を抱いているから、誰よりも厳しいの。アンチなんかじゃないわ。ポチちゃんは、ヒーローのことが大好きなのね」

 ケロ。ツユちゃんは大きな目を細めて笑う。
 わたしは軽く笑って反論しようとして、口を閉じた。
 そんな可愛いものではない。わたしはヒーローという存在に怒っている。助けられなかった過去を引きずっている。ヒーローならばこうあるべき、と語れるのは、しっかり悪役に染まっているからこそだ。
 ツユちゃんの言うように、もしわたしがヒーロー大好きだとしても、それは圧倒的力でもって破壊することでわたしを助けてくれた彼らのことだ。
 <綺麗ごとを実践する>ヒーローのことは、きっと一生かかっても好きにはなれないだろう。
 うん、そう、これは本心。
 被験体なんていう経験をしなければ、憧れだけが本心であっただろう。


 私室巡り後、オチャコに中庭に呼び出されたショート、イズク、エージロー、テンヤ、モモは、ツユちゃんとしっかり会話をしたようだった。
 <ようだった>というのは、つまり、わたしは同席しなかったのである。
 寮のロビーから様子を見ていただけだった。泣いてしまったツユちゃんを囲って、彼らはきっと素晴らしいやり取りをしていた。それを、同じく寮のロビーに留まっているクラスメイトと眺めているだけだった。
 しばらくして彼らが戻ってくると、デンキやミナ、ムードメーカー筆頭に彼らに絡みに行く。ぎこちない空気の霧散が目に見えるようで、わたしは少しだけ笑った。
 ショートが輪を抜けて、ソファで傍観しているだけのわたしに歩み寄ってくる。

「……怒るんじゃなかったのか」
「そのつもりだったんだけど、ツユちゃんと話してたら毒気抜かれちゃった」
「……」
「ツユちゃんの言葉が効いたみたいだし、わたしが水を差すのもなと思ってさ」

 ソファから立ち上がって背伸びをする。いい時間だ、そろそろ眠気も強くなっている。夏休みとはいえヒーロー科、訓練はみっちり組まれている。

「部屋に戻るよ、また明日」
「ああ……ポチ」
「うん?」
「心配かけて悪かった。無事でよかった、お互いに」
「……そうだね」
「信用ないかもしれねぇけど、もうこんな無謀はしない」
「だといいけど」

 意地悪な返答すると、ショートが苦い顔をする。口下手と反省が相まって、何も返せないらしい。
 わたしは力加減に気を付けて、少しだけ強めにショートの背中を叩いた。

「おやすみ、お兄ちゃん」
「いってぇ……」
「ゴメン」
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