わんこ、仲直りする2
林間合宿、ヴィラン襲撃、誘拐、オールマイト引退、入寮。盛りだくさんの夏休みも終盤に差し掛かった。夏休みといいつつほぼ毎日訓練なので、ただの修行期間にも思える。
寮の生活にも慣れてきた。
朝起きて部屋から出ると誰かしらいて、食事をするときも誰かしらいて、お風呂から上がっても誰かしらいる。賑やかで奇妙な生活だが、某凶悪盗賊団のアジトでの生活を思い起こして楽しい気分でもあった。賑やかなのは好きなのだ。
「ポチ、にやにやしてる」
共同スペースでたむろする女子たちをお風呂上りに眺めていると、ジローから指摘された。
ちなみに風呂は大浴場と二つ個室があり、わたしはもっぱら個室を使っている。おそらく本来は生理時用なのだが、わたしは大浴場だとあっという間にのぼせてしまうので、彼女らに了解を得て常に個室を使わせてもらっている。
今日は、わたしが一番シャワーを終えるのが遅かったらしい。女子全員が揃っての雑談タイムも珍しいので、ちょうど空いているジローの隣に座った。
「賑やかなのはいいなあと思ってた。トドロキハウスは広くて静かだから。嫌いじゃないけどね」
「轟って家でもあんな感じ? 静かというか寡黙というか」
「そうだね、あのまんま……このまんま」
イズクと話しながら一階へやってきたショートを示す。突然女子からの視線を浴びる羽目になったショートは、イズクを目を合わせた後に「なんだ」と相変わらずの低いトーンで言いながら、わたしの後ろ側に立った。
「ショートは家でも外でもあんまり変わらないよって話」
「なんでそんな話になるんだ」
ショートが一気に呆れ顔になる。イズクはショートの隣で愛想笑いをしていた。
「みんなショートに興味津々なんだよ」
「だからなんで」
「うーん、ミステリアスなのかな」
「イケメンのプライベートが気になるからです!」
ミナが挙手をしながら前のめりになる。清々しい宣言に、わたしは思わず吹き出した。イズクはむせていた。
「良かったね、ショート。モテモテで」
「なんか嬉しくねぇんだけど」
「というかショートってカノジョいるの?」
「いねぇよ。はやく寝ろ」
ショートは心持ち早口になって、わたしの頭を小突いてから風呂場へ向かった。
ショートとイズクの姿が見えなくなってから、女子が沸き立ち称賛される。
「よくぞ聞いてくれた!」
「さすが妹!」
ショートのことを恋愛的な意味で好きだというよりは、アイドルの恋路を気にしている印象だ。訓練勉強訓練訓練勉強、という毎日である。女子たちは刺激や恋バナに飢えているらしい。
するとトオルが声を潜めた。
「みんなさ、好きなひとっているの?」
男女共同寮の共同スペースでする話題ではないのでは。
そう思ったが、みんな恋バナスイッチが入ってしまっているらしい。具体的な相手はいなくとも、どういうひとがタイプ、どういうデートがしたい、というむず痒い話が広がっていく。
微笑みながら相槌を打って話を聞いていると、当然のようにわたしにも順番が回ってきた。だが、わたしより先にトオルがきっぱりと答える。
「ポチを射止めるのはハードルが高そう」
「断言……」
「だってだって、まずポチがすんごく強いし。お兄ちゃんのレベルも高いじゃん、イケメンで強い。ポチを振り向かせるの大変そうj」
「そうでもないと思うけどな……」
曖昧な言い方が悪かったらしいと気づいたのは、ジローがにやりと笑ったのを見たからだった。
「つまり、好きなひといるんだ?」
「えっ誰?!」
「A組の男子? B組? それ以外?」
「普通科の男子生徒とも仲良しでしたわよね」
わたしはのけぞりながら視線を逸らす。「あー」だの「んー」だの間を取りながら、返答を思案する。今更「恋愛に興味ないんだよね」と言える空気でもなく、興味津々といったみんなの視線に耐えかねて口を開いた。
「……ミステリアスで」
「轟じゃん」
「違うよ。ミステリアスで、身内に優しくて、頭が良くて、強くて、カリスマ性があって、甘党」
「ほぼ轟じゃん」
「で、年下」
みんなのにやにや顔がきょとん顔に変わる。
ハッと鋭い目をしたのはオチャコだった。絶対に分かるはずがないのに、なにか思い当たることがあったらしい。
「実は、ポチちゃんのほうがお姉ちゃん」
だからショートではない。
深夜、トイレに目が覚めたついでに一階へ降りた。テレビとソファがあるあたりだけ部屋の電気をつけ、テレビは報道番組にする。
特集は<これからのヒーロー社会について>。オールマイトという平和の象徴を失った今、次代のオールマイトが求められるがあれほどの実力者がそういるわけもなく、今まで通りではいられないというわけだ。
繰り上がりでパパ上がナンバーワンヒーローのような扱いをされつつあるが、パパ上は、オールマイトとは全く別だ。万人に好かれるヒーローではない。
ナンバーワンヒーローの引退により、国民に不安がよぎり、既にヴィランが活発化しているというのが現状である。
各界の重鎮らのディスカッションを話半分に聞いていると、暗闇から声を掛けられた。"円"で気付いてはいたので、驚かなかった。
「……消灯はとっくに過ぎてるぞ」
「こんばんは、エージロー」
暗闇に立つエージローは、わたしとテレビを交互に見て視線を落とす。水でも飲みに来たのだろう。すぐに戻るかと思ったが、エージローはテレビを囲むソファに腰を下ろした。
特に何を言うでもなく座っていた。わたしはテレビを見ていたが、エージローはいつの間にかテレビではなくわたしを見ていた。
「なんでこんな時間に?」
「起きたのはたまたまだよ。部屋にテレビは置いてないから」
「そっか」
「"こういう"番組、みんな嫌がるでしょ。わたしやカツキに気を使っているのもあるんだろうけど」
「……」
「わたしとしては、パ……エンデヴァーのこともあるから気になるんだよね」
寮生活になった以上、トドロキ家にも気軽に戻れない。戻れないとなると、パパ上と話す機会もなくなる。寮生活になるにあたって携帯電話は与えられたが、ナンバーツーヒーローは多忙なので中々つながらない。そうしつこく電話を掛けるほどでもないことだ。顔を合わせたら、最近どう?、と聞くくらいで良いのだ。
報道番組が、オールマイト語りからこれからを担うヒーローへと話題を変える。当然、真っ先に紹介されるのはパパ上だ。
「ほんと人相悪い。笑ってるところ、見たことないよ」
「ごめん」
「エージローのことじゃないよ?」
「分かってる。そっちじゃなくて……」
神野のこと。ごめん。
エージローが座ったまま頭を下げた。
神野、とは地名だ。わたしとカツキが誘拐され、その後戦闘が行われた場所の名前。一連の事件は<神野事件>と呼称されている。
わたしは短く息を吐いた。
「一応聞くけど、何に謝ってる?」
「……忠告を聞かなかったこと。勝手な行動をしたこと。……梅雨ちゃんから話を聞いたとき、俺だけの問題じゃないってやっと実感したんだ。んで、ポチの言葉を思い出してさ。何を言われていたのかやっと理解した。話をしたかったけど、中々言い出せ……ってそれは言い訳だな。俺、なんて言えばいいのかずっと分からなかったんだ。正直今も分からない」
「うん」
「分からないけど、ポチがちゃんと事件と向き合っているのに、ずっと黙ってるのも男らしくねぇだろ」
口にしながら何か踏ん切りがついたらしく、エージローは立ち上がると深々頭を下げてきた。
「ごめん! 俺やみんなことを思って忠告してくれたのに、聞く耳をもたなくてごめん」
「……」
「それから、真正面から伝えてくれてありがとう」
エージローは頭を下げたままだ。
セットしていないために重力に従っている赤髪をつつくと、エージローがそろりと顔を上げる。
「せっかくだから謝罪は受け取るけど、別にもう怒ってないから。そんなに思いつめた顔しなくていいよ」
「そ、そっか……」
「力の使い方とか、立場とか、何のためにルールがあるのかとか。そういうところが少しでも分かったなら、もういいよ」
「……ポチはかっけぇよな」
「ありがと」
手を軽く振ると、エージローが倒れるようにソファに座る。体中の空気を抜くように息を吐きながら、「マジでかっけぇよ」と呟いていた。
わたしがカッコよく見えるなら、それはきっと、わたしのヒーローたちがとんでもなくカッコイイからだ。
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