わんこ、煽る
ビッグイベントがやってきた。その名も<ヒーロー仮免試験>。
本来ならば高校一年で取得するものではないが、ヴィランからの襲撃を二度受けているとあって、いざというときに応戦できるよう仮免許を取得することにしたらしい。ちなみに、合格率はおよそ五割。広くはないが、そう狭い門でもない。比較対象はハンター試験。
わたしはいつものようにのんびりとしていた。試験内容は当日のお楽しみだが、外部で行う試験が実技のみということは分かっているからだ。筆記については事前に学校で受けており、それをパスしている生徒のみが実技受験資格を得られる。雄英は一年A組もB組も、全員が筆記試験をパスしている。
「ポチはいつも、実技試験となると急に余裕をかもしだすよな」
実技試験会場に向かうバスの中で、隣に座るショートが言う。
「筆記試験はあんなに焦ってるくせに」
「実技はその場でどうとでもなるけど、筆記はどうしようもないから」
「訓練でも、筋トレしながら英単語帳めくってたもんな……」
「英語はね、ほんとにね、苦手なの」
みんなは中学から学んでいたか知らないが、わたしはこの世界にきて初めましての言語なのである。数学は、まだ思い出しつつという面もあるのだが、英語は全く分からない。よって、全員が集められて仮免試験に向けた必殺技開発を進める中でも英単語帳をパラパラしていた。相澤先生には睨まれた。
仮免試験会場に到着すると、すでに学生の姿が大勢みられた。学生ではない者もいるように見える。在学中にヒーロー免許を取得しなければならないという規則もないはず――多分、おそらく――なので、課程さえこなしていれば社会人になってから受験するひともいるのではないだろうか。もちろん、学ぶ場に身を置いている学生のほうが有利な気はするが。
ケツブツ? シケツ? という雄英に次ぐヒーロー排出有名高校に絡まれながら、そのほかの学校からも視線を浴びながら、みんなで会場内へと向かう。雄英は体育祭が全国中継されるので、視線は刺さるし名前も呼ばれる。「体育祭一位の」「ああ、ガラ悪そう」「二位の紅白頭」「三位の子とは双子なんだってね」「<一千万の緑谷>ってどれ」イズクの名前が不意に聞こえて吹き出した。<一千万の緑谷>の語感が良いのは同意する。
各々、更衣室で戦闘服に着替え、ホールに集合する。千人の受験者をおさめるにはあまりにも狭いこのホールで、どうやって選考をするのかと思っていると、先にルール説明が始まった。
受験者は一人三つの小さな的と、六つのボールが与えられる。的は自分の体に接着する。すべての的にボールが当たると脱落で、選考通過条件は<二人を脱落させること>。的は三つ、ボールは六つ。他受験者のボールも使用していいとのことだが、与えられるのは最低限の数のボールというわけだ。
そしてここはただの集合場所であり、会場は外らしい。ホールが天井から開くと、周囲は学校にあるUSJを思わせる環境だった。市街地、山岳地帯、工場地帯など。あらゆる環境が揃っている。スタジアムのような構造で、客席にあたる部分には試験監督や各高校の教師がいるのが分かった。
先着合格、枠は百名だ。
「コレ、まず雄英が狙われるよね」
散開猶予時間で受験者たちが移動する中で呟くと、イズクから力強い同意を得た。
「うん。体育祭の全国中継で、僕たちは個性を知られているから。だから、固まって動いて、カバーし合いながらのほうがいいと思う。孤立すれば、おそらく多体一になってしまうから」
「俺はンなの御免だ、ひとりで行く」
カツキが輪から外れて歩き出す。予想の範囲内だ。「おい爆豪!」「待てよもー!」エージローとデンキも、カツキを追いかけて離れていった。
二一人、マイナス三。十八人で無事通過しようと思うと、三六人の生贄を確保しなければならない。
"円"を広げて、他の受験者の位置を確認する。リスクは負いたくないので、強そうな受験者とエンカウントするのは避けたい。
めぼしい団体を探していると、ショートも輪から外れた。
「俺もひとりでいい」
「そうなの? じゃあわたしもショートと行く」
すい、とショートに続くと、イズクたちどころかショートからも驚いた顔を向けられる。
「なんで」
「わたしの将来の夢はあなたのサイドキックなのです」
「……」
ショートはじっとわたしを見た。真面目な場面で、ショートはあまり目を逸らさない。わたしが冗談を言っているのではないと分かると、ショートは嘆息しながら首を横に振った。
「サイドキックに頼りっぱなしのヒーローはカッコ悪ぃだろ」
「ううん、そうだね。……うん、ならわたしも単独行動するよ」
ヒーローになるための試験なのだ。わたしがいたら、有利になるのは目に見えている。期末試験と同じだ。
「じゃあね、みんな。ショートも気をつけて」
「ああ」
「先にクリアして待ってるから」
拳を握って宣言すると、トオルの手袋がバタバタと動いた。
「余裕のクリア宣言?! すぐ追いつくんだから!」
「わはは」
散開のために用意された時間は残りわずかだ。
わたしはみんなに手を振って、あたりをつけた受験者目掛けて走り出した。
【さん、にい、いち、はい一次選考スタート。みなさんさっさと終わらせてください。……。……。……え? もう通過者が出たんですか? ……トップバッターは雄英高校、みなさん彼女に続いてサクッと終わらせてください】
相澤は客席で眉間を揉んだ。選考開始から三十秒も経っていない。アナウンスが『彼女』というのならば、合格者は十中八九、轟氷火だ。
隣でミス・ジョークがわめく。
「は、嘘だろ。もうクリア? 誰?」
「轟妹だろうな。体育祭三位の」
「ああ、エンデヴァーの娘の……マジで? 確かにあの子の実力は相当なものだと思うけど、それにしたって……相手は個性未知なんだぜ?」
相澤は、心操から聞いた、体育祭騎馬戦での出来事を思い起こす。氷火は、心操の個性発動を察知したらしい。どういう理屈か不明だが、異形型でない限り、個性発動のタイミングを図れるのだ。
「大方、相手が個性を使う前に倒せばいいってことだろう」
「高校生だよな」
「俺も時々疑ってる」
氷火が単独行動を決めたのは客席から見えていた。庇ったり配慮する相手がいないとあって、時間をかける意味もない。非常に合理的で適当な行動だ。標的になってなすすべなく脱落した他校生には悪いが。
あいつは本当に目立つな。ヴィランの出だと言うがある意味ヒーローらしい。
さて気を取り直して他の生徒の動向を。座り直した途端に間延びした声で名前を呼ばれた。
「あーいざーわせーんせー!」
「呼ばれてるぞ、イレイザー」
「幻聴にしたかったな」
フィールドの高台に登り、氷火が大きく手を振っている。
カッコイイ木の枝を主人に見せびらかす犬を連想した。
「クリアしたあ! いちばん!」
「知ってる!」
「なんでー?!」
「はやく次の控室行け!」
「はーい!」
シッシッと手を振ると、氷火は大人しく移動を始める。颯爽とクリアして悠然と移動するかと思いきや、わざわざ報告してくるとは。他の受験生を煽っているのだろうか、と思って首を横に振る。単に、"一番"にテンションが上がったのだろう。
一連のやりとりを見ていたジョークが、感心したような呆れたような声を出した。
「ははあ、掴みどころのない子だなあ」
「問題児だよ」
「しっかり慕われているじゃないか」
「問題児には変わりない」
今度こそ、他の生徒の動向を確認するため座り直す。
クラスを引っ張り力を底上げするのが緑谷と爆豪だとすれば、氷火は起爆剤だろう。氷火の一次選考通過に触発されて、奮い立っているのは想像に難くない。
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