わんこ、煽る2


 二次選考までの控室は、一次選考時の控室と同様のだだっ広い無機質な会議室だった。一次選考通過定員は百名なので、やや小ぶりになってはいるものの、造りとしては変わりない。
 大きなモニターで一次選考の様子が見られる他、テーブルには軽食が並んでいる。壁に沿ってパイプ椅子も設置されており、二次選考に備えた休憩所となっていた。
 そこに、いまはわたしがひとりだけ。
 紙コップにオレンジジュースを入れて、複数のテーブルをまわって軽食を物色していると、二人目の試験通過者がやってきた。

「一番の通過者はどなたですか!」

 大きくドアを開け、大声とともに入ってくる長身の男子生徒。シケツの……ナントカカントカ……。雄英高校の推薦入試をトップ通過しながら蹴ったという彼。
 わたしはあまり驚かなかった。試験前に外で出会ったとき、オーラから実力の高さを認識していた。洗練されているとは言い難いのでまだ学生レベルではあるものの、受験者トップクラスだろう。一次選考でわたしが真っ先に居場所を確認し、避けた人物である。
 わたしはポテトチップスをしっかり嚥下しながら手を上げた。

「わたし」
「アッ……」
「何その顔」

 そういえば、彼は選考前にショートのことをひどく睨んでいた。妹ということになっているわたしのことも気に入らないのだろう。
 ナントカカントカは、声をかけてきたくせに明らかにわたしの存在を無視し、険しい顔でウーロン茶を注いでいる。
 敵意を向けられる宿命(さだめ)のような犯罪集団にいたこともあり、そういった視線は特に気にならないが、今は大人しくヒーローの卵をしている。どうして敵意を向けられているのか分からない。

「初対面のつもりなんだけど」
「……初対面。自分はあんたのこと知ってっけど、轟氷火」
「きみは誰だっけ」
「夜嵐イナサ」
「イナサね、おっけ。外で雄英に絡んできたときは人見知りとは無縁そうに見えたけど、そうでもない? トドロキ家嫌い?」

 オレンジジュースを揺らしながら言うと、イナサは厳しい顔つきをやめて怪訝そうにした。

「あんたは、あの無愛想な轟とは全然違う、ような気が」
「似てないと思う」
「……エンデヴァーとも似てない」
「だろうねえ」

 養子だしねえ。
 イナサはウーロン茶を飲まないまま、思案げにしせんを落とした。何かを言いかけて止め、口を開きかけて黙り、わたしを見てもすぐ逸らす。

「……わたし告白でもされる?」
「違う」
「振られた。というかショートだけじゃなくパパ上が出てくるってことは、エンデヴァーが苦手とか」
「……」

 当たりらしい。エンデヴァーはオールマイトとは比較にならないくらいアンチが多いヒーローだ。エンデヴァーを嫌いだからショートにも苦手意識が出るということは、分からなくもない。
 わたしはテーブルからビスケットを一枚取って、イナサの口に突っ込んだ。

「パパ上がごめんね。あのひと……極めて良くいうとストイックすぎるんだ。わたしが詫びるのも変な話だけどさ。ショートは無愛想で不器用なの」
「あんた……」
「わたしのことはポチでいいよ」
「あんた、イイヤツだンゲッホ!」

 イナサが笑顔でビスケットを勢いよく食べて咽る。すぐさまウーロン茶で流し込んでいた。
 落ち着いたイナサは、先程までの敵意が嘘のように輝く笑顔を向けてくる。暑苦しい。圧が強い。

「誤解してた! エンデヴァーがあんなんで、息子もあんなんだから、あんたもかと思ってた! ごめん!」
「ポチだよ」
「ポチ! 自分は夜嵐イナサだ!」
「知ってるよ。あともうちょっと声量落としてくれていいよ」

 半歩退いて要望を伝える。こちらが彼の本来の気質だろう。人懐っこく、熱苦しく、裏表がない。こういうタイプは凶悪盗賊団にもいた。彼は大層な酒好きだった、元気かな。
 イナサが「あ、俺これ好きなお菓子」とテーブルからいくつかピックアップして渡してくる。あっという間にわたしへの壁を無くしてくれたらしい。

「ポチは強いな。トップ通過を聞いたときは奮ったぜ」
「トドロキファミリーだって分かって複雑そうだったけどね。わたしは、イナサが来たことは想定内って感じだった」
「え、なんで?」
「強いから」

 イナサチョイスのスナック菓子を小さく食べる。二次選考を前に流血沙汰は避けたい。
 ふむ、美味しい。トドロキ家はあまりスナック菓子を置いていないのだ。

「ポチ!!」
「うるさ」
「自分! なんか感激してる!」

 わあわあとイナサがひとりで盛り上がる。さすがにその熱血具合にはついていけそうになかった。
 次の合格者が出るまで、わたしはイナサの熱風を浴び続けることになる。



 二次選考の救助訓練は、テロリストの襲撃も込みだった。敵襲を確認した夜嵐は旋風で自分を浮かすことで空中移動し、迅速に襲撃現場に到着した。襲撃場所は救護テントの設定場所と極近い。敵勢力を食い止め、避難の時間を稼ぐ必要がある。
 そう冷静に判断していたにも関わらず、紅白髪を見つけた途端、頭に血が上ってしまった。
 轟焦凍。幼い自分を失望させたエンデヴァーの息子。エンデヴァーと同じ、遠くを憎んでいるような冷たい目。目の前のものを邪魔だと振り払う、ヒーローにあるまじき冷酷な姿勢。
 幼い頃の失望と高校受験時の失望が重なっていた。それをどうしても無視は出来なかった。
 互いの長所を殺し合い、ヴィランそっちのけで怒鳴り合っていると、夜嵐は背中に強い衝撃を受けた。気づけば地面に叩きつけられていた。
 落下の衝撃で全身が痛む。何が起こったのか把握できずに顔を上げると、夜嵐と言い争っていた轟も倒れていた。
 一体誰が。何が起こった。
 イナサは自分の実力を把握している。轟のことも、その実力は認めざるを得ない。容易く倒されるはずがない。テロリスト役のギャングオルカに攻撃されたのだろうか。
 夜嵐と轟の間で、女子生徒が仁王立ちをしていた。
 夜嵐は目を見開いた。控室で打ち解けた轟氷火だ。表情豊かでにこやかだった彼女が、ギャングオルカを睨んで舌打ちをしている。

「獣化して要救助者を探してたらテロリストの襲撃ときた」

 氷火は夜嵐と轟を一瞥もしない。どこかはだけた服を直しつつも、視線はギャングオルカだ。

「ショートとイナサが向かったのが分かったから、救助と避難に専念しようと思ったらこのザマ」
「まさか味方を殴り倒すとは」

 ギャングオルカの言葉に、夜嵐は氷火を凝視した。全く気づかず、ただ地に落とされた。何も分からないまま、戦闘から離脱させられた。
 氷火は仁王立ちのまま、乾いた笑みを浮かべる。

「仲間割れするヒーローなんて、いないほうがマシでしょ。……黙って見てなよ、坊やたち」

 ぐんと空気が重くなる。氷火がギャングオルカへ飛び出していく。
 夜嵐は拳を作って体を起こした。離れたところで、轟も同様に体勢を整えている。
 情けない姿で目が合うと、相手が考えていることがなんとなくわかった。
 ほんの少しでも、汚名返上をしなければ。



 二次選考終了後、合格者名の発表と減点表が配布された。
 合格者名一覧にわたしの名前はあった。ただし、轟はひとつだけ。周囲が合格に湧き、不合格で嘆く中、隣のショートは無言だ。二次選考の救助訓練は減点方式だということで、イナサとの私闘で大幅に減点されたことは想像に難くない。

「どんまいショート。パパ上のことが嫌いとはいえ、案外短気だよね」
「容赦ねぇな」
「頑張れヒーロー」

 わたしは自分の減点表を確認する。全体的に判断の速さが評価されていた。救助者捜索のための獣化、避難の難航を察知し現場に急行、応戦。わたしは能力も判断方向も戦闘向きなので、満点とはさすがにいかなかったが、高得点のほうだろう。
 ショートが表を覗いてくるので具体的にどういう行動をとっていたかを説明していると、イナサがやってきてショートに威勢の良い謝罪をした。
 潔いというか、正直というか、竹を割ったような。なかなか憎めない人物だ。

「イナサは? ……あ、名前ないね」
「容赦ないな! ポチは合格か?」
「うん」
「おめでとう! すぐ追いつくから!」
「ありがとう。イナサの実力と性格なら大丈夫でしょ。ああいうのさえなければ」
「ウッ」

 軽口を交わしていると、ショートが不思議そうな顔をする。

「いつの間に仲良くなったんだ?」
「一次選考の後、しばらくわたしとイナサしか控室にいなかったから。わたしもトドロキだから最初は敵意すごかったけどね」
「ウッごめん」

 幸い、救済措置として補講と再試験があるらしい。一次選考通過者は大事に育てる方針だという。
 良かったね、とショートとイナサを見上げる。そして漏れ聞こえて把握した、もうひとりの雄英生不合格者をちらりと見る。
 雄英高校は、一年のトップツーが不合格という結果だった。



「後期っていつからだっけ」
「明日」

 ショートから無慈悲な現実を突きつけられた。


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