主成分は薔薇



生徒会長に渡すプリントを持って、三年A組の教室に向かう。お昼休みだから結構賑やかで、二年の私がウロウロしてても目立たない。

A組の教室ドアから顔を覗かせ、会長を探す。あの人は目立つからすぐに見つかるーー筈なのに。席を外しているのか、教室内に姿が見えない。

「お、副会長じゃん。どしたの?」
「あの、玖蘭先輩はいらっしゃいますか?」
「あー玖蘭さっきどっか行ったからなあ……おい一条!」

ドア近くでご飯を食べるグループの一人が声を掛けてくれた。パックジュースのストローを咥えたまま、拓麻先輩を呼ぶ。彼も生徒会員だ。

「あ、世利ちゃん!枢に用事だったら伝えとくよ」

キラキラと眩しい何かが溢れ出る笑顔に目を細める。ちょっとは仕舞って下さい、眩しいです。こんにちはー、なんて挨拶しながら数度瞬きした。よし、目が慣れた。

「このプリントを渡して欲しいんです。私、今日の集まり出られないので」
「了解了解。伝えとくよ」

ちなみにだが、拓麻先輩の役職名は「会長補佐」。枢先輩が会長に就任した際に、枢先輩の独断で設けられ、枢先輩の独断で拓麻先輩が就任した役職だ。

要は会長のパシリ。

「お願いします」
「わざわざありがーーーーあ、枢」
「こんにちは、世利。来てたの」
「こんにちは、会長」

振り返るとこれまた輝かしい笑顔。拓麻先輩とは違い、こう……背景に花が飛び交っている気がする。薔薇の香りはなんだろ、香水的な?それとも会長が生み出す香りな訳?

「世利ちゃん、今日来れないんだって。はいプリント」
「そうなの?残念だね……いつも仕切ってくれる世利がいないなんて……どうかした?」

会長が顔を覗き込んでくる。それに合わせて、拓麻先輩まで顔を覗き込んできた。物凄く眩しいんですけど。

「何でもありませんので離れて下さい。目の保養通り越して目が痛いです」
「ちょ、褒めてるのか貶してるのか分かりにくいよ」
「ものっそい褒めてます」

拓麻先輩は笑って離れてくれたけど、相変わらず近い会長。何か楽しそう。これはあれですね、反応見て楽しんでるんですね。

いつも会長の標的は、風紀委員長で会長と幼馴染みの優姫先輩なんだけど、たまにこうして私に照準を合わせる。

「……近いです会長」
「うん、近付いてるからね」
「眩しさだけなら慣れてるのでいいんですけど、近付かれると……」
「その内、この距離にも慣れるよ。……もっと近付こうか?」

駄目だ、会話出来ない。周囲の女子の視線が怖いんだけど!

「ち、近過ぎですからっ」
「だろうね、息くすぐったい」
「慣れる慣れないの話じゃないですよね。目の焦点会長に合ってませんし」
「何で後ずさってるの、世利。駄目だよ」
「っこ、腰持たないで下さい。拓麻先輩笑ってないで会長止めて下さいよ!」
「あははっ。僕に枢を止めるなんて無理だよー」

呑気に笑う会長専属パシリを睨みたいが、生憎私の視界は会長のどアップで埋まっている。わあ睫毛長っ。

他に助けを、と思ったが無駄だった。この学校の生徒で会長に突っ込めるのは生徒会執行部員くらいだし、突っ込んだとしても会長が聞く耳持ってくれるのは優姫先輩くらいだから。その優姫先輩のクラスは階が違う。

「会長、流石に離れません?これはキスする距離ですよね?」
「世利は僕とキスしたいの?」
「……話聞いてます?」
「君の声を聞き漏らす筈無いじゃないか」
「あーはいはい、そういうのは彼女さんにでも言って下さいね」
「世利が僕の恋人になったら良いんじゃないかな」
「どこが良いんですか、良くないです」

玖蘭枢の通訳はいらっしゃいませんか。

すれ違う人が二度見する程のイケメンを至近距離で見ていると、焦りの後にじわじわ恥ずかしさが湧いてきた。顔が熱くなってきたのが自分でも分かった。会長が笑う。

「……どうしたの、世利。顔赤いけど」
「あのですね、会長みたいなイケメンに迫られて赤面しない人はそうそういませんよ。私も女なので」
「クス、このままキスしたらどうなるのかな?」
「話聞いてます?!」

四方八方から「きゃああ!」「うおおお?!」と言う声が聞こえた。確実に野次馬が増えている。まるで見世物じゃないか。

しばらくこの状態で続いた噛み合わないやり取りは、偶然通りかかった優姫先輩の登場により強制終了されるまで続いた。


fin
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