魔術師の慨嘆


多分李土と同い年くらい
世利side


「表出ろ!こんの詐欺師があああッ」

派手な音をさせて机に手を付き、「口が悪いよね君って」と言いながらにやにや笑う男を見上げる。玖蘭枢というこの男は、私の知人な訳だが。

「何が『編入手続き済んでるから』だ、馬っ鹿じゃない?私がいつ学校に通いたいなんて言った?!」
「だって手続き済ませてたら、いくら君でもそれを蹴って帰るなんてしないでしょう?」
「ったりまえだ!ここの理事長は黒主なんだろ?黒主の迷惑になるだろうが。ってああ、黒主もなんで了解したんだよ……!」

あいつには昔世話になった事があるから、迷惑をかけたくない。でも学校ごっこも煩わしい。そもそも、見た目年齢はこいつと変わらないが学生やるような歳じゃない。こいつもだ。

「なんだってお前はそう勝手なんだ……緊急事態だって使い魔飛ばしてくるからわざわざ来てやったのにっ!」
「はいはい落ち着いて。理事長に迷惑かけたくないんでしょ?帰らないよね」
「しかも何だよ夜間部って。吸血鬼だらけじゃん、私は吸血鬼じゃないっての!」
「知ってるよ、魔法使いさん」
「魔術師だから!あんなファンタジーな奴と一緒にするな」
「分かってるよ、ごめんね。で、帰らないよね?」

これからの昼夜逆転生活が決定。

「……………………部屋は」
「用意してるよ」

にっこりという擬音語がつきそうな笑みに舌打ちして、枢の部屋らしいここのドアに手を掛ける。やや乱暴に開け放つと、吸血鬼が四人いた。

その中で金髪の奴が、私と目が合って苦笑いを浮かべていた。

「えーっと……」
「あー、騒がしくしてすまなかった。ここに住む事になってしまったから、一つよろしく頼む」

そいつが固まる。後の三人ーー癖毛金髪と、垂れ目と、長髪の女ーーも固まってる。何なんだ。

「皆驚かなくていいよ。世利は本来礼儀正しいから」
「うっせ黙れバカナメ」
「はいはい。一条、三日前に片付けてた部屋、分かるよね?」
「あ、ああ、うん。えっと、世利さんは、魔術師なの……?」
「うん。あ、珍しいか。表立って動かないし、この辺にはいないからな」
「しかも世利は魔術師の中でもトップクラスの実力があるんだよ。魔術師連盟から、身体の凍結保存指定される程にね」
「そんな私を無理矢理に編入させたのはお前だばーか」

凍結保存が魔術師最高の名誉とかほざいてる同業者は、頭大丈夫かと本気で思ってる。凍結指定されてるのに応じない私はある意味異端者で、まあ、連盟から逃げてたりもするんだが。

「っおい、いくら何でも枢様にその態度は……っ!」
「お?あー、吸血鬼は血統が命か。だが悪いがな癖毛金髪、」
「癖毛金髪?!僕は藍堂英だ!」
「そうかそうか藍堂君、私は誰にもへりくだるつもりは無いんだ」
「……藍堂、世利が誰かにひざまずくのは、この世の終わりを意味するんだよ」
「何かムカつくが……それにな、私は枢と旧い付き合いなんだ。悠がガキの頃も知ってるぞ」

四人の表情が固まる。してやった感があって悪い気はしないな。

「話があるならゆっくり聞くが、先に部屋を教えてくれるか?ストレート金髪」
「あははっ承りました。僕は一条拓麻です。世利さんと呼んでも?」
「好きにしたらいいさ。砕けた態度で構わないよ、一条君」
「じゃー世利ちゃん。部屋はこっちだよ」
「手間をかける。……あ、長髪女子と垂れ目、」
「そ、早園瑠佳です」
「架院暁」
「早園君と架院君。君らも私の事は好きにしろ。色々驚かせた様で悪かった」

一条君に続きながら笑うと、枢が大袈裟に溜め息を吐きながら付いて来る。全くいちいち気に障る。あの悠と樹里の元で育ったのになんでこんなに面倒臭いんだ。


「……絶対僕の扱いがぞんざいだよね」
「私の意思を無視するからだ。吸血鬼の中に魔術師を入れてどうする?」
「というか世利、魔術師って言いふらしていいの?秘匿義務あるだろう」
「私の事はいいんだ。ちゃんと連盟の場所とか他の魔術師についてはお前にも教えてないだろ。おい一条君、枢は何で付いて来る?」
「世利ちゃんを気に入ってるからじゃない?」
「くっそ……私は一条君の方が気に入ったのに」
「世利、そんな事言うと一条が悲惨な目に遭うけど」
「この暴君め。そうなったら枢を女にしてやる」
「え…………」
「生命活動している事物に魔術を使うのは、色々と面倒なのだがな」

前を歩く一条君が肩を震わせて笑っている。こういう裏表の無い態度の方が余程好感が持てる。

「おい、話を戻すが、何故私をここに置くんだこの馬鹿。人間に吸血鬼に魔術師に、次は何だ?魔法使いか、獣族か、有翼種か?新手の動物園でも作る気か」
「……世利は色んな種族に顔が利くよね」
「長く生きてるとな」

吸血鬼だけじゃないんだねーと呑気に呟く一条君。君はあれだな、吸血鬼くさくないんだな。枢も見習え。

「別にサーカスするつもりは無いよ。君だけで良いんだ」
「はあん?おい一条君、私は贄(にえ)ってことか?」
「あれ、僕って通訳?」
「世利は僕と会話してくれないの……?」
「あーするする、するから。だからもうくっ付いてくんな!散らすぞ!」
「僕はただ君と仲良くなりたいだけだよ」
「寝言は寝て言え」

睨みあげると「やっと僕を見たね」と言って笑む枢を殴りたい。ああもう苛々する。

「世利ちゃーん部屋ここだよー」
「あ、おう!すまない、礼を言う」
「君が研究も出来るようにと一番静かな場所にしたんだ。僕の部屋から遠いけど、我慢してね?」
「万々歳だ馬鹿め。一条君、もし暇なら後で案内してくれないか?」
「いいよー。今夜はもう授業ないし」
「一条……身の程をわきまえるんだね」
「枢は余程女になりたいらしいな?実は私もこの手の魔術は試した事が無いんだ、良いデータが取れそうで助かる」
「世利ちゃんの魔術見たいなあ。ねえねえ、空って飛べる?」
「あれは魔法使いが使う高等魔法なんだ。似たようなのは出来るが……魔術はあまり見せる物じゃないからな」
「僕には見せてくれたよね?」
「成り行きでな」

私は適当に返して、部屋を見回した。住んでいた所と同じくらいの広さがある。まあ悪くないな。しかし明日にでも荷物を取りに一度戻るか。

「部屋の礼は言っておく」
「どういたしまして」
「後で、同業者向けの結界を学園全体に張りたいんだが、構わないか?」
「いいよ、不可視でしょ」
「もちろん。じゃあ一条君、手間だが、この学園を大まかに案内してくれ」
「うん、行こうか」
「それと、枢」

名前を呼ぶと、こいつは機嫌良く私を見た。こんな気分屋と過ごしてる吸血鬼たちは、さぞ苦労してるだろう。

「次こんな真似したら散らすぞ」
「望む所だよ」

だからなんで楽しそうなんだよお前は。


* * *


零side

「あ、二人とも良い所に!ちょっと紹介したい人がいるんだ」

夜の見回りを終え、優姫と入れ違いに俺が風呂に入ろうとした時、バタバタと理事長が駆けて来た。

「今からですか?私お風呂入っちゃったのに」
「全然気にしなくていいよ!ゆっくり紹介したかったんだけど、明日の朝に、一旦学園を出るらしくてね。君たちには会っておいてほしいんだ」
「……こんな時間にってことは、吸血鬼ですか」
「ううん、人間だよ。特殊だけどね。ささ早く!君たちも眠いだろ?」

分かってんならさっさと風呂に入らせろ。んで寝させろ。というか深夜に紹介する者が人間?余程の非常識か?

口にはしないが苛々する。今夜は玖蘭が妙に上機嫌だったせいで、俺の気分は最悪だった。

「固くならなくていいからっ。あー、錐生くんは眉間の皺を……」
「無理ですね」

理事長の言葉をバッサリ斬り捨てて、三人で移動を始める。さっさと足を動かして理事長室に着くと、理事長に続いて入室した。

「待たせたね!二人ともいたよー」
「おお、わざわざすまないな」

ソファから腰を上げて俺たちに向いたのは、一人の女だった。男のような口調だが、声もーー高くはないがーー落ち着いた女のものだった。

人間のくせに黒いコートが嫌に似合う、いくらか年上っぽい女。理事長と親しいのか、笑顔で片手をあげている。

「こっちおいで!二人とも!」
「は、あ、こここんばんは!」
「…………」

弾かれたように頭を下げた優姫の隣で、俺は目礼だけして再び女を見た。するとどういう訳か、女は真顔で俺を見ていた。

吸血鬼ではないことは確かだが、人間離れした整った容姿。射るような視線は、やましい事などないのに居心地が悪い。

「錐生くんがどうかした?」
「っあ、いや、すまん。ついな」

理事長に言われ、女は小さく笑った。俺は、いえ、とだけ返す。

「そんじゃ、改めて。この二人は学園守護係で、僕の義娘の優姫と、錐生零くん。で、こっちがーーーー」
「世利だ、夜分にすまない。どっかの馬鹿のせいで、夜間部に編入することになったから、よろしく頼む」

私の事は好きに呼んでくれ、と手本のようにきっちり頭を下げる世利に、優姫も慌てて頭を下げていた。俺は言われた内容に納得出来ず、理事長を睨む。

「おい……人間なんだろ」
「う、うん、世利ちゃんはちゃんと人間だよ。吸血鬼事情にも詳しいけどね」
「黒主の言う通り、私は人間だぞ。どこぞ暴君のせいで、無理矢理編入させられるだけだ」
「ぼ、暴君って……?」
「玖蘭枢。というかだな、編入が許可されたのも甚だ疑問だ」

……玖蘭を暴君?さっき言ってた馬鹿も玖蘭のことか?少し気が合いそうだ。

世利がじとりと理事長を睨む。理事長は肩を震わせて、素早く優姫の背に隠れた。

「だ、だって枢くんが笑顔で頼んでくるんだもん!君も了承したのかと思ってたから、色々手を回してさあ!」
「今日来て知ったよ、私が編入だなんてな!緊急事態だと聞いて急いでみたら……!最小限の荷物しか持ってないし!」
「ご、ごめんって!」
「黒主が手続きを済ませてなければ帰るんだがな?済んでるんならキャンセルするのも面倒なんだろ」
「そりゃあね!だって君って戸籍とか無いようなものだし!」
「なんでそんな手間をかけてくれたんだ……ッ」

どうやら相当立腹らしい。床に置いているアタッシュケースを指差して声を荒げたと思えば、頭を押さえてうな垂れる。この数秒で、世利がおしとやかとかけ離れた人物だと認識した。

「……っと、すまんな、黒……優姫君、錐生君。煩くして」
「い、いえっ……。あの、人間なのに夜間部って大丈夫なんですか?ハンターとか……?」
「いや、私が夜間部なのは、バカナメからの強制だが、生憎私は吸血鬼に襲われるほど弱くない」
「………おい、あんた。本気で言ってんのか?」

問うと、世利は優姫から俺に視線を移す。

「冗談は言っていないが?」
「人間が吸血鬼の中で生活するなんて、狼の群れに羊を入れてるのと変わりない」
「おお、心配感謝する」
「…………で、大丈夫って言う自信はどこからだ。その暴君と知り合いだからか?」

何というか、自分のペースを貫くなこいつ。このくらいじゃないと、玖蘭を暴君と呼べないだろうが。

「ああ、私が魔術師だからだよ。ちなみに……ソレは元々あった術式を私が改良して提供したものだぞ」

細い指が俺の首筋を指す。先にあるのは"飼い慣らし"の刺青。こいつは俺の事も最初からお見通しって訳かよ。

「え、魔術師ってこの世に存在するんですか?しかも世利さんが?」
「ああ。だから吸血鬼相手にどうこうならん。魔術師の存在を信じるかは任せるがな」
「……何で魔術師が学園に」
「錐生君、君とは仲良くなれそうだ。……チッ。あの馬鹿は理解不能なんだ」

鋭い舌打ち。本気で玖蘭が嫌いなんだろうと思うと、玖蘭を鼻で笑ってやりたくなる。世利が来るからあいつが上機嫌だったんなら、実にいい気味だ。

……ってそうじゃなくてだな。魔術師であれ、人間が夜間部に編入するのには反対だ。魔術師がどの程度なのか分からないから余計に。

「魔術師ってどんな事が出来るんですか?!」
「私くらいになると、まあ色々な」
「すっごいんだよ!魔術師同士の戦いを見ると、なんかもう毎日がしみじみ平和に思えてね……」
「そう常々戦ってる訳じゃないぞ。黒主はたまたま遭遇しただけだろう」
「……だが、人間だろ、お前は」

低く言うと、世利は再び俺に視線を寄越す。探るようにじっと見て、そしてにっこり笑った。

「うん……心配されるのも悪くないな。学生なんて糞食らえと思っていたが」

これから君に会いにくるとしよう、なんて言うもんだから、サバサバした印象と打って変わって子供っぽいそれが妙にくすぐったかった。

「……お前頭大丈夫か」
「失礼だな、至って正気だ!」

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