一人の世界への来訪者
二週間ごとに街におりて必要な物を調達する。山に住んでいるのでそれなりに時間が掛かるが、どうせ暇なので気にはならない。
両手いっぱいに袋を持って山道を登っていると、人が落ちていた。
「あらあらまあまあ」
と言うより吸血鬼が落ちていた。いや、むしろ吸血鬼ハンターが落ちていた。近寄ってしゃがんでみるが、気を失っているのか起きる気配は無い。
放って置くわけにもいかないので、荷物を一度置いて彼を肩に乗せ、片手で荷物をまとめて持ち直した。体格差もあってふらふらしたが、こちらも吸血鬼なので何とかなった。
「肩もげる……っ」
うりゃ、と自分のベッドに男を寝かせて荷物を仕舞って、寝室に戻ると男は体を起こして顔を顰めていた。回復早いなあ。
「良かった、気が付いたのね」
「……どこだ、ここ」
「僕の家」
重かったんだからねー、と笑いながら近寄ると、彼は懐から銃を出して向けてくる。ハンターなんだから当然か。
彼は綺麗な顔で僕を思い切り睨む。僕は特に驚かず、銀髪っていいなあ、なんて思っていた。ちなみに僕は黒髪。
「急に動いて大丈夫なの?お若いハンターさん」
「……分かってるならどうして」
「道に人が落ちてたから拾っただけなのだけど。あなた熱あるわよ、じっとしてれば?」
今はまだ昼間で、吸血鬼なハンターである彼が完全に体力を回復するのには時間が掛かるだろう。
「あ、何か食べる?先に水?」
制す彼を無視してキッチンに向かい、コップに水を入れた。再び寝室に戻ると、彼は銃を持っていなかった。うん、物分りの良いハンターさんで良かった。
「はい。お粥か何か作るから待っててね」
「いらん」
「毒を入れる趣味なんてないよ?」
また睨まれた。警戒心剥き出しのくせ、浅紫の目は気怠そうだ。さあ飲め飲め、とコップを差し出すと彼は観念したのか一気に喉に流し込む。空になったコップに満足して、僕はキッチンに向かった。
吸血鬼なのに熱出すなんてよっぽど疲れてるんだろうな。
「お前……」
「はあい?」
お米を焚いていると、コートを脱いだ彼が顔を覗かせる。じっとしていて欲しいのだけど、多分僕の言う事なんて素直に聞かないんだろう。
「名前は?」
「あー……何だったかな。最後に呼ばれたのいつだっけ」
うんうん思い出そうとしていると、彼は驚いた顔で僕を見る。本当の事なんだけどなあ。僕は思い出すのを諦めて、ああそうだと彼に笑顔を向ける。
「あなたが付けてよ、僕の名前」
「は……?」
おお良い顔。さっきからずっと刻んでいる眉間の皺は熱のせいだと良いんだけど。刻み過ぎだよホント。
「呼びたいように呼んで。それを僕の名前にするから」
「何でそうなるんだ」
「良いから良いから。ね、お粥が出来るまでに」
彼は深く溜め息を吐いて頭を押さえる。頭痛がしてきたんならベッドに戻りなよ、と提案したらまた溜め息を吐かれた。幸せ逃げちゃうよ君。
「……世利」
「え、うん?」
「世利って呼ぶから……これでいいか」
彼の紡いだ言葉に、僕は危うく鍋を落とす所だった。まあ、火傷しても治るんだけど。
「世利……僕の名前?」
「……気に入らなかったなら別に」
「いや、ううん!ありがとう!」
"世利"。彼がつけてくれた名前に頬が緩む。今鍋を持っていなかったら飛び跳ねて彼に突進していたかもしれない。
満面の笑みで彼に礼を言うと、彼は眉間の皺を取ってほんの微かに笑みを浮かべた。
その笑顔にどきりとしてしまったのは秘密にしておこう。
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